第64話 ソニアちゃんの場合!? (中)
「あー、楽しかった」
まるで髪の毛にも意思があり、ソニアちゃんの高揚感が乗り移ったかのようにソニアちゃんのきれいな亜麻色の髪がユサユサと跳ねていた。
【それは何より。おとも冥利に尽きるよ】
「『おとも』じゃないですよ先輩。デートの『お相手』ですよ」
かたや僕はというと休日だというのに学院でみっちり授業した時よりも疲れた。
だってソニアちゃん、どのお店に行っても、そして今も、やたらとボディタッチが多いし、顔が近いし。女装している身としてはいつ性別バレするんじゃないかってヒヤヒヤする。
そんな僕の疲労感をソニアちゃんは”人ごみにもまれて疲れた”と勘違いしたらしく僕ら今、アビシュリのメイン通りから外れた閑静な路地裏通りで絶賛ぶらぶら中だ。
「先輩は楽しんでくれていますか? 何だか先輩どのお店でも終始たどたどしいっていうか緊張しているように見えましたよ? かわいい小物とか、きれいな服とか、先輩はあまり興味ないんでしょうか?」
それりゃ僕、男なのでいまいち趣向にそぐわないというか、未だに場違いなところにいると思って自然と顔がこわばっちゃうんだよね…。自覚してます。
「ねぇ、先輩聞いてますぅ?」
そして突如接近するソニアちゃんのきめの細かい整った顔が僕の心拍数を跳ね上げる。
【!!! き、聞いてる聞いてる!】
この親しい友人同士でも近すぎると思えるほどの距離感。けっこう堪えます。
【本当に楽しいよ。ただほら、普段私があまり行かないようなお店ばっかりだったら少し緊張しちゃって】
「先輩ってけっこう小心者なんですね。先輩かわいいんですからもっと胸張っていればすごく様になるのに、もったいないです」
そんな心境、女装しているうちは一生なれないと思う。特に胸なんて張って歩いたらすぐに周りから怪しまれるんじゃないかって思うのでいつもやや猫背を意識しているチャコさんなのです。
そんな話をしているうち僕らは路地裏にある『ある店』の前に差し掛かり、僕は思わず足を止めてしまった。
「どうしたんですか先輩?」
【このお店、すごいね】
そのお店のショーウィンドウには剣だの槍だの数多くの武器が一定の間隔で並べられていて日本ではまず見ることの出来ないまさに男のロマンが詰め込まれているようなお店だった。
「ん? あぁ、武器屋ですね。アビシュリにはいくつかの『ギルド』がありますので武器屋も結構多いんですよ?」
【ぎるど?】
「はい。モンスターの討伐依頼などを斡旋する組合組織のことです」
【ふーん】
なんとなく聞いたことがあるようなないような…。その手の話なら高校の友人たちの方がよく知っているかもしれないけど、うちビンボーだったからゲームの『ゲ』の字もなかったものなぁ…。
ま! 僕にモンスターの討伐なんて出来るわけないんだから無縁なところかな!
「入ってみます?」
【え、あ、でも…女の子がこういうところに入るのはちょっと…】
「でも先輩、今日イチで目が輝いてましたよ。ちょっと入るだけは入ってみましょうよ」
たしかにゲーム知らずの僕だけど、『武器』という言葉には心を熱くするだけのものがある。
というわけで僕はソニアちゃんに背中を押されて武器屋の中へと入ることにした。
「いらっしゃ…ってお嬢ちゃまかよ」
声をかけてきたのはカウンターの向こう側で昼間だというコップに入ったお酒を片手にほろ酔い気分でこちらを眺める体格の良い中年の男性だった。
正直僕はもうこの時点ですぐにでも店から出ていきたくなったけど、隣にいるソニアちゃんが、
「ちょっと中見せてもらいますよ」
「へいへい、お好きにどーぞ」
僕なんかよりもよっぽど堂々としていて、なんなく店内を見回す許可をとってしまった。
【こんなの持って本当にモンスターと戦えるのかな?】
僕らが見ていたのは僕の背丈くらいある大きな剣だった。
「大剣ですね。これを使える者はそれなりに限られると思います。がたいが良く、かつ熟練者でないと。小さくすばしっこいモンスターというよりは大きなモンスターに用いられる武器ですね」
【ソニアちゃん詳しいね】
「まぁ、それくらいは。ですので我々みたいなか弱い女子がもし使うとしたらこういう『ナイフ』や『ダガー』みたいな小さめサイズを使うのがオススメです。ま、そもそも私たちファビーリャ女学院の生徒は主に魔法を駆使して戦いますのであまり使うことはないでしょうが」
そう言ってソニアちゃんは腰のところからおもむろに短剣を取り出した。
【わ! ソニアちゃん、そんなのいつも持ってるの⁉】
【子供がそんなもの持ってちゃ危ないよ】と言おうと喉ぼとけのところまで出かかった言葉を慌てて飲み込んだ。
だってこの世界は本当にモンスターが闊歩する世界なんだ。なので身を守るための手段は多いに越したことはない。(それに微妙にソニアちゃんを傷つける言い回しだったので言わなくて良かった)
「えぇ、一応護身用に。でもまだ一度も使ったことはないですけどね」
するとほろ酔いの店主がカウンター越しから話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、なかなか良いダガーを持ってるじゃねぇか」
「みたいですね。アーデル製です」
「『アーデル』といえば王都でも1,2を争う名工房じゃねぇか。お嬢ちゃんさては王都でも名の知れた貴族の出だろ?」
「さぁ? 内緒です」
ファビーリャ女学院は名門校で通う子たちもほぼほぼ良家のお嬢様っていうのはなんとなく知っていたけど、今まさに僕はそれを実感していた。
「でもこのダガー、さやのところとか持ち手のところ結構装飾がくどくて実践向きじゃないんですよね。なので買い取ってもらえますか?」
ええ⁉
「別にうちとしては全然構わねーけどほんとにいいのかい嬢ちゃん?」
「はい! 高額買取お願いしまーす!」
即答だった。
【ほ、本当に売っちゃうの⁉ こんな素敵な短剣なのに⁉】
「はい。それで売ったお金で今度は使い勝手の良さそうなのを買いたいと思います」
ソニアちゃん…あんた僕以上に男性的だ。
で、査定の結果は、
「28ラブでどうだ?」
店主から提示された価格は我が家のひと月分の生活費を超えるものだった。
【そんなに⁉】
「おうよ! 勉強させてもらったぜ。こんな値段で買い取るところなんてこのアビシュリにはねぇーぞ」
たしかに短剣ひとつでひと月過ごせると考えれば僕なら即手放してしまいそうだ。ただ逆に考えれば買い取り価格でそれほどの値段が出たものを、さほど短剣に執着のないソニアちゃんが持っていたということはきっと誰かからの贈り物である可能性が高い。
誰かがソニアちゃんを想って、あるいは期待してそんな高価なものを贈ったのならそう簡単に手放してしまうべきではないとも思う。
【ソニアちゃんやっぱり考え直した方が…】
「30ラブ」
【え?】
けれどソニアちゃんはあっけらかんと言い張った。
「キリのいいところで30ラブにしてください。そうしたら私、その30ラブを軍資金に新しいダガー買います」
ソニアちゃん…あんた僕以上に男の中の男だ。
「いいね嬢ちゃん、気に入った! ファビーリャ女学院の学生はみんなお嬢様みたいなのばっかりだと思ってたが嬢ちゃんみたいな気概のある子もいるんだな! いいぜ、30ラブで買い取ってやるよチクショー!」
体格の良い店主は僕が想像していた通りの低い下品な声で笑いながら自分のお腹を『ポンポン』と叩いた。
そして交渉は成立し、もらった30ラブを軍資金に今度は売り手から買い手へと役目を変えたソニアちゃんだったがその威勢の良さ変わらず、
「なら早速ですけど店長、15ラブくらいで買える良いダガーを見せてください」
「あいよ! ちょっと待ってな!」
すると店主は楽し気な足取りで店の奥へと姿を消し、しばらくしてお盆に乗せた短剣とともに再び店へと戻ってきた。
「これなんていいんじゃねぇか? そこそこの業物だし、嬢ちゃんみたいな小柄な奴でも使い勝手がいい」
するとソニアちゃんは店主が持ってきた短剣を手に取ることもせず、パッと眺めた後、
「なかなかいいですね。これおいくらなんですか?」
「17ラブだ」
「なら2本もらいますので15ラブにしてくれませんか?」
そんなソニアちゃんの発言に僕も店主も一瞬、時が止まった。
【2本?】
僕の問いに重ねるように店主も、
「おいおい嬢ちゃん。たしかにうちの店は裏路地にあるけどよ、そう簡単にダメになるようななまくらは取り扱ってないつもりだぜ。いきなり予備まで買うなんて気が早ぇんじゃねぇか?」
「誤解ですよ店長。私はただこの人とお揃いのダガーを持ちたかっただけですよ」
そして向けられるソニアちゃんからの優し気な眼差し。
【あぁ、だから2本必要だったわけね。なっとく…できるわけあるかー!】
僕はつい『ジャパニーズのりツッコミ』を披露してしまった。
【もらえないもらえない。そんな高価なもの】
「えぇー別にそこまで高価じゃないですよ先輩。それにこれは先輩との初デート記念兼今日一日付き合ってもらったことに対する感謝の気持ちも兼ねているんですから絶対に受け取ってくれないと困ります」
困られても困ります。
ソニアちゃんにとってはそういった気持ちが込められているかもしれないけど、僕にとっては単なる『罪滅ぼしのデート』っていうことになっているのだからお礼なんてさせる義理ではないのに…。
そもそもなんでソニアちゃんはこれほどまでに僕に施してくれるのだろうか?
出会って間もない、媚びを売っても何にも出てこない僕なんかのために…。
「毎度ありー」
でも結局ソニアちゃんに押し切られてダガーと呼ばれる短剣をプレゼントされることになってしまった。
「これでお揃いですね先輩」
【はい。ありがとうございます】
満面の笑みで手渡してくる『ソニアちゃん』と『ダガー』の扱いを今後どうしようかと本気で頭を悩ませながら僕はありがたくダガーを受け取った。
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