第70話 告白
「というわけなので、これがランフォード姉妹のこれまで歩んできた軌跡なのでした。チャンチャン」
休みなく一時間以上は優に話していたと思う。
ライサさん、ソニアちゃんの関係性やその背景にあるものなど二人のことを理解するうえでとても有意義な話が聞けたと思う。もしソニアちゃんから今までの話を聞いていなかったら僕は今もライサさんとソニアちゃんの関係性を誤解していたかもしれない。(ただシリアスな長話のオチが『チャンチャン』ではなんとなく締まらない感じはしたけれども…)
【うん。二人のことが知れて良かったよ。一見すると仲の悪い姉妹って感じがしてちょっと心配してたんだけど、ふたりはちょっと今ボタンを掛け違えちゃってる状態なだけで、些細なきっかけでまたちゃんと元の位置に戻ることができるってことだね】
それを証拠に話している最中に時折見せたソニアちゃんの昔を懐かしむような表情はとても愛らしく、大切なもののこと大事に語っているように見えたから。
「ボタンの掛け違え…ですか? …そうですね。はい、そうです!」
あまり意識していなかったことなのか僕の言葉を
「なのでこれが私が先輩にこだわる理由です。複雑な心境ではありますけど、でもまず私から先輩に言えることは惜しみのない感謝の気持ちなんです。先輩がお姉ちゃんを支えてくれなかったら今頃私たちの関係はもっとこじれていたと思います。なので、きっかけを作っていただき本当にありがとうございます」
【そんなことないってば】
僕はソニアちゃんほどライサさんのことをよく知らない。でもそれだけははっきり言えた。
だってライサさんは見ず知らずの相手にでも相手が困っていると知るやアテラ語の勉強会だって開いてくれるような面倒見のいい人なのだ。だから冷えてしまった姉妹関係だってこのままで良いとなんて絶対に思っているはずがない。きっと今は機を探しているだけなんだ。
「そんなことありますってば。だから先輩が例え異世界人だろうと性別不明者だろうと私は先輩のために何かをしたいって気持ちに嘘偽りはありません」
だから僕がライサさんの力になったように今度は私がこの女装男の力になりたい、と。
ただ僕にライサさんを救ったという意識はまるでないし、むしろ救ってもらう側の人間なのでそんな過大評価してもらってもこっちが困ってしまうというか…。
「でももし先輩が本当に女性ならごめんなさい。今までの言動をこの場ですべて謝罪いたします。ただ理解してほしいのは立場上私は『生徒会役員』だし『ライサの妹』なのでどうしてもそこははっきりさせておきたかったんです。なので前回のデートではあんなことを言ってしまいましたけど…」
お股を確かめさせて…。うぅ、今思い出しても恥ずかしい…。
でも確かにソニアちゃんの立場からしたら生徒会の役員として風紀を乱すようなやつを見過ごせないだろうし、大切なお姉ちゃんの近づく人間のことだから当然身元ははっきりとさせたいはずだよね…。
「で、どうなんですか先輩、実際のところは…?」
ついに来たんだこの時が…。
セレーナさんと同じ勤務先のオリオリちゃんにはニオイであっけなく正体がバレてしまったけど、もし打ち明けるとなると関係者以外では二人目となるわけだけど果たして平気なのだろうか…、そんな考えが一瞬頭の中をかすめるもすぐにかぶりを振った。
だって今僕の目の前にいる女の子は一時間以上もかけて自分の過去やその胸の内を語ってくれて、それで僕に感謝の気持ちを伝えてくれた子なんだよ? それを『まだ信用できません』と言えるほど僕は落ちぶれた人間ではない…はず。
だから僕はソニアちゃんを信じて真実を告げる覚悟を決めた。
【……その…あの…いやでも…】
でも実際に人に懺悔するとなると、こうも躊躇するものなのか…。
【あ〜、…うむ】
言え。言うんだ! 頭で考えるな! 心を信じろ茶太郎!
【その…ずっと嘘をついていてごめんなさい。私は…いえ、僕は…男です】
ついに言ってしまった。
僕は何か月も学院に通い、女の子をだまし続けてきたという罪悪感をずっと抱いてきた。
不可抗力とはいえ着替えを覗いてしまったこともあったし、女子トイレに入ってしまったこともあった。その罪が消えるわけではないけれど、今真実を告げることによってその罪悪感からほんの少しだけ解放されたような気がした。
「…そうですか」
薄々は僕の性別に関しては気づいていたはずのソニアちゃんの口から「やっぱり」とあたかも想定内のような口ぶりをしたにも関わらずソニアちゃんの目だけは動揺を隠し切れていない。
おそらく心のどこかでは僕のことを女の子だと信じていた部分があったのかもしれない。もしそうなら本当に申し訳なく思うし、未だ真実を知らないエスティさんたちのことを考えると改めて僕がいかに深い行為をしているのか思い知らされる。
「ならその声は、地声ですか?」
【ううん。ヘリウの実っていうので声を変えてるんだ】
「うそっ⁉ まさかそんな幼稚なことを本気で日々実践しているんですか⁉」
【う、うん…】
未だ信じられないとばかりにテンションのギアがグイグイ上がっていくソニアちゃん。(そんな姿も珍しいな…)
そんなソニアちゃんに対して僕はこの
――――――――――
「なるほど…それで闇魔法の使い手であるお姉ちゃんに近づいたというわけなんですね。これですべての謎が解けましたよ」
【ご理解いただけて何よりです。それと色々とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした】
僕の話を聞いて高かったソニアちゃんのテンションはすっかりと通常値に戻っていた。
「先輩が女装しているのを知っている人って学院ではルリィ先輩とアイ先輩だけなんですか?」
【うん。誰にもバレていなければそのはずだけど…】
「はぁ~」
まるで感心するかのように頷きながら僕の方をじっと見つめるソニアちゃん。
「まぁ確かに今の先輩を見て『この人、男の人だ』って思う人はおそらく皆無でしょうね」
皆無なんだ。それはそれで男としての矜持が傷つくんですけど…。
するとソニアちゃんは突如テーブルに両腕を置き、『さぁ、ここからが本題だ』とばかりに少し前のめりで僕に迫ってきた。
「あの、確認なんですけど、女装しているのは元いた世界に帰るために仕方がなくしているだけですよね? 学院の女の子たちにいかがわしいことをする目的じゃありませんよね?」
【し、心外な!】
「じゃぁ、ちなみになんですけど、女装したことによって『ムフフ』な出来事ってありましたか?」
【…………あ~、いや~、それはその~】
「あるんですね」
小市民がゆえに嘘を即返答できなかった自分が憎い。
更衣室でのエスティさんのこととか、セレーナんの部屋での出来事、先日の遠足でのライサさんの水浴びの件などなど、数えてみたら結構際どい事件簿がいくつもあるぞ…。
いや自分を強く持つんだ。これらはみんなすべて故意で起こしたものは一つもないじゃないか! 不可抗力、不可抗力なんです!(汗)
【事故、事故なんだってば!】
「ナラ、ソウイウコトニシテオキマス」
うぅ…。ソニアちゃんの目つきが過去一番で冷ややかだ。
さよならチャコ先輩の好感度。(そもそもそんなもの無いか…)
「あともうひとつ。確認ついでなんですけど先輩は姉に対して『闇討ち』しようなんて思っていないですよね」
やみうち? 今度はなんとも物騒なワードが飛び出てきたな。
【僕が? ライサさんを? するわけないでしょ? っていうより魔法の使えない僕なんかにそんなことできるわけn……】
「あー、先輩。話の腰を折るようで申し訳ないんですけど、私まだ、その、先輩が男性であるって事実を受け入れ切れてなくてですね…一人称を急に『僕』に変えられると違和感しかなくてですね…」
【……】
芯が強いと思わせておいてからの繊細キャラ…。
でも逆の立場ならもしかしたら僕もそうなり得るかもしれない。例えばソニアちゃんが実は男の娘だったとしたらと考えると……うん。すぐには受け入れられないかもしれない。
【…コホン。私にそんなことできっこないし、私はライサさんから協力してもらわないといけないんだからそんなことするはずがないでしょ?】
「うん。先輩はやっぱりそっちの方がしっくりきますね」
カミングアウトの意味よ…。
「う~ん。例えば先輩の場合、アイ先輩の力を借りてお姉ちゃんを蹂躙させて言うことを何でも聞かせることも可能なような気もするんですが…」
蹂躙って…。そんなこと天地がひっくり返ったってするわけがない。断言できる。
【するわけないでしょ!】
「そうですね。先輩にそんな度胸なさそうですね。取り越し苦労した。すみません」
怒っていいのだろうか? それとも信用させたことを安堵べきなのだろうか?
というよりも…、
【そもそもライサさんが闇討ちってどういうこと?】
「あー、ほら、うちのお姉ちゃん
なるほどそういうことか。言われてみれば先日の遠足でアラクネと出会った際にライサさんに向かって「回収」だとか何とかって言ってた気がする。
「だから私、最初は先輩がお姉ちゃんに近づいてきた理由って『闇討ち』か何かするためかと思ってましたよ」
確かに。そういうことならそう思われても致し方ないかもしれない。でもありえないことだ。
【安心して私はライサさんに危害を加えようなんて絶対にしないから。ライサさんに何かあって困るのは私の方なんだから、むしろ私はライサさんを何が何でも守り抜くつもりだよ】
と、自分で言っておいて自分のくさいセリフに悶えそうになった。さぞ、ソニアちゃんをほくそ笑んでいるだろうと思いながらその表情を窺ってみる。
しかし結果は意外なもので、
「はい。そうでしたね。先輩は見事にそれを成し遂げましたもんね」
以外にも真剣な表情でコクコクと頷いていた。
「だから私は先輩のこと…っとっと、危ない危ない」
【???】
自信の頬を指で搔きながら苦笑するソニアちゃん。
一体何が危なかったというのだろうか?
「ま、とにかくですね! こうして私たちは秘密を打ち明け合った者同士、協力し合えると思うわけなのですよ!」
【それはまったくもってやぶさかじゃないっていうか協力者が増える分には大歓迎なんだけど、そもそも『協力し合う』ってどういうことなの? ソニアちゃんが私の秘密を守ってくれることに協力してもらうのはわかるけど、私はソニアちゃんのために具体的には何をすればいいの?】
僕の問いかけにさもケロッとした表情でソニアちゃんは言い放った。
「そんなの決まってるじゃないですか! お姉ちゃんを王都に連れて帰ります」
えぇ!?
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