第12話 放課後のティータイムはお嬢様とともに
【ダメだぁ~。全然ついていけな~い】
授業の終わりを告げる鐘の音とともに僕は昼休みと同じく、机に突っ伏しながら愚痴をこぼす。
「お、お疲れ様チャコさん。しょ、初日だし大変だったでしょ?」
あ、さっそくセレーナさんがタメ口を使ってくれてる。ただナチュラルに使えるようになるにはもう少し時間がかかりそうだな。
【お疲れ様。もう今日は帰ってゆっくりしたいよ】
僕の方は結構ナチュラルに話せてると思うけど、でももう体力的に限界。
まったくわからない授業のこととか、ハーフエルフのこととか、性別バレのこととかで頭がパンクしそうだ。こんな日をあと何日繰り返せば僕は日本に返れるんだろうか?
そんな疲れ切った僕の状態を見かねてか「では帰りましょうか」とルリィさんの鶴の一声で僕らは教室を後にしようとしたのだが、
「お嬢様お迎えにあが………、男ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
僕らと入れ違いで教室に入ってきたここの制服とは明らかに違う、けれどどう見ても正装をした女の人が腰に携えていた剣を…剣を⁉ 僕に振りかざしてきた。
【す、すみませーーーーんっ!!!】
何日も続きませんでした。即バレしました。そして切られますハイ。
「おやめなさいカレンっ!!!」
…き、切られなかった。刃は僕の額ギリギリのところで止まっていた。
声の主は今朝僕の編入を反対していたエスティさんだった。
「お怪我はありませんこと? うちの使用人が本当に申し訳ありませんわ。カレン、この方のどこを見れば殿方だと言えますの?」
あ、あなたは僕の命の恩人だ!
今朝の一件で抱いていた彼女に対する負の感情は僕の中からはきれいさっぱり無くなっていた。
するとその『カレン』と呼ばれる人は剣を鞘に納め、
あぁ、僕いつの間に尻もちついてたんだ…。
「本当に申し訳ございません! まさかこのようなお綺麗な方を一瞬でも男などに見間違えるなど、この『カレン・シー・ハビラング』一生の不覚! かくなる上はどのような罰もお受けいたします! さぁ! この剣でいくらでも私のことを刺してください!」
そう言ってカレンと呼ばれる人は腰に携えていた剣を僕の目の前に置いた。
【いやいやいや、全然気にしてませんから(嘘)! どうか頭を上げてください】
すると、
「ほら、そうおっしゃってくれているのだからあなたはさっさと彼女の荷物を拾って差し上げなさい」
そうエスティさんに言われて初めて自分のリュックの中身が床に散乱していることに気が付いた。
「はい、直ちに!」
するとカレンさんは速やかに床に散らばった教科書(こっちの世界でもらったのと習慣でつい入れていた日本で使っていたのも)や ノートをかき集めてくれた。
「もう、カレンまだこちらにも落ちていましてよ。……こ、これは…」
そう言って自分の足元にも落ちていた美術の教科書(日本版)を拾い上げるエスティさん。
「ん、コホン。え~、あなた。たしか『チャコ』さんとおっしゃいましたか?」
【はい。そうですが…】
「うちのカレンが大変失礼をいたしましたわ」
いつの間にか仕事を終え、エスティさんの後ろに待機していたカレンさんはエスティさんの言葉を受けて再び深々と頭を下げてくれた。
【いえ、そんな。この通りぼ、私はケガ一つありませんし、気にしないでください】
「いいえ、そんなことを出来ませんわ。お詫びと言っては何ですがお茶をご馳走させていただけませんこと?」
【そんなそんな。逆に申し訳ないです】
すると教室の離れたところから「エスティアーナ様のお誘いを断るなんて」とか「せっかく誘ってくださってるのに」とか誹謗的な物言いをする声があちこちで聞こえてきた。
(うぅ…)
これ以上悪目立ちをしないため僕はエスティさんのお誘いをお受けすることにした。
――――――――――
学院を出て、僕は彼女の言われるがままついて行き、僕の知るアビシュリの街の中にあっても明らかに格式の上のエリアにあるオシャレな喫茶店に案内された。
【あの~、エスティさん】
「申し訳ありませんがその呼び名は親しい友人にしか許可しておりませんの」
でも確か先生にも『エスティ』って呼ばれていたような…まぁいいか。
【そ、そうですか…。でしたら何とお呼びすれば…】
「『エスティアーナ』でお願いいたしますわ」
【では、エスティアーナさん】
「なんでしょう?」
【呼んでいただいたことは大変に恐縮なのですが、どうしてお呼ばれされたのが私一人なんでしょうか?】
「なら、逆にお聞きしますが、どうして私があの方たちを招待しなければいけないのでしょうか? カレンが無礼を働いたのはあなた一人だけのように見えましたが?」
そう言うとエスティアーナさんは優雅にカップに口をつけた。その姿はまるで一枚の絵画のように様になっている。
【そ、そうなんですが…】
そう、お茶会にお呼ばれされたのは僕一人だった。
あの時、喫茶店に行くことになったので僕はてっきりルリィさんたちも一緒だと思って「じゃぁ、行きましょうか?」と二人に告げたのだがそれを聞いていたエスティアーナさんが「あなた方は呼んでいませんが」とサラッと線引きをされた。
(気まずくてとてもお茶を堪能する余裕が持てないよぉ…)
目の前にはいかにも高級そうなティーカップに注がれた高級そうな紅茶と高級そうなお茶請け。日本にいた時だってこんな豪勢なものなんて口にしたことがない。
「チャコさん。先ほどからあまり紅茶が進んでいないようですが、紅茶はお嫌いでしたか?」
【いえいえ滅相もないですっ。 私あまりこういう立派なお店に来たことがないので緊張しちゃって…】
そう言って改めて僕は店内を見渡すと店内の壁には何点かの絵画が飾ってあることに気が付いた。
「あれらはエスティアーナ様のお父様であらせられる『ヴァンス・アルバート様』がこの店の開店記念して贈られた絵画です」
聞いてもいないのに親切に説明してくれるエスティアーナさんの付き人のカレンさんだった。
【そうなんですね、ありがとうございますカレンさん。ところでカレンさんってエスティアーナさんの…】
「えぇ。従者ですわ。とても優秀な」
【だと思いました。もう見るからに『出来る女』って感じですよね】
「それに極度の男性嫌い」
【…だと思いました(えぇ、あの剣幕ですもんね)】
これでまた女装に対する心構えをもっと強く持たないいけない理由ができた。でないと本気で首が飛んでしまいそうだ。
「…それで、なんですが」
【はい? なんでしょうか?】
「チャコさん。今朝は失礼いたしましたわ。つい声を荒げてしまって。たとえあなたにマナがなく魔法が使えなくてもあなたはあのシエナ様に認められた方、何か特別な事情があってこちらに編入してきたんでしょう? それを頭ごなしにあのようなことを言ってしまって」
今まで話してみた感じ、彼女は決して自分の非を認めないタイプの人間かと思っていた。だからまさか僕みたいな新参者に謝罪してくれるなんて思ってもみなかった。
【とんでもないです。私みたいなのが突然由緒あるファビーリャ女学院に編入してきたら誰だってそう思うと思います。それなのにこうして気を遣わせてしまったみたいでこちらこそ申し訳ないです】
「アルバート家の長女として当然のことをしているだけですわ、お気になさらず」
『アルバート家』が何なのかはよく分からないけどおそらく名のある名家なんだろうなぁ。
まぁこれ以上は今朝の話をしてもダレトク話なので僕は黙ってテーブルに置かれた紅茶をひと口飲んだ(おいし)。
「それで、その話は少し変わるのですが…」
【???】
「さ、先ほどのあなたの世界の本を…私に見せてくださらないかしら?」
エスティアーナさんが一瞬何のことを言っているのか分からなかったがすぐにさっき教室で落とした教科書のことを言っているだと気づき、速やかにカバンから高校で使用している教科書を全て取り出した。
【これのことでしょうか?】
本来なら
テーブルに並べた『国語』『数学』『英語』『世界史』『美術』の教科書の内、エスティアーナさんは迷わず『美術』の教科書を手に取り、若干鼻息を荒げながら(気のせいかな?)ページを開いた。
「…!」
エスティアーナさんは周囲を気にすることなくまるで噛り付くように教科書を見つめ、ページをめくる度に「このような…」とか「なんて…」とかつぶやいていた。
【美術、お好きなんですか?】
僕の声かけでようやくいかに自分が没頭していたのかを気づいたらしく、少し恥ずかしそうに、
「え…えぇ、多少ですけども」
絶対多少なんてレベルじゃないよなぁ。でも、そういうことなら…、
【よろしければ、それ差し上げますよ】
「ほんとに⁉ …ぅぅ、コホン。 いいんですの? ご自身でお使いになるのでは?」
【…いいえ、まったく。ここではもう何の役にも立ちませんから好きな方にもらっていただけるんでしたら私としても嬉しいです】
「そ、そこまでおっしゃるんでしたら、え、遠慮なく頂きますざますわよ」
うわー、語尾が乱れてるー。
でも裏を返せば相当に美術が好きってことなんだろうなぁ。
「ですがこちらとしてもタダで施しを受けるわけには参りません」
【いや、あの、お茶をご馳走になっているんですけど…】
「たかだかお茶の一杯で恩義を果たすなどと、このアルバート家長女エスティアーナ・アルバートが絶対に許しませんわ!」
めんどくさっ!
正直早く帰りたいんだよなぁ。でないとまた暗闇のネネツの森を歩く羽目になっちゃうし…。
【でしたら、…私と仲良くしてください】
思いもよらない提案だったのかエスティアーナさんの瞳が一瞬大きく見開いた。
【ご存じの通り私はマナを持たない異世界人です。きっと友人と呼べる人はなどほとんど現れないでしょう。遠く故郷を離れた今の私にとっては一人でも多くの人に親しく接してもらえること、これに勝る喜びはありません】
「…欲のない人ですわね。このような高価なものをいただいてしまったのですから大概の物はお渡しできましたのに」
そう言って呆れるように微笑みながら息を漏らすエスティアーナさん。
そんな姿を見て僕は正直おしい気もした。けれどそもそもこの世界に一体どんなものがあるのかよく分かっていないのだから要求しようがない(まぁ結局これで良かったんだと思う)。
「了承しましたわ。ですのでこれから親しみを込めてあなたのことは『チャコ』と呼ばせていただきますわ」
【はい。これからよろしくお願いいたしますエスティアーナさん】
「…エスティ」
【はい?】
「私もあなたのことをそう呼ぶのですからあなたもこれから私のことを『エスティ』と呼び捨てで呼ぶように」
ちょ、チョロ…。
さっきはまるで『エスティ』と呼ぶのに何年もかかりそうな雰囲気を
けれどやはりエスティア…エスティさんは
【て、体裁もあるのでせめて『さん』付けはさせてください】
「まぁ…それくらいでしたら」
僕の立場も理解してくれたのかエスティさんは僕の意見をすんなりと認めてくれた。
本当に今朝第一声で僕のことを拒否させた時はどうなるかと思ったがこうして直接話してみるととても理解のある人だったなんて…、人はちゃんと対面して話してみるまではわからないものだ。
だから安心してつい余計なことを口走ってしまった。
【あとお願いついでなんですけど、僕の恩人でもあるルリィさんとも―】
「それは無理ですわ」
きっぱりと、冷徹に、即答されてしまった。
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