第11話 女学院は怖いよ
【ダメだぁ~。全然ついていけな~い】
「文字の読み書きも出来なければ基礎知識もないんです。仕方がないですよ。あとで要点をまとめてお教えしますから心配しないでくださいチャコさん」
午前の授業が終わり、机に突っ伏しながら愚痴をこぼしていると前の席のルリィさんが僕を励ましてくれた。
「でも驚きました。チャコさん文字の読み書きは出来ないって言ってましたけど、終始ずっとものすごい勢いでノートに何かの書いていたから」
すると今度は隣の席のセレーナさんが僕に話しかけてきてくれた。
【文字の読み書きは出来なくても先生の言っていることはわかるのでせめて言っていることを箇条書きでいいからとにかくノートに残して、それから調べてみようかなって】
「それにしても本当にチャコさんって異世界から来たんですね。ノートに書かれてた文字、私にはまったく読めないです」
そう言うとセレーナさんは開きっぱなしになっていた僕のノートをのぞき込んできた。
【これはぼ、私の国で使われてた文字で『日本語』っていうんですよ】
「にほんご…、難しそうです」
すると今度はルリィさんが物珍しそうに僕の筆箱を眺めながら、
「それにこの筆記具…こんな形の筆記具は見たことがありません」
【あー、『シャーペン』のことですか。ここを押すと芯が出るんですよ】
シャーペンくらいで「お~」と驚いてくれる二人の反応を見て、つくづく転生されたのが学校帰りのタイミングで良かったなと思った。
【よろしければ代えのシャーペンならまだありますからこれ使ってみてください】
そう言って僕はルリィさん、セレーナさんにあまり使っていないシャーペンを手渡した。
「いいんですか? こんな高価なもの?」「こんな高価なものいただけません」と二人に遠慮されてしまったが僕は半ば強引に受け取ってもらった。
【これからお二人にはお世話になるんですから、って、敬語辞めませんか?】
急な脈絡のない僕の提案にポカンなとなるルリィさんとセレーナさん。
【ほら、私たちクラスメイトだし変に気を遣うよりもその方がいいんじゃないかと思って】
けれど二人は僕の提案にあまり良い顔をしなかった。
「その…私はかまわないのですが…」
と、セレーナさんが言いかけた時、
「あなた。なかなか面白いものを見せていただいているようですわね」
「わたくしたちにも見せていただけないかしら?」
声をかけてきたのは二人組のクラスメイト(名前はまだわからないけど)だった。
「は、はい。どうぞ」
そう言うと今まで座っていたセレーナさんは急に立ち上がり、僕があげたシャーペンを彼女たちに差し出した。
「ふ~ん。こんな形のペン、はじめて見たわね」
その二人組のクラスメイトは興味津々にシャーペンを眺めていた。
「よ、よろしければ差し上げます」
「あら、いいの? いただくわ」
えっ? セレーナさん、そんなにすぐにあげちゃうの? まぁ、もうあげたものだから誰に譲渡してもいいんだけど…。
ただこのふたりの態度には違和感しか感じなかった。もう少しセレーナさんに感謝の言葉ってものが言えないのだろうか?
「あ、あの…よろしければ私のも…」
すると今度はルリィさんがその二人に対して僕のシャーペンを差し出すと、
「結構。あなたのようなハーフエルフのお古なんて使いたくありませんわ」
【なっ…!】
セレーナさんの事といい、ルリィさんの事といい、さすがに黙って看過できず僕は彼女たちに注意しようと立ち上がろうとしたのだが、それよりも先に机に置いてあった僕の手にそっと温かい温もりが伝わってきた。
それはすぐにルリィさんの手の温もりであることも、ルリィさんが僕を制止しようとしていることもわかった。
「出しゃばった真似をして申し訳ありませんでした」
ルリィさんの言葉を聞いて満足したのかその二人組のクラスメイトはふら~と教室から出て行ってしまった。
そうなれば次に僕の言いたいことがわかるのかルリィさん間髪入れずに「お昼にしませんか?」と提案してきた。
――――――――――
木漏れ日差す裏庭。
緑も多く、庭の中央に井戸もあり、なかなかに趣のある庭なのに『裏』と言うだけあって他の女生徒の姿はなく、あまり人に聞かれたくない話をするのにうってつけの場所だ。
「先ほどは申し訳ありませんでした。せっかくチャコさんからいただいたものをお譲りしてしまって」
僕とルリィさん、それから話の流れでセレーナさんの3人は適当なベンチに座り、ルリィさんの用意してくれたお昼ご飯、森でとれた野菜のサンドイッチをご馳走になった(ちなみにセレーナさんの昼食は勤務先のまかないの残りだそうだ)。
本当は食べる前に聞くべき話だったのだが、思いのほか授業で頭を使ったせいでお腹が何度も悲鳴をあげてしまい、ルリィさんの計らいで先に昼食にしてしまった。
【それで、さっきのあれ。あんなの完全に差別ですよね? ハーフエルフの!】
昼食時の話題としては本当に申し訳なく思う。でもこれは今後この世界を生きていく上でとても重要なことなので聞かざるを得なかった。
「そういうことに…なるんでしょうか」
重たそうな口をゆっくりと開き『差別』があることを認めたルリィさん。
けれど正直そこまで驚きはしなかった。
どころか、もしかしたらそういう風潮がこの世界にもあるのかも、と思っていたので正直「やっぱりか」というのが率直な感想だった。
だって初めて会った際にルリィさんは自分の耳をやたらと気にしていたし、シエナさんの口ぶりからもなんとなくそれがあるような感じだった。
この街に初めて来た時も天気が良かったのに何故かみんなでローブを着てなるべく姿を晒さないようにしていたのも今となっては何となく理由が理解できる。
【でも、どうしてまた?】
「それは…」
歯切れの悪いルリィさんを見かねてか、代わりにセレーナさん神妙な面持ちで、
「おそらく、お互いのことをよく分かっていないのだと思います」
【わかっていない?】
「はい。エルフさんは主に森で、人間は街で暮らします。お互いは無駄な争いを避けるため必要以上に関わろうと決してしないんです」
【だから距離をとる? でもルリィさんは『ハーフエルフ』ですよ?】
「だからですよ。ハーフエルフさんっていうのはその両者よりも稀な存在でどちらにも属していない。だから皆さん距離をとってしまうのだと思います。ましてクラスの皆さまは旧家名家の出のものが多く、あまり他の種族との交流がないんではないでしょうか」
そういうものなのだろうか? ならなおの事、異文化交流として積極的にかかわった方が楽しそうなのに…。
【でも、ならセレーナさんはど…?】
「どうして私がルリィさんと距離をおいていないことですか?」
…す、鋭い。
申し訳ないけど、僕はセレーナさんをちょっとおっちょこちょいな人かなと思っていた。でも本当は人の感情の機微をちゃんととらえることが出来るすごく繊細な人なんだ…。
「私のいた田舎では人もハーフエルフもワーウルフもみんな仲良しでしたよ。なにせ自然以外何もないところでしたからみんなで力を合わせないと生きていけませんでしたから」
わーうるふ? さすが異世界。日々知らない言葉がどんどん生まれるなぁ。あとでルリィさんに聞いてみよう。
「まぁ、その田舎暮らしのせいでここでは私も浮いちゃっているんですけど」
そう言いながら苦笑するセレーナさんを眺めながら僕は先ほどセレーナさんがクラスメイトからシャーペンを半ば横取りされた時の光景を思い出していた。
きっとルリィさんもセレーナさんも今まで結構な苦労をしてきたんだろうな。それなのに僕ときたら「帰る帰る」って自分のことばかりで…。
僕は自分の『周りの見えなさ』具合に腹を立ててしまう反面、
【なんだかおもしろいですね】
「はい?」「はい?」
僕の言葉を受けて目を丸くするルリィさんとセレーナさん。
【”ハーフエルフ” に ”田舎の出身者” それに ”異世界人” きっとこんな個性派ぞろいの私たちってみんなからさぞ奇異なものに見えるんでしょうね】
自分たちが周りからどんな風に見られているのかを考えてみたら自虐的ではあるがつい笑みがこぼれてしまった。
そしてルリィさんもセレーナさんもつられて一緒に笑ってくれた。
【あ! そうだ! さっきの話の続き。私たち敬語をやめません? クラスの他の人はともかく、せめて私たち内々ではそのタメ…普通に話しましょう?】
そんな僕の提案に最初はためらっていたセレーナさんも「そうですね」と承諾してくれた。けれど、やはりルリィさんだけは眉をひそめて、
「私の場合、やっぱり難しいと思います。私が人と話している時に敬語を使っていないのは皆さんが不快になると思いますので」
何とも後ろ向きな発言。
こんなにいい人なのにどうしてルリィさんだけがこんなに気を使わなくてはいけないんだろうか?
変えてあげたい。
僕が日本に帰る前にルリィさんを取り巻く環境と、ルリィさん自身を。
そんなことを話していると昼休みの終わりを告げる予鈴がなり、僕たちは教室へと戻ることにした。
(あ、そういえば今朝エスティさんだったかな? が言っていた『黒髪』と『魔王』の関係についてルリィさんに聞きそびれちゃったな)
そんなことを思いながら僕はもうすっかり長くなってしまった自分の後ろ髪を触りながら教室へと戻って行った。
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