そして始まる女装生活

第10話 そして始まる女装生活


 ついに穿いてしまった…スカート。


「おー、違和感ないじゃないか」


 頭の中で何度もシミュレーションはしてみたのだが、実際にファビーリャ女学院の制服を着てみてわかったのは想像以上に精神的ダメージが大きいということだ。


「とってもお似合いですよチャコさん」


 嬉しくない、嬉しないです全然。

 お股スースーするし、全然いろいろと落ち着かないし。


 でもこれも日本に帰るため。ルリィさんと同じクラスの闇魔法の使い手に接近し、儀式に必要な闇のマナを分けてもらうためだ。

 スカートを穿いた代わりにプライドを脱ぎ捨てたんだ僕は!


【もう一度確認しますけど、闇魔法の使い手さんにあったらこの…?にマナを注入してもらえばいいんですよね?】


 僕は先ほどシエナさんに渡された透明な水晶のような石をみせた。


「『どう』な。魔石。今はまだ透明だがマナが貯まれば徐々に黒ずんでいって最終的には真っ黒になる。儀式には他にも色々と必要なものがあるが、とりあえず一番時間を要するのはそれだろうから頑張って貯めてきてくれたまえよ


 人の気も知れないで。


「ほら、そろそろ出ないと遅刻するぞ。編入初日から遅刻なんてしたらみんなからの印象悪いぞ」


 印象とかいう概念があったんですねシエナさん。


「おまえ今、失礼なこと考えてたろう?」

【いいえ、まったく。それでは不肖、柳町茶太郎これより行ってまいります】


 僕のあいさつにつられてルリィさんもシエナさんに「行ってきます」とあいさつをして僕たちは家を後にした。



――――――――――



 以前友達が『女子校は花園』って言っていた。

 彼がどういう意図でそんなこと言ったのか分からずその時の僕は話半分で聞いていたけれど、今ならその意図を少し理解できるかもしれない。


 だって教室中に漂う香りが咲き誇る『花』のように僕の鼻腔を刺激してくるから。

 でも僕は決して『花園』とまでは思わない。そんな穏やかな心境にはなれない。


 今の僕にとって女子校とはまるで『異世界の中の異世界』のようだ。



【今日から皆さんと共に勉学に励みます柳町やなぎまちと申します。どうかよろしくお願いいたします】


 腹は括った、そう思っていたのにいざこうして女の子たちを目の前にすると恐怖で逃げ出したくなった。


「………」


 先生に促され教壇に立ちあいさつをしてもクラスメイトになる予定の女生徒たちの表情は一向に硬いまま。

 必死の思いで振り絞ったのあいさつにも関わらず、あまり手ごたえがない。どころかとても歓迎してくれているような雰囲気ではなく、クラスにいる大多数の女生徒が困惑と恐怖を帯びた目でこちらを見ている。


 もしかしてもう男だとバレちゃったとか…? だ、大丈夫。ここは冷静に…。

 今オドオドしてはかえって目立ってしまう。ここは何とか毅然とした態度を装い、必死の思いをして微笑みかけてみたものの…結果は変わらなかった。


 正直、今更ながら何で女子校に来ようなんて思ってしまったのかとどっぷり後悔をしていると僕の様子を見ていた担任のパルナ先生が、

 

「え~、先日も話したがこのチャコ…ん? チャタ何とかって学院長から聞いてたが…まぁいいか。 彼女はマナをまったく持ちませんが何故かあのシエナ様が本学院への編入を強く推薦したというちょっと特殊な女の子です。少し戸惑うとは思いますが、皆さん仲良くするように」


 お、女の子…。

 うぅぅぅ…、今は男としてのプライドは捨てたんだ。これでいいんだ。


 パルナ先生の口添えのおかげか教室の雰囲気がある程度治まりをみせだしたのだがその直後「バン」と机をたたく音が教室に響き渡った。

 見ると教室の中央付近の席の女生徒が立ち上がり何とも物言いだげな表情をしている。 


「異議ありですわ! どうしてマナを持たない、魔法も使えない者を編入なんてさせたんですの⁉ ここは由緒あるファビーリャ魔導女学院、入学したくても入試の結果、なくなく涙を呑んだ方々も大勢いますのよ! 何よりも…」


 それを言われてしまうと良心が痛む。

 惜しくも力およばなかった子たちの努力を僕のエゴで踏みにじるなんて行為をしてしまったことに対して本当に申し訳なく思うけど、これも日本に帰るためと自分に言い聞かせ毅然とした態度を取るよう努めた(それにしてあの子、口調独特だな…)。

 

 赤茶色の綺麗な髪をたなびかせながら力のこもったまっすぐな眼差しで僕を見つめる彼女の姿はとても力強く、かつ気高さもあり小市民の僕はつい平伏してしまいそうだ。

 

「そちらの方黒い髪の持ち主のようですが、魔王との因果関係は本当にないのか確認出来ていますの?」


 …黒い髪? 魔王? そういえば前にルリィさんにも黒髪のことで驚かれたけどそのふたつは何か関係があるのだろうか?

 

「落ち着けエスティ。その件に関してはちゃんとシエナ様からお墨付きをいただいている。貴族たるもの落ち着きと寛容さも大事だぞ」

「…ふん」


 パルナ先生の一言が効いたのかエスティと呼ばれる女子生徒は僕を一瞥いちべつしてから不機嫌そうに再び席に着いた。


「え~と、それじゃぁ、チャコの席は…」


 そう言ってパルナ先生は教室を見回した。そのタイミングで僕も教室を見渡し、以前ルリィさんが言っていた『ライサリア』という人物を探した。

 ルリィさんによるとライサリアさんは僕と同じ黒髪の女性で、授業にはほとんど顔を出さないらしいのだが…今日は………いない。


 何度も見渡し黒髪の女性を探したのだが結局見つからなかった。

 その際にルリィさんとも目があったのだが、残念そうに小さく首を横に振っていた。


 どうやら今日は件の彼女は欠席のようだ。

 これで一日、日本に帰る日が延びちゃったな…。


「んー、あそこの隅、セレーナの隣に行ってくれ」

【はい】


 そんな僕の心情などお構いなしにパルナ先生は指で教室の一点を指し示したので僕は言われた席へと向かった。

 そこには先日ウェイトレス(?)姿だったセレーナさんが(今日はさすがにファビーリャ女学院の制服だけど)こちらに向かって小さく手を振ってくれている。


 廊下側の一番後ろの席。おまけに前席はルリィさんとなんとも良い立地だ。


【今日からよろしくお願いします。ルリィさん、セレーナさん】

「こちらこそよろしくお願いします」「こちらこそです。それと先日は本当にご迷惑をおかけしました」


 2人へのあいさつもそこそこに僕が席についたのを確認するとパルナ先生は「それじゃ、1限目は『歴史』なぁ」と、すぐに授業が始まった。




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