第9話 チャタロウ? チャコ?
【え、えぇ!】
よく見ればそのウェイトレス(?)さんの少し前には今まさに現在進行形でリンゴがいくつも転がりこちらに向かってくるではないか。
どうやら彼女が坂でリンゴを落としてしまったようだ。
「任せてください!『
そう言うとルリィさんは両腕を広げる。すると僕らの前に膝の高さほどの水の壁が生まれた。
【!!!】
一瞬、理解が追い付かなかったがすぐに「あぁ、これが魔法なのか」と理解した。
ルリィさんの狙いは見事に的中し、坂から転がって来るリンゴは吸い込まれるようにルリィさんの生み出した水の壁の中に入っていく。
【すごいですねルリィさん! これでもう…】
僕はリンゴが無事回収できたことをウェイトレス(?)さんに伝えようとしたのだが、
「あ、危ないでs…!」
ウェイトレス(?)さんの坂を下る勢い速度はおさまることはなく、むしろ速くなってこちらに近づいてくる。
【ちょ…!】
このままでは危ないと思い、僕はその水の壁を跨ぎこちらに向かってくるウェイトレス(?)さんを止めようとしたのだが…、
【止ま…!】
気づいた時には僕の視界にはウェイトレス(?)さんの胸部が広がっていて、次の瞬間には衝撃(やわらかい)と共に視界が真っ暗になった。
――――――――――
「本当にすみませんでした」
まるでこの世の終わりとばかりの表情で何度も頭を下げるウェイトレス(?)さん。
「…どうお詫びをしてよいやら」
【大丈夫ですから。お互い大したケガもなかったことですし、それでいいじゃないですか?】
むしろ謝らなければならないのは僕の方で(いや、お礼か………コホン)。
「でも…」
すると、
「あの、セレーナさん。
「それじゃぁルリィさんにも迷惑かけちゃいます」
どうやら二人は知り合いのようだ。
【あの~、二人はお知り合いですか?】
「はい。同じクラスなんです」
同じクラスと聞いて直感的に『闇魔法使い手』が思い浮かんだが、確か以前ルリィさんは闇魔法の使い手のことを『ライサリア』と呼んでいたので人違いのようだ。
「はじめまして『セレーナ・シャンリール』です。出身はドローミ高原にあるパストレ村です」
きれいなブラウン色の髪とクリッとした瞳が印象的な彼女。そして何よりその大きな…、
「あの…私の胸に何か付いていますか?」
【あー、いや何でもありませんよ】
先ほど顔面に押し付けられた胸の感触が強烈過ぎて自然と視線がそっちに行ってしまっていた。
これは以後本当に気を付けないと…。これから長い付き合いになっていくんだから少しでも女性として疑われてしまったら学院に通えなくなってしまう可能性がある。
【はじめましてセレーナさん。僕の…】
「僕?」
(ほんと、動揺し過ぎ…! 落ち着くんだ。落ち着くんだ茶太郎。戦いはもう始まっているんだぞ)
そして僕は勘付かれないように小さく深呼吸したのち、
【じゃなくって、私の名前は…】
名前…。
今後どれくらいの期間ファビーリャ女学院に通うことになるかはわからないけれど、日本に帰るまではやれることは全てやろうと決めた。
だからこんなところで男だとバレるのは非常にマズい。ゆえに男だとバレることを恐れて挙動不審な態度になってしまってもダメだ。
切り替えて、吹っ切れないないと…。
【…『チャコ』です。今度ファビーリャ女学院に編入することになりました。右も左もわからない未熟者ですがどうぞよろしくお願いします】
ルリィさんの「…チャコ?」というつぶやきがはっきりと聞こえた。
「チャコさんですね。こちらこそよろしくお願いします」
そう言ってセレーナさんは屈託のない笑顔で僕のことを受け入れてくれた。
「ところでセレーナさんその格好はどこかの貴族の方のもとでお仕事をされているのですか?」
「いえ、違うんです。この格好は私が働いているお店の制服なんです…っていけない! 私リンゴを買ってくるように店長から頼まれていたんです。すみませんけど、今日はこれで失礼します」
ルリィさんの質問に自分が置かれている状況を思い出したのか、挨拶もそこそこにセレーナさんは袋に入れたリンゴを持って慌ただしく来た坂を駆け上がって行った。
【慌ただしい人でしたね】
「…そうみたいですね。それで、あの、チャタロウさん。今の『チャコ』と言うのは?」
そりゃ、突然に名前を変えられたらビックリしますよね。ごめんなさい。
【僕のいた国では『太郎』というのは男の人に使われる名前なんです。だから女学院に行って『茶太郎』って呼ばれるのは何だか違和感ありありで。気持ち切り替えのために学院では『チャコ』って名乗ろうと思いました。ですのでルリィさん。混乱してしまうかもしれませんが女装している時はどうか僕のことを『チャコ』と呼んでください】
少し戸惑う様子を見せるルリィさんだったがすぐに了承してくれた。
「皆さんチャタロウさんの国の呼び名のルールなんてわからないだろうでしょうからそのまま『チャタロウさん』でもいいように思えますけど、チャタロウさんがそうおっしゃるのでしたら私はそれに従います」
【ありがとうございますルリィさん】
「ではさっそく、学院生活で必要そうなものをちょっと見て回りませんか?」
【でも僕、お金ありません】
「『私』ですよ、チャコさん。お金は私が立て替えておきますから安心してください」
そして僕らはルリィさんのエスコートでアビシュリの街をちょっと回ってからネネツの森へと帰った。
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