第8話 シエナという人


 僕たちは学院をあとにしたのだが、「久々にアビシュリに来たのだから」とシエナさんは学院を出てそうそうに一人で勝手にどこかに行ってしまった。


(たぶん酒処行ったんだろうな…)


 本来ならこのまま真っすぐ帰路につくのが正しいのだけれど、目の前には…、


「あのチャタロウさん、これからどうされますか? 少し街を見て回りますか? チャタロウさんさっき街中を通る際にすごく興味津々で街並みを見られてましたよね?」


 本来ならこのまま真っすぐ帰路につくのが正しいのだけれど、目の前にはまるで中世ヨーロッパを彷彿とさせる統一感のある街並み。こんなの教科書か『世界ふしぎ〇見』でくらいしか見たことがない。そんなフィクションのような光景が今、目の前に広がっていれば日本人なら誰だって無関心ではいられない。


 ただ、僕の知っている光景と唯一違うところは行き交う者たちがだ。

 ウサ耳の生やした者、角を生やした者、屈強な二足歩行のオオトカゲのような者。


 そんな様々な種族が行き交い、営んでいる姿を見ると改めて、「あぁとんでもない所に来てしまったんだな」と実感する。


【そうですねぇ。見て回りたいもの山々なんですけどこれから学院に通うことになれば嫌ってほどここを通ることになるでしょうからぶらぶらするのはまたの機会にします。それよりもルリィさんに聞きたいことがあって…】

「もしかして『魔王』のことですか?」

【…は、はい。よくわかりましたね】


 まさか当てられるとは思っていなくって少しアホ面になってしまったと思う。


「なんとなく。チャタロウさんを見ているとチャタロウさんのいた世界では魔王のような脅威が存在しない世界なのかと思いまして」


 僕ってそんなにのほほんとしたように見えますかね…。


「チャタロウさんが魔王のことを聞いてきたということはやっぱりシエナさんからは何も聞いてませんか?」

【あの人、一日の大半を寝るかお酒を飲むかで過ごしているから踏み入った話はほとんどしないんです】


 シエナさんの一日のサイクルを熟知しているのかルリィさんは「やっぱり」と言わんばかりに苦笑してみせた。


「ではシエナさんが受けた呪いの話は…?」

【それは『呪いを受けた』とは聞いていたんですが『誰から』とは聞いてなかったんです】


 自分がこっちの世界に連れて来られたきっかけの話なのに今更ながらそんなことも知らないなんてやっぱり僕ってのほほんとしてるのかな…。


 するとルリィさんは少し難しい表情になり、痒くもないであろう頬を小さく搔きながら考えているようだった。


「そう、ですね。歩きながら話しましょうか」


 そう言うとルリィさんは石畳のきれいな街道をカツカツと歩き出した。そして僕もそれにつられて歩き出す。


「結論から言うともうこの世界に魔王はいないです」


 僕はホッと胸を撫でおろした。

 平和大好き。平和一番。


【そうなんですかね。良かった】

「はい。戦時中は人族・エルフ族などのいくつかの種族で形成された連合軍と魔王率いる魔王軍との長きにわたる戦乱の日々をおよそ100年間続いていたんですけどね」

【100年もですか⁉】

「はい。日々繰り返される激しい戦闘のせいで山は削れ、川は枯れ、大地は荒れ果て、この世界アテラは存亡の危機にひんしてしまったと聞いています」


 賑やかな街の中心街を歩き、人の活気を肌で感じているその最中では過去にここも世界滅亡の危機にあったなどと言われてもいまいちピンとこない。けれど真剣な眼差しで語るルリィさんの姿から察するにその話は決して大げさな物言いでも、まして冗談なんかじゃないことはよく伝わってきた。


【なら、どのように回避したんですか? その…アテラ存亡の危機を?】

「このまま地上戦を続けていてはやがてアテラは滅びてしまう、そう考えた連合軍はある部隊を秘密裏に魔王の住む魔王城に送り込んだのです」

【その部隊っていうのが…】

「はい。シエナさんたち『彗星の一団クワトルステラ』の皆さんですね」

【…『彗星の一団クワトルステラ』?】

「はい。闇魔法使いのシエナさん。光魔法使いのトリエステ学院長。重騎士のアルバ様。そして勇者ターラント様。この4人からなる今や伝説とも呼ばれる部隊の名前が彗星の一団クワトルステラなんです」


 シエナさん…あなたただ者じゃないと思っていましたけど、まさか魔王を倒していたんですね。


 …頭が痛くなってきた。

 さっきから続けざまに放たれる『ルリィ砲』の威力はあまりにパンチがある。


 なんとなくゲームの世界観でそんな風な話を友人らが話しているのを聞いたことはあるが、僕の家はかなり貧しかったからその手の話に全然入れなかったんだよなぁ。

 こんなこともっと積極的に話の輪に加わればよかったなぁと今更ながら後悔する。


「具体的に魔王城で何が起こったのかは知りませんが、作戦は見事に成功し、今から10年前に魔王は討伐され、今に至るというわけなんですが…」


 さすがにこの世界アテラに来たばかりの無知な男にアテラ史を説くのも酷だと察してくれたのかルリィさんは苦笑気味に微笑み、

 

「ですので彼女たちはこの世界では英雄として崇められるほどとても有名人なんでよ」


 あの呑んだくれが? なんて軽々しく言ったらこの世界の人から石ぶつけられそう。今後はシエナさんへの認識を改めないと…。

 すると僕の考えが読めたのか、付け加えるようにルリィさんが言った。


「ただシエナさんは特にそういうのが苦手な方なので、本来就くはずだった学院長の座もトリエステさんに全て押し付けたって聞いてます…なんて人の事ばっかり言ってたらシエナに怒られちゃいそうですね。今までのは話はどうか私から聞いたなんて言わないでくださいね」


 ルリィさんは先ほどと同様自分の頬を小さく掻いて苦笑するものだから、僕は安心してもらうおうと笑顔でそう答えると、ルリィさんはつられて笑顔になってくれた。


 ここで話が節目になったことを見計らい僕は活気ある街並みを見回すことにすると、不意に足に何かがぶつかってきた感触があった。


【???】


 見るとそこにはリンゴが転がっていた。しかもいくつも。

 すると、


「あーあのー! ど、どいてくださーい!」


 すぐそばの坂の上から派手な装いのウェイトレス(?)さんが坂を転びそうになりながらこちらに向かって走ってきた。

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