第7話 面接


「ダメだ」


 ですよね~。

 こんなただ声を変えたくらいの小手さきの誤魔化しじゃ、毎日女学生と接している学院長様にはバレバレですよね~。わかってた~。


「昔のよしみじゃないかー。そこを頼むよトリちゃーん」

「トリちゃん言うな! …事情はだいたいわかった。けれど異世界の、しかも魔法はおろかまったくマナも持たない人間を入学させられるわけないだろ⁉ ここは『』女学院はなんだぞ!」


 え⁉ そっち⁉ 性別の問題じゃなくて?



 王立ファビーリャ魔導女学院(通称『ファビーリャ女学院』)に無事にたどり着いたまでは良かったのだが何を血迷ったかシエナさんは職員室で学院長へのお目通しのお願いもしないまま、着いた足で学院長室へと乗り込んでいった。

 その途中何人もの先生らしき方々に止められはしたもののシエナさんはお構いなしとばかりに学院長室の扉を躊躇もなく開けたものだからさぞかしトリエステ学院長も驚いただろう。けれど、トリエステ学院長は来訪者がシエナさんとわかると一度大きくため息をついたあと、渋い顔つきで僕らを招き入れてはくれた。

 

 聞いていた話では学院長のトリエステさんはシエナさんの旧友とのことだったので若くして学院長を任されるなんてすごい人なんだろうなと思っていたのだが、いや、確かにすごい人なのは間違いないのだろうけど、想像していたよりもマダムな感じだったので少し意外だった(そんなこと言ったら怒られそうだけど…)。


「だからそこをなんとか。ルリィの時みたいに頼むよ、トリちゃ~ん」

「トリちゃん言うな! ルリィさんの場合は、才能もあったし、金銭的、種族的な問題で彼女の才能を無下にするのは私としても本意じゃなかった。だから入学も許可したし奨学生として学費は考慮した。でも今回はいくら何でもダメだ!」


 いくら自分のことを言われているからと言っても自分自身まったくトリエステさんの意見に共感を覚える。

 僕なんかこんなのを入学させたら今までこの学院を志願して落ちてしまった人たちに申し訳がない(それにしてもルリィさんもシエナさんに口添えしてもらっていたんですね)。


「どうしてもダメか?」

「どうしてもダメだ」

「…そうか」


 シエナさんは今まで座っていた学院長室のソファの背もたれにため息とともにゆっくりと自分の体重をかけていった。

 さすがのシエナさんも無理過ぎる交渉に天を仰いだのかと思ったのだが、次の瞬間、


「あ、痛っ! 痛たたたたたたたたたた!」


 急に右腕を抑え、悶絶し始めた。


「え、あの…!」

【だ、大丈夫ですかシエナさん?】


 急なことに僕もルリィさんも慌てふためきながらそう尋ねると、


「なぁに、昔、魔王の攻撃からトリエステを庇った時に受けた古傷が急に痛み出しただけだ」

【ま、魔王⁉】


 突然の飛び出したとんでもな単語にこんな時に何を冗談言っているんだこの人はと思ったがなぜかトリエステさんは急に苦虫を嚙み潰したような表情になった。


(えぇ! なに、その反応⁉)


「だからそれについては何度も謝っただろう」


(冗談じゃないの⁉)


「いや、いいんだ。気にしないでくれ。私は誇らしいんだトリエステ。大切な仲間を守ることができたんだから。ただその後遺症が今も時々出るんだ。…まったく、本人を目の前にして厄介な呪いだ」


 いやいやシエナさん。学院長からは見えないように顔を隠してますけど、僕の方からだとほくそ笑むでるの丸見えですよ。


「…んんー! あーーー! わかったよ! 『異世界からの来訪者』という特別枠として…えーと、ちゃたろうさん? を受け入れるからもうそのネタを引っ張ってくるのは勘弁してくれ!」


 あぁ、人の贖罪心につけこんだ『罪滅ぼし詐欺』だ。


 さっきまで気丈な態度をとっていた学院長だったが、シエナさんに向かって頭を抱えながら頭を下げている学院長の姿はおよそ組織の長には到底見えなかった。


 すると学院長はソファから立ち上がり、自分の机に向かうと引き出しから何かを取り出し、僕に手渡してきた。


「はいこれ、ちゃたろうさん。それにサインをしてください」


 学院長から手渡されたのはどうやら入学許可証らしい。

 

(これにサインすれば僕はこの女学院に入学でき…いや、しなくちゃいけなくなる…)


 僕はいろんな意味での後ろめたさからサインをするのを躊躇していたが、隣に座るシエナさんからの「ほら」の一言に急かされ、つい勢いでサインしてしまった。


「はい、確かに。これで晴れてあなたもこの歴史あるファビーリャ魔導女学院の生徒です。私たちはあなたを歓迎しますよ、ちゃたろうさん」


 すると学院長は今度はシエナさんにも何かの書類を渡した。


「いや、別に私は入学なんてしないぞトリエステ」

「あなたのは契約書」

「???」


 まったく心当たりがないらしいシエナさんは眉をひそめる。


「『もう二度と昔のことで私を揺すらない』という契約書。 あと、前回ルリィさんの時も痛がってたけど、その時は左腕だったからね」

「そ、そうだったか、はは」


 すると意外にもシエナさんは渡された書類にササッとサインしてみせた。


「いつもすまないな。感謝している」

「ふん、あなたに迷惑をかけられるのにももう慣れたわよ」


 そんな二人のやりとりを見て、二人は本当に仲が良いんだなと心からそう思えた。


「それでちゃたろうさん」

【は、はい】

「登校日なんですが、こちらとしても色々と準備がありますので来週の後半からでいかがでしょうか?」

【はい。お願いします】

「わかりました。では教科書や制服などの必要品は来週のあたま辺りでルリィさんに届けてもらうことしましょう。それでいいですかルリィさん?」

「はい。私はそれで構いません」


 ルリィさんは毅然としてそう答えてみせたが、僕にはどうしても気がかりな点があった。


【あ、あの学院長。ひとついいですか?】

「はい。なんでしょう?」

【制服ってもしかしてスカートですか?】

「はい。それが何か?」


 万が一という期待を込めて聞いてみたのだが、世の中そんなに甘くはないかぁ~。


「このファビーリャ魔導女学院は名家のご令嬢や貴族、ときに王族のご令嬢も通われたことのある名門学院。制服もそれなりでなくてはいけません。ですのでちゃたろうさん…」


 学院長は僕の着ていた高校の学ランを眺めながら言った。


「あなたの今着ているその衣服、あなたのいた国では女性もそういう格好をしていたのかもしれませんが、この学院ではきっちりと制服を着用していただきます。いいですね?」


 一応助け舟を求めてシエナさんの方を見てみたがその表情な何とも嬉しそうで、人を助けてやろうなんて微塵も思わせないそんな顔つきだった。

 

【…はい】


 こうして僕の異世界での学院女装デビューが決まったのだった。

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