第6話 決断


 ネネツの森を抜ければ、そこは小高い丘の上。

 そこから見える景色は何とも雄大で、高い山々に囲まれた平野の真ん中にドンと大きな街はあった。


【おぉー! あれがアビシュリかー! って、わぁー!!】


 つい街に目をとられて僕は足元の小石につまづいてしまった。

 

「品がないぞ。今のお前はなんだからもっと清楚に『や~ん』くらい言ってみせろ」

【まだいいでしょう? のフリをするのは実際に学院長に会った時で】



 そう。僕とシエナさん、そしてルリィさんはルリィさんが通うという学院の学院長でシエナさんの旧友でもあるトリエステさんに編入の許可をもらうべく、学院のあるアビシュリという街に行くことになった。

 と、言えば簡単なのだが実は僕がその学院に通うためにはいくつもの大きな大きな問題があって…。



 話しは2時間ほど前にさかのぼる。



「そうだ! チャタロウ! お前、ルリィと一緒に学院に通え」

「何で突然そんな話になるんですか⁉」

「だっておまえ事あるごとに私に『家に帰らせろ、帰らせろ』ってうるさいからな…」

「当たり前です! 僕はもとの世界に帰るまでは何度だって言い続けます。まさかそれが嫌で僕を遠ざけるために学院に通えと⁉」

「…ち、ちがうぞ、うん、違う。断じてそんなはない」


 彼女の視線は明らかに宙を舞った。


「まぁ、そう言った意味合いも少しはあるかもしれないが、ちゃんとした理由もある!」

「では聞かせていただきましょうか」理由を」

「それはな…、なぁルリィお前の学院にたしか『闇魔法の使い手』がいたな?」


 僕らのやり取りから突然流れ弾が飛んできて一瞬動揺するルリィさんだったがすぐに、


さんのことでしたら、はい。一応同じクラスにいますけど…」


 …ライサリア。


「それって…」

「さすがチャタロウ。自分のこととなると察しが良いな。そうだ。お前をもとの世界に帰すための儀式には膨大な闇のマナが必要なんだ。その闇のマナを有するのが世界でも数えるくらいしかいない『闇魔法使い』だ。その使い手が今、ルリィと同じ学院に通っているんだぞ? さぁどうだチャタロウ?」


 なるほど。たしかに筋は通っている。

 シエナさんの話ではシエナさんは呪いにかかり闇魔法を思うように使えないらしい。ならシエナさんに代わる新たな闇魔法の使い手を探す必要がある、と。

 

 そして運よくルリィさんのクラスにいるライサリアという人物が闇魔法の使い手なら学院に通う理由としては十分だ。


(でもなぁ、シエナさんに正論を言われるとなぁ)


「な、なら…シエナさんが行ってもらってきてくださいよ」

「私は他にも儀式に必要なものを用意するのに忙しい。だからこそお前の方が適任なんだ。どうせ暇だろチャタロウ?」


 いつもお酒飲んで寝て、何かに取り組んでる時間なんてほとんどないくせによくもまぁそんなことをズケズケと…。

 でも確かに…ここでじっとしていても僕に出来ることなんてほとんどないし、ここはいっそのこと思い切っていろいろな人に接し、情報を得られる環境に身を投じておいたほうがいいかもしれない。


「………わかりました。可能なら是非そのなんとか学院に通わせてください」

「よーしよく言ったチャタロウ! やっぱり女は度胸だな」

「いや僕、男ですから」


 すると僕らの一連の話を聞いていたルリィさんがまるで小動物のように小さく挙手をし何かを訴えようとしていた。


「あの~、シエナさん」

「ん? どうしたルリィ? 嬉しくないのか? 今度からお前と一緒にチャタロウも学院に通ってくれるんだぞ?」

「その~、盛り上がっているところ大変恐縮なんですが…うちの学院、『女』学院なんですけど…」


 ………………………。


「あー、そうだったー」

「棒読み! あんた最初から知ってたでしょ⁉」


 正式名称を『王立ファビーリャ魔導女学院』と言うそうだ。


「いや無理です! 無理です! 僕はてっきり共学かと思ったから行く覚悟ができたんです! でもそれが女子校なら僕には絶対に無理です!」

「大丈夫だ。お前の容姿なら女装をすれば何とかなる」

「なりませんよ! 声で一発でバレますって!」

「何だそうなことか」


 そう言うとシエナさんは至って冷静にうしろにあった棚の引き出しをあさり、何かを取り出した。


「ほれ、こいつをなめてみろ」


 手渡されたのは見たこともないドライフルーツだった。

 けれどルリィさんはそれが何か知っているようで「それって…!」と少し驚いていた。


「こんな得体の知れないもの食べたくないですよ」

「いいから、つべこべ言わずにさっさと食べろ」


 とにかく食べないことには何も始まらないようで、僕は意を決してそのドライフルーツをひと口で頬張った。


「ん~…」


 あれ? これって普通に…


【おいしい! …って、ええ!!】


 声が変わってる。


「どうやらうまくいったみたいだな」


 したり顔のシエナさんに苦笑いのルリィさん。


【どうして⁉ 僕の声が女の人っぽくなってる⁉】

「わかったか? 今、チャタロウが食べた実は『ヘリウの実』といって男が食べれば声が高く、女が食べれば声が低く変わる実なんだ。こっちではよく子供の菓子でヘリウの実を少量練り込まれたものなんかも売られているんだぞ」


 子供心をくすぐりそうなお菓子ですね。日本だったらさぞバカ売れでしょう。


「そういうのはだいたい10分くらいで効力は消えるがお前が今食べたのはヘリウの実丸ごとだからな、4、5時間くらいはその声のままなんじゃないか」


 4、5時間か…長いんだか短いんだか。

 とにかくこういう機会なんてなかなかないわけでし、とにかく今は…、


【あー、あー、こちら茶太郎こちら茶太郎、応答せよ。『赤ガチャ〇ン 青ガチャ〇ン 黄ガチャ〇ン』】

「なんだその『ガチャ〇ン』というのは?」


 気にしないでください。単なる妄言です。


「どうだチャタロウ? これならどこからどう見てもお前は女だぞ」

【確かにこれなら何とか…じゃなーーい! こんな子供騙し、すぐにバレますよ! そもそも男の僕が女子校に通うなんて無理ですって! 格好も…それに立ち居振る舞いだって全然だし、すぐにバレて大目玉ですよ】

「はー。いいかチャタロウ。それがいいんだ。いまどき本気でヘリウの実を使って声を変えている大人がいるわけがないとみんな思い込んでいる。その裏を突く作戦だ。それと格好だが学院では制服を着るし、立ち居振る舞いなんてそこら辺いる女子生徒を真似ろ。以上。さーて、そうと決まったら…」


 いくら呆れられようと、いくら長年容姿が中性的なせいでからかわれてこようと、これだけは譲ってはいけない。僕にだって矜持ってものがあるんだ。

 男、田村茶太郎。ここは何としても拒否しなくては。


【いやいやいや、勝手に行かそうとしないでくださいよ。僕はまだ行くなんて言ってませんからね!】

「お前、私に言ったぞ『僕に出来ることなら何でもする』って」

【それは、確かに言いましたけど…】

「これは必要なことなんだ。それともなにか? お前の家に帰りたい思いはそんな程度のものなのか? そんな程度の覚悟しかない奴に私は毎日急かされていたのか? あー嫌だ嫌だ。いいな異世界人は自分は何もしないでもことが成せて」


 そんなこと言われたら…。


【…わかりましたよ! 行けばいいんでしょ? 女学院!】


 さよなら僕の矜持…。


「よーしよく言ったチャタロウ! やっぱり女は度胸だな」

【いや僕、完全無欠の男ですから!】




 こうして今に至るというわけで…。



「そんな気構えじゃ、勘のいいトリエステに一瞬で男だってバレるぞ。一秒たりとも気を向くんじゃない」

【…どうして僕が、こんな目に】

「ほらそれ。『』じゃないだろ? 『私』だ『私』。そんなんじゃミスファビーリャになんてとてもなれないぞ」

【それは絶対になりたくないですよ! 変な目標設定しないでください! …それよりも本当に良かったんですか、これ着てきて? これ学ランって言って僕のいた世界では男子学生が着る服なんですよ?】


 そして僕は自分の着ている学ランに目を向けた。


「そんなのお前が異世界人ってことで、どうにでも言い訳できるだろ? それに実際には街に入る前にを着てもらうからそう目立たんだろ」


 そう言って渡されたのは使い込まれた大きな布の塊だった。僕はそれをさっそく広げ、モノを確かめると、


【ローブ?】

「そうだ。昔私がよく着ていたやつだ。あんまりペロペロするなよ?」

【しませんよ! でもこんなの着たらかえって目立ちませんか?】

「いいんだよ。街中歩くのに私たちはじゃぁ悪目立ちするからな」

【???】

「ほんじゃぁー、行くぞー」

【あ、ちょ…!】


 そして僕らは青く晴れ渡った空のもと、ファビーリャ女学院に向かうべくアビシュリの街へと向かうのだった。

 



 

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