第3話 現実逃避
「なんだ、聞こえなかったか?」
聞こえましたよ。ちゃんと。
でももし聞き間違えならいいなという
「…今、なんて?」
「だから、ここで私と暮らしてもらう」
「いやいやいや、帰りますよ。家では可愛い弟、妹たちが僕の帰りを待っているんですから。それにバイトだって行かなきゃいけなし、明日提出する宿題もやらなくちゃいけないんです」
すると彼女は2,3回頭を掻いたあと一度小さく咳ばらいし、見るからに気乗りしなそうに『今に至るまでの経緯』とやらを僕に話してくれた。
それによると、
彼女は昔負った呪いに侵されているとのこと(昔って歳でもないでしょうに)。
その呪いを解くために呪いのせいで使用制限のかかった己のマナ(?)をコツコツと10年かけて貯め、そのマナを使って『召喚の儀(?)』を執り行い、呪いを解ける聡明で強力なツワモノに自分の呪いを解いてもらおうとしたらしい。
ちなみにマナというのはこの世界に存在するエネルギーの一種だそうで、そのマナを使って人々は日々魔法を使い、生活しているそうだ。
…という設定話らしい。
「…つまり僕はマナがないポンコツだからお役に立てなかったんですよね?」
「まぁ、そうだな」
「なら用済みってことですよね?」
「まぁ、そうだな」
「なら早く家に帰してくれませんか?」
「まぁ、無理だな」
「なんで!?」
「だからマナがないんだ」
まただ。
再三の妄想話にさすがの僕もついに声を荒げてしまった。
「だったらそのマナを誰かからもらってきてくださいよ!」
「大きな声を出すな。耳に響くだろうが」
「あなたがそうさせてるんでしょうが!」
「わかったからとにかくトーンを下げろ」
確かに声を荒げたところで何かが好転する気がしない。
彼女に
「…わかりました。…声を荒げてごめんなさい」
そんな僕の姿勢を見て彼女に少しでも何か伝わったのか、今まで以上に真剣な表情で彼女は言った。
「お前を元居たところに帰すにはもう一度『召喚の儀』を執り行う必要がある。それには確かにマナが必要だ。だがそれは私と同じ『闇のマナ』というちょっと特殊なマナでそのマナはそう簡単に持ち合わせてる奴はいないだ」
また妄想話を続けるのか…。
僕は苛立ちを通り越して呆れてしまった。
「それにその『召喚の儀』にはマナだけじゃなく、色々とアイテムも必要なんだ。それらを全て集めるのだって結構な手間を要するはずだ。だからそれを集めるまでお前にはここで暮らしてもらう必要なあるわけだ。わかったな?」
けれど、心のどこかで彼女のその真剣な語り口に「あぁ、本当にそうなのかも」と恐怖と焦りの入り混じった絶望感にも苛まれていた。
だからその恐怖を、焦りを拒絶するように、これは何かの悪戯であってほしいという一縷の望みを込めて僕は声を放った。
「いい加減にしてください! そんな与太話に僕を付き合わせないでください! どこの誰かも、誰に頼まれたか知りませんけどいいかげんにしないと警察呼びますよ!」
「けいさつ? 何だそれは?」
自分では何とか感情をコントロール出来ていると思っていても声を荒げてしまえば簡単に感情はヒートアップし、もう自分でもどうにも歯止めが効かなくなっていた。
「もうそういうのいいですから、さっさと僕を家に帰してください!」
「いや、だから私の聞いてたか? そう簡単には帰してやれないんだよ」
「ならもういいです! 自分で勝手に帰らせてもらいます」
そう言って僕は近くにあった扉から逃げるように汚部屋から飛び出した。
「っ!!」
するとそこには地元では絶対に見られないような立派な木々に囲まれた物静かな森のようなところだった。
「この時間から森の中を歩くのは危険だ。また明日ゆっくりと…」
あとから考えればよく日も傾き出した知らない森を一人で行こうとしていたものだと思う。けれどこの時は家で待つ弟や妹たちの顔が浮かび、居ても立っても居られず歩みを止めることが出来なかった。
「さようなら!」
そして僕は見知らぬ森の中へと歩き出した。
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