ようこそ異世界

第2話 同居のお誘い


 それはある日の放課後の出来事だった。


「じゃぁまた明日なー、茶ちゃ~ん」

だっつーの! 見てろよ、明日にはこの伸びた髪ともおさらばして男前の茶太郎になってやるからなー!」

「なんだよ、本気で髪切りに行くのかよ。結構みんなからも評判だったのになぁ」

「ようやくお金が貯まったんだからこんな鬱陶しい髪をいつまでもぶら下げておく理由はないでしょ」

「いや、ある! ジャージ姿の時に下心丸出しの男子に後ろから声をかけられるお前が見られなくなるのは寂しい!」

「うるさい!」


 そんな他愛のない会話もほどほどに僕はクラスメイトの友人と校門で別れ、昔なじみの床屋に向かった。


 

 柳町やなぎまち茶太郎ちゃたろう。16歳。6人兄弟妹きょうだいの長男。日々バイト三昧。

 それで柳町茶太郎という人間を最も簡潔に言い表すとこが出来る(悲しいかな)。


 シングルマザーの母の手助けになればとバイトで稼いだお金はすべて家の入れるため万年金欠ではあるけれど、ついに今日一年半ぶりに断髪できそうだ。


 足取りも軽やかに僕は老夫婦が営む馴染みの床屋の扉を勢いよく開いた。


「おじちゃーん、いr…」


 そこで僕の世界が歪んだ。

 

(あれ?)


 世界から一瞬で音が消え、視界が一気に暗くなり、何故だか妙な浮遊感と強烈な酔いが僕を襲った。

 例えて言うなら体調が悪いのに無理して栃木に遠足へ行ってバスの最後尾でいろは坂に揺られに揺られる、そんな感じだ。


(ダメだ…耐えられない。…いし…き…が…)



――――――――――



「〇%▽$◇#&×%!!」


 誰かの声で僕の意識はゆっくりと覚醒してきた。


「んん」


 頭がガンガンして到底学校に行けるような体調ではなかったが僕は何とか重い瞼をゆっくりと開くとそこには見慣れない衣装を着た女の人さんが僕に向かって必死に何かを訴えかけていた。


「%G$#@&◆◎!!」


 意識が朦朧としていたが僕にははっきりとしていることがあった。


(あぁ、この人きれいだな…)


 ただ彼女が話している言葉は全然理解出来ず、


「わ、わかん…ない」


 何が何だか分からなかったが何とか首を横に振り僕の意思を彼女に伝えようとすると彼女はしばらく僕のことを見た後、諦めるように息をもらし、おもむろに何かを取り出して僕の目の前に差し出したかと思えばあろうことかそれを僕に吹きかけてきた。


「な…」


 粉。

 そう分かった時には僕の意識は再び遠のいでいった。


 

――――――――――



     『ポロロロロン ポロロロロン ミーーーー』


 おかしな鳥のさえずりが妙に耳に残り、僕は目覚めた。


「お! 起きたな」


 どうやら同じ空間に誰かがいるようだ。


「おまえ男なんだな。格好はの服装のことだからよく分からんが、顔だけ見たらけっこう整ってるから女かと思ったぞ」

「…ふぁい、むかしからよくおんなのこに…って、えぇ!」


 纏わりつく眠気を必死で振り払うように僕は慌てて声の主の方へと上半身を起こした。

 するとそこには大量の空き瓶や本、何に使うのか分からないような金属製の実験道具のようなもの、色とりどりの植物など、無秩序に置かれた汚部屋、その汚部屋の片隅で優雅に何かを飲みながらイスに座る一人の『魔女』がいた。


「よう」


 『魔女』とは言っても本当に魔女かどうかは定かではないが、その身に纏う黒い服、そして漆黒色の長い髪が『魔女』という表現が一番しっくりくるというだけだ。

 

「え、え~と…」

 

 まずは状況を整理しようか。

 たしか僕は友達と校門前で別れて、その足で昔なじみの床屋のおじちゃんの所に行って、ドア開け…


「あれ? そっからの記憶がないな」

「あ~、たぶんそれは私が『異世界ここ』におまえを『召喚』したせいだろ」

「???」


 ただでさえ働かない頭に聞き慣れない言葉を言われ、頭はショート寸前だったが、彼女がこちらを向いた瞬間、完全に僕の思考は止まってしまった。


(この人は…)


「あ、あなた! 昨日夢で見た女の人!」

「いや、それ夢じゃないぞ」

「…あれが夢じゃない?」

「あぁ、ここに召喚したばかりでおまえずいぶんと朦朧としてたみたいだからな」


 言われてみれば確かに昨日みた夢は夢にしては妙にリアルだった気がする。粉を吹きかけられてむせた感じも、その後で突然感じた強烈な睡魔も何もかもが鮮明に思い出せる。

 

「で、でもそれならあの時たしかあなたが話していた言葉、あの言葉は間違いなく日本語じゃありませんでした!」

「にほん語? あぁ、おまえのいた所で話されていた言葉か。確かに聞いたことのない言語だな。 言語のことなら、ほら、おまえが今首から下げているやつ」


 そう言って彼女は僕の首元を指さした。

 僕は言われるがまま自分の首元をみるとそこには身に覚えのないネックレスがかけられていた。


「これは?」

「私が開発した『相手の話す言葉の思いをやりとりする』ためのだ。それがあれば例えば旅先で出会う様々な種族とのやりとりが容易になる優れものだ」


 あぁ、なんとなく分かってきた。

 前に友人から聞いたことがある。こう現実とファンタジーがごっちゃになっている人のことを確か『中二病』と言っていた。


 おそらく彼女もその手の人なんだろう。

 最近ではよくゲームやアニメのキャラクターの衣装を身に纏って楽しむ人たちも多いとテレビで見たことがある。


「なんだ信じてないな! 嘘だと思うなら試しにそれを外してみろ!」


(言われなくとも…)


 僕はその魔道具とやらを外したのを見て彼女は僕に話しかけてきた。


「%▲〇X$&@Ω√□」


 ………。

 そして僕はそっとそのネックレスを首に戻した。


「な? これでわかっただろ?」

「………」


 いやいや、どうせ外したの見て適当にそれっぽいことをそらんじただけでしょ? そんなドヤ顔されましても!


 徹底した彼女の世界観に正直ついていけていないが、いかんせんあまり頭も働ず口論する気にもなれなかったが、次に発した彼女の一言がそれを許してくれなかった。


「で、ここで本題なんだが」

「はい」

「おまえにはここで当面の間、わたしと暮らしてもらう」

「はい!?」

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