週末大戦争5・大乱闘だよ、全員集合!
「……お兄ちゃん!?」
モニタ越しに春羽は驚嘆した。
悪徳財団としてアクーラJr.を倒し、ヒーローの窮地を救う。その目的そのものは、多少過激なところもあったとは言え、およそ満点で達成できたと言える。だが、まさかここに来てヒーローの、それもお兄ちゃんからの介入を受けるとは。
悪の組織同士が潰しあうなら、ヒーローとしてはとても美味い話だと思うのだが。あるいは、それ以上に兄の正義感が強いということなのか。
どちらにせよ、この想定外の事態に何らかの対処をしなければいけない。秋紗も四季人も春羽にとっては大切な人だ。そんな二人が戦い、傷つけあうなど耐えられない。
「博士、いかがしましょう? 我々では解決法を考案できません」
とハルロイドが春羽に尋ねる。ハルロイドの脳とも言える人工知能システムは、過去の出来事をベースに最善の行動をとるというもの。なので未曾有の事態には弱いのである。
「そうね……。そうだ! 確かホログラフ射影機があったよね! あれをすぐこちらに転送して!」
「博士、あれは廃棄予定品です。射影を5分以上続けるとオーバーヒートする欠陥が発覚したので、現在はもう故障したまま放置されています」
「じゃあ故障したパーツを交換して! 今この場さえ乗り越えられれば、後はどうにでもできるから!」
春羽はハルロイドたちに命令を出す。この命令は即座に、本部に待機しているハルロイドたちに伝達された。後は、優秀なハルロイドたちがホログラフ射影機を少しでも早く修理しこちらに転送してくれることを、その間に秋紗たちが上手く立ち回ってくれることを祈るしかない。
高鳴る心臓、頬を伝う冷や汗。春羽は食い入るように画面を見つめる。
§ § §
「おいおい。命の恩人に攻撃するたぁ、ヒーロー様が聞いて呆れるぜ。恩を仇で返すなってママに教わらなかったのかぁ?」
オータムがジャスティンガー1号を睨む。
「頼んだ覚えもなければ、恩を着せられる言われもない。君たちが勝手にやったことだ。そして、これ以上の勝手は許さない。投降しろ」
「勝手にやったことって言うなら、最初から止めれば良かっただろうがよ。それを勝負がつく直前まで放置しやがって。ホントは潰しあわせて美味しい所だけかっさらうつもりだったんだろ? スケベ心が見え見えだぜ、糞ヒーロー」
相手がヒーローだろうと何だろうとまずは挑発するのがオータムの常套手段。
それに焚きつけられた、他のヒーローたちもが立ち上がる。アクーラJr.にボコボコにされた屈辱を、オータムに返さんとばかりの勢いだ。既に、先ほどとは毛色の異なる緊迫した空気が流れている。
しかし、この空気を大歓迎したのが怖いもの知らずの冬峰ことウィンター。事あるごとにヒーローとの直接対決を渇望していた彼女にとって、この状況は垂涎もの以外の何もにでもない。
「オーッホッホッホッホ! その意気や良し! かかってきなさい、やんちゃな坊やたち。ワタクシが遊んであげますわ!」
「そういうことなら仕方ありませんね。考えようによっては、良い機会です」
サマーもまた愛銃を構える。先ほど愛銃「Le Thermidor」を乱射し、常軌を逸した反動をその腕で制御し続けた結果、肉体が相当な負荷を受けていた。その結果、これを回復すべく体内のZombウィルスが自然と活性化し始めたが、今の夏瀬はこの副作用により苛立ちや攻撃性を誘起する脳内物質が異常分泌されている状態だ。まだ自我は明確にあるが、普段のクールな彼女からは想像がつかないほど攻撃的になっている。
なので、もう状況はいよいよ「悪徳財団vsヒーロー連合」という構図。
「オッシャア! 喧嘩だ、喧嘩ぁ! 来た甲斐があったぜぇっ!」
凶悪番長の二つ名を持つオータムはここぞとばかりに張り切っている。
が、その瞬間。思わぬ方向からとんできた一撃がオータムを殴り飛ばした。
「ぐっ!?」
「何、余所見してやがる。てめえは、俺の相手だろうが」
根性で調子を取り戻したアクーラJr.が、完全に余所見をしていたアクーラに一撃を入れたのだ。よろけたオータムに続けてもう一発入れようとしたアクーラJr.だが、しかしこれはガッチリ止められる。
「そいつはいけねえなあ。おかわりは有料だぜ?」
として突き放し、逆に体勢を崩されたアクーラJr.はそのままオータムに殴り飛ばされた。すると意外にも、そのもとにジャスティンガー1号が駆けつけ、Jr.を助け起こそうとする。
「なんの真似だ、糞ヒーロー。余計な手出しばかりしやがって」
「不当に人を傷つける行為は悪だ。悪に襲われた者を助けるのはヒーローの義務だ。例え傷つけられた相手が悪人であっても、自業自得と切り捨てることは僕らにできない」
とジャスティンガー1号は言う。
「いい子ぶりやがって。いつか痛い目見るぜ」
「そのときはそのときだ。──それはそうと、今はこの場をどうにかしなくちゃいけない。それで提案がある」
悪態をつくアクーラJr.に、ジャスティンガー1号は芯のある態度を貫きながらもあるひとつの提案を出した。
「アクーラJr.。奴を倒すために力を貸してくれないか?」
「何だそりゃ。正気かよ、糞ヒーロー」
「不本意だが仕方ない。今はあいつを止めなければ。もし承諾してくれるなら、君については減刑措置をとってくれるよう必ず上に掛け合う」
「しれっと俺が捕まる前提で話をすんじゃねえよ」
とアクーラJr.は言うが、それでも提案そのものを丸っきり突っぱねる気はおきなかった。ヒーローに負けることより、オータムに負けることの方が百倍腹立たしい。
「あいつを倒すまで休戦ってのは賛成だ。だがその後、俺がおとなしくお縄につくとは思うなよ」
「まだスペースタンカーを諦めないつもりか?」
「言うまでもねえ。だが、今日のところはおとなしく帰ってやる。どの道、まともに動けるのが俺ひとりならヒーロー全員ぶっ倒しても船を奪うのは無理だ」
「これ以上罪を重ねるな、アクーラJr.」
そう言い合っていると、またオータムが嘲笑の声をあげた。
「なんだぁ? ヒーローと怪人が談合かぁ? 面白れぇ、二人三脚でかかってこいよ。俺はひとりで相手してやるぜ」
「誰がふたりだけだと言った!」
として立ち上がる、その他のヒーローたち。ジャスティンガー、メラレンジャー、オシャレンジャー、カラインジャー。総勢100人を超える大群衆だ。
しかし
「『ナイトメアリアライズ・いざ鎌倉』!」
高らかにオーロラロッドを掲げたウィンター。同時に、地面から巨大な雪の壁がせり上がり、オータム・アクーラJr.・ジャスティンガー1号の3名と、それ以外の戦士を完全に隔離してしまった。
「オータムばかり楽しい思いを独り占めするのはズルいですわ。あなたたち有象無象の相手はこのワタクシとサマーが務めてあげますわ! 感謝しなさい!」
そうヒーロー軍団に喧嘩を売るウィンター。その隣でサマーが同じくヒーローの前に立ちはだかる。
「よもやこの私がこのような役回りに徹する日が来ようとは」
「たまには良いんじゃなくて? 運動不足は美容と健康の敵ですわ。──オータム! このワタクシにここまでさせておいて、無様に負けてみなさい? 次クールから最弱四天王はあなたですわよ!」
とウィンターが呼びかける。返事はない。
まあ、この雪の壁自体が巨大な幻なので、冬峰が幻術をかけなかった相手(即ち悪徳四天王)には壁の内外の様子が互いに透けて見える。オータムはすっかり臨戦態勢で、ウィンターの言葉にも肩をすくめるだけだった。
──さあ、いよいよ最後の決戦の始まりだ。
ウィンターとサマーは、ヒーロー軍団の前に立ちはだかる。対して、ヒーロー軍団も既に一度ボコボコにされているにもかかわらず、疲れや怯みの色を見せない。
「悪徳財団! これ以上の暴挙は俺たちが許さんぞ!」
と、威勢の良い言葉すらも投げかける。
「まあ嫌だ、ワタクシ熱血漢は大嫌いですの。ここはひとつ、ワタクシ好みの冷たい体にしてさしあげますわ! 『フラッペ・エンジェル』!」
技名を詠唱した途端、ウィンターの背中からかき氷のように白い巨大な双翼が現れた。それを羽ばたかせてウィンターは大空へ飛びあがり、同時にその羽ばたきが極低温の吹雪を巻き起こす。──実際の冬峰にそんな力はないので、すべては幻覚の産物だが。
「さ、寒い!」
「温度調節機能が効かないのか!?」
その恐るべき寒さにヒーローたちは叫喚。
ヒーロースーツに組みこまれた温度調節機能など効くはずもない。実際に気温が低いのではなく、「寒い」と感じるよう幻術をかけられているのだから。その有様を見て、サマーの中の人である夏瀬は改めて実感する。冬峰が敵ではなくて本当に良かった、と。
ところが
「こんな所でくじけるかぁッ!」
と、めげることなくひとりの熱血漢が立ち上がる。爆熱戦隊メラレンジャーのリーダー、メラファイア! 隊員であるメラヒート、メラマグマ、メラサニー、メラバーンを束ねる「ヒーロー界で一番熱い男」だ!
「その程度の子供だましで、熱く滾るヒーローの心の火を消せると思うなよ!」
「ふふふふっ、オーッホッホ! ならば消してやるまでのことですわ!」
ウィンターは高笑いを響かせたが、それを
「まあ待ちなさい」
と、サマーが止める。
「理屈は分かりませんが、あなたの技が通じにくい相手と見えますね。彼の相手は私がいたしましょう」
「あらまあ。でも確かに、全ての楽しみをワタクシが独占するのもサマーに悪いですものね。いいですわ、そちらの殿方の相手はお任せしますわ」
ウィンターは一歩下がって、愛銃「Le Thermidor」を構えるサマーに出番を譲る。
場の雰囲気は、サマーvsメラファイアの一騎打ちという構図。
──爆熱戦隊メラレンジャーのリーダー、メラファイア。
文字通り熱い炎を吹き出すグローブ「ファイアグローブ」を嵌め、燃える拳を叩きこむ格闘技を最も得意とする生粋のインファイター。ヒーローとしては熟練の手練れで、日本支部に属するヒーローの中では最強と言っても過言ではない実力者。3年前のネオ-デストロイ団総攻撃作戦にも参加し、中堅級怪人を打ち破る快挙を見せている。
「極悪宰相Lord.サマー! おまえの相手はこの俺だ! 覚悟しろ!」
「暑苦しい人ですね。なぜそこまで熱くなれるというのか。理解に苦しみます」
とサマーは言う。
「この戦いに、そこまでの価値がありますか? 命を懸ける意味がありますか? 私には分かります。貴方が必死になって守ろうとしている市民は、貴方が思っているほど貴方を必要とはしていません。むしろヒーローを過剰な武装集団だと認識し、このシステムに異議を唱える市民団体を知らないとは言わせません。今ですらこの状況だというのですから、もし世界から悪が一層されれば貴方たちは真っ先に居場所を追われるでしょう。平和な世界に英雄など不要なのですから。それでも貴方は戦いますか? 居場所なき明日を必死に追い求めますか?」
「俺の意思は揺るがない」
その問答をメラファイアは一言で切り捨てる。それを受け、大げさにかぶりを振るサマー。
「分からない人だ。裏切られることの辛さを分かっていない。私には分かります。どれだけ尽くしてやったか分からない。最善を尽くしても不平不満しか唱えない愚民、義務から目を背け権利ばかり主張する権力者、施してやればやるだけ更に傲慢な要求を突きつけてくる貧者、己の無能さを配下に擦りつけ現実から目を背ける統治者! 英雄、民衆を買いかぶるな! 奴らは普段こそ英雄を称えておきながら、少しでも辛くなればすぐ保身に走る! 少しでも自分の不利益となるようなら、恩も忘れて切り捨てる恥知らずの汚らわしいブタどもだ! それでも貴様は、強欲で下賤なブタどものために戦うというのか! 答えろ、英雄!」
「……おまえのように冷め切った男に熱を灯すには、言葉はあまりに無力すぎる」
そう言うメラファイアのグローブから灼熱の炎が吹き上がる。
「これが、この拳が、俺の答えだ!」
急接近からの正拳尽き。とっさにサマーは銃身でこれをガードする。
「生きるってのは、おまえが思ってるほど当然じゃねえ!」
続く二撃目。かろうじてスウェイで躱したサマーの頭部すぐ横の空を煮えたぎる拳が貫く。
「俺たちが生きてるのは、平和な未来でもヒーローがいらない未来でもねえ!」
そこから展開される横薙ぎ払い。これを再び銃身でガードするサマーに、身を焦がすような灼熱が襲いかかる。
「俺たちは今を、誰かが助けを求める今この瞬間を生きてるんだ!」
とっさに地面を撃ち高速後退したサマーだったが、誤算はメラファイアの最高速度を甘く見積もっていたこと。爆風を活かした高速移動はサマーだけの技術ではない。
「弱者を見捨てて得る明日になんの価値があるっ! 使命を全うせぬヒーローになんの意味があるっ!」
焦燥の末にサマーは銃撃で対抗した、その射線を一瞬で見切ったメラファイアにそれが当たることはなかった。
「俺たちの意思は揺るがない! 今この瞬間に悪がいるならば全力で戦うまでのこと! そして迎える未来に俺たちの居場所がないならば──」
だが、格闘技の達人であるメラファイアに同じ手が幾度も通じるはずもない。
「──それが本望ってもんだろうッ!」
鋭い拳が、ガードされていた頭ではなく、無防備だったサマーの胴をとらえた。あばら骨が折れ、いくつかの臓器がつぶれる。
流石は歴戦の勇者、アッパレといったところだ。
「本望、か……」
口内いっぱいに広がる血の味を噛みしめながら、サマーは銃を握りなおす。
「……拙い理想だな」
意地だった。相手が距離をとりきらないうちに、両手に持った愛銃でメラファイアの胴を撃ち抜いた。何発かは当たらなかったが、弾倉の中すべてを使えば無傷では済まない。
「ぐおぁっ!」
至近距離からの重い一撃を受け、メラファイアは倒れた。いくらヒーロースーツによるダメージ吸収機能があるとは言えど限度というものがある。むしろ、今の攻撃でまだ息があるだけ大した奴だと言うべきだ。
「……貴様のことは殺すつもりだったが、気が変わった。貴様を殺すのは私ではない。いずれ来るであろう冷遇と裏切りに満ちた世間が貴様を殺すのだ。メラファイア、私はそのような未来で貴様を待つことにする。その時はまた会おう。願わくば、同志として……!」
どれだけヒーローが熱い言葉を連ねても、それは夏瀬の中に響かない。悪の組織に捕らわれ、改造手術を施され、監禁されたとき。救助に来てくれたのはどのヒーローでもなく、春羽と秋紗という民間人だった。故にヒーローが重ねるどんな綺麗ごとも、彼女の中ではただただ空虚だ。
──肩で息をしながら踵を返したサマー。しかしその先に、ひとりのヒーローが立ちはだかる。
「なかなかやるもんだね、怪人の癖に」
赤い燕尾服とシルクハットに似せたヒーロースーツという風変わりな格好。彼の名は、洒落乙戦隊オシャレンジャーのリーダー、カーマインレンジャー。隊員である を束ねる自称「ヒーロー界で一番の色男」だ!
「僕はカーマイン。本来なら名刺を渡すべきなんだろうが、今から死に行く者に渡すのは無駄だからね。割愛させてもらう。感謝してくれよ、ヒーロー界一の『色男』である僕の手で最期を飾れることを」
「生憎、貴方のような『色物』にやられるほど落ちぶれてはいません」
サマーは即座に銃を構えてカーマインを撃つ。
だが激しく輝くプラズマ光弾はカーマインの目前でピタリと止まると、まるで壁に衝突したゴム毬のようにサマーのもとへ方向転換! その異常なまでに強められた威力がそのままサマーを襲う!
──洒落乙戦隊オシャレンジャーのリーダー、カーマインレンジャー。
地球上にも数えられるほどしかいないという「超能力者」のひとり。視界に入った物体を自由自在に操れる念動力の持ち主で、ほぼその力だけでヒーロー戦隊に入隊できたようなもの。彼に合わせて他の隊員も魔法風の装備を使用しているが、本物の超能力者は彼ひとりだけである。
「おバカさんだねえ、君も。本気で僕にそんな物が通じるとでも思っていたのかい?」
流石に地に膝をつくサマーを見下ろしながらカーマインは嘲笑う。
「さあ、どう殺してくれようか。どうせなら見栄えが良いのがいい。僕みたいなヒーローは格好よくなくてはならないからね」
と、まさにサマーへとどめの何かをしようとしたその瞬間。
「させませんわ!」
ふたりの間に颯爽とウィンターが割りこむ。
「ここから先はワタクシが相手でしてよ!」
「ふーん、そう。女に手をあげる趣味はないが、相手が悪の怪人じゃあ仕方ないねえ。ならばまずは君から始末してやろう」
と、カーマインもウィンターをロックオンしたようだ。
「感謝してくれよ。君はこれから悪人史上、最も美しい死に方で倒されるのだから!」
「ならばワタクシはヒーロー史上、最もブザマな方法であなたを倒してさしあげますわ!」
魔法のステッキを持つカーマイン、オーロラロッドを持つウィンター。ふたりの視線が激しく火花を散らす。
先に動いたのはウィンター。
「行きますわ! アイドル忍法『KBS(かげぶんしん)47の術』!」
その途端、カーマインの周囲に次々とウィンターの分身が現れる。たぶんだが、47人よりずっと多い。
「さあ、キザな坊や。本物がどれか分かるかしら?」
「悩むまでもない。本物も分身もすべて倒してしまえば良いだけさ!」
としてカーマインは得意のマジカルダーツをお見舞いする。この必殺技は、彼の強力な念動力によりダーツの矢を音速級に加速させるというもの。先端にはシビレ毒が塗ってあるので、対生物用としての威力は見た目以上にある。
ダーツをうけるたび、地面に倒れる分身たち。自信過剰なカーマインはこのとき、既に勝利を確信していた。実はもう既にウィンターの掌の上で踊らされているとも知らずに。
実は、ウィンターが使用したのは分身の術などではない。他のヒーローたちの姿がすべてウィンターに見えてしまうような幻術である!
そうとは気づかず、カーマインは仲間たちにマジカルダーツを投げまくった。突然狂乱した仲間の凶行に周りのヒーローたちは狼狽えたが、あまりにカーマインが強すぎるせいで手も足もでない。彼を正気に戻そうと呼びかける仲間もいたが、ウィンターの強力な幻術に阻まれ、その声が届くことはなかった。もしまだメラファイアが戦闘不能でなければ、止められたかもしれないが、それはタラレバというものである。
その場にいた全ヒーローが倒れた、その直後。
「ご苦労様、坊や。あなたは用済みよ」
ウィンターは幻術を解いた。もちろん、カーマインの周囲で、戦闘不能に陥った仲間があちこちに倒れている。
「な、なんだこれは!」
「そしてあなたがラストワン! お下品上等安産祈願!」
カーマインの背後に回り込んでいたウィンターが、本人は技名だと思っている何かを唱えながら、カーマインの尻を激烈な勢いでド突く! 幻術により体感威力は除夜の鐘の一突き級にある。
「あふぅん!」
そうしてカーマインも沈黙した。ヒーロー史上、稀にみるブザマなやられ方だった。
「オーッホッホッホッホ! なんて貧相な括約筋なのかしら! それで元気な世継ぎが産めるのか、敵ながら心配になってしまいますわ!」
とウィンターは高笑い。メチャクチャな限りである。
だが、その高笑いも一瞬。というのも、いきなり目前に巨大な人型ロボットが現れたからだ。その正体は、辛口戦隊カラインジャーが保有する巨大ロボ「華麗なる鉄人・ガラム×マサラ」!
そう、このままでは勝てないと悟ったカラインジャーは巨大ロボを召還したのだ。
──華麗なる鉄人・ガラム×マサラ。
全高49m、重量1234t、出力2500万馬力の巨大人型ロボット。
そもそも優秀なメカニックが揃うカラインジャーは、肉弾戦よりメカやロボを駆使した戦いを得意とする。そんなカラインジャーが、自分たちよりはるかに巨大な存在に立ち向かうべく開発したのが、この巨大ロボ「ガラム×マサラ」なのだ。
製造にあたり、特殊超合金「スパイシー合金」をふんだんに使用。この超合金は軽量でありながら優れた強度を誇る逸品。欠点として、金属でありながらなぜかカレーの匂いがするのだが、この欠点が取り上げられたことは一度もない。
とにかく軽くて丈夫で高燃費。口から吐く灼熱の「スーパーマサラ砲」で敵を瞬く間に焼き尽くす!
『甘い甘い甘すぎる! 悪の怪人よ、甘口なのはここまでだ!』
「ちょちょちょ、ちょっと! それはあまりに卑怯ですわ! そういうのは怪人が巨大化してから出すものではなくて!?」
ウィンターは狼狽した。
彼女の幻術は「相手に自分の魂の断片を憑依させる」というプロセスで成立する。すなわち相手がロボットだと手も足も出ないのだ。どこかにあるコックピットにはカラインジャーが乗っているのだろうが、何せロボットがデカすぎるのでどの辺に乗っているのか把握しづらく、今から術をかけなおすことも難しい。
『問答無用! スーパーマサラストンプ!』
ガラム×マサラの無慈悲な踏みつけ攻撃がウィンターを襲う。
「ぎゃーっ!」
とその場で腰を抜かし、いまひとつ乙女らしさに欠ける絶叫をあげるウィンター。
だが、もうダメかと思った瞬間! サマーがガラム×マサラの足の下に入り、その踏みつけを力ずくで止める。
「……軽いぞ、正義」
火事場の馬鹿力、Zombウィルスがもたらした渾身の怪力を使ってガラム×マサラをはねのける。さらにガラム×マサラがよろけた刹那。愛銃を地面に撃ってその反動で高く跳躍すると、ガラム×マサラの胸ほどの高さでサマーは両手の銃を構えた。
「必殺!」
というかけ声と同時に放たれた、特大プラズマ弾がガラム×マサラの胸を装甲ごとぶち抜いた。
全エネルギーを一度にすべて照射する、Le Thermidorの必殺攻撃。威力もそうだが反動の方も通常射撃よりはるかに強く、これをすると夏瀬ですら腕の骨にヒビが入ってしまう。なのでまず絶対に外せない、本当に奥の手なのである。
『うわぁぁぁッ! 甘かったかぁぁッ!』
胸に風穴を開けられたガラム×マサラは、そのまま地面に倒れ沈黙した。
このガラム×マサラの敗北をもって、ヒーロー軍団は完全壊滅したことになる。──最後のひとり、オータムと対峙中のジャスティンガー1号を除いては。
「サマー、大丈夫ですの?」
流石にダメージを受けすぎたサマーに、ウィンターが労いと心配の言葉をかける。
「かろうじて、ですがね」
とサマーは言葉を返す。
その体内ではZombウィルスの活動が激化しており、春羽特製の「リストフォンと一体化した投薬装置」からのウィルス抑制剤の緊急投与が始まっていた。
これ以上、体にダメージを追うとZombウィルスの暴走が末期的ステージを迎え、理性も自我もない怪物へと変貌しかねない。ウィルスが分泌する脳内物質も馬鹿にならず、今、サマーの中にはとてつもなく強い破壊衝動が渦巻いている。それをどうにか抑えられるのは、ただ「春羽社長の迷惑になるわけにはいかない」という強い理性のおかげだが、それもこれ以上戦い続ければどうなってしまうか分からない。
「とにかく、我々のタスクは終わりました。あとは、オータムに任せましょう」
どうにか平静を装いながらサマーはそう述べ、激闘を繰り広げる3人の戦士に目をやった。
ジャスティンガー1号、アクーラJr.、そしてCpt.オータム……。
悪の四天王は大変なお仕事ですが三食付きのアットホームな職場です。 @Roxie
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