週末総攻撃・幕間 ~ HAL社→悪徳財団

 シティホール前。怪人チャバンスが取り押さえられ、すべての戦闘員が撤収したこともあり、駆けつけた精鋭警官隊や救急隊が事態の収拾に乗り出していた。もう全ての脅威は排除されていたため、目立った問題らしい問題もなく、一時は捕らわれた人々も救助されていく。

 そんな中、規制線をようやく潜り抜けた夏瀬と灯夏を待ち受けていたのは、彼女らを迎えに来た春羽と秋紗、それに既にショッピングモールで回収された冬峰だった。

「社長!」

「ナツちゃん、無事だった!?」

 再会を喜ぶ夏瀬に、春羽が心配の言葉をかける。

「はい。おかげさまで、妹ともども無事です」

 として夏瀬は隣に引っついている灯夏に目を向けた。家族写真を見せたことはあるが、実の妹を会社の同僚に見せるのはこれが初めてである。

「こちらが妹です」

「あ、こ、こんにちは。夏瀬の妹の、灯夏です」

 灯夏は、まだ事件のショックでいつもの明るさを発揮できないようだったが、それでも精神的にはいくらか落ち着いたようだった。

「流石、姉妹ですね。ナツさんとそっくりです」

 そんな灯夏のことを、冬峰は舐めまわすように見つめて言った。

「ナツさんとは何歳差なんです?」

「7つ下で、今は17歳です」

「なんと! 私より下!? その見た目で!?」

 冬峰は驚愕した。灯夏は17歳ではあるが、オシャレのセンスはバッチリ。しかも大人びた夏瀬と似通った容姿ということもあり、かなり綺麗に見える。それこそ17歳には見えないくらいには。

 冬峰が「年下に負けた」という敗北感に打ちひしがれている中、秋紗のリストフォンにまた着信が入った。もう画面を見るまでもない。総司令からだろう。

 通信開始すると同時に、総司令の緊迫した声が鳴り響く。

『──ゼロ号! 緊急事態だ! ヒーローが劣勢で、このままではネオ-デストロイ団を抑え切れない! もうこうなっては形振り構ってはおれん! すぐさま急行しろ!』

 その通信を、秋紗は辟易した顔を浮かべながら黙って切る。完全に「我関せず」といった態度だ。だがスピーカーから漏れ聞こえる声を拾った春羽が、心配そうな顔を秋紗に向ける。

「アキちゃん。今の話って……」

「スペースポートでネオ-デストロイ団のボスが暴れてるみたい。ヒーロー、かなり苦戦してるって」

「ヒーローって、ジャスティンガーが?」

「ジャスティンガーも含めて、総司令は日本中の公認ヒーロー戦隊をかき集めてスペースポートの警備に当たらせていたはず。敵が強いのか、ヒーローが弱いのか……」

 春羽の態度とは対照的に、秋紗は呆れ気味だ。

 しかしジャスティンガーがピンチというのは、春羽にとってのっぴきならない事態だ。なぜなら、大切なお兄ちゃんがジャスティンガー・1号なのだから。

 そうした表情の変化を察した夏瀬が、灯夏に声をかけた。

「灯夏。私たちはこれから仕事で動かないといけないみたい。灯夏ももう今日は帰りなさい。ああ、その前に父さんや母さんに連絡するのよ。心配するでしょうから」

「夏瀬は?」

「私は大丈夫よ。父さんたちにもそう伝えておいて」

 と、夏瀬は灯夏を駅の方に送りだすことにしたようだ。確かに、部外者の灯夏がいる前で深い話をし続けることは難しい。

 灯夏はすぐに了承できないようだったが、そんな彼女の肩にポンと手を置く冬峰。

「今度の週末、私に似合いそうなお洋服をナツさんと一緒に選んでくれませんか? 私も一度くらいベッピンさんになってみたいんです」

「え? あ、は、はい……」

話の腰を折ることに関して冬峰の右に出る者はそういない。その間に夏瀬はもう灯夏に背を向け、春羽たちの方に向いて仕事モードに。反論できる唯一のチャンスを冬峰が潰してしまったことで、灯夏はそれ以上何も言えなかった。

仕方なく灯夏はひとりで駅に向かう。それを確認すると、夏瀬は救援に駆けつけてくれた擬人化ハルロイドのひとりを捕まえた。

「そこの君。悪いけど、妹が家につくまでそれとなく見守ってくれないかしら」

 そう言いながら交通費を渡す。ハルロイドは、それを了承した。



「で、これからどうする?」

 近場の駐車場に置いていたHAL社の4人が社用車に乗りこんだ、そのとき。運転手である秋紗が誰にともなく問いかけの言葉を放った。

 夏瀬と冬峰は、助手席に座る春羽の発言を自然と待つ。結局のところ、この組織の最終決定権が春羽にあるという認識は3人の間で共通なのである。

 だが春羽は、まだ結論が出ていないようで、どんな言葉を発することもなかった。当然、秋紗もエンジンこそかけたものの、車を発進させずに待機する。

 しばしの重い沈黙の後。

「……みんなには頼みにくいんだけど、ひとつ、いいかな」

 春羽が口を開いた。冬峰が固唾をのむ。

「今、スペースポートでヒーローの皆さんが悪の侵略者と戦っているみたい。私にできることがあるかどうか分からないけど、このまま無視して帰りたくはないの。お願い、知恵か力を貸してくれない?」

 それは、これからスペースポートで行われている戦いに助太刀へ行くということ。それを聞いた途端、冬峰は歓声を上げた。

「流石ですボス! こうなったら、すぐ殴りこみさ行きましょう! もちろん、ここは私さお任せください!」

 と力強く断言する冬峰。

「ですからボスは、四天王コスチュームを準備してください。と言うか、やっぱりこういうときのために変身装置がほしいです。そろそろ作ってくれません?」

 そう。冬峰の考えは、悪徳四天王に扮してネオ-デストロイ団に攻撃をしかけるというものだ。こういう考えが真っ先に飛び出すのが冬峰らしいところである。

 普段ならこうなるとまずストップをかける秋紗だが、

「……今回はそれもアリだな」

 と、珍しく抵抗を見せなかった。てっきり反対するものだと思っていた夏瀬が少し驚く。

「アキさんもその案に賛成なの?」

「ヒーローの前で悪目立ちしたくはないし、侵略集団に素顔をさらすのもリスクがある。だったら、完全な別人に扮して真正面から侵略集団と戦うというのも悪い策じゃないと思う」

 それを聞いた途端、冬峰の顔がパァァァッと明るくなる! これは、完全なるゴーサイン!

 だが、それだけではなかった。

「……そう。プロのアキさんがそう判断したなら、私もそれに乗るわ」

 と、普段なら悪徳財団としての活動に消極的な夏瀬までもが自分から参加表明をする。

「ナツも? もし抵抗があるなら私らに任せても平気だけど」

「今回ばかりは積極的に参加させてもらうわ。社長にまた大きな恩ができたばかりでね。このまま私だけ帰宅なんてとてもできる心理状態じゃないのよ、今は」

 夏瀬からすれば、灯夏を守り抜くにあたりハルロイドの援助があったことがとてつもなくありがたかった。大方、春羽がヒーローを助けに行きたいという理由に、兄である佐藤沢四季人を心配する気持ちがあることは容易に想像がつく。自分は妹を助けてもらっておきながら、兄を助けに行きたいという社長の思いを無視はできない。ビジネスの基本はギブ&テイク!

「大丈夫。足だけは引っ張らないよう努めるから」

「ナツさんが足手まといになるわけないじゃないですか!」

 久々に悪四天王が一致団結したことで、冬峰の熱意もますます高まる。

「みんな、本当にありがとう。ゴメンね、いつも付き合わせちゃって」

 という春羽。

 結構、無茶なことをお願いしているという自覚はある。仲間を危険に晒しているという自覚もある。それでも快諾してくれる仲間たちに、春羽は本当にただただ感謝していた。

 もちろん仲間だけ派遣して自分は安全地帯から茶をすするなどという真似はできない。悪徳四天王は4人でひとつ!

「私も最善は尽くすわ。だからみんな、お願い、ついて来て!」

 悪徳財団のリーダーとして、HAL社の社長として、春羽は「出動命令」を出す。

 秋紗、夏瀬、冬峰は春羽の方を向いて、言った。

「いや、ハルは全体を俯瞰する指令役とサポート役をやってほしい。もちろん、安全圏から」

「そうです、社長。現場は危ないでしょうから、私たちに任せて社長は安全なところにいてください」

「その通りです、ボス! ヘッポコ-トロイ団(?)などボスが出るまでもありません!」

 佐藤沢春羽、まさかのお留守番通告!



 § § §



 この日、日本各地から名だたる公認ヒーロー戦隊がスペースポートの警備のために集められていた。

 東エリアを守る戦隊【閃撃戦隊ジャスティンガー】! 数こそ力という理屈に基づき、総勢99人でひとりの怪人を袋叩きにする!

 北エリアを守る戦隊【爆熱戦隊メラレンジャー】! ヒーローを名乗るに必要なのは、力でもスーツでもない、正義に燃える熱い心!

 西エリアを守る戦隊【洒落乙戦隊オシャレンジャー】! 汗臭い戦闘はもう古い。これからのヒーローはオシャレにキメる!

 南エリアを守る戦隊【激辛戦隊カラインジャー】! 隊員全員カレー好き! 金曜の夜はスパイスから作ったカレーパーティ!

 そんな日本中から集められた精鋭部隊たちは今──



 ──たったひとりの怪人、アクーラJr.によりボコボコにされていた。

「オイオイ、そろそろ真打が出てきても良いんじゃねえのかぁ!? ネオ-デストロイ団も舐められたもんだなぁ!」

 スペースポートの滑走路の中央で、高らかに勝利宣言をするアクーラJr.。引き連れてきたトロイ兵たちには一切の出番を与えず。そして周囲には倒されたヒーローたちが横たわっている。彼らにできたことと言えば、除幕式に招待されたゲストらが避難するまでの時間を稼ぐことくらい。アクーラJr.にはまともなダメージすら与えられていなかった。

 そして、その様子をターミナルビル内から眺めるひとりの老人がいた。

「会長、避難のお車の準備は既にできております。ヒーローをされているお孫様が心配だという気持ちは分かりますが、そのような場にいたらいつ流れ弾が飛んでくるか分かりませんぞ」

 と会長秘書が言うが、老人は一歩もその場を動かない。

「そう言うな。この世紀の大事件に立ち会えたというのに、自らこの特等席を手放せというのか」

 佐藤沢円寿郎はそう言うと顔をしかめる。もう残っているVIPは彼くらいのもので、他の大物たちはとっくの昔に逃げだしてしまったが、そのような烏合の衆に迎合するほど円寿郎という男は小物ではない。

「まあ、見ておれ。このままでは終わらんよ。このままではな」

 と円寿郎が低い声を出した、そのとき。

 スペースポートの滑走路上に激しい稲光が轟き、空を裂くポータルが現れた。瞬間、円寿郎がほくそ笑む。これから起きるすべての出来事を予測しているかのように。

 ──一方、アクーラJr.はこの突然の出来事に驚いた。事前の調査によればヒーロー側の装備にポータル移動はなく、佐藤沢博士が作成したテレポートシステムも非生物にしか使用できなかったはずだ。

 だがその当惑も一瞬。ポータルより何者かが3人ほど現れ、スペースポート上に着地したのだ。黒を基調とした彼らの格好に、あまりヒーローらしさはない。

「あ? なんだ、おまえらは」

 とアクーラJr.はぶっきら棒に問う。すると3人の中のひとり──法衣と鉄仮面に身を包んだ怪人【Lord.サマー】が答弁した。

「悪徳財団。名前くらいは聞いたことがあるでしょう」

「悪徳財団? そう言や、そんなローカルなFランチームがあるって話があった気もするな」

 アクーラJr.は鼻で嗤った。

「そんなFラン如きが、俺に何のようだ? まさかザコの分際で、俺の組織に加入したいってわけじゃねえだろうな」

「組織? もうあなたひとりしか残っていないのに、【組織】ねえ」

 と嘲笑しかえしたのは、黒とピンクのアイドル風衣装と鉄仮面に身を包む怪人【feat.ウィンター】。そこにサマーが言葉を連ねる。

「私の調べによれば、貴方が派遣した3人の怪人は、何者かにより討伐されたようです。もう貴方だけですよ」

「ふんっ、だったら何だ。じゃあ訊くが、なぜ俺が他のどの施設でもなくこのスペースポートを襲ったか分かるか?」

 アクーラJr.は仲間らの敗北に動揺することもなく、むしろ得意げに言った。

「期待してなかったからだよ! 俺はあいつらに、何ひとつ期待してなかった! このスペースタンカーさえあれば俺は何処にでも逃げられる! 俺の命令もまともに聞けねえ無能を切り捨ててなぁ! ……それにしてもデスノイアの奴、俺にさんざんデカい顔してこのザマとはな。所詮は親父に媚びることしかできなかった使えねえクズってことか。むしろ早々に追い出せて清々したぜ」

「ひどいボスですわね。悪の風上にも置けませんわ」

 とウィンターが謗る。しかしその途端、パチパチと乾いた拍手が響く。サソリ型の尾とブラックメタル調ボディの上から長ランをマント代わりに羽織る怪人【Cpt.オータム】だ。

「分かってるじゃねえか、大将。だよなぁ、自分より強ぇ奴なんざ組織に入れといても、いつ裏切るか分かったもんじゃねえ。本人にその気がなくたって、ただそこにいるだけで組織の上下関係を乱しかねねえしな。有能すぎる奴は無能より危険だが、それを理解できずにズルズル引きずる馬鹿な頭領は五万といる。それに比べりゃ、バッサリ切っただけでもあんた立派な大将だぜ」

「ほう? Fランチームだと見くびっていたが、素質がある奴もいるみたいだな」

 アクーラJr.は、今のオータムの言い分にすっかり気を良くしている。実際、ほとんど心中を言い当てられたようなものだ。ひとつだけ惜しい点があるとすれば、デスノイアの忠誠心はアクーラJr.当人ではなく、今は亡き父・アクーラ大将軍に向けられている。「大将軍からの命令で若をお守りします」という態度もまた、気に入らない点だった。

「そこのサソリ野郎。気に入った。今すぐこの場にいるヒーロー全員にトドメ刺してこい。そしたら戦闘員として、てめえの参入を認めてや──」

 言いかけたアクーラJr.の顔面に鉄拳がぶちこまれる。

 まさに瞬き一回にも満たない寸分の刻の中、オータムは急加速で距離を詰め、アクーラJr.をぶん殴ったのだ。

「ぐああぁ!?」

 数多のヒーローとの戦いを無傷で切り抜けたアクーラJr.に、初めてまともなダメージが入る。吹っ飛ばされたアクーラJr.を見て、あわててトロイ兵長が駆け寄った。

「若! 若、ご無事で──」

 トロイ兵長がその言葉を言い切ることはできなかった。怒りに満ちたアクーラJr.が彼を殴り飛ばしたからだ。およそオータムのパンチの倍は威力がありそうなその拳を受けた兵長は、明らかにおかしな角度に首を曲げたまま動かない。

「てめえに心配されるほど俺は堕ちちゃいねえ」

 アクーラJr.は立ち上がる。殴り飛ばした部下には見向きもしない。

「サソリ野郎。それがてめえの答えか?」

「何だよ大将、つれねえなぁ。俺はただ、忠告してやっただけだぜ」

「忠告だ?」

「ああ。言っただろ? 『自分より強い奴を組織に入れるな』ってよぉ」

 この挑発が、ただでさえ短いアクーラJr.の導火線を瞬時に焼き尽くした。

 そのとき、ネオ-デストロイ団仕様の盗んだトラックが数台、スペースポートに到着する。コンテナが開き、そこからわらわらと現れるトロイ兵の集団。

「こちらチャバンス隊! チャバンス様の敗北につき本隊合流いたします!」

「こちらゼンザス隊! 事情はチャバンス隊と同じであります!」

 それぞれのトロイ兵長がアクーラJr.に報告する。

 もともと部下の活躍を期待していなかったアクーラJr.は、トロイ兵たちに「怪人がやられたらスペースポートに急行し本隊と合流せよ」と密かに命令していたのだ。

「ちょうど良い。おまえら、あそこにいるFランチームの怪人を嬲り殺しにしろ。ただし、あのサソリ野郎には手を出すな。あいつは俺がぶっ殺す!」

「ははっ」

 命令を受け、チャバンス隊のトロイ兵がサマーを、ゼンザス隊の兵がウィンターを個々に取り囲んだ。しかし包囲されておきながら、ふたりは余裕綽々の態度で

「あらあら、身の程知らずのお馬鹿さんたちがこんなに。今日のライブは楽しくなりそうですわ」

 ウィンターは魔法のステッキ風のデザインをした虹色に輝くハンドマイク「きらきら☆プリティーロッド」を構え、

「随分と野蛮で礼儀知らずな賊が現れましたね。話が通じそうもない相手は、力で分からせるに限ります」

 サマーは両脚に巻いたホルスターから二挺の小型プラズマキャノン「Le Thermidor」を抜く。 

一方、オータムはアクーラJr.と1対1で睨みあった。

「Fランの怪人ごときが盾突きやがって。覚悟はできてんだろうなぁ?」

「おいおい、ネオ-デストロイ団がSランクだったのはおまえのパパが頑張ったからだろうがよ。おまえは比較にならねえ小物だ。アクーラJr.っていう名前しか誇れるものがねえ、どうしようもねえチンケなチンピラだよ」

「てめえ……!」

 焚きつけられ激高するアクーラJr.に、オータムは不敵にも挑発の手招きを送る。

「来いよ、ボンボン坊ちゃん。パパの七光りにズブズブ甘え続けてきたてめえと、ドブネズミから裸一貫でここまで成り上がった俺、その格の差ってやつを、分かるまで分からせてやるぜ」


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