週末総攻撃1 ~ 怪人チャバンス vs 中鈴木夏瀬

「夏瀬ぇ~」

 駅の改札を抜けた灯夏は、一直線に夏瀬のもとへ駆けてきた。

 白のブラウスに濃紺のロングスカート。灯夏は子供っぽい性格なのに、格好は大人びている。まあ17才ならオマセな年頃なのだろう。一方、夏瀬はカッターシャツにタイトなデニム。普段ならこういう格好をするのは稀だが、今日に限っては「動きやすさ」というものを重視したチョイスだ。

「久しぶりね、灯夏」

「夏瀬がズボンなんて珍しいね。ボウリングにでも行くの?」

「今日はこういう気分だったのよ」

 と、夏瀬は濁した答えを返す。

 ──それにしても。

(私の杞憂だったのかしら)

 いつもと変わらない街並み。

 夏瀬は少し安堵しながら、灯夏を連れて街を行く。

「夏瀬。どこでランチとる?」

 と、灯夏が夏瀬に尋ねる。

 今日の予定は近況報告も兼ねてランチ。その後に観劇という流れだ。

「そうねえ。何が良い?」

「ふふーん。そんなこともあろうと、この辺にあるスペイン料理店をリサーチしてきたよ」

「大した行動力ね」

「夏瀬の妹だからねぇ」

 そんなことを言いながら、リストフォンで地図アプリを起動しようとする灯夏。

 しかし

「あれ? 圏外? ウソぉ」

 灯夏がリストフォンと難しい顔をしながら睨めっこする。どうやら、電波が届いていないらしい。

「まさか今月、使いすぎたわけじゃないのよね」

「ないない! えー、なんでぇ?」

「まったく……」

 そう言いながら、夏瀬は春羽に作ってもらった特製のリストフォンを操作し始める。しかし、自分のリストフォンも圏外になっているではないか。

 そこで夏瀬は次なる違和感に気づく。正午の駅前となると何人もの人間がいるわけだが、結構な人数が神妙な顔でリストフォンと向き合っているのだ。集団的な通信障害が起きている。

 ──何かが起こり始めている。そう夏瀬が真剣な顔であたりを見渡した、そのとき。

 何台もの大型トラックが駅前のロータリーへ猛スピードで突っ込んでくるではないか!ホバーエンジン車であることを良いことに周囲の民間車量の上を飛び(ちなみに違法運転行為である)、10台の大型トラックがロータリーに停車していた他の車を路肩に吹っ飛ばして停止する。そのコンテナ部分には「ネオ-デストロイ団惨上!」の文字(原文ママ)。

 もう悪夢は幕を開けていたのだ。

 コンテナから飛び出したネオ-デストロイ団の戦闘員【トロイ兵】の大群。そしてコンテナの上にのぼるネズミ頭の小型怪人が叫ぶ。

「チンタラすんじゃねえぞ、てめえら! 俺様の、このチャバンス様の出世がかかってんだからな! 一番成績が悪かった奴は見せしめにぶっ殺すぞ!」

 そう発破をかけられたトロイ兵たちは、泡を食って逃げ出す一般市民を次々に捕まえ始めた。

「きゃーっ!」

「やめろ、離せっ!」

 捕まった者たちは抵抗するが、そんな市民の抵抗など意に介さないからこその戦闘員。軽々とねじ伏せる。すると別のトロイ兵がトラックの中から幅1m四方の段ボール箱を持ってきて、その中に捕まえた市民を梱包。テープで封をする。箱には【捕虜在中。ワルモノ注意】の文字。

「どんどん行けーっ! 上には1億人って言っちまってんだから、俺様に恥かかせんじゃねえぞーッ!」

 怪人が叫ぶ。

 蜘蛛の子を散らすように逃げ出す市民たち。その中で夏瀬は驚愕こそしたが、悪徳財団での暮らしにより怪人犯罪には妙な慣れがついている。しかし純粋な一般人である灯夏にはそんな耐性などない。

「何あれ。何かの、ドラマか何かの撮影だよね? ……夏瀬?」

「灯夏。走って! こっちよ!」

 夏瀬は血相を変えて、灯夏に手招きをしながら走り出す。

 もうトロイ兵はすぐそこまで来ていた。その恐怖に、足をもつれさせた灯夏は

「あっ」

 と、その場に転んでしまう。それを取り押さえようとするトロイ兵。

「灯夏!?」

「夏瀬! 夏瀬ぇぇっ!」

 外聞も何もない。恐怖に顔を濡らしながら、灯夏は夏瀬に手を伸ばす。

 そこからの夏瀬の行動には一切の迷いがなかった。

 かつて悪の組織に誘拐され、強制的に身体改造手術を施された夏瀬。それで得た力を普段はひた隠しにしながら生活しているが、それで妹を守れるならば何だというのか!

 夏瀬は灯夏に襲いかかるトロイ兵に接近すると、腰の効いた平手打ちを一発! そのトロイ兵は吹っ飛び、ゴロゴロと地面を転がる。

「灯夏、立って!」

「夏瀬……、た、助けて……」

「早く!」

 夏瀬は灯夏の手を引いて走り出す。その視線の先には、100メートル先のシティホールがある。そこはステンレス製のドアなので、ガラス扉よりは丈夫だろう。

 ふたりは死に物狂いで走った。途中、転倒した者もいれば他のトロイ兵に捕まってしまっている人もいた。その誰も、助けられなかった。灯夏は自分のことだけで、夏瀬は灯夏を守ることだけで、精いっぱいだったのだ。

綺麗ごとの欠片もない現実の中で、どうにかシティホールの入り口にたどり着く。後ろのすぐそこまでトロイ兵が来ていたので、夏瀬はやむを得ず扉を閉め、施錠した。

「灯夏、大丈夫だった?」

「夏瀬……」

 灯夏は夏瀬を見上げる。途端に目が潤みだし、夏瀬にしがみつくと堰を切ったように泣き出した。

 それを抱きしめ返しながら、夏瀬は冷静に状況を整理する。

 この通信障害とネオ-デストロイ団の襲撃。無関係とは考えにくい。おそらくインフレ破壊も含めての攻撃作戦なのだろう。どちらにせよ、問題はこの状況に対してどうするか、だ。

 そう言えば。

 HAL社から支給されるリストフォンは、春羽が独自にカスタムした特別仕様だ。悪徳財団として活動しなければいけないシチュエーションも考慮した特別に暗号性の高い通信や、緊急事態にそれを本部に伝えるための緊急信号など、市販のリストフォンにはない性能もいくつかある。

 緊急信号。この通信障害が起きている状況で使えるだろうか。それに、春羽も秋紗も今は本部にいない。しかし、可能性に賭けるだけならノーコストだ。夏瀬はすがるような気持ちで、緊急信号アプリを起動した。



「おい、てめえら! 作業が大分遅れてるじゃねえか! 何やってんだ、このカスが!」

 ネオ-デストロイ団の怪人チャバンスは、トラックのコンテナの上からトロイ兵たちに怒号を飛ばす。実のところ、この怪人本人は文字通り高みの見物をしていただけで、すべての作業はトロイ兵だけで行われていた。

 周辺には三百個ほどの段ボール箱。どれも捕虜として捕まえた人間がひとりずつ梱包されている。各箱の中には麻酔性の梱包材が詰めこまれているので、そこに閉じ込められた人間はアジトに着くまでおねんねという仕組みになっている。しかしそれは、事前に準備した箱の数しか人間を捕まえられないことも同時に意味している。

「申し上げます、チャバンス様! ただいま、すべての箱を使い切ってしまいました!」

 トロイ兵の中でも少しだけえらい、トロイ兵長がチャバンスに報告する。

「バカかてめえッ、脳みそ腐ってんじゃねえのか、ああ?! どう数えても一億もねえじゃねえか! なんでこれしか持ってこなかった!」

「しかし、トラック10台で持ってこれるのはこれが限界でして。今、追加分を取りに行かせています」

「何が限界だクソったれ! だったらもっとトラック使えば良かったじゃねえか!」

「ですが『10台もありゃ十分だろ』と仰ったのはチャバンス様では……」

「はぁぁ!? 俺様が悪いってか!? このチャバンス様のせいだって言いてえのかあ!? 俺様がアクーラ大将軍の縁者だと知ってのことなんだろうなぁ!」

「い、いえ、決してそんなことは……」

「俺様はなぁ、大将軍の弟の嫁の妹の婿の叔父の第三夫人の曾祖父の曾祖父のそのまた曾祖父の妹の曾孫の曾孫のそのまた曾孫が愛人との間に作った隠し子の隣の隣の隣の家で生まれ育ったんだぞ! 分かったら土下座しろや、土下座!」

 これが『赤の他人』でなければ何だというのか。

しかしそうとは言わせず、土下座した兵長の頭をこれでもかというほど踏みつけるチャバンス。

 これぞ勝てる相手にしか強く出られない男、チャバンスの真骨頂! 戦闘員時代に死ぬほどゴマ擦って得た現在の地位の力、噛み締めずにはいられない!



 一方その頃、シティホールの中はと言うと。

 避難してきた市民らが悲壮感に包まれ始めた中、夏瀬はまだ反撃のチャンスを伺っていた。一度味わった「人生のドン底」に比べれば、まだ現状は悪くない。過去にあった苦境は彼女のメンタルを確実に頑強なものにしていた。

灯夏も、夏瀬にしがみついたまま動かないが、ひとしきり泣いて今はいくらか落ち着いたようである。

 するとそこに

「夏瀬さん!」

 と、声がしたので夏瀬は反射的にその方を振り向いた。見れば、三点スーツをビシッと決めたサングラスの男が2人、夏瀬の方へ急ぎ足で寄ってくる。しかし夏瀬にとっては見覚えのない顔だ。

「えっ……と、申し訳ありません。一度、どこかでお会いしたことが──」

「我々です。春羽博士の助手です」

「助手君!?」

 ようやく夏瀬も納得した。

 春羽の助手でもあるアンドロイド、ハルロイドたちは普段こそ無塗装のメカメカしいボディをしているが、外出用の擬人ボディも持っている。これがまさにそれなのだが、人工皮膚の質感と言い人工表情筋の動きと言い、まさに人間そのもの。夏瀬だって、そういう擬人ボディがあると知らされていなかったら、理解にはもっと時間がかかっていただろう。

 実際、灯夏はそんなことに全く気づいていないようである。

「緊急信号を受けて、こちらに急行いたしました。どうやら穏やかではない状況のようですね」

「そうなのよ。でもありがとう、来てくれて。通信障害が発生しているから、ダメかもしれないと思っていたわ」

「どうやらこの辺一帯に大規模な妨害電波がバラまかれているようですね。しかし博士はそれを見越して、緊急信号システムのみ特殊な発信装置を使用しているのです」

 ハルロイドの説明に、夏瀬はますます春羽への感謝の気持ちが強くなった。監禁されていたときに救出され、高額給与で雇用された上に今回のことである。いよいよ、足を向けて寝れなくなってしまう。

「しかし、どうやら現在、蓮舎庵市では複数のテロ攻撃が発生しているようです。いずれもネオ-デストロイ団によるものでしょうが。それでヒーローはスペースポートで釘付けにされており、このままここで待っていても救援は当面こないと予想されます」

 とハルロイドは言う。その言葉に不安になったのは、おそらく夏瀬より灯夏の方だろう。むしろ夏瀬は話の流れから、次の言葉を予想すらできていた。

「夏瀬さん。助けにきておいてこんなことを言うのもなんですが、我々だけで太刀打ちできる敵ではありません。手を貸していただけませんか?」

「……妹を。君たちのどちらか、妹を見ていてくれない? これ以上は場所を変えたいわ」

 夏瀬がそう言うと、灯夏が不安げな目で夏瀬を見た。

「な、夏瀬。今はひとりにしないで……」

「灯夏。ごめん、今はここにいて」

 と、夏瀬は言い聞かせる。

「私はヒーロー協賛企業の社員として、今、やらなくちゃいけない義務があるの。灯夏や人々を守るために。だから、私は行かなきゃいけない。分かって」

「……夏瀬。また何ヵ月も失踪なんて、しないよね?」

「大丈夫。すぐ帰ってくるわ」

 約束を交わし、夏瀬は踵を返す。「失踪」というのは、悪の組織に拉致・監禁されていた日々のことだ。家族にはその辺の詳細を明かしておらず、「何もかもが嫌になった空白の期間」ということにしてあるのだった。

「──会社をダシに使っちゃったわね。社長には悪いことをしたわ」

「この場に博士がいたら、きっと責めることはしなかったでしょう。夏瀬さん、こちらです」

 ハルロイドに連れられて夏瀬は階段を上る。

「それにしても、君たちはどうやってここに入れたの?」

「対物テレポーテータ内蔵ドローンをこの建物の上に飛ばしました。ですので上には何人かの『我々』と、特製の武器を用意しております」

「なるほど、かしこいわね」

 そう感心しながら、夏瀬は改めて社長の経営方針に納得した。HAL社はその製品の大半をヒーロー以外に販売しない。確かに、少しでも悪用の恐れがある組織なんかに販売できないわけだ。こんなのを悪用する組織が現れたら、秩序は終わりであろう。

「これを。一帯の防犯カメラは機能停止していますが、人に見られないとは限りません」

 階段を上る途中、ハルロイドは夏瀬に色々さしだしてきた。キャップと革のジャケット、フェイスマスクにカラーサングラス。確かに、夏瀬も悪目立ちしたい性分ではない。最後に伸ばした髪を後ろでひとくくりにして、ワイルド感の漂う様相になった。

 階段も終わりだ。屋上へのドアに手をかける夏瀬。

 するとハルロイドが彼女を静止した。その手には医療用の注射器。

「すみません、夏瀬さん。その【血】を使わせていただけませんか?」

 夏瀬はすぐその意図を察し、いくらか表情を曇らせる。

「なるほど。私の血が必要だったわけね」

「夏瀬さんの心中はお察しします。しかし、今の我々にとれる最善の作戦はこれだと判断されたのです」

「──仕方ないわ。あの子を守れるなら、私は鬼にでも怪物にでもなる。助手くん、必要な分だけ抜いて」

 夏瀬は力強い口調で答えた。


 ──説明しよう。

 すべての始まりは夏瀬が職を失い、次の職場を探して奔走していた頃。金策に困った彼女が、そのとき見つけた治験のアルバイトに応募してしまったことだった。

 表向きは血行改善の薬とのことだったが、実はその製薬企業は悪の秘密結社であり、薬は人を理性なき殺戮モンスターに変えてしまう「Zombウィルス」だったのだ。そうとは知らずに投与を受けた夏瀬は、以後、経過観察のため組織に監禁されることになる。

 だがその監禁生活は彼女がとてつもなく幸運だったが故の処遇だった。Zombウィルスは莫大なポテンシャルを持つ一方、適合率は100億分の1と推測されており、適合できなかった被検体は皆、苦しみながら死んでいった。Zombウィルスは宿主から拒絶反応を受けると、それに対抗して致死性の神経毒を生成する性質があるからだ。結果、夏瀬を除く全員が死んだ。

 その後、秋紗がこの施設を急襲したことにより、最重要サンプルとされていた夏瀬は救出された。その時に強奪した研究資料を見た春羽がZombウィルスの抑制剤を作成したことで、夏瀬は今、人間としての生活を送れている。このウィルスには輸血でもしない限り広がらない程度の感染力しかなかったのも幸運だった。

 しかしZombウィルスそのものは今もまだ夏瀬の体内に残留しているのだ。現在も欠かさず抑制剤を投与しているからこそ人間としての理性を保てているのであって、脅威が過去のものになったわけではない。

 このような運命をたどった夏瀬だからこそ知っている。悪の組織に拉致された民間人がどのような末路を辿るのか、を……。


 さて、血液ごとZombウィルスを提供した夏瀬は屋上に出る。

案の定、屋上は無人だった。こんな時に外へ出たがる人間などいないに決まっている。ただし「無人」という言葉を使ったが、これはハルロイドが人ではないことを前提とした表現である。

 数名の擬人ハルロイドが既に屋上でスタンバイしていた。傍にはギターケースと狙撃銃。

「なるほど。これ以上にないくらいの分かりやすさね」

 そう言いながら、秋紗は特製の狙撃銃を手に取る。

 ビームライフルも珍しくないこのご時世では、もはや骨董品とすら呼べる「火薬型」の狙撃銃。

「私が撃っても良いのかしら」

「もちろんです。妨害電波の使用が確認されている今、電波の干渉を直接受けない夏瀬さんが一番、信頼できます」

「了解」

 夏瀬がうなずく。

 すると別のハルロイドが12発の銃弾を持ってきた。こちらは夏瀬の血液を内蔵しており、命中した相手にZombウィルスを注入する仕様になっている特別弾。通常のライフル弾など身体強化を施されているであろう悪の戦闘員には通用しないが、Zombウィルスはそれよりはるかに恐ろしい代物だ。今はウィルス抑制剤の影響で活動力が低下しているので死ぬことはないだろうが、死んだ方がマシとも思える苦痛には襲われるはず。

 弾をこめ、狙撃の姿勢をとり、スコープを覗く夏瀬。下では、一度どこかへ行っていた到着したトラックが戻ってきており、今まさに人間を梱包した段ボールをトラックに詰め込もうとしている最中。寸分の猶予もない。

「まずあの怪人、その次に捕虜の運搬を持っている戦闘員を狙うわ。誰かひとりはサポートを、その他は念のためこの周辺を防衛して」

「合点です!」

 ハルロイドたちの了解サインを受けて、夏瀬はトリガーに指をかける。中高生の頃、初カレの影響で始めたサバイバルゲームで培った狙撃力は伊達ではない。サバゲー検定だって野戦・市街戦ともに1級の持ち主だ!

(悪く思わないでね。君たちだって、十分に悪いことをしてきたんでしょうから!)

 狙いは怪人チャバンス! 夏瀬はトリガーを引いた!

「グギャッ!? アギャアアアァァッ、う、撃たれたぁッ!」

 という怪人の絶叫は銃声にかき消され。着弾と同時に吹っ飛んだチャバンスがのた打ち回っているが、

「着弾! 次、右10度、手前!」

 観測手の声に夏瀬は銃身をそちらへ向け、また次の標的に対して発砲。

 悪徳財団の地下拠点に設けられた訓練場での射撃練習に、Zombウィルスによる身体能力の向上も相まって、その狙撃には一片の危なげもない。

 運搬作業中だったトロイ兵を6人、撃った。流石に幾度となく銃声が響き、仲間が次々と撃たれるというこの状況で、それ以上運搬作業を行おうという戦闘員はいない。皆、戦闘員用の汎用武器であるデストロアックスを手に目視での索敵をキョロキョロと行っている。

「条件を満たすターゲットの全ダウンを確認。次は如何しましょう」

「…………妹や人々を守るためとは言え、やっぱりこの血に頼るのは良い気がしないわね」

 と言いながら、夏瀬はスコープから目を外し、目下に広がる光景を見渡す。

「では、続きは我々が行いましょうか?」

「そういう問題じゃないわ。血と火薬の狙撃作戦は終わり。ここからの攻撃は紙とペンで行うわ」

 そう言うと、夏瀬はライフルを観測手に預ける。そしてバッグからメモ帳と万年筆を取り出し……。



 § § §



「痛ええっ! 何だこれ、クソ痛ええっ!」

 その頃、怪人チャバンスはまだ転げまわっていた。それはそうだ。Zombウィルスによる毒素はちょっとやそっとでどうにかなるものではない。最終的に侵入したウィルスは適応できず死滅するだろうが、それまでの数か月間、チャバンスは苦しみぬくことになるだろう。

「誰か早くなんとかしろっ! 衛生兵とかいねえのか! どいつもこいつも使えねえ能無しのクソがッ!」

 こんなときでも悪態をつきまくるチャバンス、それを見ながらどう対処して良いか分からないトロイ兵たち。そのとき、空から1通の紙飛行機が降ってきた。トロイ兵長がそれをキャッチし、広げてみる。そこには書かれていた。

『手ぶらでの即時撤退、飲めないなら全員撃つ』

 兵長はそれを周囲のトロイ兵に見せる。

 ──そこからの行動は早かった。

 トロイ兵たちは即座にトラックの中に撤収。撃たれて負傷したトロイ兵は同僚が肩を貸してトラック内に運搬。既に積んでしまった箱は外へリリース。

 で、これは監視していた夏瀬には完全に予想外のことだったが、どのトロイ兵もあれこれ喚いているチャバンスのことを完全無視!

「おいてめえら! 何帰ろうとしてんだよ! 俺様の命令が聞けねえっつーのか!? っつーか、俺様を置いて帰る気か!? バカヤローッ! 覚えとけよ、帰ったらあのボンボンにチクってやるからな! そんで全員俺様が粛清してやる! 聞いてんのか能無しのクズが! おい!」

 とチャバンスが喚く。すると兵長と、捕虜運搬用の空き箱を持ったトロイ兵が来る。

「おまえら、何ぼさっとしてんだよ! 俺様が苦しんでるんだぞ! 今すぐ衛生兵連れてこい! んで手が空いてる奴は働け! 俺様の命令は絶対だぞ、絶対!」

 そうチャバンスが叫んだ途端。兵長はチャバンスを担ぎ上げ、捕虜運搬用の箱にブチこんだ! そしてテープで蓋を閉じると、【捕虜在中。ワルモノ注意】の注意書きを【廃棄処分】と書き換え、そのままトラックに乗りこんでいく。

「ふざっけんなぁぁぁぁッ!」

 チャバンスの叫び声が無人になった駅前広場に響く中、その一連の顛末を見ていた夏瀬は呟いた。

「……お似合いの末路よ。悪党としても、パワハラ上司としても、ね」

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