整う準備! 高まる闘志! 決戦前夜!

 金曜日の夜。

 いわゆる「花金」として賑わう繁華街から離れたところにある、郊外のとある廃倉庫。

 本来では無人ではなくてはならないその地に居座っていたのは、明らかに只者ではない連中。

「良いか。最後に作戦を確認する」

 その中のひとり、アクーラJr.は残る3人の顔を順番に見渡す。彼らはネオ-デストロイ団の残党だ。合わせて4人だが、それとは別に大勢の戦闘員もいる。

「明日、俺たちは同時攻撃をしかける。明日の作戦が成功するかどうかで俺たちの今後が決まると言っても過言じゃない。良いな、絶対にヌカるんじゃねえぞ」

 彼らは一度、拠点の壊滅後に離散したものの、なんとか集まることができた者たち。これ以外はヒーローによる総攻撃作戦時に討ち死にしたか、あるいは逮捕され投獄された。もうここにいる面子しかネオ-デストロイ団と呼べる者は残っていないが、それでもアクーラJr.はまだ野心を捨てたわけではない。

「よし。チャバンス、ゼンザス、デスノイア。各自、俺が与えた作戦を言ってみろ」

 と言ってみると、まずはネズミモチーフの小柄な怪人、チャバンスが立ち上がった。

「はっ、自分の任務は捕虜となる原住民の拉致であります! 自分が陣頭指揮を行うからには1億人の捕虜を必ずやジュニアに捧げてみせましょう! ネオ-デストロイ団に栄光あれ!」

 チャバンスが大げさなほど深い敬礼の動作をした。手の角度が少し間違っていたが。

 ──怪人チャバンス、二つ名は「ザ・ビッグマウス」。

とにかく目標だけはデカく、すぐ大風呂敷を広げ、そして成績は常にビリ。口癖は「運が悪かった」。ネオ-デストロイ団総攻撃作戦の時は真っ先に逃げ出し、それでいて生き延びたアクーラJr.の前に現れたときは「自分は逃げたのではございません! 敵の背面に回り挟撃作戦をしかけるつもりだったのであります!」と弁明。それならば備蓄庫から武器ではなく宇宙遭難キットを盗んでいったのは何だったというのか。

「そうだな。じゃあゼンザス。おまえの作戦はなんだ?」

 そうアクーラJr.が、次のガマガエル型怪人ゼンザスに目を向ける。

「食料かき集めて、腹いっぱい喰うぞぉ!」

「そうだ、食料調達だ。だがおまえの取り分は取れ高を俺が決める。つまみ食いすんじゃねえぞ」

「うぉぉぉぉぉ!」

 ゼンザスは巨体を震わせて雄叫びをあげた。

 ──怪人ゼンザス、二つ名は「生ごみシュレッダー」。

鋼のように固い皮膚と鋼をも砕く剛拳の持ち主なのは良いのだが、頭は悪い・すぐ腹をすかす・体臭がキツい・便秘持ちの四重苦で、特に燃費の悪さが致命的。ネオ-デストロイ団総攻撃作戦時には最初こそ最前線で果敢に戦っていたものの、すぐ空腹で倒れ、それを敵味方の双方から死んだと勘違いされたため結果的に生き残ったようだ。

 このふたりは元々、ネオ-デストロイ団の中でも下級クラスにいた怪人だ。こんな事態にでもならなければ、アクーラJr.は雲の上の存在であり続けただろう。言い換えれば、今のネオ-デストロイ団はこんな人材も重宝しなければならないほど困窮しているのである。

「おまえら、ふたりともしっかりやれよ。ネオ-デストロイ団が再興を果たしたその日には、おまえらを最高幹部にさせてやる。分かったらもう下がれ」

「はっ」

「へいっ」

 こうしてアクーラJr.はふたりを下がらせる。その目には「嫌気」の色があった。

 何より、あんな能のなさそうな連中を幹部として使わなければいけないこの現状が嫌だった。

「デスノイア」

「はい」

「あいつらには期待をするな。陽動と時間稼ぎのための捨て駒と思え」

「承知しております」

 と黒鉄の鎧に身を包んだ漆黒の怪人デスノイアは深くうなずいた。

 ──怪人デスノイア。二つ名は「ネオ-デストロイ団の黒鬼」。

 チャバンスやゼンザスとは格が違う、元から最高幹部だった武人。今は亡きアクーラ大将軍にも信頼されていた腹心の部下で、Jr.への武術指南も任されていた。拠点が総攻撃を受けたときも決死の戦いに挑む覚悟だったのだが、大将軍から「まだ負けたわけではないが、万一のときのため我が息子を連れて身を隠せ」と命令されたため、止む無く逃亡。その直後に拠点は崩壊し、大幹部クラスでは唯一の生還者となったのだ。無論、その雪辱を忘れたことは片時もない。

 形式的にはアクーラJr.を立てるためにデスノイアが忠誠を誓っているが、実戦における力関係は圧倒的にデスノイアの方が上。なのでアクーラJr.も、先ほどのふたりとは比べ物にならない信頼と期待をデスノイアに寄せている。

「念のため確認する。おまえの任務はなんだ」

「我が任務はラストリアクターの奪取、そしてスペースタンカーを奪取した若との合流です」

「そうだ。俺とおまえが合流した時点でこの星を脱出する。そして俺たち流のラストエクスカリバーを建造し、この星もヒーロー理事会も、すべてを焼き尽くすんだ」

「私は命ある限り若について行きます」

「期待しているぞ」

 そう告げると、アクーラJr.は立ち上がった。背後に追随するデスノイアを引き連れて、会議をしていた部屋を出る。

 そこには、作戦会議が終わるのを今か今かと待っていたネオ-デストロイ団が誇る戦闘員【トロイ兵】の群衆。全員が本拠地をヒーローたちに総攻撃されたときの屈辱を忘れず、汚名返上のチャンスをずっと待ち望んできたのだ。それが明日訪れるのだから、漂う熱気も尋常ではない。

 そんな彼らの前に、廃材で作られた高台がある。アクーラJr.はその台の上に軽い跳躍で跳び乗ると声を張り上げた。

「覚悟は良いか、てめえら!」

 その第一声に、トロイ兵から威勢の良い雄たけびがあがる。

「このままヤラれっぱなしで終われるか! 俺たちはまだ終わりじゃねえ! こっから、こっから俺たちは始まるんだ! 親父にだって作れなかった全宇宙の支配を俺は成し遂げる! 達成した暁には、今ここにいるおまえらは全員幹部にしてやるぞ!」

 ボスの掛け声に、戦闘員からギラギラとした声援があがる。

 その野望に満ちた怪気炎は、ネオ-デストロイ団を過去の脅威と呼ぶにはまだ早すぎることを十分に証明していた。

 ──アクーラJr.。アクーラ大将軍の後継者として育てられたと言えば聞こえはよいが、圧倒的なカリスマを誇る父と常に比べられ、未熟者の烙印を押され、下っ端みたいな役回りを強いられてきた。その父を亡くした今、彼の心中にある野望は『ネオ-デストロイ団の復権』でも『ヒーローへの復讐』でもない。『親父を超えること』である。



 § § §



 同時刻、悪徳財団本部。

 本来なら怪人用の新ボディのスペックテストのために使われる大空洞であるが、今そこにいるのはバトルスーツに身を包んだ秋紗と、半壊した鉄筋コンクリート製のマネキン、散らばる無数のコンクリート片だけ。

 バトルスーツと言っても、ジャスティンガーの正規隊員が着用するようなショック吸収機能や優れた耐熱耐電性を持つ立派なものではない。軽さと動きやすさを重視した黒色の服で、実はそこら辺のスポーツ用品店で気軽に購入できる。だからこそ民間人への擬態も容易だし破損しても容易に再入手できるのだが。

 ──そのとき。実験用大空洞に入室アナウンスが流れる。

 秋紗はそこで一息つきながら出入口のドアを見る。入ってきたのは春羽だった。

「アキちゃん、どう? 明日、行けそう?」

「行ける」

 額に浮いた汗を拭きながら秋紗はキッパリ断言した。歴戦の戦士がそう断言するのだから、と春羽もいくらか安心する。

「それよりハル、入館の手筈は?」

「おじいちゃんが話をつけてくれてた。プラントの所長さんはかなり渋々って感じだったけど」

「それはそうだろうね。普通、歓迎はされないだろうさ」

 と、秋紗は特に驚くこともなく答えた。

 ──汗を拭きとり、どこでも買えるバトルスーツから部屋着に着替えた秋紗。もう勘を取り戻すためだけのウォーミングアップは十分だ。

 すべての準備を終え、時刻は夜。決戦前、最後の夕飯を迎えた。

「ボスぅ、アキさぁん。本当に連れてってくれないんですかぁ?」

 まだ諦めていないようだった冬峰が、ふたりの顔を見る。

「うん。フユちゃんはお留守番、お願いね」

「ひとりでお留守番なんて嫌です。だってナツさんも出かけちゃうんですよね?」

 と冬峰は駄々をこねながら夏瀬を見る。

「フユ。あなた、明日はヨガ教室じゃなかったの?」

「……あら? あ、あー。すっかり忘れてました。──ボス! 連れてってくれないなら私、明日はヨガ教室さ行っちゃいますよ! 良いんですか!」

「行ってらっしゃい。私たちのことは大丈夫だから、楽しんできてね」

「なんと」

 冬峰は驚愕した。

 ──悪徳財団に加入してからというもの、冬峰は給料の一部を使ってヨガ教室に通うようになっていた。生まれついての特異体質に頼らず、トレーニングにより新しい力を得るための特訓(自称)の一環だった。血行も良くなって、最近では肩こりに悩む春羽のために簡単なストレッチを伝授することもある。

「ナツちゃんも、明日はお芝居を見に行くのよね?」

 春羽が夏瀬に訊く。

「はい。妹がどうしても見に行きたいというので。明日は何が起きるか分からないので、一緒にいたいと思います。もちろん、何かあれば駆けつけますので、その際はご連絡ください」

「私たちは大丈夫だと思う。ナツちゃんも楽しんできてね」

 と、春羽は言った。

 夏瀬としては、ここで有事に備えることも考えなくはなかったが、エネルギープラントへ駆けつけることを考えると、ここにいるより蓮舎庵市にいた方が直線距離的に近い。

「社長とアキさんはもう万端なのでしょうか」

「こっちはもう大丈夫。ね? アキちゃん」

「ああ。明日はTOEグループの機械整備士として行くことになってる」

 春羽と秋紗が答える。

 ──TOEグループの傘下企業のひとつに【TOEガーディアン社】がある。そこは警備マシンや防衛マシンを製造、販売している会社であり、TOEグループの中でも大規模な子会社のひとつだ。民間企業向けの製品なのでガチガチの軍事製品というわけではないが、非殺傷兵器などは搭載しており、侵入者を捕獲または撃退することを目的としている。

 今回、ネオ-デストロイ団の襲撃が予測される事態を受け、TOEガーディアン社はエネルギープラントに最新製品「RZ10455X」を無償レンタルした。これは同社の自信作で、全長2メートルを超える巨大人型防衛マシン。見た目の迫力だけでも三流泥棒を追い払うほどの力があり、用途に合わせて様々な装備を搭載できるアタッチメント式。ボディも堅牢で、汎用的なエネルギー銃では傷ひとつつかない。

しかも今回は、相手がネオ-デストロイ団ということで、殺傷用兵器を搭載した特別仕様となっている。本来なら法規制に余裕で引っかかる代物だが、今回はヒーロー理事会から「緊急事態につき特別に運用を許可する」というお許しをいただいている。

 こんな素晴らしい最新製品を無償貸与することになった背景には、グループ会長たる佐藤沢円寿郎の命令があったのは言うまでもない。だがそれは孫娘のおねだりというだけではなかった。この未曽有の緊急事態を同社の最新製品が撃退できれば、これほどのコマーシャルがあるだろうか。たとえ無償貸与し、その日の運用コストをすべてTOEグループが負担したとしても、十分に元が取れるという算段である。

 そして、春羽と秋紗はこの防衛マシンの特別視察要員として、明日はエネルギープラントに入れてもらえることになっている。果たして明日、秋紗に出番は来るのだろうか。



 食後の空白の時間。

 外に出た秋紗は、夜空を見上げながら加熱式タバコを吸っていた。

いくら歴戦の戦士とは言え、決戦に臨む日となると心はいくらか揺らぐ。下手を打てば明日が自分の命日になることだって十分ありうるのだから。

できる手はすべて尽くした。あとは天運に身を任せるまでだ。

──そのとき、リストフォンが鳴った。春羽からの呼び出しかと思って見てみた秋紗だが、その相手を見て顔を苦くした。

「まさか、あんたの方から電話をくれるとはね。意外でした」

『最後にひとつ釘を刺しておこうと思っての』

 TOEグループの総帥、佐藤沢円寿郎だ。

「どうされました? 今更、話に何か変更がありました?」

『そういうことなら春羽に直接連絡するわい。おまえに話があるからおまえに連絡をした』

「ああそうかい」

 秋紗はそう言うと、苛立ちをつぶすようにタバコの煙を吸いこんだ。冷め切った者同士が冷め切った言葉を交わす。

 このふたりがこんな険悪な仲だということを、春羽は知らない。そうかもしれないとすら思ってもいないだろう。それはそうだ。誰が「私の祖父と親友は仲が悪い」などという発想を抱けるだろうか。

『そちらこそ話は変わっとらんだろうな』

「それこそハルが言った通りです」

『ならいい』

 と円寿郎が言う。秋紗がそうであるように、円寿郎もまたご機嫌な様子ではない。不機嫌な理由はふたりとも同じ。「嫌いな相手と会話をしている」というシンプルなものである。

『分かっとるだろうな。春羽を少しでも危機に晒してみろ、八つ裂きにするだけでは済まさんぞ。この薄汚いドブネズミが』

「もうあんたの時代は終わったんです。死に損ない風情がいつまでも出しゃばるな。あんたは今から自分用の棺桶でも作ってろ」

 

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