四天王集結! 春夏秋冬の緊急会議!
高野橋秋紗。
かつてジャスティンガー・ゼロ号と呼ばれた一流エージェント。
しかしエージェントとして当時培ったのは高度な戦闘力だけではない。暴力と策謀が蔓延る無謀の地下社会、そこに張り巡らせた情報網もまた彼女の強みのひとつだ。これを作り上げるために彼女が費やした苦労は計り知れない。金、暴力、虚言、取引、権力、情報戦。時には自らの身体を「使う」こともあった。
当時はそのネットワークを総司令から下される勅令の遂行のために活用していたが、悪徳財団に身を寄せるようになった今、その活用術は少しずつ変化している。
深夜3時、秋紗のリストフォンに着信が入る。
睡眠を邪魔される形になった秋紗だが、エージェントにはオンもオフもない。嫌な顔ひとつせず、5秒で脳を再稼働させ、上体を起こしながら通信開始ボタンを押す。
『よう親友。今週末、急に予定が空いちまってよ。飲みに行かねえか? 絶品のコニャックがあるバーを見つけたんだ』
と陽気な声。それに秋紗は冷ややかに返す。
「麦酒一筋のこの俺に、ブドウジュースと浮気しろと?」
『だからだろ、親友。浮気のない人生なんてカスだ!』
通信機の向こうで四十代前後の男の上機嫌な笑い声が聞こえる。
このやり取りの字面に深い意味はない。この会話自体が合言葉なのだ。この決まりきった会話をスラスラできるということは、通信端末を握っている人間が『本物』なのだとお互いに確認できたということになる。
「それで、どうした、親友。どうせそれだけじゃないんだろ? 眠気も覚めるパンチの効いた話だと助かる」
『そんならコイツはおあつらえだぜ、親友』
と相手は言う。
──説明しよう。
この相手の正体は、地球でも屈指の経済的パワーを持つ「裏社会の豪商」だ。秋紗とこの男はお互いに深入りはしないという意味もこめて、名前ではなく『親友』という二人称を用いてあっている。そもそも相手は会うたびに名も顔も声も変わっているので、決まった名を呼びにくいということもあるが。
星間飛行が当たり前になったこの時代、地球と地球外惑星のやり取りは日常茶飯事だ。これらの「入星・出星」は地球連邦政府により厳しく管理されており、法律で規制された品物は持ち込みも持ち出しも禁止。犯罪者の出入りなどもってのほか。
しかし政府が政策を打ち出すだけ、裏社会の商人は対策を打ち出す。この男は禁制品の密輸や犯罪者の密航補助で莫大な財を築いた闇の帝王だ。しかも警察に何本ものパイプを持ち、捜査前に証拠を隠滅してすぐ逃げてしまう狡猾な男でもある。
そしてその「パイプ役」の一人が元【ジャスティンガー・ゼロ号】の秋紗だというわけだ。秋紗は当時からずっとこの『親友』に強制捜査の情報をリークし、彼を逃がし続けてきた。しかしそれは勿論、ボランティアではない。秋紗が本当に抹殺しなければいけない大物犯罪者がこの『親友』の管轄ルートを通過した際、秋紗の元にその知らせが入るようになっている。この『親友』にとっても重要なのは密航の手数料が入るかどうかであり、その後に密航者がどうなるかなんぞに興味はない。だから二人の互助関係は成立しているというわけだ。
秋紗からすれば、仮にこの『親友』を始末したとして、すぐ新手の同業者が現れることは自明。ならば手頃な密輸業者を懐柔し、新規同業者の出現を抑えさせつつ自分の情報源として活用するのが合理的というもの。正義感の強い者にはとてもできないような取引だが、正義の暗部、総司令の私兵だった彼女には何の躊躇もなかった。もっとも、ジャスティンガーから悪徳財団に「悪堕ち」してからは、自身も客として様々な非合法商品の買い付けを依頼したりもしているが──。
『まあ聞けよ、親友。今日、俺の店に大物ゲストが来たんだぜ。聞いたらおまえも驚くぞ、てめえも会いたがっていた奴だ』
と『親友』は陽気に話を進める。念のため、第三者による傍受対策として話の中身にはカモフラージュが交えられているが、何が言いたいのかは手に取るように分かる。
「Nから始まるアイツか?」
『ビンゴ』
相手の言葉に秋紗の目がわずかに見開かれる。
この『親友』が元締めを務める密航ルートを、ネオ-デストロイ団残党が使用した。それは、今までは可能性に過ぎなかった『ネオ-デストロイ団残党の地球侵入』が現実のものになったことを意味する。
『なかなかイカした奴だったぜ。真っ先に81年式に目をつけるなんて素人じゃねえ。しかもエンジンを03-Forceにカスタムするときた。最近の若い客は分かってねえ奴ばっかだったが、久々にホンモノを見たぜ』
「そりゃあ、良い儲けになったろ」
と秋紗は言いながらメモを取る。今の会話にも大した意味はない。大事なのは81-03の数字のみ。これで連中がどこの密航ルートを使ったかが分かる。
──なるほど、最悪だ。
秋紗は内心で舌打ちをした。場所は日本列島、蓮舎庵フューチャーターミナル。何の因果か、ここの隣町だ。
『そうなんだよ、親友。おまえなら分かってくれると思ってたぜ。まあ今度、ゆっくり呑みに行こうや。都合が分かったら知らせろ』
「……分かったよ。活かしたモルトとの熱いワンナイトラブを期待してるぜ」
秋紗は淡々とした声で業務的に返した。最後の「都合が分かったら知らせろ」は、次のガサ入れが分かったらすぐ知らせろ、の意だ。この取引はギブ&テイクが大前提。秋紗も『親友』に旨味を提供しなければいけない。
まあ、そっちはツテでどうにでもなる。それより問題は招かれざる客、ネオ-デストロイ団のこと。秋紗は陰鬱な顔をしながら通信を終える。
(ついに来たか)
秋紗は内心でつぶやきながら、リストフォンから総司令と通話するとき専用の高度暗号回線アプリを起動させる。
§ § §
──すべての始まりから説明せねばなるまい。
今から60年ほど前、宇宙はかつてないほどの暗黒期を迎えていた。
きっかけは当時、宇宙最強の戦士と言われていたヒーロー、ブラックレンジャーが「世界は富と権力で汚れすぎた。もうこの世界に俺が信じた正義はない」と言い、宇宙の無法者【暗黒十三将】と手を組んで方々で暴れ始めたことだ。
その頃と言えば、ローカルなヒーローがローカルな悪の組織とそれぞれの地で戦うのが普通であり、そのような『広域系』の悪の組織は前代未聞だったのだ。なので暗黒十三将は組織力のデカさに物を言わせて、次々と快進撃を進めた。地球は侵略されなかった数少ない惑星のひとつだったが、それは単に「潰すのは簡単だが少し遠回りになる」という理由で後回しにされていたからであり、もし彼らの快進撃がそのまま続いていたらどうなっていたか分からない。
だが事態が深刻化するにつれ、いよいよ大銀河議会は動きだす。それまで各文明圏で独自に戦ってきたヒーローたちをまとめる【大銀河ヒーロー理事会】を結成し、巨悪と戦えるべく世界各地のヒーローの足並みをそろえたのだ。
そこから幾度かの戦いを経てブラックレンジャーはヒーロー軍団の熱い魂に「まだ正義は生きていたのか」と心を打たれ、最後には抵抗することなく投了した。(このブラックレンジャーの一件が、大銀河ヒーロー理事会が「正義は正しい方法で守られなければならない」という正義の三原則を出す一因になったとも言われている)
しかし、それで終戦とはならなかった。ブラックレンジャーが投了したところで、暗黒十三将はまだ健在だったからだ。だが彼らが一丸になれたのはブラックレンジャーという敏腕主導者がいたおかげ。その主導者を失った途端、後継者の座をめぐって揉めに揉め、内紛を繰り返し、最終的に分裂した。
その暗黒十三将のひとりであったアクーラ大将軍は改造怪人を巧みに指揮するカリスマ武人であり、分裂騒動の際も彼は十三将の中で最も多くの部下を引き連れて古巣を去った。そうして誕生したのが、アクーラ大将軍が主導者として君臨する【ネオ-デストロイ団】というわけだ。
こんな由緒ある巨大組織をそこらのチンピラ集団と同じ枠組みで扱うわけにはいかないので、大銀河ヒーロー理事会は一般向けに販売している機関紙『今週のヒーロー』の中で、現在活動中である悪の組織を脅威度別にS~Fの7段階でランク付けする試みを始めた。当然、ネオ-デストロイ団はその中でも最上級であるSランクである。
そしてつい3年前、ついにネオ-デストロイ団の本拠地に対する総攻撃作戦が行われた。それはブラックレンジャーの件以来となる総力戦でもあった。ネオ-デストロイ団の本拠地は今まで1度も破壊されたことのない強力なシールドバリアで守られていたが、正義の最新兵器「ラストエクスカリバー」によりついにシールドバリアは崩壊。盾を失った本拠地に立てこもっても勝ち目はないと悟った大将軍は自ら前線に現れ、激戦の末に壮絶な最期を遂げたという。
しかし後継者候補にしてアクーラ大将軍の実子、【アクーラJr.】は現在に至るまでその死亡が確認されていない……。
§ § §
翌朝。
「ねおです-トロイ団?」
朝食の席でそのことを秋紗が3人に伝えると、真っ先に冬峰が小首をかしげた。
「なんです? そのトロそうな名前の連中は」
「まず、なんか発音が間違ってる。ネオ-デストロイ団な」
「ぷん。どぉすオラぁ訛っどるだ」
と冬峰は素の口調で拗ねた。
山奥の寒村から上京してきた冬峰の「素の口調」にはとてつもない訛りが含まれている。本人も『悪の大幹部が田舎訛りなんて格好悪い』と気にしているのだが、訛らないように喋ろうとすると、なぜか芝居がかった話し方になってしまうのだ。
「ニュースでは壊滅したとよく言っているけど、まだ存在していたの?」
夏瀬がモーニングコーヒーを飲もうとしていたその手を止めて言う。これが、ニュースをまめに確認するような一般人レベルの認識と思ってよい。
「確かに、壊滅した。組織のボスは死に、本拠地も崩落。でも構成員数百万人の巨大組織を一度に潰しきることは、実はできていなかった」
「じゃあ残党が?」
「そういうこと。今までどこを逃亡していたのかは知らないけど、それがいよいよ地球へやってきたってことなんだろうね」
秋紗は非常に迷惑そうな顔をしながらパンにビーナッツバターを塗っている。
「つまり、これは私たち悪徳財団への挑戦状ということですね!」
興奮気味に冬峰が立ち上がった。ガタンとテーブルが揺れ、夏瀬が露骨に嫌そうな顔をするも、そんなことを気にする冬峰ではない。が
「それはあり得ない」
秋紗はピシャリと即否定した。
「あちらは元Sランクで、言ってみれば悪の組織の代名詞みたいな連中。うちは知名度ほぼゼロのFランク。仮に吸収合併が目的だとしても、もっと取り込み甲斐がある組織なら地球上にごまんとある」
「エスとエフなら似たようなもんじゃないですか」
冬峰が大まじめな口調で言うので、秋紗はここで匙を投げた。
──その一拍の沈黙を挟んで、ここで3人が気付く。ネオ-デストロイ団の名前が出た瞬間から、春羽が微動だにしていないことに。
「社長?」「ハル?」「ボス?」
三者三様それぞれの呼び方を同時にぶつけられ、流石に春羽は我に返った。
「えっ、あ、ご、ごめん! ちょっと、考え事しちゃってて……」
慌てて取り繕う春羽は、次の瞬間、うっかりフォークを落としてしまった。どうも頭の中が処理落ちしているようである。
秋紗はその落ちたフォークを拾いながら、
「……ハル。言っておくけど、この一件はハルが心配することじゃないからね」
「そうですよ、ボス!」
冬峰が話に割り込む。
「なんとかトロイ団だか知りませんが、私たちの敵じゃありませんよ。徹底的に叩きつぶして、パン粉をつけて熱した油でサックリ揚げてやればいいんです」
「フユ。今、大事な話をしてるの。ちょっと黙ってて」
いよいよ聞くに堪えなくなった夏瀬が冬峰をたしなめた。
「私だって大真面目です! もう子供扱いされる歳じゃあありません」
「言うこと聞いてくれたら、後で石焼き芋でも芋羊羹でも買ってあげるから」
それを聞いた途端、冬峰はアッサリと自分の口を手で覆って黙した。小学生並みの扱われ方だが、それが有効な冬峰(19歳)とは一体。
そして夏瀬は秋紗に「話を続けて」とアイサインを送り、それに秋紗も「悪いな。恩に着る」と小さくうなずいて見せた。
「ハル。これは私たちが、特にハルが心配する話じゃないと私は思っている。まだ連中の狙いが何かは分からないけど、うちをピンポイントで狙う理由がほとんどないから」
と秋紗は春羽たちに説明を始める。春羽はもちろんだが、夏瀬も真剣な態度だ。
「万が一にもハルを狙うとしたら、考えられる理由は『ラストリアクターの開発者だから』と『ヒーロー向けの装備を数多く開発してきたから』というののふたつ。特にネオ-デストロイ団なら、その壊滅経緯からラストリアクターを狙うとか開発者に報復するとかいう話は十分にある。ただそれが動機だとすると、もう第一線を退いて研究所も去ったハルの優先度はかなり低いはず。今も開発スタッフの大部分が北アメリカの研究所にいるならなおのこと」
「……うん。時々、当時の同僚と連絡を取り合っているけど、あの頃のスタッフのほとんどはまだあの研究所にいるよ」
「だったら最初にここを狙いはしないと思う。というか、拠点を失って弱体化した今のネオ-デストロイ団に、今から技術者をさらって何かを開発させる余裕や環境はないんじゃないかな。奴らが真っ先に欲しがるのは、奪ったらすぐ使える『完成品の現物』だろう」
「完成品の現物……」
「そう。完成品の現物。早い話が武器庫だ。それが蓮舎庵市の真ん中に鎮座しているんだから、私が考える分にはそっちのほうがはるかに狙われやすい」
「そんな所なんてあった?」
夏瀬が秋紗に尋ねる。
「ジャスティンガー本拠地がまさにそれだ」
この即答に春羽と夏瀬はそろって目を丸くした。
ジャスティンガー本拠地。確かに武器はたくさんあるだろう。だが、当然そこには精鋭部隊ジャスティンガーがおり、警備体制は常に万全のはずだ。
「アキちゃん、流石にそれは大胆過ぎない?」
「かもね。でも昔のアイツらはそういうことも平気でやって、いくつもの文明を破壊してきた。今のネオ-デストロイ団にどの程度の戦力が残っているかは未知数だけど、勝ち目があるならやりかねない」
秋紗は平然と言い放ち、そしてモーニングコーヒーを口にする。
彼女好みの酸味が聞いたモカブレンドを一口分味わった後、
「でもそれをどうにかするのがヒーローの本分って奴なんだし、少なくとも民間人の私たちが首を真正面から突っ込む話じゃないよ。それこそフユが言っていた通り『私たちの敵』じゃない」
「そういうつもりで言ったんじゃないんですけど……」
冬峰がボソリとつぶやく。
「……あ、今のは独り言なんでノーカンでお願いします」
「でもアキちゃん、一応、ジャスティンガーの人たちには伝えといた方が──」
と春羽は秋紗に目を向けた。
「もちろん総司令には伝えた。でも私が助力してやるのはここまで。今でさえ『帰ってこい』ってうるさいのに、これ以上手を貸してやったらどうなることやら」
そう言う秋紗の面倒そうな口ぶりに、もはや正義の熱い意志はない。ただ自分の都合を最優先に生きるだけのひとりの人間。そんな感じだった。
──その態度に、春羽は少し切なくなる。
春羽と秋紗が親友になったのは、同じ小学校に入学し、席が隣同士になったのが始まり。その頃から春羽は既に、周りより少しだけサイエンスマニアだったのだが、一度何かに夢中になると極端に視野が狭くなるという(今も変わらぬ)性格のせいで友達がうまく作れなかった。なまじ天性の天才児で、周囲の子とは価値観が異なったのも裏目に出たのかもしれない。
そんな春羽にとって、初めての友達が秋紗だった。図工の時間、両親に色鉛筆を買ってもらえなかった秋紗が隣の席の春羽に「使ってない色を貸してほしい」と頼んできたのが始まりだったと、春羽は今も覚えている。その頃から、春羽は学校が楽しくなった。
クラスメートの中には、いつもよく分からない本(工学系大学生が読むような学術書)ばかり読んでいる春羽をバカにしたりちょっかいをだしたりするのもいたが、そういうのは秋紗が追い払ってくれた。春羽から見た秋紗は、どんな有名プロヒーローよりも頼りになる、一番身近なヒーローだった。
結局、秋紗は10歳の頃、家庭の都合で遠方に引っ越すことになった。その直後、佐藤沢家の「春羽には社会学習のために一般学校へ通わせていたが、このままでは才能が伸び切らないかもしれない」という方針転換のもと、春羽も超がつく名門学院に転向することになり、それからふたりはつい2年前の「偶然再会を果たした日」まで連絡すら取り合えなかった。
その間、秋紗が過ごした日々が苦難の連続だったことは春羽もよく知っている。その経験が彼女を変えてしまったとしても無理はない。それでも春羽は信じたいのだ。あの日、自分を助けてくれた相棒の優しさを……。
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