知られざる最強の戦士! ジャスティンガー・ゼロ号!

「いやー、今日のあれは痛快でしたねーっ」

 その日の晩になっても、冬峰はまだ興奮が冷めないようだった。

 晩御飯の時間になり、集まった春羽たちに熱っぽく語る。夕飯の内容も、本来予定されていた献立より2品ほど多い。

「ボス。やっぱり私、今日みたいなときのために、四天王に変身する装備がほしいです。作ってもらえませんかね」

 夕飯の席についた春羽に、冬峰はおねだりを始める。春羽はジャスティンガーのために変身装置を作った実績があるので、やろうと思えばできなくはない。が。

「フユちゃん、ごめんね。それは無しってことにしてるのよ」

 と春羽は困笑しながら答える。そう、冬峰がそういう装備をねだったのはこれが初めてではない。このとき春羽は快く作ってあげようとしたのだが、そこにストップをかけたのが秋紗だった。

 ヒーローは身バレしても大した影響はないが、悪の怪人はそうもいかない。身バレは、世界を敵に回す行為と言っても過言ではない。なので外で四天王コスチュームに変身することには多大なデメリットが付き纏うのだ。それに皮肉な話だが、変身しなくてもトラブルに対処できてしまうことは今日の活躍で冬峰自身が証明してしまっている。

「むしろおまえが一番危ないんだよ、フユ」

「あなたなら、そんなのなくても大丈夫でしょ」

 と秋紗や夏瀬までたしなめにかかる。

 だがそれと同時に、秋紗のリストフォンが鳴った。秋紗はその画面を見て、露骨に辟易した顔を浮かべる。

「悪い。総司令から連絡だ。少し席外す」

 そう言いながら席を立つ。

「こんな時間にですか? 飯の最中ですって言えば良いのに」

 冬峰はそう言うが、返事をするのも馬鹿らしい、と言わんばかりに秋紗は何も答えず部屋を出た。

 3人になった部屋で、一拍の間をおいて冬峰は春羽の方に向き直る。

「……ボス。変身装置、本当にダメですか?」

 


 一方、部屋の外に出た秋紗は誰もいない真っ暗な小部屋で、着信に出た。

「そろそろ連絡が来ると思っていましたよ」

「ゼロ号、聞き耳を立てられてはいないか?」

「ここはわが社のオフィスです。誰もいませんよ、総司令」

 秋紗は電話の相手──大銀河ヒーロー理事会日本支部の総司令に答えた。


 ──説明しよう。

 春羽、夏瀬、冬峰がそれぞれ元大学研究員、元大企業幹部候補生、元ホームレスだったのに対し、秋紗の前職は「ジャスティンガー・ゼロ号隊員」である。

 だがジャスティンガーの隊長は佐藤沢四季人ことジャスティンガー1号であり、ゼロ号というポジションはそもそも存在しない。──少なくとも、制度上では。

 そう。ゼロ号とは、他の隊員に存在を知られず、総司令からの直接命令でのみ動く影のヒーロー。いや、実質的には「総司令の私兵」と呼んだ方がより正確だろう。

 始まりは、大銀河ヒーロー理事会が掲げた正義の三原則の中に「正義は正しい方法で守られなければならない」という項目があったこと。これは、ヒーローは違法な身体改造をしてはならないという内容も含んでおり、また司令部とて例え任務のためでもヒーローの人としての尊厳を無視することは許されない、という意味合いもある。しかし、こうして三原則の中に含めてまでこれを禁じるということは、禁じなければ誰かはやるだろうという判断があったのだろう。それはそうだ。そうした方が(適用者の負担はともかく)少なくとも戦闘力は上がるのだから。

 日本支部の重鎮、小伊藤総司令は元々この『ダークヒーロー禁止令』を良く思っていなかった。だが理事会の本部が大々的に禁止と発表したからには、大っぴらに反抗することはできない。ならばどうする? 私兵を雇うまでのこと。

 そうした野望のもとに総司令は厳しい選考基準のもと極秘裏に人選を行い、それで選ばれたのが当時駆け出しエージェントだった秋紗であった。両者は極秘の契約を結び、秋紗は表向き『正義の執行者として著しい適性の欠如』を理由に除籍。その後、総司令が立場を超えて信頼している協力者たちの手により、秋紗はゼロ号として生まれ変わった。

 ゼロ号は正体を隠し、総司令の勅命とあらばどんな任務でも請け負った。秘密裏に悪の秘密結社を壊滅させることもあったが、その隠密性を生かし、ヒーローや警察には決してできない『正義による陰謀』の執行者になることも多々あった。

大銀河ヒーロー理事会日本支部の職員やその協力者は、もちろんその大多数が崇高な志を胸に正義の活動を行う者だったが、中には密かに大銀河ヒーロー理事会を裏切り悪の組織と内通している者もいた。本来なら彼らは逮捕され、裁判にかけられるべきだったのだろう。だがそれでは正義の体面に傷がついてしまう。だから総司令はゼロ号を直接動かし、不穏分子を悉く「暗殺」させ、その真相を闇に葬ったのだ。

 だがゼロ号は、ある任務の最中に両腕を失う重傷を負ってしまう。その頃はちょうど、総司令も大銀河ヒーロー理事会の本部から探りを入れられ始めていた時期であり、ゼロ号の運用は困難になりつつあった。そこで総司令は、せめてもの償いとしてゼロ号に口止め料も含んだ多額の退職金と最善の医療体制を手配し、事実上彼女を突き放した。

しかしその義腕義手の名病院というのがTOEグループの傘下病院であったため、そのコネクションから秋紗の入院を知った春羽がお見舞いに来訪。そこで「もしこれから次の仕事を探すなら、私と一緒に会社を始めない?」という勧誘を受けると同時に、春羽の【真の野望】を教えられた秋紗はこの提案に乗り、HAL社/悪徳財団が始まったのである。


「昼に受け取ったファイル、見させてもらった」

 総司令は厳かな、しかし威厳に満ちた口調で話を始めた。

 秋紗はもうジャスティンガーを引退したが、悪徳財団としての活動を邪魔しない範囲で未だに総司令へ情報を提供している。一見するとこれは悪徳財団への裏切りのように思えるが、この行動は悪徳財団のライバルとなりうる他の悪の組織をヒーローに退治させるようなものでもあるので、そう悪い話でもない。故に春羽も認めている。

 しかし総司令は、自分が信じて育ててきた腹心の私兵が悪堕ちして悪の組織の大幹部になっているとは夢にも思っていないのだろう。未だに秋紗へは全面的に信頼を寄せているようだ。

「まさか『ネオ-デストロイ団』がまだ活動を続けていたとはな。3年前の総攻撃作戦で、確かに息の根を止めたと思っていたが」

 と総司令は嘆かわしい声を出す。

「構成員が数百万人もいた巨大組織を一網打尽にすることはできなかった。それ自体は無理もない話だと思います。むしろ私が注目すべきことだと思うのはその後です」

「ああ。この、『連中が地球を狙っているかもしれない』というのは本当なのか?」

「私が直接見聞きした話ではないのでやや不確かですが、いずれにせよまだ可能性の話です」

 秋紗がそう言うと、向こうで総司令のため息が漏れた。

 3年前に行われたヒーロー大集合総攻撃作戦。それはその当時最も勢力を持っていた悪の組織「ネオ-デストロイ団」の本拠地に対し、大銀河ヒーロー理事会に属する全てのヒーローが力を合わせて総攻撃を行った作戦である。さらにこの戦闘ではヒーロー側の【極秘の最終兵器】が抜群の威力を発揮して、ネオ-デストロイ団は本拠地もろとも滅んだのだった。

あとこれは余談だが、この勝利を機にジャスティンガーは世代交代が行われ、今の佐藤沢四季人を隊長とするニューフォーメーションになったのだ。

「ゼロ号、君はこの事態をどう見る? 意見を聞きたい」

 総司令は秋紗に尋ねた。

「あんたは認めたくないでしょうが、文明惑星の中で地球の防衛力は客観的に見て高くはない。今の弱り切ったネオ-デストロイ団が勝算のある餌場を狙うとすれば、地球がその候補に入る理由はあるかと」

「安く見られたものだな。……だが、確証がないと動くに動けん」

 と、総司令は頭を抱えているかのように言葉を絞り出す。

 ヒーローというのは強大な力を持つ以上、あらゆる行動に重い責任が付きまとう。その結果として専守防衛になりがちで、まして「証拠はないがそこに悪党が居るかもしれない」程度の状況で大々的に動くことはできないのだ。

 ただし、それは「総司令の極秘の私兵」ならその限りではない……。

「……ゼロ号。どうだろう、もう1度力を貸してくれないかね? 君を手放してしまったのは間違いだった」

「両腕を失った今の私に昔ほどの働きを求めているなら、それは無茶な相談ですよ」

「構わん。私の力でできる範囲内ならば君が望む待遇で迎えよう」

「今のこの距離感が私の望む待遇です。ゼロ号の復帰がお望みなら、次のゼロ号を探せば良い」

「…………こんな緊急性の高い情報を今日の今日まで私がキャッチできていなかったことを踏まえれば、今、いかに私が人材不足に喘いでいるか分からんかね?」

「それは人材の育成を怠ったあんたの責任だ」

 秋紗は冷めた口調であしらうように言い放った。

 しかし総司令が言うことも無理はない。もし「大銀河ヒーロー理事会の一支部の総司令が私兵を雇い非合法な捜査をさせていた」という事実が白日に晒されれば、総司令はその地位を失うだけでは済まない。目的は何であれ何人もの人間を殺すよう命じてきたのだから、教唆犯として生涯を牢で過ごすか、あるいはそれ以上の刑に処されるだろう。だというのに、そんな凶行の片棒を担がせる相手をホイホイと選定できようか。

 だが、分かっているからこそ秋紗は突き放した。彼女なりの交渉術というものだ。

「──私は、あんたが嫌う『正義は正しい方法で守られなければならない』という正義の三原則に縛られない戦力として雇用された。ならば同じ三原則である『ヒーローは命ある限り正義でなくてはならない』に縛られる謂れもないわけだ。無論、悪の組織なんかに身を落とすつもりは毛頭ないが、ヒーローであり続ける義務もないと思っている」

「……そうか」

「悪く思わないでくださいよ。私だって、あんたから受けた恩を不義理で返そうとは思っていないんです。今でもつかんだ情報をあんたに無償提供しているのだって、そういうことです。でも私は、ここの社長にも恩がある。それを無視してあんたばかり贔屓はできない。そういうことです」

「了解した。君の決意の堅さ、改めて思い知らされた。それでこそ君だ、ゼロ号」

 と総司令は口惜しそうに言う。

それで秋紗はもう終わりだと思っていたが、総司令はそうでもなかったようで、言葉を続けた。

「だが、これだけは言わせてほしい。私はね、ゼロ号。君がまだ正義の心を、正義の魂を、失っていないと信じている。だから君は今もまだ、大切な人を護ることを生業としているのではないのかね?」

「……続報があれば知らせます」

そう言って秋紗は通話を切った。

それからダイニングを出たついでと思って、秋紗は外に出て懐から加熱式のタバコを取り出す。HAL社の中で喫煙の趣味があるのは秋紗だけ。春羽は喘息の気があるし、夏瀬は根っからの煙草嫌い。冬峰に至っては未成年の癖して、吸っているところを見ると「私もちょっと一服だけ良いですか?」と興味深そうに迫ってくるので、秋紗は彼女の前では吸うまいと決めている。

その秋紗だって1日に何本も吸うほどのヘビースモーカーではなく、何か心に小さな波が立ったとき、ふと吸いたい衝動に駆られるのだ。最後に吸ったのも3カ月は前のことである。

(正義の魂、か……)

肺の中で転がした紫煙を夜色の空に吐きだした秋紗は、それが霧散していくのをぼんやりとした目で追いながら独り言ちる。そこに、自らの手を幾度となく血で汚し、取り返しのつかない非合法な人体改造を受け入れてまで、恩師の掲げる『正義』を信じた孤高の戦士としての姿はもうない。

「──くだらない」

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