Episode309 例のブツと迎える運命

 ちなみにですが、皆さまは覚えておられますでしょうか? まだお正月を迎えていないので今年ですが、夏に大事件が起こったことを。

 ――そう、例のあの『縞々しましま大事件』のことである。


 私にしてはとてもシンプルなネーミングであるが、前後に色々詳細を示すものを付加するととんでもないことになりそうだったので、事件を知る者にとっては一言で通じるものにしなければならなかったのだ。

 そしてその事件の被疑者である私は、冬休みに入ってすぐに被害者に連絡を取った。いや、ショートメールでお伺いを立てたので、送ったが正しいか。


<学院からこちらに戻ってきました。例のブツはいつ引き取りに行けばよろしいでしょうか?>


 それはそれは下手したてに出て丁寧に、キッチリと。修学旅行の時には触れられなかったけれど、事件が発覚した新幹線の電話ではあれだけ言われたことだし。

 だからすぐにアポの返事が来るものだと思って呑気に構えていた私であるが、けれど一日経っても緋凰からの返信はなかった。


 夏に予定を入れなかったからその分を埋めるのに冬が忙しくなったのか、スケジュールを調整している最中なのかと更に一日待ってみても、全く音沙汰なし。

 その間の走り込みトレーニング時にお兄様の進路を確認したりしていた訳だが、三日間が過ぎてもウンともスンとも言わない私の携帯さん。


 これは一体どうしたものかと思って大晦日まで二度目の連絡をせずにいたら、丁度部屋で参考書を開いて問題を解いている時にコールが鳴った。パッと見たらその着信音が緋凰で設定しているものだったので、すぐに取って出る。


「もしもし緋凰さま!? いくら冬にご予定を詰め込んだからって、あれだけ言っていたブツの件を今日まで放置するとは一体どういう了見ですか! 今年のやらかし未清算は今年で清算し、晴れ晴れとした気持ちで新年をお迎えしたかったです!」

『お前が忘れなきゃよかっただけの話だろうがふざけんな! ……例のブツはこっちも不本意だが、この冬は無理だ』

「無理?」


 責任持って取りに来いとか、精神衛生上どうたらとか言っていたくせに?


「貴方、どれだけ予定を詰め込んで……」

『詰め込んでねぇわ。勝手に想像膨らますな。つかいま家どころか日本にもいねぇんだわ』

「え? 海外にいらっしゃるんですか?」


 まさか国境を飛び越えていたとは思わず聞き返すと、『ああ』と。そして先ほどと違い、若干疲れたような声で続きを話してくる。


『冬休みに入ったと同時に、母さんに拉致られた』

「え」

『前に俺から電話したっつったろ。ウチの問題のことで俺が父親とも……母さんとも向き合おうとしているって知って、話をするのにな。だから父親も一緒だ』


 なに、お父様も一緒!? ……え。と言うことは、じゃあいま緋凰家の家族団らん中ってこと? うわっ、例のブツがとか言ってる場合じゃないじゃん!!


「それはおめでとうございます。えっと、ご家族の団らん中にわざわざご連絡下さって、お邪魔しましたと言うか」

『別に。俺も早めに連絡しようとは思ってたけどあっちこっち連れ回されて、そんな暇なかったんだよ。あと団らんっつーほど良い雰囲気じゃねぇけどな。父親にとっちゃ劣等感刺激される二人に挟まれて、最悪とか思ってんじゃねぇの』


 けっ、とでも言いたそうな口ぶりにまあ急なことだったんだろうし、緋凰もご当主も心の準備もなくいきなり引き合わせられたら、それは戸惑いの方が勝るだろうなと思った。

 しかしながらそんな経緯を聞くと、緋凰のやることが極端なのって、ご夫人譲りなんだろうか……?という考えが浮かんでしまう。


「何かお話しされたんですか?」

『……取り敢えずそう真面目な話はしてねぇ。色々観光して回って、ボソボソ感想言ったりしてるだけだ。母さんはどっちもにあーだこーだ言ってくるが、父親の方は俺に気ィ遣って話し掛けてきてんのがあからさま過ぎんだよ。自分がどんな顔して喋ってんのか、ぜってぇ解ってねぇわ』

「……お父様にとっても寝耳に水のことだったんでしょうし、もう少しご様子を見られた方がよろしいのではないでしょうか?」


 デリケート過ぎる問題に言葉をよく選びながら伝えてみたが、電話の向こうで小さく息吐く音が聞こえてきた。


『知らなかったのは俺だけだ』

「え?」

『じゃなかったら来れる訳ねぇだろ。予めスケジュール組んでなきゃ海外旅行の休みなんか取れるかよ』

「あ……」


 自分の失言に思わず顔を顰める。けれどハッと思い直し、どうにかプラス思考になれるようにと私は再び口を開いた。


「で、ですが! それだとご夫人からお誘いがあって、お父様はそれをお受けなさったということですよね? と言うことはお父様の方にも、お二人と歩み寄るお気持ちがあるということじゃないですか! そうじゃなかったらお誘いなんてお受けしなかったと思います!」


 お断りできないような根回しだとか誘導だとかの、もしかしてなマイナス動機なんてものは遠く放り投げ、プラス動機だけを敢えて強く口にする。

 まだ一気に距離を詰めるには難しいかもしれないが、少しずつお互いに近づけていけたらいいと思う。


「ほら、夏に私言ったじゃないですか。緋凰さまはその顔面の圧が強すぎるんですから、一気に詰めるよりは少しずつ近づいていった方が良いと。キュンポイント制度を思い出して下さい!」

『制度化させんな。中三男子が男親をキュンとさせるとか、やる側の息子の気持ちも考えろ。……まあプライベートでこうやって過ごせるのは、悪くねぇと思ってる』

「悪いどころか嬉しいんでしょうに。憎まれ口はこの電話だけにしといて下さいよ」


 念のために注意すると『うるせぇ』と返ってきたが、はいはいと聞き流す。


『まあそういう訳だからお前には悪ぃけど、この冬じゃ無理だ。屋敷に人がいねぇからな』

「誰も残っていらっしゃらないんですか?」

『母さんが俺ら家族がパーッとやってくるからっつって、住み込みの人間にも休暇与えてた』

「あ、そうなんですね……」


 やることの極端さはやっぱりご夫人譲りだった。

 そしてこの電話をするまでに既に三ヵ国巡ったようで、今は四ヵ国目であるノルェー王国のホテルに到着してそこから掛けているとのこと。

 ご両親はお二人でバーに向かっていて、緋凰はいま一人で部屋にいるらしい。


 曰く、ご両親にはご両親だけで過ごす時間も必要なのだと。

 自分から連絡をした時にご夫人と話した内容で彼はそう判断し、観光に誘われたのを二人で過ごせるようにと敢えて断って、部屋に残ったのだそうだ。


『似た者親子だったんだよ、俺と母さんは』


 苦笑交じりの言葉。

 それがどういう意味なのかは分からなかったけれど、新幹線で言っていた、“最悪なことにはならない”に向かって進んでいることだけは判った。


 それからは一人で暇そうな感じの彼とまた少しだけ話をし、実技対策のことも学院での進捗や弱点となるところの注意確認などを聞いたり聞かされたりして、時間はあっという間に過ぎていき――……。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 ……――受験は二日間に及んだ。学力検査で一日、実技検査で一日といったスケジュール。

 学力検査に関しては私からすれば特にペン先が止まるような問題もなく、解き終わったらちゃんと最初から確認もした。マークシートで塗り潰した番号もズレていないかと、よく注意をして。

 自己採点だと間違いなく満点を取っているだろう。


 受験人数は見たところ、聖天学院ブランドという名はやはり大きいようで結構な人数がいるなと感じた。

 男女比率も試験会場の教室に入ったら半々で、奇しくも裏エースくんらしき姿はいなかったので別の教室なのだと判った。それは麗花についても同様である。


 そして二日目の実技検査では午前は男子、午後は女子と分かれて行われた。このことから恐らく入学後も専門教科科目は男女で行われるのだろう。

 それはどうしたって男子と女子では体力差や技能差などがあるし、接触があるとお互いに気を遣ったりすることがあったりで、別習べつならいの方が問題点が少ないからだ。


 麗花は私が受ける陸上部門で見掛けなかったので、彼女は違う部門で受けたらしい。

 一体どの部門なのか気になるけれど、受験が終わって学院に戻った際に尋ねると私も紅霧学院を受験したことがバレてしまうので、聞きたくとも聞けなかった。サプライズしたいので。


 ちなみに休日に私が走り込みをしていたことは麗花も知っているが、彼女には私の受験合格への願掛けだと思わせている。

 合間に身体を動かしてリフレッシュして、一つのことを最後まで絶えずやり抜くという感じで。それで納得していたし私の筆記成績も問題ないと分かっているので、麗花からは特に何も言われることはなかったのだ。


 学力検査ではそれなりに周囲を気にする余裕を持ち、一転して実技検査だとそんな余裕は全くなく自分のことで精一杯。

 だから――――会場に“四季 空子ヒロイン”がいるかどうか、こちらも受験日に確認することはできなかった。


 【空は花を見つける~貴方が私の運命~】の主人公である彼女がどちらの学院に通うのか。紅霧学院か、銀霜学院か。

 けれど例え空子が銀霜学院を選択していたとしても、私がやるべきことは変わらない。だって彼女がいない初等部時代であんなことがあったのだ。学院にいないからもう絶対に安心だなんて、そんなことは口が裂けても言えない。


 杞憂であればいい。同編攻略対象者である二人の話は麗花の口から出てきていない。

 婚約者にだってなっていないし、本来取り巻きである内の一人が友達という存在へと変化している。


 現状では様々なことがゲームとは異なっていて、月編ライバル令嬢である私も銀霜学院ではなく紅霧学院を受験した以上は、これから先の未来も大きく変わることだろう。


 二人で一緒に。

 笑顔でお互い、あの高校を卒業できるように――……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る