Episode304 修学旅行四日目 ~残り時間の過ごし方~

 修学旅行もいよいよ最終日の四日目となり、午前中は同じく札幌でクラスの班で纏まって行動する。

 午後はもうバスに乗って空港に向かうので、予め修学旅行前に学院側で回りたい施設を何ヵ所か提示して希望を取り、希望した施設にて最後の体験をするようになっているのだ。


 選択肢の中にはカーリング体験や白い恋人パークなどもあったりしたが、私達の班はやはり秋のこの時期ならではと言うことで、サケのふるさと千歳ちとせ水族館を希望。

 特にここでは時間の関係上身体を使っての体験という体験はしないが、四日目ともなると生徒たちは初日よりも落ち着いていて、ゆっくり見て回りたいという子が多かった。


 そういう最終日に自分たちの元気が残っているかどうかも考えて、のんびりしたい系だと白い恋人パークやサケのふるさと千歳水族館、動きたい系だとカーリング体験を選ぶ。

 【香桜華会】内でも麗花やきくっちーの班は動きたい系で、私と桃ちゃんはのんびりしたい系で分かれていた。その中でも桃ちゃん班は白い恋人パークだったので、帰校した時に『妹』たちに語れるお土産話も盛り沢山である。


「さすがに迫力がありますね……」


 関さんがそう声を上げたのは、サーモンゾーンの大きな水槽の前。

 透明な壁を隔てた向こう側には大きく成長した親となるサケの群れが泳いでおり、大きさもそうであるが、その多さに彼女は圧倒されている様子だった。


 私はそんな関さんの隣に並んで同意した。


「本当に。圧巻ですよね」

「ええ。こうして見ていると作品のインスピレーションが湧いてきます。今年のアドベントカレンダーもどうぞご期待していて下さい、百合宮さま」

「え? あ、はい」


 関さんは手芸部の副部長である。サケの大群を見て湧くインスピレーション作品とはと考えるも、トナカイの角にサケが突き刺さっている編みぐるみしか思いつかなかった。

 何だろう。クセ人は各部長だけだと思っていたが、部長に近い副部長もそうなのだろうか? それとも手芸部だけ?


 とにかくカレンダーの窓をオープンする係をになっている【香桜華会】の人間なので、期待していろと言われれば期待して待つしかない。

 手芸部も芸術系の部活動なので、そういった創作系の人間の感性は尊重し、大切にしなければなるまい。


 大きなサケの大群を熱心に見ている関さんから離れ、今度は水辺の生き物ゾーンにいる瀬見さんと城佐さんの方へ向かうと、彼女たちはアメリカミンクを見て「可愛い!」と二人で話をしている。各ゾーン自体はそう離れていないので、班内でも個人個人で見て歩いて大丈夫なのだ。

 話している中に入るのも悪いかなと思い、私も二人が可愛いと言っているミンクを見る。元気に動き回り泳いでいるミンクは確かに可愛くて癒された。


 そしてこのゾーンにはアメリカミンク以外にも生物がいるので目を凝らしてよく探すも、カエルは見つかったがサンショウウオ系は見つけられなかった。隠れちゃったのかな……。


 また時間を置いて探してみようと、今度は体験ゾーンの方に足を向ける。体験しないとは言ったがそれは事前予約が必要な体験であり、こういう誰でも体験できるものは体験することが可能である。


「あっ、百合宮さま百合宮さま!」


 私の名前を呼ぶ声がしたので顔を向けると、真ん中部分の淵が内側に向かって凹んでいる、全周透明アクリルのタッチプールの中に手を突っ込んでいる飯塚さんと時任さんがおり、飯塚さんがキャッキャしている横で時任さんはしょっぱそうな顔をしていた。


 呼ばれたので彼女たちに近づくと、キャッキャしている飯塚さんが楽しそうな声で教えてくれる。


「ウグイが! ウグイが私の手をスルッって撫でていくんです! 百合宮さまもやってみて下さい!」

「ウグイが……ウグイが私の手もスルッと……」


 二人して同じことを言っているのに態度が両極端で、苦笑するしかない。私はどっちになるかなと思いながら同じく手を入れてみると、急に入ってきた手にウグイたちは最初避けていったが、少しすると撫でていくようになった。

 魚特有のツルリとした感じというか、当たる感触はやっぱり生き物で、何と言うか……。


「あまりない体験ですね……」

「ですよね!?」

「ですよね……」


 どっちかと言うと時任さん寄りの感覚になってしまった私であるが、続けて同コーナーのドクターフィッシュも体験しようと飯塚さんに引っ張られて同じように水槽の中に手を入れると、こちらはすぐに集まってきてつついてくる。

 それがドクターフィッシュの特性だと知っているけれど、何だか餌を強請られているようで可愛く思えた。タッチプールでは水の温度は冷たかったが、こっちは温く設定してある。


「何だかゾワゾワしますわ……」

「そうですか? 私は気持ちいいですけど」


 不思議なことに今度は飯塚さんがしょっぱくなり、逆に時任さんがニコニコしている。やっぱり私の感覚は時任さん寄りだった。

 そうしてドクターフィッシュに手をお掃除してもらいながら、あの三人は今何をしているかなと考える。


 カーリング体験組は球技大会のように勝負になっていそうだし、桃ちゃんは白い恋人パークでお菓子をモグモグしていそうだ。

 そんな想像をしてクスッと笑ったところで――――



『花蓮ちゃんのばかっ、何で言ってくれないの! 桃だけ楽しんでも意味ないの!!』





 ――――事の顛末は四人で遅めのお昼を摂っている時に、二人から聞いた。


 こちら側が危惧していたようなことはまったく無く、けれど徳大寺側の事情を知っても、私もきくっちーも複雑な胸中になるしかなかった。

 許嫁を解消しても友人として付き合い続けることは桃ちゃんが決めたことだし、本人がそれでいいのなら私達も変な口出しせずに納得するしかない。


 そしてこの件に関しては夏に緋凰が言っていた通りで、一方の話だけを聞いて決めつけるのは良くないの典型だとも感じ、そこは反省した。


 たっくんと裏エースくんとも仲が良い時点で。それも人の心の機微に聡い裏エースくんがそうな時点で、何かしらの理由があったと気付いても良かった筈なのに。

 まあそれでも納得できるかどうかは、また別の問題だけども。というか私は私で大変だった時に、まさか桃ちゃんもそんなことになっていたとは思わなかった。

 それに…………その場にいた、人物たちのことも。



『……――と、そう仰っておられましたの。ですから花蓮。貴女の想い人は、貴女との約束をそんな風に大切なものとして考えているのですわ』

『あんなことを言われたら麗花ちゃんも桃も、それ以上何も言えなくなっちゃったの……』


 お面は外してのお昼だったので、そんなことを口にする二人の表情もよく分かった。そしてその話を聞いた私は――――裏エースくんらしいなぁ、と。そう思ってしまった。

 会わない間に積み重ねた想いを抱えきって再会だなんて、ウサギ属性の裏エースくんなのに言ったなぁとも。



『本人じゃないからちゃんとした考えは伝えられないけど、新くんは頑張ってるよ。また会うために今を頑張っているから、花蓮ちゃんもあともう少しだけ頑張って』



 夏に会った時に、たっくんからもそう言われた。その時は仕方ないかと納得していたが、やっぱり心のどこかでは会えないことに落胆していて。

 けれど人伝ひとづてで届けられたことではあるも、本人から私へと向けられた言葉には不思議なことに、内容を聞いてもそう落胆の気持ちはなく。

 むしろ、「じゃあちゃんと最後まで待つか」という、さっぱりとした気持ちになったのだ。


 ずっと会えなくてモヤモヤモダモダしていたものが、すっきり解消したみたいな。「そうだよね。二年と半年少しも頑張ったんだから、あと五ヵ月くらい待てるよ。お受験もあるし」なんてポンと思ったりもした。

 だから申し訳なさそうな顔をして私を見ている二人に自然と笑みが浮かんで、私のことを想って伝えてくれたことに、心からの言葉を贈った。


『私ももう大丈夫! 二人とも、教えてくれてありがとう』――と。


 麗花は安堵したように肩の力を抜いて微笑み、桃ちゃんはまだちょっとだけしょんぼりしていたけど、次に顔を上げて私を見てきた時には笑って、


『花蓮ちゃんからお話聞いた時は想像できないって言ったけど、どうして花蓮ちゃんがあの人のことを好きになったのか、会ってみて解ったよ。花蓮ちゃんの好きな人って、すごく良い人だね!』


 と褒めてくれた。

 ――“格好いい人”ではなく、“良い人”。


 ……うん。私が好きになったのは彼の見た目ではなく、その内面。どんな人なのかを知って、そうして好きになり、彼に恋をした。

 あのラブレター日記ノートに綴ったことは消さない。その時に私が抱いていた、大事な気持ちだから。


 だから会えない時間で私が何を考え、どう思っていたのかを相手にも知ってほしい。

 楽しかったり苦しかったり、沢山のことを悩みながらも、必死に頑張っていたことを知ってほしい。


 私も知りたい。貴方がどんなことを考え、思いながら日々を過ごしていたのかを。

 今度は人伝からではなく、貴方から直接――……。





「……さま。百合宮さま!」


 呼ぶ声にハッとして見ると、既に水槽から手を出している時任さんと飯塚さんが、心配を乗せた表情で私を見ていた。


「やはりお疲れなのですか? 就寝時にいつも中々寝つけておられなかったと、城佐さんが仰っておりました」

「その……、申し訳ございません」


 私も水槽から手を出してハンカチで拭いている時に、急に時任さんから謝罪されてキョトンとする。


「え、何がですか?」

「あの……お、沖縄旅行の件で……。ゆ、百合宮さまだけその、お誘いが……」

「百合宮さま、決して! 彼女たちは決して百合宮さまを仲間外れにしたのではございません! てっきり誰かがお誘いして、断られたのだと彼女たちは思い込んでしまったのです!」

「ですがそのせいで思い悩まれ、百合宮さまの健やかな安眠を妨害してしまい……」

「え」


 ちょっと待ってほしい。確かに初日はそれで悶々としたけど、二日目は麗花から言われたことの対策を考えていたからで、昨日は宿敵二人と支払われていたお茶代のことを思い返して、グルグルしていただけだ。

 ……私は誘われなかったことを何日も何日も根に持つ人間じゃありません!!


「済んだことは仕方がありません。それに誘われていても私は用事がありましたので、どのみちお断りするしかなかったのです。中々寝つけなかったのは、他に色々と考え事をしていたからでして」

「まあ! こういう旅行の時こそ、ゆっくりとお過ごしされるべきですのに!」

「そうですわ! 昨日の自主研修でも私達のために【香桜華会】の皆さまは色々と企画もされ、旅行中常に連絡も取り合っておられました。もう最終日ですが、百合宮さまがゆっくりとされるように残りの時間、私達も尽力致します!」

「え、あのちょっと!?」


 二人から挟み撃ちに合い、両方の腕を取られて散っていた班員の元に連行された私は、その後の時間をあれこれ彼女たちに構われながら過ごすことになった。


 何かあったり見つけた時点であっちやらこっちやらに声を掛けられ、首をぐるんぐるんさせられた私は最終的にゆっくりと過ごすことができたのか。

 …………飛行機の座席で屍となっていたことから、察してもらえればと思います……。

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