Episode298 修学旅行三日目 ~その行動が示していること~

 静かな呼び掛けにその場が静まり返る。

 その声には特に何らかの感情は込められておらず、けれど口を閉じさせるくらいの強さは感じた。


「通りを歩いていて、俺が彼女とぶつかりそうになったんだ。彼女は連れとはぐれてしまったらしくてな。香桜女学院の生徒が見知らぬ土地を一人でうろついていて、何かの事件に巻き込まれてもいけないだろう。だから俺と晃星が今まで付き添っていたんだが、」


 そこで白鴎の瞳が私を捉えてくる。


「知り合いが……緋凰が来たんなら、君はもう大丈夫だな?」

「あ……、はい。大丈夫です」

「そうか。――じゃあ行くぞ、晃星」

「え、出るの?」


 確認の問いに頷いて返したらガタリと席を立って、秋苑寺にも去ることを促し、素っ頓狂な声を上げた彼に白鴎は小さく息を吐いた。


「任せられる知り合いが来たんなら、俺たちはもう必要ないだろうが。早く来い」

「はーいはい。んじゃ、またね~」


 ヘラヘラ~と笑ってこちらにヒラヒラ~と手を振ってくるが、私はもう失礼の権化には可能な限り会いたくないので振り返さない。

 そうしてレジで会計をした二人は、そのままお店を出て行った。


「……あの二人と何かあんのか?」

「え?」


 ようやく危機が去っていったと彼等が出て行った自動ドアを見つめていたら、何故か緋凰がそんなことを聞いてきたので思わず顔を動かすと、彼は眉間に皺を寄せて私を見ている。


「俺らクラスの高位家格の令嬢ってんなら、白鴎も秋苑寺も近い奴らだろ。クマ面してっから向こうには分からねぇだろうが、アイツらと前にどっかで会ったことあんのか?」

「え、えと……しゅ、秋苑寺さまとなら、小さい頃に二度ほど」

「秋苑寺が会っても覚えてねぇってんなら、相当昔の話だな。で、お前はあの二人といたくねぇってんで、アイツらと同家格の俺を呼び出したって訳か?」


 不思議なことに行動理由が見透かされていて、しかもそれが本当のことであるので否定もできない。


「……だって、何かあったら掛けろって」


 緋凰が言ったんじゃないか。

 どういうつもりで言ったのか全然分からないけど、私は確かに『何かあった』から電話しただけだ。文句を言われる筋合いはない。


「私は何度かいいですって断ったんです。ですが、先ほど白鴎さまが仰ったこともそうですし、あと香桜生の携帯には、学院から位置情報アプリをインストールさせられているんです。だからはぐれた連れの位置が分かるなら、こっちが追った方が良いって白鴎さまに言われて。それなのに秋苑寺さまに携帯取られて、途中で喉が乾いたから休憩~とか言い始めますし。私だって早く仲間と合流したいのにあの人がお喋りばっかりして、飲み物飲み切らずにいつまでもチンタラチンタラしているから……!」


 言葉にして経緯を吐き出せば、本当に秋苑寺が如何に癌だったのかが判る。

 話を聞いた緋凰も共感できる部分があったのか、「あー……」と同意っぽい呟きを溢した。


「けど意外だな。秋苑寺は女子相手だと、一応はちゃんと対応する人間なんだけどよ。追った方が良いとかってのは秋苑寺じゃなくて、白鴎の方が言ってきたんだろ? あと最後に白鴎が『大丈夫だな?』とか、俺じゃなくて確認してきただろ。アイツ、学院の女子相手じゃ絶対ンなこと言わねぇぞ」

「え?」

「四年くらい前だったか。一時期は女子に絡まれても珍しく対応は淡々と続けてたが、ソイツが転校してからはさっぱりだな。それに今の学院環境だと俺と同じで必要最低限な時以外は、ほぼ撥ね退けてるし」


 信じられないことを言われている気がする。


 ……さっき、『女子相手だと白鴎はこんな風に紳士的に対応するのか』と思った。それなのに緋凰が口にしたのは、それを覆すような内容で。


 硬派な高潔属性だから女子には塩対応、ということは頭にあった。

 けれど私に接してきた時の白鴎は、私の不注意でぶつかりかけたのに一度も責めたりそのことで注意もしてこなかったし、それどころかはぐれたら洒落にならないからと手も自ら繋いできて、気も遣われて……。


 ゲームでの“彼等”とはどこか異なっている。

 性格とか考え方などの根本的なものは同じかもしれないが、行動が違っているように思う。


 元々の性格や考え方は同じでも、感じ方……自らの内から生まれてくる感情の受け止め方が変化したから、元々の考え方と紐づいて、彼等の取る行動もまた変わったのだろうか――。


 私は。今日言葉を交わせる距離で初めて彼と出会った。……それなら白鴎は?



 どうして、白鴎はその行動を



 白鴎が手を繋いできた時、秋苑寺は確かに驚いた様子だった。白鴎のことを一番よく知っているのは、いつも彼の身近にいる秋苑寺だ。

 緋凰がそう言うくらいなら、秋苑寺のあの驚きようは余程のレベルだったに違いない。

 アイツのあの態度は白鴎のその行動自体を、『あり得ないことをしている』と表していたのだ。



『なら香桜に入る前、催会に参加していたことは?』



 どうして秋苑寺は意味深な笑みを浮かべていた? どうして白鴎は私が返した答えを聞いて溜息を吐いた?

 ――――どうして……?




「亀子。おい、クマ面宇宙人」

「……え? あ、はい何ですか?」


 沈みかけていた思考の水面みなもから浮上して気もそぞろな返事をすると、これからどうするのかを聞かれる。


「まあクマの面被った変わったヤツでも、香桜生は香桜生だからな。連れと合流するまで付いててやるけど、お前一人がはぐれてる状況なのかよ?」

「あ、えっと。はぐれるまでは四人で行動していて、不測の事態が発生して二人一組でバラけました。私ももう一人とは、相手の攪乱かくらんのために途中で別れてしまいまして」

「追われてたのか?」

「はい、我が校の学年主任に」


 答えた瞬間、変な顔をされた。


「何で教師に追われてんだよ。つか逃げるなや」

「仕方ないじゃないですか、こっちにだって私達なりの事情があったんです。追われた理由に関してははっきりしていて、香桜生として相応しくない行動を四人揃って取っていたからだと」

「…………おい。まさかその、リアル動物面のことじゃねぇだろうな?」

「すごいですね緋凰さま、正解です!」

「それしかねぇだろうが!! クマとウサギと、あと何だ!」


 ネズミとチンパンジーだと伝えたら、また特大溜息を吐き散らかされる。


「まあ見てすぐ判る特徴があって幸い、とか言いたくねぇなあ……。で、その内の誰かと合流すりゃいいんだろ? 近い方でいいだろ、近い方で。俺も夕紀たちと合流しなきゃなんねぇし」


 おっと、それは困る。春日井もアレだけど、緋凰ルートだと麗花の断罪はお前が原因になっているからダメだ。麗花には近づけさせないぞ。


 取り敢えず今の彼女らの現在地を確かめるために再度位置情報アプリを起動させる。すると麗花と桃ちゃんは無事再会できたようで、先ほどの公園に点が二つあった。

 ならば私はすべての状況的に、今は一人で行動しているきくっちーを迎えに行った方が良い。


 無事にシスターから逃げ切ることができたのか、結構離れた場所に彼女はいるが、私がああなっていたことを踏まえて話せば緋凰も納得してくれるだろう。


「二人は合流したみたいです。ですが私と二人で別れた生徒の方は遠い位置におりまして。私が一人でいて他校の生徒に心配された理由を考慮しますと、一人でいる子の方と合流したいのですが……」

「……チッ、わぁーったよ。じゃあそっちでいいから、早く行くぞ」

「はい! よろしくお願いします!」


 見たか秋苑寺、私はこうして人を丸め込むことができるのだ!

 今はいない彼に向けて勝利宣言をかまし、自分が注文した分の料金を精算しにレジへと向かうも……。


「お客様のご注文分も、同席されていらっしゃった方から既にお支払い頂いておりますよ」


 とそんなことを店員さんから返されてしまい、お財布を取り出していた私は呆気に取られるしかなく。

 それから喫茶店を出て地図を見ながら歩いて少ししてから、隣を歩く彼を仰ぎ見た。


「……あの、お金のことなんですが」

「受けねぇぞ。どっちかは知らねぇが、支払ったやつの面子は保たせてやれ」


 緋凰に一旦預かってもらって渡してもらおうと思ったのだが、言う前に考えを読まれて拒否される。

 確かにこういうのは返すにしても本人から直接の方が良いとは思うが、どうにもモヤモヤが心に広がって仕方がない。また会う縁があるかのようだと、そんな風に思ってしまう。


 彼を目にして理由のない恐怖を覚えた日。彼と話してもちゃんと対応できた今日。

 それらを比較しながら私は緋凰とともに、きくっちーが留まっている場所へと向かうのだった。

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