Episode297 修学旅行三日目 ~変わらぬもの、変わったもの~

 これは一体どういう反応なのか。

 スピーカーで通話していないから彼等に聞こえたのは私の話だけなのだが、どうして笑っているのだ。どこにもおかしなところはなかったでしょうに。


「どうしたんですか」

「ちょ、待って、俺まだ喋れない……っ」


 喋れなくなるほどにおかしなことは、何も言っていないんですけどねぇ?

 そんな秋苑寺の反応をジトッと見ている私の表情がベアの内側でスンとなる。コイツがこんな感じなので今度は白鴎の方へ視線を向けると、それに気づいた彼は口許から手を離して、私に向き直ってきた。


「それで結局、迎えには来てもらえるのか?」


 切り替えが早いのか、笑いの余韻も残すことなく普通に聞いてきたので、微妙な心地となった内心を押し隠して私も普通に対応する。


「はい。来て頂けることになりましたので、大丈夫です。ご迷惑をお掛けしました」

「いや、これも何かの縁なんだろう。別に迷惑とは思っていない」


 この遭遇が『縁』だと白鴎に口にされると、どうしてもゲーム上での私達の関係性が頭に過ってしまう。

 婚約関係になっていない且つ、私を“百合宮 花蓮”だと認識していない。それが一般のご令嬢……女子相手だと、白鴎はこんな風に紳士的に対応するのか。


 “私”相手だと冷めた目しか向けてこなかったのに。自分から“私”に対して、断罪の時までアクションを起こすことなんてなかったのに。

 ……“百合宮 花蓮”でなければ、表面上だけでも優しい言葉を女の子に掛けることができるのか。



 ――……どうして、“私”ではダメだったの?




「……あー、久し振りにめっちゃ笑った。クマ子やっぱオモロいね」


 心の奥底から何かが滲み出しそうになっていた時、ようやく笑いの虫が治まったらしい秋苑寺が突っ伏していたテーブルから顔を上げた。

 よく見れば目尻に水滴が付いているので、私の通話内容はコイツにとって、泣くほど面白いものだったらしい。天誅してやろうか。


「どこが面白かったんですか。普通に失礼じゃないですか」

「えー? だってクマ子の返事聞いてるだけで、相手が嫌々だったの判るし。つかこの場所を説明するのにテキトーなことしか言ってなくて、本当に迎えに来てほしい気があんのかと思ったわ」

「え?」

「ぶっは! え?じゃねーし!」


 真面目なトーンで返した呟きを聞いて、再び笑いの虫がぶり返したらしい秋苑寺がケラケラと笑い始める。

 ……確かに緋凰からもテキトー他、店の名前だけを言えと言われた。


 私としては迷子になりようもない、分かりやすくを心掛けて道を伝えていたつもりなんだけど。

 しかし席から見える、窓の外に目立つ建物がなかったのは誤算であった。


「じゃあどう説明したら良かったんですか」

「……そうだな。まず目的地を最初に伝えることを前提として、それから一般的な地図上で大きく載っているだろう建物施設から目的地は何方向。大体の距離数で目安何分かを挙げてから、地図上で拾える目的地周辺の商業施設や、ビル名を言えば良かったんじゃないか?」

「それな」


 白鴎の述べた説明に秋苑寺が頷いて同意しているが、私も文句など一つも付けることが不可能なその内容に自らの敗北を悟る。

 理にかなった、とっても解りやすい説明でした。それを聞いた後で振り返ると、私の口から出たものは全てテキトーでした……。


「おかしいです。丸め込むのはイケるのに、こういう説明だと何故私は意味不明とかテキトーだとか言われるんでしょうか……?」

「うわー。あんな説明しかできなかったクマ子が相手をどう丸め込むことができたのか、めっちゃ気になるわ」


 勉強を教えるのでは特別言語とかも言われたりしたし。

 口は回る方なのに、やっぱり私も人との会話コミュニケーションがまだ足りていないのだろうか? 麗花にトラウマを植え付けた高見里さんに、今からでも弟子入り志願をするべきなのか。


「別に、それも一つの個性だろう。相手に伝えたいことを理解させるのが説明としての大前提ではあるが、伝わらなかったら伝わらなかったで何が悪かったのか、後から己の反省すべき点も見えてくる。場所の説明では君の言ったことは説明のていを為していなかったが、声に込められた必死さだけは伝わってきた。だから電話の相手も君が本当に困っているのを理解して、これから迎えに来るんだろう」


 どうにもお迎えが到着するまでは、二人ともこの場から動く気はないらしい。

 関係あるようでないことを現実逃避で色々と考えていた最中、白鴎が私のことをフォローするかのような発言をし始めたのを聞いて、思わず目が丸くなった。


 ……彼は本当にあの、“白鴎 詩月”なんだろうか? 何だか全然違う人のように思えてくる。


 そんな風に少々困惑を覚えていると、昔お兄様が私に言ってくれたことを不意に思い出した。



『花蓮の抱えている“怖い”は、花蓮にしか分からない。けど、まだお前たちは出会っていない。どういう人間なのか、花蓮はまだ実際の彼のことを知らない』


『向き合うことで花蓮が抱いている“怖い”以外のものが見えて、それが無くなる可能性もあるだろう?』



 ――そうだ。“白鴎 詩月ゲームの彼”ではなく、白鴎 詩月現実の彼と直接出会ったのは、これが初めて。


 あの時考えた。麗花も春日井も緋凰も、ゲームでの“彼等”とはどこか異なっていると。

 性格とか、考え方などの根本的なものは同じかもしれないが、行動が違っているように思う。



『私が何か言うと追い詰めてしまうと思っておりましたのに、逆にだっただなんて……。すれ違いが起こりまくっているじゃありませんの』


『あの言葉は、陽翔のためを思って言った言葉じゃない。――――あれは、僕のエゴから出てきた言葉なんだ』


『色々と失敗も結構しているが、それでも一歩を踏み出せていると実感する。前の俺じゃしなかったことをやって、そこから学ぶものがあって糧になっている』



 実際は裏目に出ていたが麗花は祥子ちゃんのことを考えて、正々堂々と相手と向き合う性質の彼女が、敢えて自分を曲げて『妹』と接していたこと。


 妬みや羨みの負の感情を抱いていても、春日井はそれを緋凰に感じ取らせるようなことを、自ら明かすつもりはきっとなかった筈。


 緋凰にしても、彼の場合はもう本人自らが以前の自分とは変わり始めたと口にしている。


 元々の性格や考え方は同じでも、感じ方……自らの内から生まれてくる感情の受け止め方が変化したから、元々の考え方と紐づいて、彼等の取る行動もまた変わったのだろうか――。


 私だってあの“百合宮 花蓮”じゃない。であれば、目の前にいる白鴎はあの“白鴎 詩月”とは、違う態度を取るのでは……?


「あの…」


 私は一体、この時何を言葉にするつもりだったのか。

 緩々なお口が白鴎に何事かを言おうとしたその瞬間、テーブルに一旦置いていた私の携帯が震え出した。表返して確認すると、緋凰から掛かってきている。


「あ、すみません。お迎えの人からです。……はい、もしもし」


 一旦断りを入れてから出たら到着の報告で、席はどの辺りかを尋ねられたのでハッとした。


「あっ、そうですよね! えっと、制服を着たクマさん仮面が私です。あと貴方と同じ学院の生徒さん二人と一緒にいます」

『は? それ俺がわざわざ来た意味ってあんのか? つか何で修学旅行に来てまで被りモンしてんだよ』

「どっちも意味は大ありです! 早く来て下さい!」

『ハー……』


 最後に特大溜息を吐き散らかされて切られた後、お店の入り口に顔を向ける。私の様子で迎え人が到着したことを察した二人も顔を入り口へと向けた。


 自動ドアがシャッと開いて新たなお客さんが来店したと店員さんが向かい、恐らく私の特徴を伝えて対応した店員さんがこちらを示すのに合わせて、夏以来の緋凰が私達のいる方を見る。

 すると彼は意外そうな顔をしてから、私達のテーブルまでやって来た。


「何だよ、秋苑寺と白鴎じゃねぇか」

「…………え? ウチにいる知り合いって、緋凰くんのことなの? は? マジで??」

「「マジです(だな)」」


 久し振りに台詞被りした。

 そして緋凰が空いていた私の隣に腰掛けてくる。


「で、これどういう状況なんだよ? お前は迷子の分際で呑気に茶ァしばいてんじゃねーよ」

「呑気になんてしていません! お茶は目の前にいるこの人が、自分の喉が乾いたからって!」

「クマ子ちゃん、人のこと指差さないでね~? ……ホント予想外過ぎるんだけど。ていうか緋凰くんはお面のこと突っ込まないんだ?」

「これがデフォルトだからな」

「え、マジで? この子いっつもこんなお面してんの?」

「今回は面だが、外で会う時は大体クマのマスクだな。八年ものの」

「マジかぁ。こう言っちゃあアレだけど、変わってんね」


 うるさい二人だな! だからこのお面にはちゃんと意味があるの!


 というかこの二人、何だか仲良さそうなんだけど。緋凰のお友達は春日井と、新しくできた誰かじゃなかったの?

 ……えっ、まさか秋苑寺が緋凰の好きな人と仲良しなお友達だったりする!?


「緋凰さま! まさかこの人が例のお友達なんですか!?」

「だから人のこと指差さないでねって。例のお友達?」

「いや違ぇけど」

「ねえ。何か知らないけど俺、遠回しにディスられている気がするんだけど」


「……――緋凰」

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