Episode296 修学旅行三日目 ~追い詰められるリリーベア~

 ただでさえピーチネズミこと桃ちゃんの有明許嫁問題があるのに、何故か聖天学院まで同じ日程・場所で修学旅行が被る。

 札幌市内自由研修中、予期せぬことで【ズー会】が離散して一人になってしまったところを『百合宮 花蓮版☆人生で遭遇したくないランキング』の堂々たるトップツーとガッツリ遭遇。

 更には携帯を取られて依然ピンチを迎えている状態のまま、喫茶店で足止めを喰らい中。今ここ。



「マジで連れちゃんたち何してんの? ずっと離れていってるんだけど」


 店員さんに席を案内されて、嫌々ながらも座って注文した飲み物が来るのを待っている間、私の携帯を手にしたままの秋苑寺がそんなことを言ってこちらに画面を見せてくる。

 香桜で入れている位置情報アプリはリアルタイム表示形式なので、その時間に移動していたら本当にその通りに追跡表示されるのだ。システム機械の進化とやらは本当にすごい。


 そして言われたことに関してだが、確かに動い……ん? いや、一つは止まったな。

 メンバーが分かれた方向的に、恐らくは麗花か桃ちゃんのどっちかだとは思うけど……。


「えーと……、ちょっとズームにしてもらえます? 一人動きが止まったので、場所を確認したいんですけど」

「あー……建物の中とかじゃなくて、何か公園っぽいところにいるけど。結構面積広めだねー」


 公園? まあ休憩するには最適な場所とも言える。


「と言うかいい加減私の携帯、返して頂けませんか?」

「街中で歩きスマホしてたせいで人にぶつかりかけた危ないクマ子ちゃんには、まだ返せないかな~?」

「その節は私の不注意で誠に申し訳ありませんでした!」

「だよね~?」


 こうなるに至ったそもそもなことを出されてしまうと、何も言えなくなる私。ぐぬぐぬと小声で唸っていれば、そのタイミングで飲み物が運ばれてきた。

 一応席の並びとしては白鴎と秋苑寺が隣同士、秋苑寺の向かいに私がいる。


 奥にいる人間の注文したものからという流れで秋苑寺にはキャラメルラテ、私にロイヤルミルクティー、白鴎にコーヒーが渡される。

 白鴎がそのまま飲むのを見て、彼はシュガーもミルクも入れないブラック派なのだと知らなくても良い情報を何気に知った。


 私もせっかく注文したので飲もうと口元まで運……お面をちょっと上にずらしてから口をつけた。

 お、このお店は味がちょっと濃いめだね!


「それ外せば?」

「嫌です。仲間と合流するまで私はこのままでいきます」

「ヤダわー。リアルなクマの顔見ながらラテ飲むのヤダわー」


 うるさいな! 白鴎の正面よりお前の正面にいる方がマシだと思ったんだよ!


 そしてお店の中に入ってから、白鴎は一言も喋っていない。

 基本的に硬派属性だしな。その代わりと言ってはアレだが、だから従兄弟の秋苑寺がペラペラといらんこと込みでよく喋ってくるんだろう。


「ねーねー、俺らのこと知ってる? さっき知ってますよみたいな感じで言ってたけどさ。もしかしてどっかで会ったことある?」


 本当よく喋る口だな。静かにラテ飲んでればいいのに。

 ヘラヘラ~と笑って問うてきたことに対し、果たして何と返すのがここでの正解なのか。

 正直なところ、秋苑寺となら数回会ったことはある。……まあ言わないのが正解だよね。


「香桜女学院に通っておりましても私達クラスのほとんどの令嬢にとっては、貴方がたは熱視線を向ける対象となっておりますので。特に白鴎さまのお顔立ちの美しさは有名ですし、一目見てそうだと思いました。そして一緒におられる方ですと、やはり従兄弟の秋苑寺さまではないかと。お二人の仲がよろしいのは、界隈では知られていることでもありますし」

「ふーん……」


 ラテをすすりながら一応はこの説明で納得したのかどうなのか、気のない返事をしている。


「話を耳にしているだけで、晃星とも俺とも会ったことはないんだな?」


 従兄弟がそんな態度であったのに、今まで黙っていた白鴎が何故かそこで確認するように聞いてきた。


「はい。ありません」

「……そうか。なら香桜に入る前、催会に参加していたことは?」

「え?」


 どうしてそんなことを聞かれるのか。


 彼は斜め向かいに座っている私をジッと見つめて、コーヒーに手を付ける素振りもなくただこちらの返事を待っている。

 秋苑寺はそんな白鴎へ一瞬視線を向けたかと思うと、どこか意味深な笑みを浮かべてから再びこちらに視線を戻してきた。


 二人の返してくる一連の反応、態度を見て心がザワつき出す。今まで平気だったのに、急に追い詰められているような心地になるのは何故なのか。

 けれどここで負けてはダメだと、グッと踏ん張って答えを返した。


「ある程度の歳までは参加していたこともあります」

「ある程度?」

「……家庭の事情もあり、高学年では参加しておりません。事情に関してはご容赦を」


 本当は裏エースくんの時の一回があるが、嘘を吐く。

 あれに関しては“百合宮家”が大々的に動いていた。そこから紐づいて、百合宮家の人間だと勘繰られるようなことは避けたい。


 答えを聞いた二人の反応は――――私にとっては不可解なものだった。

 秋苑寺は詰まらなさそうな顔になったし、白鴎に至ってはハァと溜息まで漏らしている。……いや、本当にどういうこと?


「だってさ、詩月」

「……高学年から、か」

「あの?」

「あー、クマ子は気にしなくていいよ。こっちの話だし」


 聞いてきたのそっちじゃんか。

 嫌だな。何か怖いんですけど。え、私何か変な返しとかしてないよね?


 そんなことを思いながら向かい側にいる二人のカップの中身残量が底を尽いているかどうかをこっそり確認したが、まだ半分くらい残っている。

 もう早く誰かと合流して、さっさと別れたいんですけど!


「えっと、すみません。飲むの急いでもらえます? 早く仲間と合流したいんですけど」

「うわ、すっごい新鮮な気分。俺今まで女子からそんな態度取られたことないんだけど」

「俺はないがお前はあるだろ」

「いやあれはまた方向性が違うじゃん。情け容赦ないヤツだったじゃん。あーあ。俺らンとこの女子もクマ子みたいなんだったら、まだマシだったかもなぁ~」


 いいから早く飲んでよ! お前が喉乾いたって言ってお店入ったのに、お喋りして肝心の飲み物減らないってどういうこと!?


 ダメだ。今のところ白鴎はまだマシだと思うが、秋苑寺がこの場においてのがんである。

 携帯もコイツの手元にあるし、このまま同じ空間に居続ける気力もそろそろ尽きかけている。ロイヤルミルクティーで一時いっとき癒された胃も、いつストレスでキリキリし出すか知れない。


 もう本当に他の香桜生でも聖天生の誰でもいいから、この状況を何とかしてくれる――――



『……何かあったら掛けてこい』



 ――――キャラメルラテから仄かに漂う甘い香りが、唐突に昨日の夜の記憶を呼び起こした。


 ……緋凰なら、この場から連れ出してくれるかもしれない。

 コイツらにとったら同じ聖天生でファヴォリでもあるし、相手が相手なので迷子の引き渡しを渋ることはないだろう。

 一度そう考えてしまうとそれ以外の良案が思い浮かばず、本人も掛けてこいと言っていたので意を決して、再び秋苑寺に携帯の返還を要求する。


「私の携帯、返して頂けますか?」

「また?」

「いえ、一応そちらの生徒に知り合いがおりまして、迎えに来て頂こうかと。これ以上お二人のお時間を私に割いて頂くのもご迷惑になるかと思いますし。それに一人では心配だと仰るのであれば、付き添いをその方に代わって頂けると、貴方がたも安心なされるのではありませんか?」


 そう提案すると秋苑寺の片眉が僅かに上がり、白鴎の眉間にもどことなく皺が寄ったように見えた。

 数秒にも満たないことだったので、私の見間違いかもしれないが。


「へえ~、ウチに知り合いいんの? 女子? 男子? あまりにも俺らと一緒に居たくないからってんで、嘘吐いてたりしてない?」

「しておりません。連絡を取らさせて下さい」

「ふうん……。ま、いいよ。どんな生徒がクマ子の知り合いか気になるし。はい」


 私の関わり合いたくない気持ちが態度や言葉の端々にも滲んでいたのだと思う。

 本人もさっき口にしていたが、私のそういった彼等に対して媚びない姿勢が物珍しいから、こうして長々と絡んでくるのだろう。


 呼べるもんなら呼んでみろという感じでやっと返してもらった携帯画面をアプリから電話帳へと切り替えて、新付き添い人予定である登録名『鬼』をタップして耳に当てる。

 移動中なのかすぐには出てもらえず、ずっとプルルルという呼び出し音を聞きながら、若干の焦りが生じてきたところで。


『――亀子?』

「あっ、もしもし! やっと出てくれました! すみません、今どちらにいらっしゃいますか? ちょっと今すぐに市内の喫茶店にいる私のことを迎えに来て頂きたいのですが」

『迎えだぁ? ……つかちょっと待て。いま喫茶店にいるっつったか? お前いまウサギの面着けて、街中爆走してねぇの? 香桜の制服着てンなことすんのお前くらいしかいねぇと思ったから、今の今まで追い掛けてたんだけどよ』

「はい?」


 ウサギ? ウサギのお面…………ぎゃああああああ!! それロッサウサギじゃん! 麗花じゃん!!

 何で私もあっちも遭遇しちゃいけない奴らに、こうも引っ掛かってんの!!?


「そっ、そそそそそのウサギ仮面は私じゃありません! 私の仲間です! 貴方いまどこにいるんですか!?」

『香桜マジかよ、お前以外にも宇宙人棲息してたんか。……あー。どっちかっつーと、まともだったのがお前と関わって改造されたのか。おいどうすんだ。別人なのに夕紀そのまま追い掛けてったぞ』

「えええええ」


 質問に答えてくれないばかりか、在ってはならない現実の状況を知らされて最早愕然とするしかない。


 待って? 麗花のことを私だと思って追い掛けてんの!? 春日井が!?

 何だかんだで関わってきそうと思ったことが当たってしまった!! ……いや待てよ。よく考えたら緋凰だけでも止められたことは御の字か?


 春日井の場合は、取り巻きが主に関わってくるばかりでそれらを麗花のせいにされて、最後に取り巻きに嵌められて断罪されるのだ。

 けど彼女自身は直接春日井と関わって、ヒロイン空子に何か苦言を呈すことはなかった。


 ……なら春日井が麗花ことロッサウサギを追い掛けていても、実はそんなに問題ないのでは? 取り巻きの一人とは友達関係になっているし。

 それに彼女の足は速いから、春日井が追いつけない可能性だってある。


「取り敢えず貴方はいま私のことを最優先して下さい。いいですか? 今から場所をお伝えしますので、ちゃんと覚えて下さいね」

『あ? けど夕紀』

「いま大好きっこは横に置いておきなさい! 〇〇通りがあるんですけど、そこから北にいくらか真っ直ぐ進んだらちょっとした小道がありますから、そこに入って下さい。それで近くに…………あれ? 窓の外を見てるんですけど、目印になる特徴的な建物が何もないみたいです!」

『要領を得ねぇテキトーな頭悪ぃ説明はいいから、店の名前だけ言え。あと何で他校の俺がお前迎えに行かなきゃなんねーんだよ、面倒くせぇ』

「何かあったら掛けてこいって貴方が言ったんでしょうが! 『ノ森ポルカ』という喫茶店さんです! 迷子のお迎えに来て下さい!」

『迷子……。ったく、ホント亀だなお前。まあ○○通りならそう離れてねぇし、行ってやってもいいぜ』

「首を短くしてお待ちしております!」


 首を短くとは、そんなに長いこと待てないぞという私の意訳である。

 電話を切り、ようやくこのトンデモ状況から抜け出せそうだと一息吐こうとした私の視界に飛び込んできたのは――――白鴎が口許を片手で覆って顔を逸らしている且つ、テーブルに突っ伏して肩を震わせている秋苑寺の姿であった。

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