Episode292 修学旅行三日目 ~離れ離れになる【ズー会】~
――ああ、こりゃダメだわ
私の容姿や体質がお母様似ならば、中身や性質はお父様似なのだろうか?
麗花……ロッサはよく私の思いつきを突飛やら頓珍漢とか言うが、確かに私がサプライズを考えて問題なくスムーズにいったことなど、今までにあっただろうか? いや、一つくらいはある筈。
しかし今回の件に関してだと、こうなっては穴あきだったとしか言いようがない。
私は他校生の目ばかりを気にしていた。桃ちゃんが徳大寺に見つからないように、私と麗花も攻略対象者と遭遇しないように。
先程札幌駅を出てすぐのところで永岩さんたちのグループと遭遇した時のことを振り返ってもらったら分かるかと思うが、今回のこのお面作戦、私は身内に対してのことをまっっったく考えていなかった。
だって同じ香桜生。だって私達【香桜華会】。
少し遠目ではあるが、誰かと認識できる距離にその人がいる。
その人には連れがいるが、その連れの比じゃないくらいの形相で私達【ズー会】に顔を向けている。
……そう。私達の学年主任であり、【香桜華会】の顧問でもあるロッテンシスターが――!!
敵はまさかの身内にもいた。
「ヤバいヤバいヤバい何か助走体勢入ってるぞ!」
「これはもう、正直にお話するしかありませっ!?」
「こっち!」
「「「ピーチ!?」」」
お面を着けてから終始諦めモードのロッサウサギの腕を引っ張って走り出す、進撃のピーチネズミ。
引っ張られて釣られて走り出してしまったロッサたちにまた釣られて他二名も走り出すが、そんな私達の行動はロッテンシスターの逆鱗に触れてしまったらしく、背後から「そこの香桜生ーーーー!!」という中身激怒しかない叫びが聞こえてきた。
「ヤバいって! なに逃げてんだよ!?」
「あ、足がついっ」
「えっ、ちょ、どうする!? 何かもう反省文だけじゃ済まなさそうなんだけど!?」
取り敢えず走ったまま言葉を交わすが足に自信のある三人はまだいいとしても、進撃のピーチはちょっと付いていけていない。このままだと一番に捕まってしまうのは彼女だった。
そしてこういう時、いつもだったら皆を止めて正しい道へと戻すのはロッサである。
既に引っ張り立場が逆転して、自ら走っている彼女はけれど何を思ったのか、意外過ぎる一言を発した。
「っ、二手に別れましょう!」
「え!?」
「後ほどお互いに位置確認を。行きますわよ、ピーチ!」
「う、うんっ!」
そう言ってピーチの腕を引っ張ったまま、彼女は通りを左に曲がって二人でどこかへと走って行く。
麗花らしからぬ発言と行動に驚くも、私とマムパンジーは突然のことに方向転換する間もなく、真っ直ぐと進行方向に走り続けるしかなかった。
「なに!? アイツ修学旅行ハイか!?」
「わっかんない! ああでもこれで逃げ続けるしかなくなったよ!?」
「後ろ振り向ける!?」
「えぇっと……っ」
通行人がいる状態では難しく、けど後ろから聞こえ続けている怒声に未だ追われていることは、振り向かなくても判る。
「ど、どうする!? 私達も別れるっ?」
「あーっ、位置確認って言ってたしな! あっちが逃げてんだからこっちも逃げるしかないし、そうすっか!」
「じゃあ私が今度の通りで曲がるね!」
「オッケー!」
後に退けなくなった私達も相手を
夏の大合宿がこんなところで活かされるとは!
そして丁度隠れられるスペースがあったので身を隠して大通りの様子を窺うと、御年ピ――歳のロッテンシスターが猛然と駆け抜けていくのを目にする。
それで身内の敵はマムの方へ行ったと安堵……する訳にもいかないが、予想外の事態により【ズー会】はバラバラになってしまった。
「どうしよ……」
通りの物陰の中、一人ポツンとその場に佇む私は頭を抱えた。
若干睡魔が襲っていた就寝前に考えたのがダメだったのだろうか? ロッテンシスターにも事情を話していればこうはならなかった?
けど話したとしても、あの厳格なシスターがお面の着用を許してくれるとは思えないし……。
一応携帯を取り出して位置情報を確認する。
登録している生徒のIDナンバーを指定して検索すると、三つの点は未だ動き続けていて、それなりに離れてしまったことが判った。
「取り敢えずまだ麗花と桃ちゃんは一緒みたいだし、だったら私はきくっちーの方に行った方がいいよね。……うん、シスターももうお歳なんだしそう長く走れないよ! よしっ、そうと決まれば後ろから追い掛けて、シスターっぽいのがいたら避けるで!」
マップアプリを起動したままの携帯を手に通りから再び大通りに出る。
前を確認してチラッと携帯をもう一度見て歩き出そうとするが、丁度その時タイミング悪く人とぶつかりそうになってしまった。
急ぎ「すみません」と謝ろうとして、顔を上げ――――。
……あ、げ…………。
「――……大丈夫か?」
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
一方リリーベアと別れたマムパンジーは御年ピ――歳にも関わらず、未だ追い掛けてくる自分たちの学校の学年主任から逃げ回っていた。
そして彼女は聞き捨てならない言葉を耳にする。
「止まりなさーーい! 菊池 葵ぃーーーー!!」
「!?」
何故チンパンジーのお面を着けているのに正体がバレているのか、彼女にはてんで理解できなかった。
しかしそれはこの三年間で築き上げてきた、マムパンジーとシスターとのある種の信頼関係によって齎されたものなのだと、次に届いてきた叫びで知ることになる。
「我が校に相応しくないっ、そんな振る舞いをするのはっ! 貴女以外におりませーーん!!」
マムパンジーは唖然とした。彼女は理解したのだ。
これはとんでもなく理不尽なことであり、過去の己が彼女に注意され続けてきた、ガサツの歴史が招いたことなのだと。
きっとシスターは四人の正体に気づいている。けれどこうして彼女が自分だけを追い続けているのは、このお面で散策行動の言い出しっぺ首謀者がシスターの中では、イコール自分になっているからなのだ……!
「何でだああぁぁぁっ!!?」
最初から乗り気でなく、さすがにお面はどうなのかと思いながらも、止めきれずに流されてしまった自分が悪かったのか。
言い出しっぺはリリーベアで、色々フォローして乗っかったのはロッサウサギで、ピーチネズミはピョンピョン楽しそうに跳ねていた。
……一番何もしていないマムパンジーが、何故に一番の叱り対象になっているのか!
けれどそんな理不尽な現実を察しても、彼女は足を止めることなく逃げ続けるしかなかった。
御年ピ――歳であるにも関わらず怒りでアドレナリンが放出されまくっているのか、一向に諦める気配のないシスターに捕まったが最後、どんな目に遭わされるか分かったもんじゃなかったので。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
そのまた一方で最初に別れて目につく通りをグルグルと回って走り続けていた二人組の逃走劇は、その片方が足を
「あっ!」
「ピーチ! 大丈夫ですの!?」
あれでもピーチの限界速度に配慮して彼女自身は比較的遅めなスピードで走っていたのだが、相手の疲労限界までは考慮できていなかったのだ。
ステンと転んでしまったピーチが怪我を負っていないか確認するも、思いっきり膝を擦りむいて真っ赤になり、血が流れている状態であった。
「ごめんなさい。私が引っ張っておりましたから」
「ううん。元はと言えば、ピーチが走って逃げちゃったのが悪いの。ロッサちゃんは悪くないよ」
スカートポケットに入れていたハンカチで、一応の応急処置を施し始めるロッサ。
「血が出ているので止まるまで動かさない方がいいですわ。……菌が残ったままだと傷になってしまうかもしれません。近くのドラッグストアで色々買ってきますから、私が戻るまでここで待っていて下さる?」
「うん。……ねぇ、ロッサちゃん」
自動販売機の横に設置されてあった近くのベンチまで移動してピーチを座らせた後、早速動こうとしたロッサに向かって彼女は声を掛けた。
ロッサは足を止めて、ピーチの話を待つ。
「……桃ね、シスターから逃げちゃったの、本当はもっと皆とこれで歩きたかったからなの。こんな風に四人だけで何かをするのは、学校生活では最後だから。でもこんな怪我して、ロッサちゃんにも迷惑掛けちゃった。ごめんなさい……」
「迷惑なんかじゃありませんわ」
俯かせていた顔を上げたピーチがロッサを見る。
「迷惑だと思っていたら、一緒に走り出してなどおりませんもの」
「麗花ちゃん……」
「すぐに戻ってきますわ。それまでに何かあった時は、すぐ誰かに連絡するのですわよ」
「うん。桃、待ってるね」
一つ頷いて、そうして一番近いドラッグストアを携帯で検索してからロッサは走り出した。――ピーチを一人残して。
一緒に走ってくれた彼女や、今は別れてしまった二人のことを考えていたピーチの前に、影が降りかかる。
ふとそれに反応して、その事象の正体を確認した彼女はギョッとして身体を揺らした。
「えっと、大丈夫……?」
そんな風に声を掛けてきた相手はピーチの膝に巻かれた血が滲んでいるハンカチを見て、痛そうに顔を歪ませている。
突然のことに心臓がドッドッドッドッと激しく鳴る彼女は明らかに心配してくれている相手に、けれどすぐに答えを返すことはできなかった。
何故ならば、眼鏡をかけてマッシュルームヘアの特徴的な髪型をしている柔和な顔立ちの彼が纏っている制服は――――自身が厭う、許嫁と同じ学校の制服だったから。
無反応のピーチに警戒されていると思ったのか、その有明学園の男子は困ったような表情で話し掛けてきた理由を口にする。
「あ、急に話し掛けてごめんね。怪我しているみたいだし、それに僕の知っている子が君と同じ香桜女学院に通っているから、気になっちゃって」
知っている子と聞いて、少しだけ激しく鳴っていた鼓動が治まる。
ピーチにとって同い年の男子はまだ恐怖の対象だったが、それでも彼女は克服の一歩を踏み出すために口を開こうとした。
「……し、知って…」
「――拓也? もうジュース買えたか?」
開こうとしたが新たな男子の声が彼の背の向こう側から聞こえてきて、なけなしの勇気を振り絞った彼女の口はピタリと閉じてしまう。
「あ、新くん。まだなんだ。足を怪我している香桜生の子が一人でいるから、気になっちゃって」
「香桜生……?」
香桜生?と。そう発せられたのは、目の前にいる男子に問いを投げかけてきた、その男子の声ではなかった。
お面の奥で顔を青褪めさせ、小刻みに身体が震え始めた彼女は察してしまっていた。
その声の主が小学校時代に彼女を理不尽にも虐げ続けてきた、厭わしい自身の許嫁のものだと――……。
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