Episode291 修学旅行三日目 ~【ズー会】よ、その道を行け~

 駅に到着して改札を抜け札幌の地を踏んだ瞬間、早速私達はリュックからお面を取り出して、各々が颯爽と顔面に装着する。

 そうすれば私立香桜女学院中等部【香桜華会】所属、もとい【ズー会】に私達は変身を遂げた。


 メンバー紹介! まずは会長マムパンジー。

 この中では一番背の高いマムパンジーは着用した瞬間、今にも外したそうな手の動きを見せている。ダメだよ外しちゃ!


 次! 副会長ピーチネズミ。

 この中では一番背の低いピーチネズミはマムパンジーと違い、やっぱりウキウキとご機嫌な様子でピョンピョン小さく跳ねている。跳ねるのは次に紹介する子の特徴なのだが……。


 はい次! 会計ロッサウサギ。

 この中では顔面を隠せば大体私と同じ背格好のロッサウサギは、最早すべてを諦めたような佇まいで周囲をゆっくりと静かに見渡している。何か見つけたら教えてね!


 最後! 書記リリーベア。

 今日は私も動きやすいように髪を耳の下で二つ結びにしているので、やっぱりお面以外はロッサウサギと被っている。何だか双子みたいだね!


「じゃあ張り切って出発進行! 行くぞ【ズー会】!」

「ただでさえ恥ずかしいのに、この集団に変なネーミング付けるのやめろ! ほらもう通行人から避けられてるだろアタシたち!?」

「ここで大事なのは騒がず、静かに行動することですわマム。ピョンピョンせずに静かに行動ですわ、ピーチ」

「うん、ロッサちゃん!」


 これそんなに変かね? 某夢の国とかそういうのしていても変じゃないじゃん。


「大丈夫だよ。制服着ているし。修学旅行生が浮かれてるって思われるだけだよ」

「浮かれすぎだろ」

「あっ、見て。あそこに永岩さんたちがいるよ!」


 桃……おっと、ピーチが仲間香桜生を発見したらしく指を差しているが、あちらはこちらを見てキョトンとしている。


「あれ絶対アタシたちだって分かってもらえてないぞ」

「むしろその方がよろしいですわよ」

「永岩さーん! 三篠みしのさーん!」

「「ピーチ!?」」


 静かに行動と言われても友達との集団仲良し行動で浮かれ度マックスらしいピーチは、大きな声を出して仲間たちの名を呼んだ。

 そして多分声で気づいたのだろう。ハッとしたような表情で、永岩さんたちのグループが近づいて来る。


「は、花組の皆さまですか?」

「ちが…」

「そうなの! 桃……あ、違った。ピーチこれ似合ってるかな?」

「ピーチ!」


 浮かれ度マックスなピーチネズミの進撃は止まらない。否定しようとしたマムパンジーを遮って、楽しそうにそんなことを尋ねている。

 そんなピーチの堂々とした姿は、仲間たちからはとても好意的に受け止められた。そして好意的に受け止められた結果、彼女たちは意外なことを言い出す。


「もしかしてそのお姿、修学旅行での『花組』の皆さまによる、特別企画ですか?」

「え?」

「小樽と札幌で行動範囲も広いですし。その中で皆さまと偶然お会いできるなんて、私達にとっては幸運な出来事ですもの」

「そうなんです。もしどこかで出会えたら今日一日の運勢が良いという、ちょっとしたお楽しみ隠し企画なのです。永岩さんたちには最初に見つけられてしまいましたので、とてもラッキーな一日になることでしょう」

「まあ、そうなのですね!」


 私は彼女たちの言い出したことに乗っかることにした。

 マムパンジーとロッサウサギから刺すような視線を感じるが、それは風に吹かせて飛ばしておいた。


「……このお楽しみ隠し企画ですが。最初に発見したグループに他の香桜生にも、この企画を伝える役目をお願いすることに決めておりますの。クラスで連絡を取り合えるように、アプリの設定をしておりますわよね? そちらで企画趣旨を報せて頂けると助かりますわ」

「ロッサまで!?」


 諦めたロッサは、急遽出来上がった設定を真実として内部拡散することにしたようだ。

 そして快諾してくれた彼女たちのグループと別れ、私達も移動すべく歩き出す。


「アタシは知らないぞ」

「仕方ないじゃありませんの。身内にはもうそうした方が一々説明しなくても済むでしょう」

「さすがロッサ、ナイスフォローいたっ!」

「お黙り言い出しっぺ!」

「あの設定の言い出しっぺ私じゃないんですけど!?」

「ねえねえ、どこでお土産……」


 そこで止まったピーチの視線を追って、私達も足を止める。きっとピーチも事前に調べていたのだろう。

 とある制服を着た集団が横を通り過ぎていくのを、私達はその場で待っていた。ちなみに向こうには変な顔をされた。


「あの中にいた?」

「……ううん。いなかった」


 おかげで今の今まで浮かれ度マックスだったのに、少しその熱が冷めたような声で教えてくれる。

 ロッサがそっと彼女の背中を撫でた。


「顔はお面で分かりませんわ。向こうには私達が香桜生という以外に分かる要素はどこにもないのですから、堂々とさっきのように楽しめば良いのですわ」

「堂々と歩こうぜ。楽しむんだろ、修学旅行」

「うん……!」


 二人の力強い言葉に押され、コクリと頷く。

 そんなピーチはさっき投げかけたお土産の話を振ってきて、どこで買おうかと相談した結果、内容に関しては残るものよりやはり消耗品がいいだろうということで日持ちするお菓子系となり、だったら宿泊する集合ホテルも近いしということで駅内のお土産店で購入することになった。


「時計台見に行く?」

「あとやっぱり北海道大学かな。今の時期だと銀杏並木も見頃だと思う!」

「これで大学行って大丈夫か? アタシら通報されないか?」

「警備員の方に何か言われた時は、素直に外しましょう。か……リリーの言うように制服を着ておりますし、学生証も提示すれば問題はないと思いますわ。ルート的には……そう複雑な道ではありませんわね」


 ロッサがしおりを取り出して札幌市内のマップを確認しているのを聞きながら、周囲への警戒を怠らぬよう、一定方向に定めず視線を遣る。


 やはり今日に限っては行動範囲が重なっているようで、有明学園ばかりか聖天学院生の姿もちらほらと見掛けた。

 まったく以って冴えないが、このお面はマム以外にとってのメンバーには防御となっているので、そう強く気にすることはないのかもしれないけど。


 街並みを楽しむために徒歩で行こうという話になり、固まって歩きながら、まずは札幌市時計台を目指す。

 今日の学年別自主研修にはレポート課題は課せられていないので、ショッピングしたり娯楽施設で過ごしたりと何をするのも自由。


 けれど私達は、観光名所を歩いて巡る思考に自然となっていた。

 この四人でいる時にしか体感できない、特別な足跡を刻むように。


 時計台は周囲にビルが立ち並んでいる中にあって、まるでそこだけ風景が切り取られたかのような、その様相を外から見る。

 一見教会のようにも見える西洋風の建物の中に入り、一階の展示室で歴史パネルや、ビルが立ち並んでいなかった頃の時計台周りの模型を見たりして、そうして二階へ足を運ぶ。


「あっ、クラーク博士!」


 二階のホールにあるベンチに本を抱えて悠々と座っている、「少年よ、大志を抱け」のクラーク博士。

 その隣にいそいそと腰かけたピーチが私達を呼んで写真に撮ってとお願いしてくるので、せっかくだから順番に撮ることにした。


 ピーチの一機で撮ったデータをそれぞれの携帯に送るということで写真を撮るが、お面バージョンと素顔バージョンの二つで撮影。

 詰めれば丁度四人座れたので館内にいる施設員さんにお願いし、最後の一枚は素顔のままクラーク博士と一緒にパチリと五人で写った。


 お面を着けてから時計台を出て、携帯を見ながら楽しそうな雰囲気のピーチに話し掛ける。


「上手く写ってる?」

「うん! 画像、夜に送るね! ……えへへ」


 また小さくピョンと跳ねる。


「クラス写真じゃなくて、こんな風に友達と一緒に写真を撮るのも桃にとっては難しかったから、すごく嬉しいんだ」

「桃ちゃ……ピーチ」

「あ、そっか。自分のことピーチって言わなきゃだった。……クラスの子と仲良くなれたのもそうだけど、あの頃のピーチは本当に全部が怖かったの。大人の人はお祖父ちゃんやお祖母ちゃんみたいに守ってくれる人がいたからまだ大丈夫だったんだけど、同い年の子は全然ダメで。信じられなくて。だから、今こうして同じ歳の女の子と色んなことができているのって、本当に夢みたいなの」


 仮面の向こう側でとても幸せそうな表情をしているんだろうなと判るような、そんな声音だった。


「私もピーチと色々お喋りできて嬉しいよ。私もさ、一年生の半分は麗花と一緒に浮いていたから」

「それはだって、二人とも高嶺の花だもん。それにマムにひどいこと言っちゃった時のこともあったから、すっごく気まずかったし」

「あ、気まずいのもあったんだ」

「二人とも置いて行きますわよ」


 そんなことを話していたら先を歩く二人から遅れていたようで、ロッサから言われて慌てて小走りで合流する。

 次はピーチが言っていた北海道大学構内の銀杏並木を見に行くらしく、再び四人でお喋りしながら札幌の街並みを時おり休憩を挟みながら暫く歩き続けたところで、先頭を歩いていたマムがいきなりピタリとその場に立ち止まった。


「マム? どうしたの?」

「…………お前らヤバいぞ」


 小さく、けれど私達に聞こえる程度の声量で呟かれたそれに首を傾げる。

 私は尋ねた時間分をマムに費やしていたので他の二人が彼女の見ている方を向き、同様にピタッと動きを止めた現実を知るには少し時間差があった。


「確かに不味いですわ」

「だ、ダメなの?」


 二人までそんなことを言い出し始める。

 一体何がそんなに大変なのかと、私も三人が見ている方向を見て――――。

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