Episode290 修学旅行三日目 ~男性避けのお守り強化~
遂に修学旅行も三日目の朝を迎え、朝食を頂いた後はホテルをすぐに出発し、学年別自主研修に必要な荷物だけを指定のリュックに詰めて移動バスを降りる。
最初は皆、小樽運河からのスタート。早速一緒に行動するメンバーと集まって移動を開始する子達もいれば、行き先のルートを確認し合っている子達もいる。
皆これから過ごす時間に期待が膨らんだ楽しそうな表情をしているので、見ているこちらも状況を忘れてワクワクする気持ちが湧き上がってきそうだ。
私も『花組』メンバーと固まってすぐは移動せず、運河とその向こう側にある建物とのノスタルジックな風景を目で楽しむ。
そして今日は秋晴れの青天。徒歩にしても公共交通手段で移動するにしても動きやすい天候だったので、良かったと思う。
「じゃあまずは小樽で色々巡るか!」
「その前にきくっちー! 私、行きたいところがあるんだけど!」
「行きたいところ?」
移動を促すきくっちーにハイと手を挙げて提案したところ、首を傾げられる。
私は鼻をフンスと鳴らして希望を言い、それを聞いた皆の顔が揃って疑問を浮かべた。
「わざわざ北海道まで来て行くところか? そこ」
「ふふん。桃ちゃん対策を男性避けのお守りとは別に一つ、昨日の夜に私はちゃんと考えていたのです。そうしたらとっておきの作戦が思いついたよ!」
「え。ならそこに行くの、桃のためなの?」
そう!
……おや? 麗花が何やら額を押さえているぞ。
「やっぱりですわ。やっぱりこの子に考えさせたら頓珍漢な答えを出しますわ。付き合いの長い私には、この子が何を考えているのか解りましてよ」
そんなことをブツブツ言っている麗花の肩を押して歩き、二人を呼ぶ。
「ほら行くよ行くよ~。調べたら札幌に向かう駅までの道にあるから、まずは芸術村とかメルヘン交差点とか行ってからね~」
そうして歩き出した私達はまずここから一番近い芸術村の美術館で共通券を購入し、三ヵ所にある美術館で大きく美しいステンドグラスや絵画・彫刻、そしてフランス出身の美術家たちによるアール・ヌーヴォーやアール・デコ作品を鑑賞して、その歴史や当時の芸術に係わる造詣の深さを改めて学んだ。
特にこと芸術に関しては将来の世界規模ブティック経営者且つ、絵を描くことを趣味としている麗花画伯の心を鷲掴みにし、どの美術館でも終始ふんふんと頷いていた。
「そう言えば麗花って、ご当主のような経営者志向? それともご夫人みたいにデザイナー志向? どっちを目指しているの?」
「そうですわね。取り敢えず方向性は以前にお話した通りですが、今のところは経営方面かしら。デザインしてみたいという気持ちもありますけれど、それは経営者としてのノウハウを学んでからでも遅くはないと思いますの。経営学は大学部で補えますし、高等部ではスポーツ関連の知識を得られますし」
「ふーん……」
館内にいるのでヒソヒソ声で会話していたが、そんな私達の会話はきくっちーにも聞こえたらしく。
「麗花、受験する前からもう合格した後のことを考えてんの?」
「あら、当然ですわ。まさかこの私が落ちるとでも?」
「……ソウデスネー」
私と同じく常にペーパー成績優秀、美術はものによってはアレだが体育の実技成績はオール満点、そして生徒会執行部の一員として会計役をしっかりとこなしている麗花に不合格の隙は無い。
……何故そこで私の肩にポンと手を置くのかね、きくっちーよ。
「麗花ちゃん、すごいなぁ。桃はまだ自分の将来のこととか、何も浮かばないよ」
ポツリとそう溢す桃ちゃんを見ればその表情にあったのは悲観ではなく、何気なく口にしたという感じのもの。
そんな桃ちゃんの姿を見て、やっぱり気持ちは変わっているんだなと思った。
だって事情を私に明かしてきた時の彼女が想像していた未来には、徳大寺がいた。
「浮かばない」と言うことは、解放された後のことを考えているということだ。
「そんなんアタシだってまだだよ。道場は兄貴が継ぐし、将来のこととか全然」
「きくっちーは土門くんのお嫁さんでしょ」
「バッ!?」
「館内ですわよ! ……まあ一通り見学しましたし、そろそろ出ましょう」
頭がボンと爆発しそうになったきくっちーの腕を引いて歩く麗花の後に付いて、私と桃ちゃんも三館目の美術館を後にする。
そして出てすぐにきくっちーから文句を言われた。
「だからそーいうの急に言うなって、いつも言ってるだろ!?」
「思い至ったが吉日だから。そしてきくっちーは絶対に土門くんのお嫁さんだから」
「何で決定事項みたいに言われんの!?」
言うよ。捕まえるまでのことを考えたら、あの土門くんがただ交際するだけで終わらせるとでも? 絶対そこまで持っていくよ。
「葵ちゃんの将来も決まってる……」
「決まってないからな!?」
「撫子。将来というのは何を目指すにしろ決めるにしろ、人それぞれでしてよ。私も葵も決まっておりますけど、花蓮はまだですし。ですからそう焦らなくても大丈夫ですわ。自分のペースで、ゆっくりと考えていけばよろしいのですから」
「……うん!」
「だからアタシも決まってないんだって! 聞いてる!?」
まったく。本当はそうなったら良いなって思っている癖に、きくっちーは素直じゃないね。
麗花に微笑まれてアドバイスされた桃ちゃんもにっこりと笑って、お互いの将来のことを少しだけ話した後は公共交通機関を利用し、異国情緒漂うメルヘン交差点へ。
蒸気時計の頭から噴き出す濃い白い煙と、ボーッ!と周囲に響く音はとあるメロディーになっていて、ちょっとだけびっくり。あと四角い枠に嵌まる、丸い時計の四辺角に装飾されている白い小花が可愛い。
小樽で購入すると荷物になるので、お土産は札幌でと決めている。時間とも相談して、小樽の観光スポットを巡ってから電車を利用して札幌へと向かうのだが――――その前に。
「「「…………」」」
「皆どれにする? 私はちょっとどっちにするか、迷ってるんだよね」
そう言って両手に一つずつ持って見せた、茶色いクマさんと白いクマさんのお面。
最近はポップでデフォルメされた可愛らしいものよりもリアルが流行っているのか、どれも本物に寄せられてあるのであんまり可愛くない。
パンダさんがあればそれにしたのだが、残念ながらここのドン〇ホーテにパンダさんは置かれていなかったのだ。
「花蓮さ、それマジで言ってんの?」
「え。大マジだけど」
真顔のきくっちーからそう言われたのでこちらも大真面目に返すと、麗花が特大溜息を吐いた。
「私には見えておりましたわ、この情景が。過去パッパラパンダの着ぐるみを購入してきた店名を聞いた時に、こうなることは私には分かっておりましたわ」
「どうにかならないのか? こんなの着けて駅行ったら札幌行きの電車に乗る前にお客さんから通報されて、アタシたち駅員さんに捕まるぞ」
「札幌に着いてから着けるに決まってるでしょ。きくっちーなに言ってるの?」
「なあそれこっちの台詞」
確かに楽しい修学旅行でずっとお面を着けて歩くのは息苦しいかもしれない。
だがしかし、これが遭遇しても回避可能な一番の策であるのだ!
「昨日得た情報では高確率で敵は札幌にいることが確定! いくら私と麗花が男性避けのお守りって言っても、トイレとか順番待ちで離れなくちゃいけない不可抗力に陥った時とか、そもそも桃ちゃんにも簡単に近づくことができない要素が必要だと思うの! ならどうしたら良いのか。それが――」
「お面を被って不審者よろしく、殿方どころか人間自体の回避ですの?」
「イエス!!」
さっすが麗花、伊達に長い付き合いじゃないね!
「どうする撫子。嫌だったらちゃんと嫌って言えよ」
「えっとね。でも皆とお面着けて歩くの、桃は楽しそうって思っちゃった」
「マジかお前」
きくっちーと麗花が信じられないという顔をしているが、護衛対象の桃ちゃんがそう言うので二人とも渋々とお面を手に取り始める。
―― 一応、私だって考えたのだ。麗花に昨日言われたことを。
『……守れても傷つけば、それに意味なんてありませんわよ』
初めから無視をするんじゃなくて無視をしなくても済むような、そんな方法を。
初めから向こうが私だと判らなければ、私が桃ちゃんに隠していることを彼女が気付いてしまうような、そんな心配をする必要もなくなるから。
そうして私が最終的に選んだのは、やっぱり見慣れた色の茶色いリアルクマさん。麗花は鼻の頭がピンクのリアル白ウサギさんで、きくっちーはリアルチンパンジーさん。
最後の桃ちゃんは灰色リアルネズミさんのお面を既に着用して、ウキウキご機嫌なご様子。
「撫子、頼むからそれ着けるの札幌行ってからにしよう。な?」
「え? ……そうだね。対策だし、札幌に着いてから着けることにする」
まだ小樽方面では有明組を見ないので、着けていなくても問題はない。
けれどきくっちーが桃ちゃんを宥めるのを聞いていて、ふと思ったことが。
「ねえ。お面着けていても名前呼んだらバレるくない?」
「まあそうですわね。撫子という名前も珍しいですし、それに香桜生ということは相手も分かっておりますもの。では呼び名を変えますの?」
「分かりにくいので呼んでも反応しないかもしんない」
どうしようと話し合っていると、お面を外した桃ちゃんが提案する。
「それじゃあ『花組』にちなんで、桃たちだけがお互いの名前が判るニックネーム付けよ! 花蓮ちゃんや麗花ちゃんみたいな!」
「
確かに長い。
緊急の時でもすぐに呼びきれるヤツの方が良い。
「ではもう単純でよろしいのでは? お互いの名字から取って、英語にするとか」
「じゃあ私だとリリー?」
「アタシ何だ? ……クリサンセマム?」
「長いからマムでいいんじゃない?」
「それ母親って呼ばれているみたいで嫌なんだけど」
仕方ないじゃん。
「桃はピーチだね! 麗花ちゃんはローズ?」
「麗花はいま付いてるあだ名でもそのまんまだから、何か詰まんなくない?」
「じゃあ麗花は何か他のに変えてやろうぜ」
「ローズでよろしいですわよ!」
変なのを付けられたら堪ったもんじゃないと反対する麗花だったが、「じゃあロッサにするか」ときくっちーがそう変なのを付けなかったので、彼女も
取り敢えず購入したお面はリュックの中に一回仕舞い、駅へと向かって――――札幌の地に到着する。
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