Episode289 修学旅行二日目 ~守るということは~

 その後はちゃんと班員と合流して麗花とは別れ、それぞれで見て回ってから宿泊ホテルへと帰還した私。

 昼食を摂った後は荷物を持ってバスに乗り、支笏洞爺国立公園にあるサイロ展望台へと移動する。


 函館市内から約二時間半かけて向かった先であるこちらの体験では、生キャラメル作りをする。

 四人一組とのことなので全体から見れば割り切れる人数ではあるが、一クラス三十人だからクラス内で割ろうとするとどうしても余りが出てくる。


 それもあってクラス関係なく部活で一緒の子と四人班になるところもあったが、何故か示し合わせた訳でもないのに私と麗花にきくっちー、桃ちゃんと率先して周囲からハブられ、『花組』で組むようにされてしまった。

 四人ポツンと中央付近のテーブルで佇む、私たちのこの集まり方の不自然さよ。


「まあ、これもアレだな。皆で作る思い出作りの一つってな! じゃあよろしくお願いします!」


 こんな時は率先して進行役を買ってくれるきくっちーがインストラクターの方に挨拶するのに倣い、私達も「お願いします」と頭を下げてから、生キャラメル作りの体験がスタート。


 材料はもちろん施設側で用意されており、現地北海道の牛乳と生クリームなどを混ぜ合わせてから、フライパンで色がいい感じになるまで煮詰めていく。

 材料は家庭にあるもので簡単に作れるらしいので、今度の冬期休暇の時にでも家族に作ってあげようと、材料と作り方をよく覚えておくようにした。


「撫子、そろそろキャラメル色になってきたのではなくて?」

「え? うーん……。もうちょっと濃い方がいいのかな?」

「好みじゃないですか?」

「じゃあアタシはもうちょっと色が濃い方がいいな。味も濃くなりそうだし」


 一班に一人インストラクターが付いてくれる訳ではないので、いま現在の私達『花組』班は放置状態。

 桃ちゃんがヘラでグルグルとかき混ぜているが、ホワイトから若干薄いブラウンになってきたところで麗花が口を出し、どこまで煮詰めたらいいのか判断できない他二名が適当なことを言う。


「煮詰めれば煮詰めるほど、味って濃くなるものなんですの?」

「極端だけど、焦げたら味って強くならない?」

「え、そうなんですか? 焦げたもの食べたことないので分かりません」

「私もですわ」

「ね、ねえ。桃はまだ煮詰めとかなくちゃダメ?」


 自分でやったお菓子作りはあのバレンタイン教習期間の時だけ。料理と言っても、シチューで私がやったのは食器運びとアク取りだけだしなぁ。

 瑠璃ちゃん先生と料理スキル大魔王とカフェ店オーナーの息子という一緒にやれば安心メンバーとやっていたので、味で失敗なんてしたことがない。


 止め時がよく分からなくて交代しながらかき混ぜ続けているフライパンを四人で見つめるばかりになっていたら、いつの間にやら結構なブラウン色に変色していた。

 さすがにこれはもう火を消した方がいいと慌てて止め、熱い内に型に流し込んで固まるのを待つ。大丈夫かと気になって周囲をこっそり窺ったら、普通に同じくらいのブラウンさだったので心の中で密かに安堵の息を溢した。


 固まったらクッキングシートのようなキャラメルが引っ付かない紙に移して、包丁で一口大サイズに切った後は紙に包み、出来立ての一個は試食してその甘味に舌鼓を打つ。

 そうして楽しくて美味しい生キャラメル作り体験を終えた後は周囲をぐるりと散策し、バスに乗って今宵宿泊するホテルへと向かったのだった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 温泉にも浸かってほっこりした後、共有スペースにてガラス張りの窓から見える夜の景色を、一人でゆったり楽しんでいる。

 昨日見た百万ドルの景色もすごかったけど、ここはここで都会の中では見ることのできない無数の星の夜空の輝きも、また格別なものだと思った。


「……明日明後日で終わっちゃうなぁ」


 『風組』へのお土産は明日の札幌・小樽学年別自主研修で、『花組』メンバーと一緒に選ぶことに決まっている。

 移動範囲も広くなるので時間もそれに伴って午後十五時半までと、かなり自由度も高い。


 どこを見て回るかはそれなりに決めているが、これも現地の状況を見て臨機応変に変えていくつもりだ。

 昨日と今日はまだ大丈夫だった。問題は、明日。


 ジャージのポケットに入れて持ってきていた生キャラメルを一つ取り出して口に含むと、ふわりと優しい味が口腔に広がっていく。

 一人でふんふん鼻歌を歌いながら陽気な気分に浸っていたら、もう一つのポケットから微かな振動が伝わってきた。


 ごそごそと取り出して画面を確認すれば、それは『鬼』――――緋凰からの電話着信だった。

 今日はもう私から連絡をするつもりはなかったのだが、向こうはそうじゃなかったようだ。


 一体何の用事で電話してきたのか。

 用件もなく気分転換でとか何となくで掛けてくる人間ではないので、多分私にとっては嫌なことだろうなと思いながら、仕方なくそれに出た。


「ほひほひ」

『いま暇して……あ?』

「ひょっほ、にゃまひゃらめふたぺぺへほ……ん、ですから」

『なに言ってんだ。宇宙人語か。俺も流石に宇宙人語は習ってねぇわ』

「生キャラメル食べてたんです。それでご用件は」


 切ってやろうかと思ったが十二鬼電コールの前科が頭に過ったのでスルーするだけに留めると、少し間を開けてから。


『見たぜ。有明の奴ら』


 ――やっぱり嫌なことだった。


 クッと眉間に皺が寄るのを感じながらそっと周囲を窺うと、この階の共有スペースには別クラスの子が数人いるだけ。一応声を潜めて話す。


「函館ですか? それとも、もう移動を?」

『見掛けたのはバスの移動中でだ。札幌入ってすぐの時だったから、そっからまたどっかに移動してるかは知らねぇ』


 ……ん? バスの移動中に見たの?


「あの、わざわざ注意して見て下さったんですか?」

『たまたま景色見てた時にたまたま視界に入っただけだ。夏にお前がウダウダ言ってんのをたまたま思い出したからだ』

「あ、そうですか。……もしかして春日井さまにもこっちの事情って、言ってます?」

『あ? 何で夕紀が出てくんだ。言ってねぇけど』

「いえ、ちょっと気になっただけです。貴方春日井さま大好きっ子ですから」


 もし春日井にも情報共有していたら、何だかんだでこっちのことに関わってきそうだなと思ったのだ。

 フェミニスト故か私が困って相談しに行った時にもちゃんと話を聞いて、アドバイスもくれたし。


 けど、言ってないのか。まあ私個人の事情なら話したかもしれないが、彼等にとっては桃ちゃんのことは知らない人の事情だしね。


『さすがにペラペラ話す内容ことじゃねーだろ』

「そうですよね。分かりました。情報提供ありがとうございます」

『おい』

「はい?」


 感謝の言葉に対する返事がおいとは何事だと思いながら、続きを促すと。


『……何かあったら掛けてこい』


 ボソッと聞こえたそれに目を丸くする。


「え? あの、それは」

『じゃあな』

「あっ、ちょ!?」


 ブツッと切られた携帯画面を呆けて見つめ、どういう意味なんだと首を捻る。


 一体何を思っての発言なのかさっぱりだ。緋凰の考えていることはよう分からん。

 掛けてこいって言われても、桃ちゃんにもしもがあった時に何とかしてくれる気なんだろうか? アイツそういうタイプじゃない筈だけど。


 それとも、と頭上に電球マークが浮かぶ。


 お父様の件で私に貸し一つできているって、そう考えているのかもしれない。だから私に協力的なんだろうか?

 ……ううん? でもそれって私の受験対策合宿で、イーブンでは?


 発言の意味についてうーんと思考していると、ポンと肩を叩かれた。

 ビクッとして振り向くと、きくっちーと桃ちゃんが一緒にいる。


「一人で何してんの?」

「桃たち、明日のこと話してたの。花蓮ちゃんは?」

「えと、ちょっと一人になりたい気分だったから。ここで景色見てたの」

「それ、調べもの?」


 きくっちーが私の手に携帯があるのを見てそう聞いてきたが、ううんと首を振る。


「知り合いから連絡がきて、ちょっと話してたんだ」


 すると桃ちゃんがパッと顔を輝かせた。


「もしかして好きな人から!? 自主研修中に違う学校の人を見たから、その人のところともかち合って連絡くれたの?」

「えっ、そうなのか!?」


 いや、全然違います。そもそも裏エースくんと連絡先の交換もできる環境にないし…………あっ!?

 たっくんと会った時に、たっくんの番号聞いておけば良かった!? あああっ!! たっくん経由で裏エースくんの入手しとけば良かった!!


 超絶遅すぎる今更なことに気がついて特大ショックを受けるも、面に出さないように何とか耐えた。


「違う違う。確かにこっちに修学旅行で来ている人とだけど、好きな人じゃないから」

「あ、そうだ。確かにあそこじゃない他のところも来ているみたいだし、もしその人の通ってる学校が来てたら言えよ。それくらいアタシも協力するからさ」

「桃も! そう言えばだけど、どこの学校に通っているの?」

「え」


 私側の正確な事情は麗花しか知らない。きくっちーには学校のことだけを言っていないから察して誤魔化してくれるどころか、彼女は桃ちゃん側に付いてしまっている。

 くっ、善意の提案がまさかのピンチ……!


 適当な学校名がすぐに思い浮かばなくて視線を泳がせていたら、「そろそろ消灯の時間でしてよ」と言って麗花が現れた。ナイスタイミング!


「あら、貴女たちもこちらにおりましたの?」

「うん。葵ちゃんと明日のことで話して歩いていたら、花蓮ちゃん見つけたから」

「今日他校の学生見たし、ほら花蓮、好きな人いるじゃん。だからもしその人の学校も同じタイミングで来ていたら協力するって、いま話してたんだよ」

「え」


 私と同じ言葉を発した麗花がこちらを見てきたので、私としては苦笑して返すしかなかった。


「それは……そう、ですわね。あ、明日のことはまた明日話しましょう! ほら消灯時刻ですわよ! 生徒の模範となるべき【香桜華会】がルールを破る訳にはいきませんわ!」


 そう言って私達と数人が解散の言葉に従い各々の部屋へと戻っていく中で、麗花が隣に並んでくる。


「……貴女、大丈夫ですの? もし、」

「さっき知り合いから連絡があって、こっちに来てることが分かったよ。明日、遭遇するかもしれない」


 小声での問いに小声で返せば、息を呑んだ。


「麗花、私ね。もし会っても無視する」

「花蓮」

「大丈夫。そんなことくらいで壊れたりする仲じゃないから」


 きくっちーと並んで前を歩いている、小さな背中を見つめる。……うん、大丈夫。


 麗花は何も言わなかったが、終始もどかしそうな表情のままだった。

 掛ける言葉も見つからないほどの複雑な状況なのは、二人だけの秘密にしておいてほしい。


「……守れても傷つけば、意味なんてありませんわよ」


 別れて部屋に入る間際、最後に彼女からそう言われた。

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