Episode288 修学旅行二日目 ~二人にとっての状況~
「これは一体どういうことですか! 何も聞いていませんよ私!? 何でそっちも修学旅行先が北海道だって、あの夏の日に言わなかったんですか!!」
『あーうるせっ。あん時まだこっちは行き先決まってなかったからに決まってんだろうが! つか何でお前が怒ってんだよ』
これが怒らないでいられようか! 桃ちゃんの件だけでも大変なのに、何でいきなりこんな急に私と麗花までもが危機的状況に追い込まれているのだ!!
旧函館区公会堂に向かうバスの中で予想外にも程がある他校の修学旅行生を認識した私はその後、若干ふらつきながら班員とともに元町のランドマークを見て回った。
見て回ったが、その時のことは碌に覚えていない。班員には大変申し訳ないが、レポートでは力になれないかもしれない。
公会堂を出てからはまだ時間にも余裕があったので、次の目的地までは徒歩で向かおうという話になった。
そしてその途中で公園を見つけたので、多少の足休めをする中で「【香桜華会】で確認事項があるから」と班員に断りを入れ、目を三角にして鬼の連絡先を鬼連打した結果、電話が繋がった緋鬼に現在詰問を行っている……という訳である。
「決まった時点で教えて下さっても良くないですか!?」
『お前だって連絡してこなかっただろうが!』
「何で私がそっちにわざわざ『香桜の修学旅行先は北海道でした』って、報告しなきゃいけないんですか!? というか決まっていなかったって、そちらは行き先アンケート制でしたよね? 兄から聞いていますけどいつも国外ですのに、何で今年は国内になっているんですか?」
『…………』
……コイツ自分に都合の悪いことがあると、すぐダンマリになる癖あるよね。
私、何か都合悪くなるようなこと言った? 分かりやすいけど、それって跡継ぎの立場としてはどうなんだろう……。
「えーと取り敢えず、そちらは今日ずっと函館なんでしょうか?」
『こっちは基本どこに行くにも自由だが、行動範囲は決まってる。明日は札幌と小樽観光だな』
マジかよ駄々被りかよ。
『花組』四人中三人のピンチ継続確定じゃんか。
しかしこれ以上ここで緋凰にグチグチ言っていても仕方がないため、一旦通話を終える。
この旅行中にまた連絡を取るかどうかは分からないが、今日の午後は皆でまとまって
……合宿中に変な感じになっていたけど、あれからちゃんと緋凰と春日井は仲直りしたんだろうか? 別にケンカしてたって訳じゃないけど、何だかなぁって感じだったし。
そんな変な感じになっている中で縦ロールじゃないけど麗花と遭遇してその結果、また訳分からんことになっても困るし。
私も白鴎と秋苑寺にだけは遭遇したくない。
こんな色んな心配事が重なっている中で絶対まともに対応できる気がしないし、秋苑寺も何がきっかけで
はあ~~と特大溜息を吐いたところで、「百合宮さま」と瀬見さんから心配そうな顔で声を掛けられた。
あ、溜息吐いたの聞かれちゃったからか。
「あの、何かあったのでしょうか……?」
「いえ大丈夫です。問題は何もありません(本当はあるけど)」
「そうですか? さすがにそろそろ移動を再開した方がよろしいかと思いまして。お電話も終えられたようでしたので、お声掛けさせて頂きましたの」
言われて腕時計を確認すると、約十分少々ここに滞在している。
時間に余裕があるとは言っても、確かにそろそろ移動し始めた方が良いだろう。運動部に所属している子以外は普段、体育以外に体力使わないし。
「そうですね。では参りましょうか」
「はい。……皆ーっ! 移動しますわよぉー!」
さすが声楽部に所属している瀬見さんはよく声が通るな。……いや、よく考えたら文化部も体力必要だわ。
想定外に発生したブルーな気分は一旦横に置き、気を取り直して自主研修を再開する。
休憩している間に城佐さんが地図アプリで道順案内をセットしたらしく、率先して案内してくれるので歩きながら景色も楽しめたし、他校の知っている顔、または制服が近くにいないかを注意することができた。
彼女が夢で会ってくれなかった件は、これで忘れてあげることにする。
道中は何事もなく城佐さんのおかげで、無事に金森赤レンガ倉庫に到着することができた。
施設の範囲は広くて修学旅行生以外にも、一般の方々の姿も多く見られる。
やはりここも観光地としては有名なスポットなので、私達の班以外にも香桜生の班は多く集まっていた。
雑貨も販売しているし、ここでお土産を買う子もいるのかな。
一件ずつ見て回ろうという話になり固まって歩き出そうとしていたところで、何やらフォーメーションを組んでいる香桜生の一班を遠目に発見した。
立ち位置としては前に二人、後ろに三人で真ん中に一人いる形。
あれは私もよくされるフォーメーションの一種で、中心にいる子を外部から守ろうとしている動きだ。
一瞬桃ちゃんの班かと思ったが、顔ぶれが違う。
私が足を止めたので連鎖的に班の子たちもその場に留まる中、「あら?」と飯塚さんが声を上げた。
「髪を下ろされていらっしゃるので分かりませんでしたけど、あの真ん中にいらっしゃる方……もしかして薔之院さまでは?」
指摘にハッとしてよくよくフォーメーションの隙間を窺うようにして見つめると、チラリと見えた顔は確かに麗花であった。
朝見た時はいつものように耳の下で二つ結びだったのに、彼女は何故か下ろした自分の髪を何故か両手で掴んで、顔を覆うようにしている。
え、何かあったんだろうか!?
「あの、声を掛けてきてもよろしいですか?」
「もちろんですわ!」
香桜生は香桜生同士で通ずるものがあるらしい。
その場で何故か私も班員から真ん中にされてフォーメーションを組まれ、そのまま麗花班の元へと向かった。
「麗花さん!」
「あっ、百合宮さま!」
「……花蓮?」
私の名前に反応した麗花が恐る恐るというようにこちらを見る。
顔色自体は悪くないので、体調不良ということではなさそうだ。
「一体何があったんですか? 麗花さんがこんな風になるなんて」
麗花班の一人に聞くと、その彼女も困ったような表情をした。
「それが……、同じく修学旅行に来ているらしい聖天学院の生徒の姿を目にされて固まられた後、すぐにこのように髪でお顔を隠されてしまいまして。ですから私達もこれはただ事ではないと思い、一先ずは森の中に木を隠そう作戦で、人が多く集まるこちらに訪れましたの。私達はつい先程到着したばかりでして」
「こちらもです。……麗花さん?」
「少し二人で話せまして?」
袖を引かれて小声で問われたことに頷き、金森洋物館の道路を挟んだ正面にあるベンチに海側の方に身体を向けて座る。
班員たちには待ってもらうのも申し訳ないので先に見て回ってもらうようにお願いし、時間を決めてまたこのベンチで落ち合うことを約束して、二つの班は一緒に行動し始めてくれた。
「……どうしたの? 聖天学院の生徒が気になるなら、そうしている方が余計に気になると思うよ。それに縦ロールの印象が強すぎるから、髪を下ろしていると全然雰囲気違って、向こうは麗花だって気づかないよ」
背中を軽くさすりながらそう言うと、髪からゆっくりと手が離される。離れた手は彼女の膝に置かれた。
少し肌寒く感じる秋風に少しだけ身体をブルッと震わせるけど、肌を刺すような冷たい風は
学院では絶対に感じることのないその香りに、改めて遠い地に来たんだなぁと実感する。
そんな風にほんの少しの間だけ黄昏ていると、麗花らしくない、あまり覇気のない声で話し掛けてきた。
「去年の香桜祭で鳩羽先輩……杏梨お姉様の姉上様と会話したこと、覚えております?」
そのことと麗花の今の状態に何の関係があるのかさっぱりだが、もちろん覚えている。
「忘れる訳ないよ。だって私ときくっちーが大変になった時の話だもん」
「ええ。その時、相談内容に答えて下さった鳩羽先輩に、私が返した時の内容ですわ。怖くて、本音で向き合えなかった方がいると」
……そう言えば、そんなことを言っていたような気もする。あの時はきくっちーとポッポお姉様のことが頭にあったから、引っ掛かることなく聞き流しちゃったのかも。
というか麗花が怖いって口にするなんて、よっぽどじゃないか。
「その人と会うかもしれないって思ったから、そうなっちゃったの?」
「それもあるのですけど、ちょっと……他に色々と気まずい方もおりまして。制服を目にした瞬間に頭が真っ白になって、気が付いた時にはあんな行動をしておりましたの。班の皆さんには、ご迷惑をお掛けしてしまいましたわ……」
はあ、と疲れたような溜息を溢している。
「ちゃんと向き合うと決めておりますけど、まさか修学旅行で日程や行き先が重っているだなんて、誰が思いますの……? 毎年中等部の行き先は海外ですのに、何故今年に限って国内で、しかも北海道なのかしら? 葵じゃなくて私の頭が爆発しましたわよ」
同感です。私もこの状況はよろしくないし、麗花にとっても受け入れ難い状況らしい。
まあ幸いにして麗花だと気づかれる可能性は低いし、私の場合はそもそも向こう側で私のことを知っている人間は、春日井くらいしかいない。
緋凰も私の素顔は知らないし、秋苑寺とは会ったことはあっても随分と昔の話だし。
成長して顔立ちも多少変わっているので、小さい頃に一回顔を見ただけの人間のことなんかに気が付く筈がない。
あ、そうか。そうだよ! 何を恐れる必要があったのか。
白鴎だって会ったことはないんだから、見掛けても私のことをそもそも認識しないだろう。
「大丈夫だよ麗花! 皆麗花は縦ロールって覚えてるから、縦ロールじゃない麗花は薔之院 麗花って思われないよ!」
「だから私のアイデンティティを髪型にするんじゃありませんわよ!」
だって香桜生でも二つ結びじゃない麗花、麗花だってすぐに気づかれなかったんだよ?
……向き合うと決めていると言ったけど、やっぱり何か私と麗花って似ているな。麗花は誰と向き合うつもりなんだろう?
「でも麗花、紅霧学院受験するんでしょ? その時は大丈夫なの?」
「それはもう覚悟を決めておりますし、今回は急なことで混乱したからですわ。それにこう言ってはアレですけど、その方達と高等部が重なるかは微妙ですの」
「え?」
「お二方とも家の跡継ぎですから、進むのなら銀霜学院ではないかと予想しておりますの。ですから私が本音で向き合うにしても、それは大学部でと考えておりますわ」
「ふーん……」
大学部。麗花がそこで誰かと向き合うつもりなら、やっぱり私は絶対に紅霧学院に合格を果たして彼女を助けながら生活し、二人とも無事に高等部を卒業するしかない。
太陽編の主要人物である緋凰と春日井がゲーム通りにあの学院へ進学することが確定している今、私が関わった上で取れるだろう一番の対策はそれしかないのだから。
「堂々としていたら大丈夫だよ、麗花」
隣からクスッと笑い声が漏れる。
「ええ。背筋を伸ばして歩くのが私ですもの。撫子が笑顔のまま学院に帰ることが、今回の目標ですわ!」
「よし、頑張ろう非モテ同盟!!」
「花蓮。その同盟名、二度と口にしないで下さる……?」
えいえいおー!をする流れだった筈なのに、真顔でそんなことを言われた私は、久し振りに危機管理能力が作動。
静かにお口チャックした後は必死にコクコクと頷いて、これからは心の中でしか言わないようにしようと決めたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます