Episode287 修学旅行二日目 ~対策はお早めに~

 学院を出発したのは早い時刻からだったし、色んな乗り物に乗っていつもと違う土地をあちこち移動したしで疲労もあったせいか、いつの間にかシーツを引っ被ったまま眠りに落ちていたようだ。

 麗花と同じく私の体内時計も正確なようで、きっかり五時五十分には起床した。

 起き上がって隣を見ると、城佐さんは静かにまだ寝息を立てている。


 おかしい。夢でまた会いましょうと言っていたのに彼女は夢に現れず、私を沖縄旅行に連れて行ってはくれませんでした。


 若干ムスッとして、少々の仕返しに部屋のカーテンをシャッ!と開ける。

 パアッと朝陽が差し込んで、「眩しいっ!」と城佐さんが起床するという目論見はしかし、秋の日の出はこの時間ではまだ薄暗かったことで外れてしまった。


 けれどカーテンを開ける音に反応したらしく、「あ、百合宮さま。おはようございます……」と寝惚けている城佐さんがムクッと起床したことで、『起こす』という点のみが成功した。

 二人で朝の支度をしてから部屋を出ると、同じようなタイミングで他の子達も出てくる。


「おはよー花蓮」

「おはようございます、菊池さん」


 意外としっかり目が覚めているきくっちーに挨拶されたので同じく挨拶を返すと、やっぱり城佐さんは同じクラスの他の子のところへと行ってしまった。

 きくっちーの方も数人で一緒にいたのに、皆右にならえである。


「アタシ朝は和食派ー」

「私はどちらかと言うとパン派ですね」

「――今日さ、どうする?」


 途端に潜めてきた声に僅かに視線を上げて、隣を歩く彼女を見る。


「……他の子の希望もありますし、桃瀬さんの後を付け回す訳にはいきませんよ。それにまだ昨日は該当校の制服も見ませんでした。あと明日と違って、まだ今日は午前中だけですし」

「該当校の制服分かるの?」

「ちゃんと事前にどんな制服か、こちらで調べております」


 そう言って手に持って見せたのは携帯。自由な班別行動も、個人で連絡を取れる手段があるから許可されているのだ。

 あと修学旅行前日に、お互いの位置確認をすることが可能なアプリも入れさせられている。


 私は事前にしっかりと有明学園のホームページを検索して、ちゃんと制服チェックをしていたのだ。

 あとそれを着ている裏エースくんの姿を想像して、一人悶えたのは余談である……。


「アタシも後で見とこ」

「あ、履歴出しますよ。一応昨日も寝る前にシーツの中で確認しましたから」

「葵、花蓮。おはようございますわ」


 声が後方から聞こえたので二人して振り向くと、こちらは初めから一人な麗花がいて、私達の少し後ろに付く。


「おはよう」

「おはようございます。麗花さんお一人ですか?」

「先程まではクラスの皆さんとおりましたが、前に貴女たちがいらっしゃるのを確認した瞬間に、一斉に離れていかれましたの」

「おおう」


 やっぱりそうなのか。これは『鳥組』『風組』でもそうなのか、気になるところである。


「麗花は見た? あそこの制服」


 きくっちーがそう聞くと、それまで何の話をしていたのか麗花も察したようだ。


「いえ、見掛けませんでしたわね。あと撫子と一緒に行動する子には、くれぐれも撫子から離れることのないようにお願いしておきましたわ。それに最悪、彼女に声を掛けてくる殿方に遭遇したら、すぐにその場から離れるようにとも」

「え、お願いしたんですか?」

「ええ。香桜祭で貴女とペアになった撫子が受付案内で殿方に迫られている姿は、どうも他の生徒の目と耳にも入っていたようでしたから。ですのでその件を引き合いに出して、あの時撫子が怖い思いをしたからと告げたら、皆さん力強く頷いて下さいましたわ」


 麗花さんが有能すぎる件について。


「麗花お前、有能すぎるだろ」

「最悪は想定して然るべしですわ。取れる手段は最速で取っておきませんと」

「……アタシも何かしてやりたいんだけどなぁ」


 ポツリと落とされた呟きを聞いて、私と麗花は顔を見合わせた。


「菊池さんは考えるよりも、本能に従った方が良いと思います」

「考えることに関しては、この中だと私が一番最適でしょう。花蓮はたまに頓珍漢な思考になりますもの」

「なってないです!」

「取り敢えずアタシに関しては何で二人ともがそんな風に考えてんのか、教えてほしいんだけど」


 どこかムスッとした言い方に、すぐに言葉が足りなかったなと気づく。まさか悪い方に受け取られるとは思わなかったから。

 先に麗花が説明した。


「葵は撫子のことだけではなく、三年生全体に気を配っておりますでしょう。繊細な生徒の中には、少なからず土地の気候に影響を受ける子も出るでしょうし。その中で撫子のことまで思考するとなると、貴女の頭が爆発しましてよ」

「そうですよ。ですから菊池会長は、変化に気づける程度に見ていてくれたら良いと思っているんです。彼女の事情を知っている人間は、ここに三人もいるのですから」


 それに気を配るばかりで修学旅行を楽しめないんじゃ、意味がない。


「私達も可能な限り力を尽くしますけど、桃瀬さんも自分で頑張ると仰っていました。それに、『この一年は思いっきり楽しむんだ』とも。まだ例のクソ……彼に恐れを抱いているのはあるでしょうが、過保護ばかりになっていては桃瀬さんのためにもなりません。私達もこの旅行を楽しまないと、そんな彼女の気持ちを無碍にすることになります」


 だから自分が積極的にどうのこうのじゃなくて、私達もいるんだから頼れと。

 適材適所。守るにしても役割分担をすれば、一人が抱える焦りは軽減する。


 私達の言葉を聞いたきくっちーは呆気に取られたような顔をした。


「……やっぱ二人ともすごいな。考えてることが深い」

「有能な同僚がいて嬉しいでしょう、会長」

「私達が同じ学年で良かったですわね、会長」

「だから何かの折りにつけて会長会長言うなってば!」


 そんな風に班別自主研修での桃ちゃん対策をコソコソと話していたところで朝食会場に着き、クラスごとに分かれている席の関係で、二人とはそこで離れる。


 席に向かう前に会場を見渡すと桃ちゃんがクラスの子と既に席に着いており、笑ってお喋りしているのが見えた。

 ……うん、私達も楽しまないとね!


 本日の朝食はパン派の私には残念なことに和食のセットメニューではあったが、午前中歩き回ることを考えれば腹持ちの良いご飯の方がいっかとなり、大変美味しい朝ご飯を頂いた。





 この二日目の函館市内班別自主研修は午前中いっぱいまで函館市内を自由に巡り歩き、そして十二時三十分までには宿泊したホテルに戻らなければならない。

 九時まではホテルにて待機と言う名の自由時間を過ごし、そうして時間になれば自主研修のスタートだ。


 私の班は同室の城佐さんと、他四名。メンバー紹介すると瀬見さん、時任さん、飯塚いいづかさん、せきさんである。

 しおりに印刷されたマップを見て、どう周るかを相談する。


「昨日の夜に城佐さんともお話したのですが、カトリック元町教会に行って、そこからぐるりと周ってホテルに戻るというルートは如何でしょうか?」

「そうなりますと、バスという乗り物を利用しなくてはならないのですよね?」

「飯塚さんは未経験ですか? それなら私達は夏に行った沖なぶ」

「シッ! ですわ!」


 不安を吐露した飯塚さんに大丈夫だと時任さんがその理由を言おうとしたものの、言わせてはならぬとばかりに城佐さんが光の速さで彼女の口を塞いだ。

 ……まあ今はそれ沖縄旅行に関して追及しないであげよう。


「大丈夫ですよ、飯塚さん。私も小学生の時に乗った経験はありますので、お教えできます」

「まあ、さすが百合宮さま。博識ですね」

「ホホホ」


 移動に対する一部の不安も解消された後はターミナルにあるバス停に向かい、教会方面に向かうバスに乗車して揺られる。

 一応この中に車酔いする子はいないので、乗り間違えない限りは大丈夫だと思われる。


 最寄りのバス停で降りてマップを参考に風情のある石畳とレンガの道を歩いて行けば、『天主公教會てんしゅこうきょうかい』とある教会に辿り着いた。


 白い外壁に赤のお屋根と、そこから更に高さを持つ大鐘楼が特徴的なゴシック建築様式のその協会は、キリシタン禁教令が廃止された宣教再開の象徴として建築された、国内では最も古い歴史を持っている教会の一つなのだそうだ。

 聖堂に入ると中央から左右に分かれる形で横長の椅子が並んで配置されており、優しい水色の高い天井には銀色の星が散りばめられている。


 そして奥の正面には祭壇があり、私が学年劇で演じた十字架に磔にされているキリストさま。そして色んな場面を表しているのだろう四つのシーンがあった。

 私達はカトリック校に通う生徒として静かにお祈りを捧げて、教会を後にする。


 そこから徒歩で八幡坂はちまんざかに向かい、紅葉に色付く木々の向こうに見える海と空の景色を眺めた。

 きっと夏には濃い緑と蒼のコントラストがまた映えるのだろう。


 通りに出て再びバスに乗り、次なる行き先は元町のランドマーク・旧函館区公会堂きゅうはこだてくこうかいどう

 国の重要文化財に指定されているけれど、今も現役で使用されているそこには絶対に行っておきたいという、班の強い希望があったのだ。


「私、小さい頃に訪れたことがあるのですけれど、一般の方々に混じってダンスを踊っていた両親との面白い思い出が一つありますわ」


 車内だから小声で話す関さんの思い出話に、皆で耳を傾ける。


「面白い思い出とは?」

「お父様は苦手なのですけど、お母様がダンス好きなんです。嫌がるお父様と一緒に楽しそうに足を踏みつけながら踊って、涙目でお父様が私に助けを求めてきた記憶が今でも鮮明に残っておりますの」

「まあ……。それはダンスが苦手なんじゃなくて、ご夫人とのダンスが苦手なだけでは……?」


 私も飯塚さんの意見に同感です。まあ何度も何度も裏エースくんの足を踏んづけていた、私が言えることじゃありませんが。

 すると瀬見さんが窓の向こうに見える何かに気づいたようで、声を上げた。


「あら、昨日は見ませんでしたのに。やはり今年も他校と修学旅行の日程が重なっておりましたのね」

「えっ」


 ――――遂に来てしまったらしい。


 麗花が対策してくれたおかげで多少は大丈夫だと思いたいが、私も何度も確認した有明学園の制服をもう一度頭の中に思い起こして、恐る恐るバスの窓から外に視線を移すと――



「……はい?」



 私がそこで見たのは、頭に思い浮かべていた制服ではなかった。というか薄いオレンジのブレザーに、赤と黒のチェック柄って……。

 それは私もよく目にしていた制服。だって長年お兄様と麗花が着用していたものなんだから、そりゃよく見ているに決まって…………え?



 ――――香桜女学院。お互いに肩を並べられると言われている有明学園とではなく、まさかの聖天学院と修学旅行がかち合う――……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る