Episode286 修学旅行一日目 ~知らなくていいこと~
香桜祭が終わって一週間と少しが経過した頃、私達香桜女学院三年生は日本主要四島の最北端にある島、北海道へと降り立っていた。
移動時間があるためにいつもよりも早く起床して制服に着替え、事前に準備していた荷物を持って皆寝ぼけ眼のままバスに乗って学院を出発。
バスの中ではしおりを読み込む子もいたし、ヒソヒソとこれからのことをお喋りする子、寝足りなくて惰眠を貪る子もいた。私も眠かったがこれでもクラスの学級委員なので、しっかりと目を見開いて窓からの景色を見続ける子になっていた。
そうして空港に着き飛行機に搭乗して北海道にある空港の内、函館空港へと到着したのはお昼になる頃。
空港内で一ヵ所に集まり、学年主任であるロッテンシスターのお話を皆で聞いた後は空港を出て、近くの飲食店で二クラスに分かれてお昼を頂く。食事が済んだら再び貸切バスに乗って移動。
修学旅行のしおりにも記載されているスケジュールでは、最初に訪れるのはトラピスチヌ修道院という場所。
フランスから派遣された八人の修道女によって創立された、日本で最初の女子観想修道院である。ちなみに我が香桜女学院と同じくカトリック系。
三角お屋根のレンガアーチを潜って真っ直ぐ歩いた先にそびえる、聖ミカエルの像。片手で剣を持ち胸に手を当てて少し俯いている姿は、何かを祈っているようにも見える。
ここからはクラスごとに回る順序はバラバラとなり、私達のクラスは聖ミカエルの像より奥にある、両手を広げた聖母マリアの像をも超えて、ルルドという場所へ向かった。
ルルドと言うのは地名であり、ここにあるのは南フランスにあるルルドの洞窟を模して造られたもの。
そこにあるのは地に膝をついて祈りを捧げている少女の像と、少女像が見上げる先の石垣の上に立つ聖母マリアの像だ。
由来としては貧しい家の生まれである少女ベルナデットが洞窟の近くで薪を拾っていたところ、傍に女性がいて「泉の水で顔を洗い、そしてその水を飲め」と言った。けれどベルナデッドが辺りを見回しても、泉なんてどこにもない。
すると次に女性が「洞窟の土を手で掘れ」と言ってきたので、それに従って掘るとそこから泥水が湧き、徐々に聖水へと変化していったのだという。
湧き出た水は泉となり、その水には病気を癒す力があることが判明したそうだ。
そしてベルナデッドの前に現れて助言したこの女性こそが、聖母マリアさまなのである。この逸話があるのでフランスにある『ルルドの泉』は、カトリックの巡礼地とされているのだ。
トラピスチヌ修道院にあるルルドは柵がしてあるので近づいては見れないが、遠目でも意外と少女像とマリア像の距離が離れているのが判る。
そしてルルドだけではなく修道院全体にも言えることだが、木々の紅葉がとても鮮やかでレンガの道や修道院の景観と相まって綺麗だった。
見学可能な場所を一通りぐるりと巡り、私達のクラスが最後に旅人の聖堂でお祈りをしてトラピスチヌ修道院からまたバスで移動。
次に向かったのは五稜郭公園。現在は公園という名称になっているが、元々五稜郭は江戸時代の城郭である。
それが時を幾許か過ぎて当時の区長が陸軍の大臣に公園として無償貸与してほしいと請願して、誰でも訪れることのできる場所になったという。
タワーに登って二階の展望から下を見下ろせば函館市内と星型の城郭の全景が見渡せて、秋でしか見られない赤く彩られた星の景色が絶景だった。
一応ここでも五稜郭タワーと箱館奉行所で二クラスずつ分かれるようにしており、入れ替わる形で今度は五稜郭公園の中心にある箱館奉行所へ。
広い公園内に佇んでいる赤味がかった瓦屋根が末広がりになっているその時代を感じさせる建物は、江戸時代に幕府の役所として建設されたが一度解体されている。
じゃあ私達がいま見ているものは何なのかと言うと、文献や古図面などの調査を元に検討を重ね当時の規模までとはいかないが、長い時を経て復元したものなのだ。
奉行所の正面にある袋に靴を入れて中に上がり色々見て回ったが、現代からは時代を感じさせるその風情や歴史に触れて、感慨深く感じたものである。
一緒に行動しているのは麗花のクラスとではないので分からないが、日本にいたい純日本人な麗花さんはきっとこういう歴史とか好きなんだろうなと思ったりした。
そうしてそこでの見学を終えたら一旦バスで宿泊ホテルへ向かい、休憩を挟んで夕食を摂ったら再びバスに乗車。
貴重品以外をホテルに置いて向かった先は、函館山。皆が修学旅行で楽しみにしていた行き先でも上位に上がっていて、到着するまでカーテンを閉められていたバスから降車した際にはその夜景の素晴らしさに思わず歓声が上がり、ロッテンシスターから注意を受けてしまったほど。
「花蓮ちゃん!」
「桃瀬さん」
庵駅からの登りロープウェイでゴンドラに乗って山頂に着いた後、クラスの数人と固まって屋上展望台で夜景を楽しんでいたら、クラスのお友達といた桃ちゃんが笑ってこっちに来た。
一緒にいたお友達と私のクラスの子達は何故か私と桃ちゃんを二人にして離れていく。ううむ。【香桜華会】メンバーが揃うと見守る体制になるのは、仲を深めても変わらないようである。
「花蓮ちゃんすごいね! こんなキラキラしてる景色見たの、桃初めて!」
「そうだね。さすが世界三大夜景とも称される、百万ドルの夜景だよね」
二人で再び展望台を見渡して見る、函館市内の夜景。そこには無数の光が輝いており、まるで空にあった星を地上に散りばめたかのような、幻想的な光景が果てしなく広がっている。
……同じ場所にいたら、一緒に見たかったなぁ。
そんな風に思っていたら、「花蓮ちゃん」と桃ちゃんに呼ばれる。
「なに?」
「花蓮ちゃんの好きな人って、どんな人なの?」
「え」
いきなりのドンピシャリで言われた質問にびっくりして彼女を見れば、ジッと見つめられる。
おかしい。私はニヤニヤしていなかった筈。
「皆がね、言ってたの。今度は恋人と一緒に訪れたいって。婚約者がいる子は頷いていたけど桃は絶対嫌。それで好きな人がいる花蓮ちゃんもそうなんだろうなって思ったら、花蓮ちゃんが好きになる人ってどんな人なんだろうって、気になったの」
許嫁と同じ学校に通っていると言っていないからヒヤリとしたが、恋に夢見る乙女たちは正反対の極致にいるそんな桃ちゃんの興味を刺激したらしい。
まあ確かに幻想的な夜景はロマンティックで、私もそんな感じのことを思ったけど。
「そ、そうだね……。取り敢えず、小学校では男女関係なく人気のある人だったよ。低学年の頃はラブレターもたくさん貰っていて、バレンタインでも毎年たくさんのチョコを……もらってたなぁ」
当たり前のように解っているけど、本当にどんだけモテていたのか。非モテ同盟男子避けのお守りと化している私とはえらい違いである。
「す、すごい人なんだね。花蓮ちゃんの好きな人って」
「まあすごいって言ったらすごいね。私、心の中では出来過ぎ大魔王って呼んでいるんだけど、運動神経も頭も良いし、外見だって爽やかで性格も明るくて正義感が強いから、皆に頼られていたし。あと料理もできて家庭科スキル半端ないし、ホワイトデーじゃ女子力の敗北を突きつけられたし。あと目を閉じているのに私が見ていることを察知されたり」
「な、何かすごすぎて逆に想像し辛い……」
本当に何者? 人間?って感じの要素しか出てこない。褒めている筈なのに自然と私の顔はスンとした。
「お友達ってお互いにそう思っていたけど、私がその人のことを好きって自覚したのは、彼がずっと、私のことを守ってくれていたことに気が付いた時なんだ」
有栖川少女の生誕パーティでもそうだし、一年生の遠足の時だって私が困っているのを見て、現場に行かないように自分が行くと買って出た。その夏の、あの時のパーティでだって……。
「たくさん、たくさん守ってもらって、私も守りたいって思ったの。今は離れているけど、あともう少ししたら会えるから楽しみにしてる」
「そっか。でも花蓮ちゃんは不安じゃないの? そんなにすごく女の子にモテる人なら、香桜にいて不安じゃない?」
「ああ、うん。でも彼が言ってくれた、『私だけしかいない』って言葉を信じてるから。それに学校だってだn」
自らの手でバチンと己の緩い口を塞ぐ。
……あっぶな! 男子校って言うところだったあっぶな! 口で久し振りにやらかすところだった!!
「だん?」
「だー、だん……段々皆展望台から移動しているよ! 私達もそろそろ行こう桃ちゃん!」
「えっ? あ、本当だね」
それなりに時間が経過していたこともあり、事実生徒たちは下りのロープウェイ乗り場へと移動し始めていたのでうまく誤魔化すことに成功。
ゴンドラも二クラスで分かれて乗るので今回は桃ちゃんのクラスと一緒に乗って下山してバスに乗り、ホテルに戻ってお風呂に入れば、後は就寝時間までの自由時間を過ごした。
ホテルは二人部屋で、私は城佐さんとペアでお泊り。専用バスルームも完備されているので露天のある大浴場と選べるが、城佐さんは専用バスルームの方を利用していた。
まだ秋とは言え、さすが日本主要四島の最北端にある島というだけあって寒く、あったかい湯気の立つ露天のお湯は身体の芯からポカポカと温まるようだった。
部屋に戻って明日の函館市内自主研修のことを城佐さんとベッドの上で話す。ちなみにこの自主研修はクラスでの班別自由行動で、六人で行動するのだ。
「函館は色々と有名スポットがあるので迷いますよね。時間内に行動しなければなりませんし。城佐さんは行きたいところってどこかありますか?」
香桜女学院は校則やら普段の生活スケジュールがギッチギチなので、こういう生徒のイベントは常識の範囲内であれば自由にしても良いというのが特徴的だ。
小学校の時とは違って班で当日行きたい場所を相談しながら巡るということで、今その話をしている。
「やっぱりカトリック校に通っているので、カトリック元町教会は外せないのではないでしょうか? 学院に戻りましたら、班別でのレポートを作成しなければなりませんし」
「あー、そうですね。今日トラピスチヌ修道院にも行きましたが、何か北海道って教会が多い印象があります」
「それはそうですよ。北海道は約千六百教会あるくらい、他県でも群を抜いて多い土地ですもの」
「約千六百教会も!? ……こ、こう言ってはアレですが、純粋なカトリック信徒ではないので驚きました」
「まあ。ご安心ください、私もです」
城佐さんが信徒ではないことにホッとする。
「じゃあまずは教会に行ってから、近くをグルリと周りましょうか。皆さんが行きたいところが重なっていれば良いのですが」
「まあ今回は時間の関係でダメでも、高等部で夏期や冬期休暇に入れば行けますので大丈夫ですわ。今年の夏も皆で沖縄に行きましたもの」
「そうで…………ん?」
そのまま頷きそうになったが、ちょっと引っ掛かったので立ち止まる。
「皆って、クラスのですか?」
「え? はい。全員ではありませんが、三分の二ほどの人数で沖縄旅行に。百合宮さまと同じく行かなかった子達は既に予定が入っていましたので、残念でしたけれど」
「んん?」
引っ掛かりが強くなった。城佐さんの言い方では誘ったけど断られた、という感じに聞こえる。
……私、誘われた覚えがないんですけど?? いや誘われていても緋凰の家で夏の陸上大合宿だったから、断るしかなかったけれども。
しかしここで私が問題視しているのは、そんな話知らないという一点のみ。何故クラスの親睦の中に、中心人物・学級委員である私が入っていないのかね!?
「城佐さん。私、誘われていません」
「えっ? ……え」
彼女は一瞬きょとんとしたが、正確にその意味を把握したようで顔面が蒼白になる。
「も、もう就寝しましょう百合宮さま! 明日も早いのです!」
「城佐さん。待って下さい城佐さん。私その旅行の話何もs」
「百合宮さま! 良い子ですからもう寝ましょうね百合宮さま!!」
「城……ぶっ!?」
大分混乱しているのか憧れの存在である筈の【香桜華会】メンバーである私にバッとシーツを上から被せ、座っていたベッドに転がされた。そして地を蹴る音が聞こえたと思ったらパチッという別の音がして、パッと部屋の明かりが消される。
「お休みなさい百合宮さま! 夢の中でお会いしましょう!」
どうやら夢の中で沖縄旅行に連れて行ってくれるらしい。
私は意図して誘われなかったのかたまたま誘われなっただけなのか、あと遂に一人の力で転がされた……と少々のショックを受けながら、暫くシーツの中でカッと目を見開き続けていたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます