Episode283 黒の儀式と花蓮の学年劇
今年の香桜祭の準備が順調だったためか、『香桜華会継承の儀』で身に纏う衣装決めも早い段階で見繕いに行け、決定するのも早かった。
去年と同じように野外ステージ周辺には招待された来校者と香桜生でひしめき合い、私達も最前列で『妹』たちと共にそのパフォーマンスを見届けた。
ステージに立つきくっちーはシスターの衣装を着用している。
学院行事でミサをする際に【香桜華会】では似たような恰好をするので、聞いた時はそれに決めたのを意外に思ったが、「やっぱり【香桜華会】って言ったらこれじゃん?」と本人が言っていた。
それに加え、少しだけ照れたような顔をしてきくっちーはこうも言っていた。
「あとさ。入学してからアタシ、結構よくロッテンシスターに注意されてたじゃん? 多分一番目をつけられていたと思うんだよ。でもそんなアタシが千鶴お姉様から『妹』に指名されて、学院で有名な【香桜華会】の一員になって。香桜を受けるって決めた時のアタシに教えてやりたいよ。『お前、その学校で生徒会の会長になってるぞ』って。……だから世代交代の儀式で、ちゃんとロッテンシスターにも見せたいんだ。問題児だったアタシがこんな風にちゃんと、香桜に恥じない生徒になれたんだってこと。シスターにもたくさん助けてもらったからな!」
「――中等部【香桜華会】会長、菊池 葵。私の後継たる者として、汝、姫川 心愛を望みます。貴女は私の意志を継ぎ、この香桜を皆と共に守り、歩むことを誓いますか」
明るく活発な彼女はなりを潜め、去年は椿お姉様が問うた内容を今年はきくっちーが口にする。シスターの衣装と相まって、まるでミサのように厳かで清廉な雰囲気を醸し出していた。
そんな彼女の前に膝をつき、手を組んで誓いの言葉を述べる姫川少女。彼女の衣装は一体何を思ってそれに決めたのか、『香桜組』という文字が銀糸で大きく背中に刺繡された、漆黒の特攻服を身に纏っていた。
関連して言うと高等部会長の鳩羽先輩も去年は軍服を着ていたが、先輩が故意に出していた雰囲気もあって普通に格好良かった。
ただ姫川少女の場合は登壇した際に後方から、「ひえぇっ!」といった感激か恐れかどっちの意味であるのか不明な悲鳴が上がったので、取り敢えずパフォーマンス的なことでは成功と言えよう。
ちなみに今年の鳩羽先輩は黒の生地に白と金糸で描かれた、大きな牡丹が目を惹く振袖。一瞬どこの組の
次期会長となる先輩に至っては腕を振った際にひらりと軽やかに舞う紺の紗が特徴の、古代エジプト……恐らくクレオパトラを意識した衣装だった。
そして基本の衣装生地は当たり前のように黒。つけ襟とサッシュベルトの黄金がよりキラキラして輝いております。
というか本当に演劇部の衣装レパートリー。
後に聞いた話では示し合わせなどは皆無で、選んだのが皆たまたま全体的に黒地の衣装だったとのこと。リーダーの証を授ける場面では皆ほぼ黒かったので、桜ネックレスも桜の花冠もとても衣装に映えていた。
二組の世代交代パフォーマンスも盛況に終わり、その後は制服に着替えたきくっちーと『花組』四人で高等部校舎を見て回って過ごして、そうして香桜祭の一日目を終えた。
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
香桜祭二日目。先程桃ちゃんのクラスの学年劇が無事に幕切れして、彼女のクラスが衣装から制服に着替えて観客席に着くまでの間に、物語の第三幕である私のクラスが準備をする。
更衣室で衣装準備係の子から渡された、淡いオレンジ色の長袖ゆったりワンピースに青のドレープを肩から斜めに下げて着れば、『晩餐用イエス・キリストさまコーデ(百合宮版)』の完成である!
さすがにカトリック校であるので演劇部でもこの題目を演じることがあり、基本的な衣装は一通り揃っていた。
映像撮影の時にも着用しているのでこれで二回目。けれど周囲を確認すれば、ビデオカメラ相手ではなく観客がいての本番を迎えるという違いに緊張で顔が強張っている子も何人かいて、その子たちは演劇部員に「ステージに立っている人間以外は、全員学院長だと思ったら大丈夫よ!」と励まされている。
いや確かに学院長はいつもニコニコして、花壇のお花にピンクのジョウロでお水をあげている可愛いお爺ちゃんだけど。
どういう励まし方なのかと思いながらも、頭の中で観客の顔をそんな可愛い好々爺に挿げ替えたらしい子達は一様にリラックスモードになったので、やはり学院長のお力は偉大であるということを再認識した。
「それでは皆さん、舞台袖へと参りましょう」
役の子達全員が着替え終わったのを見計らって声を掛け、更衣室から出て外から講堂兼体育館のステージに繋がるドアを開いて左右に分かれる。
少しだけライトが照らされたカーテンの内側では既に桃ちゃんクラスの最後の場面で、イエスを排斥しようと学者たちが裁判を決意し大祭司カイアファに訴えた後、キリスト十二使徒の一人・イスカリオテのユダがキリストの居場所を彼等に密告した部屋から、『最後の晩餐』を過ごす部屋へと様変わりしていた。
これは私達が着替えている間にシナリオ制作係と、劇中BGM・照明操作係が舞台セットの準備をしてくれていたからである。
基本的に背景はスクリーンにプロジェクター映写だし、道具類なども重量級の見た目でも容量自体は軽くて、女子一人でも持ち運べるくらいだ。ちなみに背景変更はシナリオ制作係でする。
あと劇中でのセット変更は、その時登場しない役の子達でするので問題はない。
すべての準備を終えたことを確認して一度目のオッケーサインを出せば、劇中BGM・照明操作係がこちらの準備完了を観客に知らせる専用BGMを流す。
そしてタイミング良く丁度桃ちゃんクラスも席に着いたようで、観客席を把握できる位置でプロジェクター操作をするシナリオ係も、全体が整ったことを知らせる合図をこちらに送ってきた。
それを確認してから私たち演者はそれぞれテーブルの後ろに配置された椅子に座る。
『最後の晩餐』を描いた画家はたくさんいるが、私達が模したのはその中でも一番有名だろう彼のレオナルド・ダヴィンチ氏のものを採用。
左から順にバルトロマイ、小ヤコブ、アンデレ、ペトロ、ユダ、ヨハネ、私のキリスト。そしてトマス、大ヤコブ、ヒリポ、マタイ、タダイ、シモンとなる。
皆で最後に顔を見合わせて頷き合い、二回目のオッケーサインを出す。するとスピーカーからブーという幕開きのサイレンが講堂中に響き渡った。
閉じられた厚めのカーテンが少しずつ開いていき、楽しそうなBGMもそれに比例するように大きさを上げて流れてゆく。
ここでは個人で台詞は言わずにガヤガヤと複数人が会話しているような音をテープで流しつつ、私達は楽しく食事をするのをただ身振り手振りで表現し、最初にナレーション役の子が場面の説明を語り出した。
『――十二使徒の一人・イスカリオテのユダが裏切りの密告を行うよりも少し前、運命の
そう。ここですぐに『最後の晩餐』を始めるのではなく、とある交流をしてからその場面へと移るのだ。
私は楽しく夕食を摂っている弟子たちを見回してから、ゆっくりと顔を天井へ上向かせる。
『――あら。弟子たちが弟子同士三人一組で会話をしている中、一人真ん中の席で放置されていたイエスが何やら天を仰いでいます。誰からも構ってもらえない寂しさのあまり、主である神へと救いを求めたのでしょうか? 彼の行く末を見守りましょう』
などと、とんだ失礼なことを語られているのを聞きながら、私は神へと願う。
もちろん誰も話し相手になってくれないこの状況を悲観してのことではない。
「我が神よ、敬信なる我が神よ。この世に遣わされた私が真に貴方の子であるのならば、どうか私の願いをお聞き届け下さいませ。この私めの元へとどうか――タライをお授け下さいませ」
タラリーン!
手を組んでシナリオ制作係が書いた初台詞を言った直後にそんな軽々しすぎる効果音が鳴った後、舞台袖の奥からゴロゴロゴロー!と勢いよくキャスター付きの台に乗せられたタライ桶が走ってきた。
そして突然出てきたタライ桶は弟子たちに驚きを運んできたものの、勢いが良すぎて途中で止まることなくそのまま向かいの舞台袖へと消えていく。
「我が神よ、敬信なる我が神よ。この世に遣わされた私が真に貴方の子であるのならば、どうかもう一度タライをお授け下さいませ」
すると今度は消えていった舞台袖から、ゴロゴロゴロ……と再びタライ桶が姿を現した。
何度も何度も練習を重ねてきたそれは計算通り丁度私の座るテーブル位置で止まり、私はヨハネを挟んだユダにお願いする。
「さあユダ。あのタライを私の元へ運んできなさい」
「え、私ですか? 端っこの席にいるバルトロマイかシモンじゃなくて?」
「運んできなさい」
「えぇー……」
不承不承ながらも私のお願いを聞いたユダは椅子から立ち上がって、テーブルの裏から正面に回ってタライ桶を取りに行く。
そしてバルトロマイを過ぎた直後にその彼も立ち上がってユダの後ろに続いた後、ユダはタライを。バルトロマイはキャスター付き台を持って、舞台袖へと返しに行った。
そんな彼の行動に気づき度々納得がいかないような顔をして振り返りながら、タライを私の元へと運んできたユダは。
「バルトロマイ、何か自主的に動いてましたよ? このタライも彼で良かったんじゃないですか?」
「彼は気遣いのできる弟子ですから。ユダ、それを私にお渡しなさい」
「だって距離的にどう考えても」
「点Pか点Qどちらが速いかみたいな、そんなどうでもいい点アルファベット的なことは求めておりません。早くお渡しなさい」
「
言いながらもユダからタライを受け取った私は席を立ち、ユダとバルトロマイが通った道を歩いて最初にタライが止まった場所――私の席の正面の位置で観客席に向けてタライを置く。
「何で取りに行かせたんですか。先生ご自身が行った方が全部早かったではありませんか」
「お黙りなさいユダ。ヨハネ、ユダの手拭いを私にお渡しなさい」
「はい、我が主よ」
文句ばかり言うユダにはもう直接言わずに、ヨハネへとお願いする。
彼は微笑んでユダの席にある手拭いを掴んで渡し、私は渡されたその手拭いをタライに突っ込んで洗う演技をした。
「さあ、親愛なる我が弟子たちよ。順にお並びなさい。この手拭いで貴方たちの足を拭いてあげましょう」
「私の手拭いで!? 足を拭く!?」
『――イエスの真意はイエスにしか分かりません。十二使徒たちはイエスの突然の発言に驚きながらも、左からの席順通りに並んで、イエスに自らの足を差し出しました』
「バルトロマイよ。いつも影ながらありがとうございます」
「主のためならば」
「小ヤコブよ。マタイと共にこれからも兄弟仲良く過ごすのです」
「はい、主よ」
「アンデレよ。貴方もペトロと兄弟仲良く過ごすのですよ」
「畏まりました。主よ」
そしてペトロの順番になったが、彼は足を差し出さずに私へと問い掛けてきた。
「主よ、貴方が私の足を洗って下さるのですか?」
「前の三人を見ていなかったのですか貴方。……ペトロ、私のしていることは今の貴方には分からないでしょう。ですが貴方も後で分かるようになります。さあ、後がつかえています。早く足をお出しなさい」
「ですが、主に足を出すだなんて……。私の足など、決して洗わないで下さい」
後で分かるからと言っているのに、どうしても拒否するペトロに私は深く微笑んで言う。
「おおペトロ。もし私が貴方を洗わないのなら、貴方は今後私とは金輪際何の関わりもありませんよ」
「ひえっ」
「あと貴方には過越祭の前夜に、個人的に伝えたいことがあります。よく耳の穴を掃除して待っておきなさい」
「ひえ……はい、綺麗に掃除しておきます……」
絶交宣言をしたら悲鳴を上げ、遂にペトロは足を差し出してきた。
前の三人と同じように丁寧に足を拭いて彼が自分の席へと戻った後、次に差し出された足の持ち主を見て溜息を吐く。
「ユダ……。私に貴方の足を拭けと?」
「何で!?」
『――そんなことを言うイエスでしたが、彼は後の裏切り者であるユダの足もちゃんと拭いてあげました。イエスのユダに対する塩対応は彼の裏切りを既に予見していたからか、ユダへの愛ゆえかは分かりません。順々に続け、そうして最後となったシモンの足も拭き終えました』
手拭いをタライの中に入れて持つ私に向かって、十二使徒が一礼しながら順に舞台袖へと消えていく。
それを見届けてから、私も最後に舞台の袖へと入って行った。
照明暗転
『――さあ、そして時は過越祭の前夜。イエスとその弟子十二使徒たちが一堂に会して食事をする、最後の晩餐が行われようとしておりました』
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