Episode282 香桜祭で活躍するクセ人たち

 それからはクラスで学年劇の練習に励んだり、香実補佐として装飾課の応援に注力したりと、香桜祭への準備も特に何の問題もなく順調に進んでいった。

 うん、もう今年に限っては何の不思議も発生することはないだろう。


 そうして遂に秋分の日を迎え、私達の学年にとっては中等部時代最後の香桜祭が開催された。


 展示パフォーマンスメインの一日目。

 香実メンバーとしてお仕事をしながら、各所の展示を見て回る。去年は麗花とだったが今年は桃ちゃんと一緒に行動した。

 割り当てられた場所は二か所あって、去年担当した受付案内とゴミの処理。


 受付案内ではやはり私は招待されている同学年に近い歳の男子からは軒並み避けられ、その避けられた分は全部桃ちゃんに行くというこの世の不条理を見た。

 けれど如何に桃ちゃんがこの二年と半年で大きく成長したとは言え、それは女子に限ってのことだ。


 もう大丈夫!と言っていても、やはり根底では怖いのだろう。若干……いや、結構な挙動不審さを発揮していた。

 いやまあ担当がもう一人いるのに、男子が全部自分のところに来たら桃ちゃんじゃなくても、そりゃビビるよね……。


 それに同学年で平均よりも背が低い桃ちゃんは、男子の目から見るとその挙動不審さが男慣れしておらず、オロオロ困っている初心なご令嬢にしか見えないらしい。

 以前ご回答頂いた春日井神様のありがたいお考えを当て嵌めるならば、それは『生物狩猟本能論』。逃げるメスをオスが追い掛けるやつである。


 チケットのコードを読み取り、桃ちゃんが頑張ってパンフレットを手渡してもサッサと次に行かず、「何がお勧めか」とか「ここにはどう行けばいいのか」とか、そんなことを聞いてくる輩のまあ多いこと多いこと。

 全部お勧めだし、道なんか阪木女王蟻が働き蟻たちに指示して作らせたパネルが案内してくれるぞ。桃ちゃんが可愛いのは分かるが、彼女が困っているのが見て分からないのね?


 そんな状態を見かねた私が深い微笑みを携えて間に入り、上記のことをオブラートに包んで対応すれば、彼らはすぐにゲートを潜って逃げて行った。あれは間違いなく『逃げる』という表現が正しい。

 中には私が口を開くまでもなく逃げて行った者もいる。それについてはどういうことかね。


「ご、ごめんね。ありがとう花蓮ちゃん」

「いえいえ。まあこれで私が男性避けのお守りになることが証明できましたので、例の件も桃瀬さんは大船に乗ったつもりでいて下さいね。お守りの効果もその時は二倍ですから」


 苦笑する桃ちゃんには自然な笑顔でにっこりと笑う。

 受付案内の担当が終わって一旦中等部校舎の展示を見て回ったが、今年の中等部二年生が作成した巨大展示物はそのクラス独自の色が表現されていて、とても面白かった。


 青葉ちゃんのクラスは白い鳩がハートの輪を作って、羽ばたいている場面の像。鳩同士のくっつけ方が中々のバランスを保っており、恐らくこのクラスが内容は一番まともだった。

 美羽ちゃんのクラスは何故そうなったのか微生物から人間への進化過程像だし、祥子ちゃんのクラスは何と言ったら正確に伝わるだろうか……?


 名を表せる物質がなくこれはこうであるとは言えない芸術センスに溢れた、抽象派すぎる像が鎮座していた。

 これは一体どう『未来を紡ぐ』を表しているのだろうか? もしやこのクラスには第二の阪木さんがいるのかもしれない。


 そして真打・姫川少女のクラスはまさに圧巻の一言に尽きる。

 地べたに倒れ伏す人々。死屍累々の中心で何かを求めているかのように、両手を上に向かって伸ばす一人の少女。

 そんな見る者に何かを訴えかけるような強いメッセージ性を秘めたそんな像が、ドーンと大きく設置してあった。


「クラスの子、心愛ちゃんのことどういう目で見てるのかな……?」


 桃ちゃんがそんな感想を言い、私は黙してその場に立ち尽くす。百合宮像であった去年から時を経て、今年は姫川像が建設された模様。

 ……崇拝されていると聞いていたが、この像を見る限りだとそれも怪しく思えてくる。


「恐怖政治のなれの果てでしょうか」

「やめて花蓮ちゃん! あの中に青葉ちゃんがいるかもって想像しちゃう!」


 いやだって、そうじゃないとこんな『未来を紡ぐ』になる訳がないと思う。


 巨大展示像を見た後は一年生の作品を見に行き、そこでは授業時間に作成した学習作品を閲覧して、私達もこれやったなぁと懐かしさを抱く。

 他にも部活動の展示部屋にお邪魔して見学したが、手芸部では可愛らしいぬいぐるみ作品で溢れており、来校してくれた小学生にのみキーホルダーにしたミニぬいぐるみを配布していた。


 丁度その場面の時に居合わせて、どんなのを配布しているのかと気になってチラ見したが、部長がその子に渡していたのは悪魔の首にヘッドロックをかけている天使のぬいであった。

 うん、今年のアドベントカレンダーも個性的なものになりそうだ。


 書道部では心が洗われるような文字の美しさと墨の香りを体感し、美術部では「花蓮ちゃん、あれ」


 桃ちゃんが指差す方に視線を動かすと、何と少女が百合の花に埋もれてこちらに微笑みかけている姿を描いた、私が見ると何とも複雑な心境になるしかない絵画があった。

 近づいて作者名を確認すれば、某女王蟻の名が明記されている。装飾課応援の時にきくっちーが匂わしていた百合の掌中の珠リス・トレゾール過激派の一人は、彼女のことかもしれない。


「これは憲法十三条に反していると思いませんか」

「えっと、でもこの子花蓮ちゃんっぽい見た目じゃないからイメージだけで、肖像権には当て嵌まらないと思うよ? ……あっ、タイトル見て花蓮ちゃん!」

「はい?」


 再び指で示された先を見ると――『百合に愛しまれる妖精姫』。

 ベル・カサブランカ並みにある意味特殊な、そんなタイトルがつけられていた。


 ……いや、いやいやいやいや! 乙女ゲーの“私”には確かに信奉者いたけど、女子ばっかりじゃ……いや、囲んでいたのは女子ばかりだったか? あれれ? 男子、近くにいたかな……??


 “百合宮 花蓮”が画面に登場したシーンを思い起こそうと脳内トリップしていた私の様子を見て、とても心配してくれた桃ちゃんに手を引かれて美術部展示を後にする。

 けれど出る直前に、どこかで見た抽象派すぎる立体作品が私の視界に飛び込んできた。


「桃瀬さん! 阪木チルドレン! 美術部に阪木チルドレンが生まれているかもしれません!!」

「花蓮ちゃん意味不明なこと大きな声で言わないで! あれ見てショック受けて混乱してるの分かるけど落ち着いて! 皆がこっち見てるから!!」


 待って桃ちゃん、私意味不明なこと言ってないよ!? 作者が一致しているかどうか、せめて学年だけでも確認……!


 しかしせめてもの確認は手から腕をズルズルと引き摺る形に変わったことでできず、次に桃ちゃんによって連れられて行った先は、ディベート部の体験ディベートコーナーであった。

 既に誰かが部員とディベート対決を行っているようで、周囲を初々しい小学生たちばかりか、我が校の生徒も固唾を呑んで見守っている様子。そしてその見守る群衆の中に、良く知る姿を見つけた。


「菊池さん」

「よ。二人ともお疲れさん」


 近づいて小声で呼べば、私達に気づいたきくっちーが片手を上げて応える。


「葵ちゃん、麗花ちゃんは?」

「麗花ならあそこだよ」


 指を差された方へと桃ちゃんと二人でそちらを見ると、麗花は部員と向かい合う形で席に着いていた。

 何と、いま体験ディベートを行っているのは麗花だったらしい。


「部長の高見里たかみざとさんと競技ディベート中。ほら。去年麗花、彼女に丸め込まれてステンド赤薔薇アートグラス作ったじゃん。体験コーナーの字を目にした途端に、あの時の雪辱を晴らすんだってここに入って行っちゃってさ」


 それは麗花にしては珍しい。それだけ香桜祭で外部に赤薔薇の聖乙女イングリッド・バーグマンを主張することになった、あの件がショックだったということか。

 そしてあの時麗花を納得させたディベート部のエースが、部長になっていると。


「何か私達の学年、クセのある人がエースって呼ばれて部長になっているの、多くないですか? さっき手芸部にも行きましたけど、部長が来校者の小学生に渡していたキーホルダー、悪魔の首にヘッドロックかけている天使でしたよ」

「あー、それ言うと演劇部もだよな。クラスの演劇部員から聞いたけど永岩さんって、練習する前にいつも緋凰 樹里ブロマイドを見つめて、役になりきる暗示をかけてるらしいよ」

「え。でもそれって生活寮でならまだしも、校舎内に持ち込むのはアウトじゃありません?」

「……前に先生が練習中に一回取り上げようとして、悪魔に憑りつかれたかのように暴れたらしくてさ。その部員、顔を青くして言ってたよ。『あの時の永岩さんの発声は、まるでタスマニアデビルのようでしたわ……』って。まあ他の部員とか、先生も当時の先輩も彼女の演技の才能はすごいって評価してたから、タスマニアデビルになられるよりはって思ったんだろうな」


 その話を聞いた桃ちゃんの顔が青褪めている。

 うん。去年きくっちーの衣装決めの時に、頑張って彼女に直接お願いしに行ったんだもんね。まさかタスマニアデビルを内に飼っている子と対峙してたなんて思わなかったよね。


 そんなことをコソコソと話していると、突然周囲がわっと沸いた。

 どうもディベートの勝敗が決したようである。


「――勝者、高見里 裕子!」

「「「えっ」」」


 最後まで内容を見ていなかった私達三人が声を上げると、同じ場にいたらしい私のクラスの時任さんが気づいて教えてくれた。


「高見里さんの否定側も薔之院さまの肯定側も、どちらも素晴らしいご意見で白熱しておられたのですが、高見里さんの否定意見にそれを返す肯定意見が出てこず、薔之院さまもその否定に納得されてしまいましたの。ですが負けてしまったとは言え、高見里さんとあれだけ渡り合えるのはすごいと思いますわ。私、彼女と同じ小学校に通っていたのですが、いつもあの達者なお口で男子を泣かせているのを目撃していましたもの……」


 ディベート部のエース兼部長である高見里さんのお口は、口からド正論の麗花よりも一枚上手だったらしい。

 フラフラとこちらに来た麗花は合流した私と桃ちゃんを見ても何も言わず、ただただ呆然としていた。


「……何も浮かんできませんでしたわ。言われた後に言葉が出てこなくなるだなんて、初めてのことでしてよ……」

「しょ、しょうがないって! 相手は部長だしな!」

「麗花ちゃんも頑張ったよ!」

「つ、次行こう。ほら、もうそろそろ『香桜華会継承の儀』の時間も迫ってるし! 野外ステージ周辺で色々巡ろ!」


 三人でまるで魂の抜け殻のようになってしまった麗花を囲んで部室を出る途中、時任さんが。


「ああ薔之院さま、お労しい。敗北した彼のあの時の姿と重なるようですわ……」


 敗者へと悲愴な声音でそんな手向けの言葉を贈っているのを、私は背後で聞いてしまったのだった。

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