Episode280 最悪なお知らせ

 会室で言われた通り就寝時間前の自由時間に、私ときくっちーは二人で麗花の部屋を訪れた。それぞれ寛げるポイントに腰を下ろして向かい合う。

 麗花が最後に座ったところで――口火が切られた。


「まず香桜祭で得た収入は、ある程度の割合で養護施設に寄付。そして学院の運営資金に宛がわれるのは、二人ともご存知ですわよね?」

「うん」

「で、それがどうしたんだよ?」

「会計を担っておりますから、その運営資金が部活動・委員会の予算や備品の購入、校舎の修繕などに振られるのは去年から把握しておりましたわ。そしてその中に私達が行く、修学旅行の費用に一部が充てられることも」


 そこでハッとし、私ときくっちーはお互いに固唾を呑んで麗花からの言葉を待った。彼女は強張った顔つきで、それを告げる。


「貴女たちが戻ってくる前、六十谷シスターが会室に来られましたの。修学旅行先において、ある程度の資金繰りを想定しておくようにと。そしてその行き先は――――北海道ですわ」


 修学旅行と出たことで嫌な予感はしたものの、その予感はドンピシャに当たってしまって、最早苦々しい表情になってしまうのを隠せもしない。

 ああもう最悪。ほんっとうに最悪だ。


 一足先に学院へと帰還する新幹線の中、きくっちーの恋愛進捗を聞く前にちょろっとだけ伝えていたのだ。有明学園に知り合いが通っていて偶然会い、今年の修学旅行先が北海道で十月にあると聞いたのだと。

 きくっちーは知らないから知り合いと濁したが、麗花はきっとたっくんのことだと察したと思う。


 桃ちゃんのことがあるからどうしても暗い話題になってしまうので、その場ではただ単にそういう認識をしたということで暗黙の了解で別の話へと切り替えたけど、こうなってしまってはあの推測を話さない訳にもいかないだろう。


「ほ、北海道って言っても広いし、日程だって重なるとは限らないじゃん!」

「葵。こういう場合は希望的観測よりも、最悪の事態を想定しておくに然るべきですわ」

「あのね二人とも。新幹線では言わなかったけど、多分高い割合で日程は重なっていると思う」


 視線が集中し、緋凰と話したあの日の推測を二人に説明する。


「修学旅行では他の学校とよく日程がかち合うって、お姉様たちも仰っていたと思うんだけど。そしてそのかち合う頻度が一番多いのが、有明学園だって。ある人が言ってたの。もしかしたらそれは、学校側が配慮したことなんじゃないのかって」

「え……。それ、どういうことだよ?」

「香桜女学院も有明学園も、お互いに異性と関わり合うのが極端に少ない学校だから。全寮制で、立地もこっちは山にあって、向こうは海に近い郊外。六年間も異性と交流がないのはその将来において問題になるかもしれないから、接する機会を多少設けたりするんじゃないかって言われたの。お互いに生徒は上流階級の子息令嬢ばかりだし、出会って知り合っても間違いが起こりそうにない学校だからって」

「……なるほど。それは確かに一理ありますわね」


 麗花が頷き、きくっちーは納得のいかなさそうな顔をして、落ち着かないと言わんばかりに足を揺らした。


「けど、もしそうだったら絶対に顔を合わせるってことになるじゃん! どうすんだよ。撫子、めっちゃ頑張ってるのに……!」

「仮に学校側がそういう配慮をしているとしてですが、それでも個々で会うような機会はそう多くないでしょう。宿泊するホテルは違うともお姉様方から聞いておりますわ。会うにしても移動先でとか、必ず人がいる場所でですし」


 必ず人がいる場所。本当ならそれは安心材料になる筈だった。

 けれどそれは安心だとはもう言えないのだと、私は知ってしまっている。


「麗花、それも無理。全然安心できない」

「……何かありますの?」


 たっくんと会話した時のことを思い出す。そうして込み上げてくる、あの不快感。


「向こうの学園に通っている知り合いから聞いた。あのクソい……許嫁野郎、生徒会長になって周りの生徒から慕われているらしいよ」

「言い換えた意味がありませんわよ。……生徒会長で、慕われているですって?」


 くの字に折り曲げた指を顎に沿えて思考を巡らせていた麗花は、少ししてその考えに辿り着いたらしく。


「……――――ハ?」


 顔を盛大に歪め、心の底からの嫌悪感がバリバリに込められた一言を発した。


「あのクソ許嫁野郎、撫子を嵌める気ですの!?」

「麗花まで口悪くなってるぞ! てか、え? 嵌めるって何!?」


 解っていないきくっちーには余すことなくしっかり説明すると、彼女もまた憤怒に顔を染めた。


「はああ!? なんって底意地の悪ィふてぇ野郎だ! 野郎の風上にも置けねぇ! もう駄目だ! 関係解消に頷くまでそんな奴、このアタシが投げて投げて投げ飛ばしてやるっ!!」

「駄目だよきくっちー、それじゃ。もう二度と桃ちゃんに近寄ることができないように、社会的にどうにか抹殺しないと」

「今から社会的に抹殺するとなると、修学旅行までにはどうあっても間に合いませんわ。……というか、私達ちょっと一旦冷静になりましょう! 頭に血が上って、今まともにものを考えられていませんわ!」


 一旦ストップが掛けられて三人同時に深呼吸を数回繰り返し、そうして上った血を下げて落ち着きを取り戻したところで対応策へと話は戻る。


「それでどうする? 取り敢えず桃ちゃんから目を離さない、物理的にも離れないことは前提として、どう桃ちゃんと徳大寺を会わせないようにするか。それしかないと思うんだけど」

「これは? 花蓮が普段されているように撫子を中心にフォーメーション組んで、外から見て撫子がいるって分からないようにするの」

「それでしたら囲むのは撫子よりも背の高い生徒じゃなければいけませんわ。それにそうするのなら協力を仰ぐべく、撫子の事情を少なからずその方たちに話さなければならなくなりましてよ」


 桃ちゃんの事情を明かすのは限りなく避けたいことである。


「んー……。私達が傍にいるのが一番良いんだろうけど、全員クラス違うしね。移動だってクラスごとだろうし」

「圧倒的に離れてる時間の方が多いよな。一緒にいられるのって多分ホテルとか、自由行動の時くらいだろ? あ。クラスの班別行動とかあると思うか?」


 言われて考えるも、麗花がその問いにいち早く答えを返す。


「あると思いますわ。修学旅行と言っても遊びではなく、学習の一環ですもの。ある意味修学旅行も校外学習のようなものですわ」

「クラスごとに施設とか周る時はでも、他の学校と同時ってことは可能性低いと思う。団体数にもよるけど普通のお客さんもいるだろうし、そこは施設側が見学時間を配慮している筈だよ」

「じゃあやっぱ問題になるのは、班別と自由行動の時か」


 うーんと皆で悩む中で、その時コンコンとドアがノックされる音がした。三人で顔を見合わせると、「麗花ちゃん、いる?」と桃ちゃんの声が聞こえてくる。

 話していた内容が内容なので顔に出して慌てるも、さすがに居留守は不味いと思ったのか麗花が桃ちゃんを出迎えてしまった。


「撫子、どうしましたの?」

「うん、あのね……って、あれ? 皆麗花ちゃんのところにいたの?」

「ちょっとな」

「たまたまだよ、たまたま」


 特に何もありませんよーという体を装って答えるが、それに首を傾げながらも桃ちゃんは中に入り、テテテと私の方に向かってくる。


「桃、花蓮ちゃん探してたの。ちょっと聞きたいことがあって」

「え、私? なに?」

「学年劇のことなんだけど。葵ちゃんには聞いたけど、花蓮ちゃんにはまだだったから。足並み揃えるけどどういう風にキリストさまを演じるのかは、独自性があった方が観る人も楽しいかなって。皆と違うキリストさまをやりたいなって思ってるの。練習もこれから始めなきゃだから」


 そう。私はやすやすと主役を引き受けるとは思っていなかった訳だが、普通に『花組』は主役に収まっていた。

 もちろんイエス誕生の場面でキリストさまがいない麗花のところは、彼女が聖母マリアさま役だ。


「きくっちーはどんなキリストさまをやるの?」

「アタシは復活の場面だからやっぱ、元気に復活したぞ!ってところを見せなきゃだろ? 子分どもを引き連れる感じで、堂々と練り歩こうかなって」

「元気に復活どころか信者の前に現れてもすぐに消えるのですから、元気とは程遠いじゃありませんの。どうなんですのその解釈」

「劇中ユーモアだって、ユーモア」


 きっとその劇を見て入学した後輩は、宗教科授業を受けて混乱することだろう。

 あれ? 元気に練り歩いてなかった?って。


「私のキリストさまはそうだねー。最後の晩餐と処刑劇を一緒くたにしなくちゃだから、そのギャップを見せようかなーと。弟子に語りかける優しさを見せながらも、処刑やめろ!って感じで暴れてみたり?」

「花蓮が暴れても高が知れてそうだな」

「暴れても結局ステージの上で転がされてそうだね」


 それで担架に乗せられて処刑場の十字架まで運ばれるの? 嫌だよそんなヘンテコなキリストさま。


「うーん、そっか。桃どうしようかな。宣教活動の場面だから二人と違って、どうやっても真面目になっちゃいそうなの」

「真面目でよろしいですわよ。二人の方がおかしいのですから」

「麗花ひどい!」

「劇にはユーモアも必要だぞ!」


 うーんうーんと桃ちゃんが演じる方向性で悩む中、密かに視線を交わし合う私達三人。

 お互いにどうするかと見つめ合って、けれど初めから答えは一つしかなかった。


「撫子」


 麗花が桃ちゃんを呼ぶ。

 顔を上げてきょとんとする桃ちゃんに、彼女が残酷な現実を伝える。


「今年の修学旅行ですが。……香桜女学院も有明学園も、ともに行き先は、北海道ですわ」


 その瞬間、告げられた彼女の両目が大きく見開かれた。

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