Episode279 あの人の受験先
結局広報課の補佐に関しては諸々を【香桜華会】メンバーに相談したところ、やはり派遣補佐二名はそこに必要ないと判断された。
「ただ椅子に座って見ているだけになるなら、
このままだとただの置物と化すところだったのをきくっちーからそう言われて、私と祥子ちゃんの書記組は一足早く広報課補佐として装飾課の応援に入ることになった。字面だけ見たら「どういうこと?」と言われそうだ。
来年書記として『妹』に教えるべき祥子ちゃんが広報課でその経験を積めないのは大変に申し訳ないが、まあこれも人生の荒波という名の経験である。何といっても臨機応変さが身に付くよね!
「あーでも花蓮がこっちに入ったから、何か今年は準備するの早く終わりそう」
「何で?」
去年ゲート班だったきくっちーは今年校舎班で、私も彼女に引っ付いて行動を共にしている。ちなみに姫川少女と祥子ちゃんはゲート班補佐だ。
校舎全体の装飾をメインとする校舎班が校舎内外の様々な場所で飾り付け作業をするのを、どこか見落としている場所がないかの注意や、影になっていて見落としそうな場所から優先的に飾り付けをしていくというのが、きくっちーと私のお役目となっている。
そうして他の子たちがしている作業の様子を確認したり影になりそうなポイントに向かって会話しながら歩いている途中で、そんなことをきくっちーが言い出したので首を傾げて問うと、彼女は脚立を抱えたまま肩を竦めた。
「だって心愛ちゃん絶対、『花蓮お姉様の負担を減らすんだ!』って、張り切るだろ?」
「……いや。あんまり頑張らないでって言ったから、大丈夫だと思うけど……」
それでも若干自信が持てない言い方になってしまった。
「それに今年のゲートって、木の板を着色するところから始めて螺旋状に組み立てるんでしょ? それも中々終わらない作業だよね。板乾かさなくちゃいけないし、組み立てだって気を付けないと綺麗な螺旋にはならないだろうし」
香桜祭のテーマである『未来を紡ぐ』を表すゲートということで、色彩もモノクロから段々とカラフルになるようにして過去と未来を繋ぐ螺旋、という形になったらしい。
それもゲートの大きさ自体が結構な高さと幅があるので、組み立てるのも一苦労だろう。
如何に姫川少女と言えども彼女個人の力だけでは限界があるし、作業の順番に関してもまずは使用する板に着色するところからなので、自然だとも人工だとも乾かす時間は要必須となる。
うん、絶対に数日程度じゃ終わらないな。
「あ、端っこ着いたね」
「じゃあやるか。アタシが吊るしていくから、花蓮はそのまま籠持っといて渡してくれる?」
「え? 吊るすの私やるよ?」
「花蓮よりアタシの方が背高いし。それに花蓮にやらせたら目撃して飛んできそうな生徒が、何人かいるしな……」
重い脚立を運んだきくっちーとは対照的に私は軽い天井飾りの入った籠を抱えていたので、吊るすのは私がやると申し出たのだが、
我が校舎の天井壁には一定の感覚でレーンが埋め込まれており、こういった飾りを引っ掛けて吊るせられるようになっているのだ。
秋分の日に開催ということもあって、紅葉やら
取り敢えずフロアごとに統一した方が良いだろうと言うことで、今回は紅葉と銀杏の天井飾りの籠を持ってきた。
脚立に乗ったきくっちーに飾りを渡し、レールに引っ掛けて取り付けていく様子を下から見守る。
「どんな? バランス大丈夫?」
「うん大丈夫」
そんな感じで最初は黙々とやっていたのだが、廊下の半分まで来たところで私の緩々なお口が暇すぎて、お仕事をし始めた。
「ねえねえきくっちー。今年も土門くん、香桜祭に招待するの?」
「はっ?」
「だから土門くん招待…」
「いきなり言うのホントやめろよ!? あー……いや、今年は誘わない」
「えっ、誘わないの!?」
新幹線で進捗を聞いた時は良い感じっぽかったので、絶対に誘っているだろうなと思っていたのに。驚いて声も大きくなる。
きくっちーはそんな私を
「……アタシは内部進学だけど、郁人は受験するからさ。邪魔したくないし、気を遣われるよりもそっちに集中してもらった方がいいかなって」
「あ、そっか。受験」
そう言われて、清泉は小中までで高校からは受験をしなければいけなかったと気付く。そうか、土門少年も私と同じく受験の年なんだ。
「どこを受けるかとか聞いてるの?」
「んー、その時はまだハッキリしてなかった。何か同じ歳の、本家の従兄弟次第なんだってさ」
「お家絡み? えー……土門くんって何してるお家だったっけ?」
本人の個性が強すぎて家業にまでは目が向かず知らなかったので聞くと、意外って思ってそうな顔で見られた。
「アタシん家と同じだよ。つっても、本家が運営している道場の経営面をおじさんが担ってる感じ。あそこの一族は界隈じゃ有名だけどな。で、その従兄弟が本家の一人息子なんだけど、柔道にはまったくの無関心らしいんだよ。でも何か色々修行?してるみたいなことはアタシも郁人から聞いていて、多分他のスポーツの道に進むっぽいのかな? だからその血筋の修行者が途絶えるかもって郁人の父親が危機感抱いて、息子にやらせ始めたんだと」
「へえー。暑苦しいの嫌とか言っていたから柔道習ってるって知ってびっくりしたけど、そんな事情だったんだ」
「まあ筋も良くて、そこの道場内でも弟子の中で一番実力があったから。アタシと初めて交流試合した時には、もう後継者候補にはなってたみたい」
ふーん。あの上から毒舌ナルシー師匠が将来の師範代にねぇ……。でも私の補助ができるくらいには確かに運動神経良かったもんなぁ。
「あれ? でも後継者候補なんでしょ? 何で高校を受験するのに進路がその従兄弟次第なの?」
「後継者に決まってるならアレだけど、まだ候補だからだよ。従兄弟も従兄弟で何かの修行はしているし、郁人の目から見ても型さえ習えばすぐに実力も伴うってくらいの奴だから、ソイツが後継者になる可能性もまだあるんだよ。だから従兄弟の進路次第でアイツの進路も決まることになってる」
「え、それ聞いたのいつ? まさかこの夏じゃないよね?」
「この夏だな」
この夏で進路がまだ決まっていない!?
余所様のご家庭事情とは言え、何て傍迷惑な人間なんだその従兄弟は。
「ていうかそれで土門くん自身は納得してるの? あと何でそんなギリギリ進路なの!?」
「本人的にはどっちでもいいみたいなことは言ってたよ。本家が継ぐんならその方が正当だし、候補から外れても親みたいに経営に回ればいいからって」
「土門くん……」
その心底どっちでも良さそうに思ってそうな感じの彼の回答に、以前きくっちーから聞いた彼の話を思い出す。
きくっちーが初めて土門少年と出会った時の交流試合で、彼は終始嫌そうな表情でいて怠そうな態度を取っていたと言っていた。親に言われて、本当に仕方なくだったんだろうな……。
「郁人も勉強はできるみたいだし、ギリギリの進路に関しては、その従兄弟が聖天学院生っていうのが大きいんだよ。従兄弟が内部進学で紅霧行くんなら後継者になると見て、アイツは経営で銀霜…」
「ええっ!!?」
「っ!?」
予想外過ぎる進路先にびっくりし過ぎて籠を床に落としたし、その声の大きさと落下音にビクッとするきくっちー。
体幹が良いので脚立から落ちることはなかったが、それでも咄嗟に彼女は脚立の天板を掴んでいた。
「きゅ、急に大きな声出すなって! いくらアタシの反射神経が良いって言っても、さすがに高いところから落ちたらヤバいからな!?」
「ご、ごめん。え、ちょっと何? 本家の従兄弟、聖天学院生なの?」
謝りつつ落とした籠と中身を拾いながら聞けば、怪訝そうにしながらもコクリと頷かれる。
「そう。だから界隈では有名な家なんだって。逆に従兄弟が銀霜行くんなら、郁人は紅霧に行くことになってる」
マジか。何で私の身近にいる親しい人たちの高校進路、ほぼ全員聖天付属の紅霧学院か銀霜学院なの?
他にもあるじゃん。ほら、私が候補に挙げてた玉宝院学園とか、叢雲学院とかさあ!
「そっかぁ……、土門くん聖天学院付属かぁ……」
去年誰よりも早く再会してまた同じ学校に通う可能性があるとか、もし進路が紅霧になってお互い合格したら、また安井金毘羅宮のこと言われるんだろうな。そして毒をしこたま吐かれるんだろうな……。
「世間が狭すぎ問題」
「え。もしかして花蓮、聖天学院受験すんの?」
今度は私がコクリと頷いて紅霧を受験すると言うと仰天され、しかもたっくんや春日井から言われたこととまったく同じことを言われたので、ほぼ同じことを彼女にも返しておいた。
「麗花には内緒ね。合格する気満々だけど、まだ分からないし。あとこれサプライズだから」
「わ、分かった。つーかそれサプライズにするって……いや、そりゃすごいサプライズにはなるだろうけど。じゃあ実技試験までの休日は、アタシもコーナー走るの付き合うよ」
思ってもみない提案に、目を瞬かせてきくっちーを見つめる。
「え、いいの? 柔道の練習は?」
「友達の受験対策の方が大事だって。特に花蓮だしな。……うん、陸上なら花蓮でもどうにかなりそうだな」
「自分の実力は分かっているから敢えて反論しないけど、でもありがとうきくっちー!」
「うん。もし郁人と紅霧で一緒になったら、アイツのことよろしくな」
「よろしくされるのは多分私の方だけど、オッケー!」
女子関係なら任せて! きくっちーという可愛い彼女がいるのに、女子に囲まれて楽しそうにキャイキャイしていたら浮気と見做して、一人で数百の兵の力で以ってとっちめてやるから!
ガムテープでグルグル巻きにしてやるからね!!
そんな風に会話しながらも本日の担当フロアの天井壁の飾り付けは順調に進んで、フロアの三分の二程度が済んだところで作業の終了時間がきた。
続きはまた明日やることにして、軽くなった籠と脚立を戻すのと進捗報告のために装飾課が使用している教室へ向かった後は、ゲート班補佐の姫川少女と祥子ちゃんとも合流して今度は四人で【香桜華会】の会室へと向かう。
「ごきげんよう」
「あ、お疲れ様です!」
アンティークドアを開けて入室すれば、既に機材管理課補佐の会計組が帰ってきていた。
「お疲れ様です。桃瀬さんと木戸さんはまだですか?」
「ええ、私達が最初ですわ。業務も終わって、後は報告だけですの」
「じゃあ待ちだな。副会長組が戻ってくるまで、皆ゆっくりしてていいよー」
そうして二年生と三年生で分かれている自分の席に着き、『妹』たちがお互いに今日あったことの話をし始めたのを微笑ましく眺めて、私も報告内容をまとめるための準備をしておこうと早速手を動かし始める。
「――花蓮、葵」
幾分声が潜められている、麗花からの呼び掛け。
何故だかそれに妙な気配を感じ取って無言のまま麗花へと顔を向けると、私達からの視線を一身に受けた彼女は、ゆっくりとその口を開いた。
「就寝前に、二人で私の部屋に来て下さいませ。――――お話がありますの」
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