Episode278 お互いのことを想うが故に
「そうなの祥子ちゃん!?」
私が何気なく発言したことにきくっちーの『妹』である美羽ちゃんが仰天して祥子ちゃんに聞くと、彼女は顔を真っ赤にしていた。
「あ、えっと。う、うん。私、あのオリエンテーションで葵お姉様に救われて。親に言われて受験して、でも校風が厳しくてお友達もできるか、すごく不安だったの。けど葵お姉様にすごく明るい笑顔で大丈夫だからって言われて、それからずっと憧れているの」
「そ、そうだったんだ……」
複雑そうな表情で相槌を打つ美羽ちゃん。
麗花は祥子ちゃんがきくっちーのファンだと初めから知っていて、それでも自分の『妹』に指名した。そして祥子ちゃんも麗花からの指名を承諾している。
……あー。だからイースターの聖歌練習の時、ああなった訳か。
同時に麗花が自分を曲げた理由も察し、私も複雑な胸中で麗花を見遣る。麗花は肩を竦めて返してきた。
「最低条件として私とちゃんと会話が成り立つ後輩でなければ、『妹』の指名なんてできませんわ。ですから葵のファンだとしても、私には彼女しかいないと思いましたの。祥子が指名を受けたのは憧れの葵と同じ【香桜華会】に入れると思ったからだとも、ちゃんと理解しておりましたわ」
自分が当て馬だと解っていたと言う麗花に、けれど祥子ちゃんはハッとなって首を振り否定する。
「ち、違います。いえあの、違わない部分もありますけど、そうじゃなくてっ」
「葵に憧れを持ちながらもちゃんと私の『妹』であろうとする気概を持っていたのは、解っておりますわ。それに私の『姉』が前会長職の椿お姉様だと言うこともあって、余計にガチガチとなっていたのも」
そう。会長だった椿お姉様が厳しいことは有名な話で、その『妹』の麗花も完全にそっち寄りの性格だ。祥子ちゃんだけではなく、周囲からは『完璧な姉妹』として見られていただろう。
だから自分もそんな麗花と釣り合うような『完璧な妹』になろうとして、それが空回って悪循環に陥っていたのだ。
『……私は貴女にとって、困った時に貴女が一番に頼れる「姉」でありたいと思っておりますわ』
そう言われて、けれど一瞬だけ困ったような表情を浮かばせていた。
それが憧れている『姉』からの言葉であったなら、何をおいても嬉しそうな顔をすると思う。
麗花はあの時、彼女が祥子ちゃんとなりたい『姉妹』の形を明示した。
自身が『妹』であった『姉妹』と同じ形ではなく、祥子ちゃんと作りたい『姉妹』の形を。椿お姉様のように、麗花のようにならなくてもいいのだと。
けれどきくっちーへの憧れを強く抱いていた祥子ちゃんは、それを麗花に言わせてしまったと思った。きっとそれで更にしっかりしなければと思ったに違いない。
だから自分を追い込んで、他の三人と自分を比較して悪いところばかりに目が行くようになって、ネガティブを抱え続けた。あ、悪循環が過ぎる……。
「私は祥子だから、『妹』にと望みましたの。貴女となら最後の一年間をお互いに、切磋琢磨して過ごせるのではないかと。前に私は貴女に一度言いましたわ。完璧である必要はないと。――――貴女は貴女らしく、堂々とこの私の隣に立っていればよろしいのですわ!」
「……っ」
目を大きく見開く祥子ちゃんに片眉を上げて、麗花は――――拗ねた顔で彼女を睥睨した。
「悩みですとか自信がないのなら、私に言いなさいな。何で花蓮にはすぐに言うんですの。貴女の『姉』は私なのですから、私以上に祥子の良いところを見ている『姉』はいなくてよ!? そんなのすぐに回復して差し上げますわ! ゴチャゴチャと悩んで仕舞いこんで爆発して泣くくらいなら、早く相談して吐き出せばよろしいのよ! だから相談しやすいよう、私も普段の言い方には気を付けておりましたのに……っ」
「麗花さんねー、自分の言葉が注意する時とかキツイって解ってるから、敢えて対祥子ちゃんには厳しさ当社比七十パーセント減で接していたんですってー」
麗花が机を平手でダンッと叩く。
「それなのに、どうしてよりによって言う先が花蓮なんですの!? 貴女いつも花蓮の発言に困っていたじゃありませんの!」
「えっ、いつもじゃありませんよね? たまにですよね?」
「いつもでしたわ!!」
「……ふふっ」
笑い声に揃って振り向くと、祥子ちゃんが目尻を拭って控えめに笑っていた。
美羽ちゃんは突然始まった私達の言い合いにオロオロとしていたが、今は彼女もそんな祥子ちゃんに注目している。
「私、麗花お姉様がそんな風に大きな声で言い合いをされるの、初めて見ました。だっていつも言い合いをしても淡々とされていて、そんな風に私に仰られるのも……これが初めてです」
少しだけ俯けていた顔を上げて、彼女は真っ直ぐと麗花を見つめた。
「私、麗花お姉様の『妹』になれて嬉しいんです」
「――……」
「自信がないとか、できそうにないとか後ろ向きになって、ごめんなさい。皆に甘えていました。麗花お姉様は私がミスをしてもいつも優しく
手を胸の前で組み、どこか祈りを捧げるような姿勢で、微笑みながら。
「不安で泣いた私を救って下さった葵お姉様に、今も憧れております。でも私、いつも背筋を真っ直ぐと伸ばされて、堂々と歩まれている麗花お姉様のお姿にも強さを感じてました。両親が香桜女学院を私に受験させたのも、私の引っ込み思案な性格を改善させるためなんです。お嬢様しかいない学校で、自分の力で交流していきなさいという荒療治で。だから葵お姉様に救われて、けど堂々としたご令嬢を体現されている麗花お姉様のような強いお背中に憧れて、私もそうなりたいと思って、一年生の一年間を過ごしていました」
明るく親しみやすいきくっちーと、縦ロールじゃなくなっても初見では彼女の持つ雰囲気で、近寄りがたく見られてしまう麗花。
ある意味対照的な二人を、彼女はそのどちらともに憧れていたと言う。
「私、あの時偶然通り掛かった麗花お姉様を見て、咄嗟に足が前に出ました。葵お姉様への憧れはテレビで見る芸能人の方に対するようなもので、麗花お姉様への憧れは……目の前にある、強い目標なんです。だから私、引っ込み思案の自分から前進するためにあの時、麗花お姉様に話し掛けました。勝手に目標にしていて自己満足もいいところですけど、それでもたった一度きりでも自分から言葉を交わせたことは、私にとって大きなことだったんです。でもまさか、そんな麗花お姉様から『妹』に指名されるだなんて思わなくて。しっかりしなくちゃ!って気を張って、厳しいお叱りを受ける覚悟もして。……だけどずっとお優しいから、私全然ダメなんだって思って。それで結局、こんな風に皆さんにご迷惑をお掛けしてしまいました」
良かれと思って接していた態度が、逆に祥子ちゃんを追い詰めていたとは。
チラリと麗花を確認すれば、苦いものを口いっぱいに詰め込んだかのような顔をしている。
「私が何か言うと追い詰めてしまうと思っておりましたのに、逆にだっただなんて……。すれ違いが起こりまくっているじゃありませんの」
「竹野原さんのこと、よく見てたんじゃなかったんですか」
「見てましたわよ! けど遠慮して、言えないのだとばかり思っていましたの!」
「私が言うのも何ですけど、もっと『姉妹』で色々話した方が良いと思います」
「本当にそれ、貴女にだけは言われたくありませんわね!?」
「――――皆集まって何してんの?」
室内にいる誰でもないその声に揃ってそちらへ顔を向けると、扉を開けたきくっちーが姫川少女と共に不思議そうな顔をして、中に入ってきた。
「てか麗花と美羽は先に会室に戻ったんじゃなかったっけ? 花蓮と祥子ちゃんも広報課の補佐、もう終わったのか?」
「お疲れ様ですお姉様!」
姫川少女に笑顔で
「『姉妹』同士、改めて親睦を深めていたところですわ」
「え、この時期に? 各課に補佐で入る初日に??」
「初日だからじゃないですか。お互いの補佐内容を把握し合うのも、コミュニケーションの一つですよ」
「花蓮が言うと何か胡散臭い」
「何で!?」
真実は言わず敢えて誤魔化す方向に私も乗っかれば、胡散臭いと言われる謎! 理不尽!
「大丈夫か美羽。麗花にバシバシやられてない?」
「ぜっ、全然まだまだこれからです!」
「あの、葵お姉様っ!」
これからも口を滑らせて麗花から注意を受ける気なのか、そんな返事を美羽ちゃんがした直後に祥子ちゃんがガタッと椅子から立ち上がって、きくっちーと向かい合った。
いきなり強い声で呼ばれて、目の前まで来られたきくっちーは驚いた顔をしている。
「え、なに?」
「私っ、あの、二年前の合格者オリエンテーションの時に、お姉様に励まして頂いた者です! ずっと、ずっとあの時のお礼を言いたくて! あの時は泣いていた私を笑顔で励まして下さり、ありがとうございました!!」
「へっ?」
急にそんなことを言われてもすぐには思い出せないのか、素っ頓狂な声を上げた。
「ほら。貴女が香桜生としてあるまじき言動で以ってフォローしていた、あの時の子ですわ」
「え……ええっ!? あれ祥子ちゃんだったの!?」
フォローした本人は気付いていなかったようである。
けれどすぐに持ち直し、彼女は顔を真っ赤にしている祥子ちゃんをしげしげと見つめたかと思えば、ニカッと笑った。
「そっか! 不安で泣いていたのが今じゃ麗花の『妹』で、アタシたち皆が頼りにしている【香桜華会】の一員か! まぁあの時の香桜生っぽくなかったアタシが、こうして会長になっているくらいだもんなぁ。……ほら、大丈夫だったじゃん。よく頑張ったな、祥子ちゃん!」
「はいっ!」
――――これでもう彼女は自分に自信がないとか、できそうにないなどと思うことはないだろう。
心の内にあったものを麗花とお互いに曝け出し、もう一人の憧れであるきくっちーから『頼りにしている』とまで言われたのだ。
美羽ちゃんも嬉しそうに笑う祥子ちゃんを見て、ニコニコしている。
「お姉様」
「はい?」
良い雰囲気を壊さないようにか、静かに私の傍まで寄ってきた姫川少女がコソリと話し掛けてくる。
そして彼女もニコッと笑って。
「私も次期会長として、今まで以上に頑張りますね!」
「ふふふ。姫川さんは今でも十分頑張ってくれておりますから、これ以上の頑張りは抑えて下さった方が助かります」
「分かりました!」
今でさえ恐怖政治一歩手前なのに、更に頑張ってどうする気なのだ。
取り敢えず私の言うことは一も二もなく素直に聞いてくれる『妹』にストップを掛けつつ、これから更に大きく成長するだろう『妹』たちの姿を見つめ、残された時間の過ごし方に想いを馳せるのであった。
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