Episode274 解・『ジュリエットはどこへ消えたのか』

 外出申請を提出して受理された、高等部に進学されたお姉様たちとお会いする日。私たちは校門前で集合した後、出て少し歩いたところにある生徒専用の移動車に乗って、とあるレストランへとやって来た。

 外出範囲が可能な場所にある商業施設では、防犯のセキュリティもしっかりとしている。


 というか私たちが行っても良いとされるお店は予め学院に決められており、移動車も目的地まで直接運んでくれるシステムなので、誘拐などの心配もない。

 今回は八人での外出なので移動車は二台用意され、四対四で同じお店へと向かうこととなったのだ。


 私が乗った車内では私と麗花、椿お姉様と雲雀お姉様という風に、指名された『姉妹』同士で乗車している。

 車内では主にお姉様方の高等部での生活や、私たち中等部【香桜華会】のことを話していると、あっという間に移動の時間は過ぎていった。


 移動車から降りて八人揃って店内へと入り、予め学院から連絡を受けていたお店側に奥まった席へと案内され、それぞれの『姉』と『妹』で向かい合うようにして席に着く。


「じゃあさっそく注文しよっか! 何にするー?」


 壁側の端に座った千鶴お姉様がメニュー表を食事のページで開いてテーブルの中心に置いたのを、ポッポお姉様がゆるーと笑ってドリンクメニューのページに開き直して固定した。


「食事するにはまだ早いでしょ~? 飲み物だけでいいじゃな~い。本当に千鶴は食いしん坊なんだから~」

「えーっ」

「杏梨の言う通りだ。いま何時だと思っている。十時十五分だぞ」


 椿お姉様にも言われた千鶴お姉様はぷーと口を尖らせて、渋々「じゃあオレンジジュースだけにするぅ……」と呟いた。

 そのお姉様方の懐かしいやり取りに皆で笑いながらそれぞれの飲み物を注文して届いた後、雲雀お姉様の顔が桃ちゃんへと向けられる。


「私たちも皆とこうして揃って会うのをとても楽しみにしていたけれど、今日は私たちに何か聞きたいことがあるということなのよね? もしかして【香桜華会】で何かあったの?」


 桃ちゃんは本題を避けてお誘いしていたようだ。

 雲雀お姉様が首を傾げてそう言った後、椿お姉様も頷いて私たちを見た。


「個々ではたまに連絡を取り合っていたが、全員揃ってというのは今回が初めてだからな。そろそろ香桜祭の準備も本格的に始まるし、何かあるのならば遠慮せずに言ってほしい」


 千鶴お姉様もうんうんと頷き、ポッポお姉様もゆるーと笑ってこちらを見ている。


「花蓮」

「え、私?」

「話を持ち出してきたのは貴女なのですから、貴女からお聞きするというのが筋でしょう」


 麗花からそう言われて確かにと思いながら、今回の件の閃き人である私はまずどれから聞こうかと考えたものの、結局事象を出した方が早いかと思いそれを口にした。


「まずはお姉様方がご存知かどうかお聞きしたいのですが。去年、『香桜祭三大不思議』という事象があったのをご存知でしょうか?」



 ――――ピシィッ



 と、お姉様側の空気が凍った。

 あ、ご存知でしかも心当たりが多分にある反応だ、これ。


「それについて不思議の謎を解明したく、本日はお誘いさせて頂きまして」

「花蓮さん、それは一体どこから出た話なの?」

「……えっと、あの、私のクラスです。クラス劇の配役決めの時に私がナレーション役がしたいと言ったのを発端に、私を主役に据えたいクラスメートからの訴えを聞く中で、そんなお話が出まして……」


 雲雀お姉様の微笑みから初めて圧を感じてドキドキしながら正直に言ったところ、両手で顔を覆われてしまった。


「嘘でしょう。まさか花蓮さんまで、私と似たような状況になっただなんて……」

「あの! それで、ポッポお姉様!」

「……えっ?」


 そこで話が振られると思わなかったのか、いきなり桃ちゃんから呼ばれて目を丸くし反応が遅れたポッポお姉様へと、勇気を出したように桃ちゃんが訴える。


「もっ、桃は信じてます! お姉様は犯人じゃないって!!」

「え? なに待って。え? 何で私、いきなり何かの犯人扱いされているの??」

「杏梨はあれじゃない? 椿に怒られたやつ」

「……う~ん。それは確かに反論できないけどぉ~」

「いやあの、撫子が言っているのは、雲雀お姉様の件でして」

「私の?」


 きくっちーの訂正を聞いてポカンとするお三方に、改めて私が説明した。


「香桜祭三大不思議の一つ、『ジュリエットはどこへ消えたのか』。初めナレーション役に決まっていた雲雀お姉様が、ファンのお声を聞いて悩まれていらしたのをポッポお姉様にお話して、その後にナレーション役からジュリエット役に変更となったのに、本番ではどちらの役もこなされておいででした。そして元々ジュリエット役だった先輩の姿は劇になく、彼の先輩はその時間の間何をされていたかなどは、一切明かされませんでした。……えぇっと、ですからそれで……」

「私が雲雀のために何かしたんじゃないかって? それで犯人って疑われてるの? ……やだわぁ~椿~」


 不服そうに目を眇めて見つめる先を追えば、額に手を当てて項垂れている様子の椿お姉様の姿が。


「え、椿お姉様……?」

「何だか色々変な食い違いが起きているみたいだけど、違うの。ポッポちゃんは私の話をただ聞いてくれただけで……ああ、何て言ったらいいのかしら」

「いい、雲雀。私が説明する」


 そう言ってほうじ茶で一口喉を潤された椿お姉様は、グッと背筋を伸ばして。


「学年のクラス劇に関して、私たちは学院の顔たる【香桜華会】が故に、クラスメートから主役を演じることを確かに求められた。だが、それで私たちの希望を潰されては敵わない。私たちにも主張権利の自由がある。だがさすがに私は会長であるし、特に希望の役柄もなかったので、主役となっても問題はなかった。千鶴と杏梨もな」

「香桜祭盛り上げたかったしね!」

「ふふ~。私は主役を演じる代わりに、台詞を極限まで減らしてもらったわ~」


 ポッポお姉様……。ええ、確かに貴女は表情と動きだけでほぼ表現されておられましたね……。


「『花組』の皆も知っての通り、雲雀は声を大事にしている。それでも彼女も【香桜華会】副会長として、主役を演じようと決めていたんだ」

「え? 雲雀お姉様、最初ナレーション希望じゃなかったんですか?」


 苦笑して頷かれた。


「ええ。どうしようか悩んではいたんだけど、皆の憧れの存在だもの。私個人の希望で皆の期待を、やっぱり裏切りたくはないなって思ったから」

「それで雲雀も主役である、ロミオ役へと立候補したんだ」

「……え、ロミオ?」

「ジュリエットじゃなくて?」


 聞いていた話とまったく違うそれに『妹』たちがポカンとする中で、ポッポお姉様が続きを引き継いだ。


「そこでクラス内で問題が起きたのよね~。主役は主役でも皆が見たかったのは雲雀のジュリエット役で、だから雲雀に向けて、『藤波さま以上にジュリエットに相応しい方がいらっしゃるとでも派』と、そもそも雲雀の美声に負担を掛けさせたくないと思っている、『お声を大事にされていらっしゃるのに無理な発声をさせる気か派』で、二分しちゃったのよね~。それで結局その時は発声負担のあまりないナレーション役に納まったんだけど、椿がねぇ~?」

「……雲雀のファンは温厚な生徒が多く、大っぴらにその反目の声を上げてはいなかったが、それでも皆が自分のことでそんな空気になっていることに、雲雀は心を痛めていた。私は生徒会長だ。小さい大きいに関わらず、生徒のどんな声も拾って解決する義務がある。だから……二つの反目し合っていた中心の生徒を呼び出して、言ったんだ。『ファンならば雲雀の気持ちを考え、彼女の意を汲んでやってほしい』とな」


 そこで息を細く吐き出した椿お姉様は、再びほうじ茶を一口飲んだ。


「結果、雲雀はジュリエット役に変更となった」

「あれ? 何か間がすっぱ抜けませんでしたか?」


 意を汲んでほしいと言われたのであれば、変わるのは元々希望していたロミオ役となる筈である。

 すると今度は雲雀お姉様が気まずそうな顔をして、そうなった経緯を話し出す。


「私は椿がそう行動してくれていたことを知らなくて、もう決まったものを途中で変えるのもその子たちに悪いと思ったの。だからナレーション役のままで良いって伝えたんだけど、その中心となっていた二人が幸か不幸なのか、ロミオ役とジュリエット役で……」

「椿も知らなかったのよね~。自分が呼び出した中心の二人が、劇でも中心の役に納まっていたなんて~。それで自分たちのせいで雲雀を悩ませてしまったことと、椿に言われたからっていうことで、ロミオ役の子が役をお返しします!って、どうにも譲らなくなっちゃったのよ~」

「どうしたらいいのかしらって、私も困ってしまって。そうしていたらジュリエット役の子が、『ロミオがダメならジュリエットでは如何でしょうか!』なんて言い始めてしまって……。きっとあの時、私も追い詰められていたの。元々私がロミオに立候補したのは皆がそれを望んでいるからだと思っていたからで、それが本当は望まれていたのがジュリエット役の方で、『声に負担を掛けない方法なら~、クリップ式のピンマイクなんていいんじゃな~い?』って、そんなポッポちゃんの言葉も思い出したから。だからジュリエットをすることに、頷いてしまったの……」


 雲雀お姉様はきっと彼女の厳しい『姉』の指導で、自身が【香桜華会】の一員であることを強く意識していた。だから皆の希望が彼女の望みとなり、ロミオとジュリエットはダブル主役だから、その内のロミオに立候補しただけだったのだ。

 それがそんな水面下の大騒ぎとなってしまって、雲雀お姉様の心中はどれほど苦渋に満ちたものであっただろうか。


「雲雀お姉様……っ」


 桃ちゃんの声も悲壮に満ちている。


「では何故ジュリエット役に変更となったにも関わらず、ナレーション役をも引き受けることになってしまったのでしょうか? 本来ならそのジュリエット役の先輩が、ナレーション役を務めなければならないのではないですか?」


 麗花がそう尋ねると、椿お姉様がその問いに答えた。


「香桜祭の数日前だ。季節の変わり目であったことから、その交代した元ジュリエットでナレーション役の生徒が、秋風邪を引いてしまってな。本番まであと数日と、雲雀から役を引き継いだ手前ということもあり、我慢していたようなんだ。のど飴やら、寮に常備している薬を服用していたらしいのだが……前日の朝にはもう声が、ガッラガラでな」

「ガッラガラ」

「これはもう休ませた方がいいとなったの。それで初めにナレーション役に決まって、練習をしていた私ならまだスムーズにできるから。放送室でテープに収録させてもらって、展示用の撮影と本番では、劇中BGM・照明操作係の子たちに、操作をお願いしたという訳なの」

「じゃあ元ジュリエット役の先輩が、劇中のどこにもいらっしゃらなかったのは……」

「寮でベッドの住人と化していたからね~。熱も出てたから~」


 真相を明かされて、何とも言えない空気が私たちを包み込む。

 先輩を消した犯人と疑ってかかってしまってごめんなさい、ポッポお姉様……。

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