Episode275 解・『奪われてしまった救世主の輝き』

 そんな『妹』たちの空気を察したのか、千鶴お姉様が明るい声を出す。


「まあ不思議化したのも分かるよ。言ってもこれって、雲雀のクラスと私達の中であった出来事だから。まあ私は外から見てただけで全然関わってなかったけどね! あと椿も口出しした責任感じて、珍しくソワソワしてたしねぇー」

「そうそう~。自分の好きなおかず、回復したその子にコソコソとお見舞い代わりにあげてたわねぇ~」


 そうか。椿お姉様が言わなかったら起こっていなかったかもしれない出来事で、おかずも尋問のカツ丼じゃなくてお見舞い品だったのか……。


 それだと寝込んでいた先輩も他言したくなかっただろうな。

 ただでさえ椿お姉様に言われた時点で雲雀お姉様に迷惑掛けたって意識だったのに、交換したナレーション役まで雲雀お姉様がやることになったんだもんね。


 聞いていた話と真相が全然違ったことにげんなりすると同時に、ホッと安堵もする。


「良かったね、桃ちゃん」

「うん!」

「……ちょっと私何か納得いかないわぁ~?」

「杏梨。日頃の行い、日頃の行い」


 不満を表すようにズコーッ!とカルピスをストローで飲むポッポお姉様の背を千鶴お姉様がパシパシと叩いたところで、そんなお姉様に恐る恐るきくっちーが残っている最後の不思議を切り出した。


「ち、千鶴お姉様にはっ、その。すっ、好きな男がいたんですか!?」

「……へ?」

「『奪われてしまった救世主の輝き』! あの時お姉様のハートは、誰かに奪われていたんですかっ!?」

「へえええぇぇ!?」

「騒ぐなお前たちここは公共の場だぞ!」


 恋バナに免疫がないせいで恥ずかしがって逆に声が大きくなるきくっちーと、彼女の発言内容に仰天して大きな声を上げた千鶴お姉様に、椿お姉様から小声ながらもビシッと注意が飛んだ。


「す、すみません。でもあのアタシ、お姉様まであの時のアタシと同じだったかもしれないって思うと」

「え……待って。もしかしてこっちも何か、色々と変な風に誤解されてる??」


 混乱したような顔で千鶴お姉様に説明を求められたので、この件に関しても私の口から改めてご説明させて頂くことに。


「その『奪われてしまった救世主の輝き』で聞いた話では、教室にいる千鶴お姉様が意気消沈されて、アンニュイに窓の外を見つめていらっしゃったと。そしてそのご様子から千鶴お姉様に好きな男の人がいて、失恋してしまったのではないかと言われておりまして」

「何そのトンデモ認識!?」

「そう仰られるということは、千鶴お姉様は殿方にお心を奪われてはいらっしゃらなかったと?」

「うっそ、麗花ちゃんまでそんなこと言うの!?」


 ガックシとテーブルの上に項垂れた千鶴お姉様は、今度はポッポお姉様からパシパシと背中を叩かれ始めた。


「人の想像力って豊かで面白いわね~?」

「…………あの時クラスの皆からそう思われてたんだとしたら、当分立ち直れないんですケド……」


 どうやらこちらも真相はまったく異なるらしい。

 そしてやはりお姉様たちはその実情をご存知であるのか、雲雀お姉様は苦笑を溢され、椿お姉様はフンと一つ鼻を鳴らした。


「お前のは考えなしの、日頃のちゃらんぽらんさのせいだろうに」

「何だって椿!?」

「はいはい二人とも。まあ千鶴だって誰かに恋をすることはあるでしょうけれど、その件に関してはまったくの見当違いよ。ね、千鶴」

「…………」


 テーブルに頬をつけてプックと膨らませていたお姉様が起き上がると、何やら居心地悪そうに麗花へと視線を送っている。

 それを受けた麗花は首を傾げ、私達も何だ?と思いながら見守っていると。


「奪われたって言われているのなら。確かに私はあの時、麗花ちゃんに心を奪われてたよ」

「「「えっ」」」


 思いもよらぬ唐突な告白に、麗花以外の『妹』三人が揃って声を上げた。肝心の言われた当人は目を軽く見開いて固まっている。


「って言っても、【香桜華会】の仕事上での話。適性役職決めるまでは私と一番近かったのって葵ちゃんだから、葵ちゃんは分かると思うんだけど。ほら、私って教え方結構ザックリだったじゃない? 感覚的って言うか、実戦形式って言うか」


 そう言われたきくっちーは少し考えた後、コクリと頷いた。


「まあ、そうですね。アタシは分かりやすかったですけど」

「系統が似た二人だから馬が合ったのね~」


 暗に物理で理解する脳筋同士だとポッポお姉様は言った訳だが、言葉通りの意味で受け取ったようで照れている千鶴&きくっちー姉妹。

 褒めてない。それ褒めてないから。


「それでさ、感覚的に葵ちゃんが詰まってるところは大体私も詰まってたところだから、分かりやすかったんだよね。でも役職が決まっていざ!って香実の補佐をし出した時、麗花ちゃん本当すごいなってびっくりしちゃって。深くて広いんだよね、視野が。私は大体目の前にあるものに集中しちゃう派なんだけど、麗花ちゃんは一歩も二歩も先に行っちゃってて。それに質問してくれていたけど、聞き方が上手だから私もスラスラ答えられて、それにもびっくり。だからさー、去年の自分を思い出して、ちょっとセンチメンタルになっちゃって」


 はあ、と苦笑いして溜息を吐く千鶴お姉様。

 彼女がオレンジジュースで喉を潤す合間に、ポッポお姉様がゆるーと笑いながら中継ぎをする。


「皆、私が言ったこと覚えてるかしら~? 雲雀以外の『鳥組』は、『姉』泣かせな『妹』だったって~」

「覚えておりますわ」

「良かったわ~。そうね~? 具体的に言うと椿はよくお姉様にも物申してたし~、私はやりたいようにやってたし~、千鶴は気分屋だったから面白くないとすぐ怠けてたの~」

「とんだ問題児じゃないですかお姉様たち」


 ふふふ~と笑うポッポお姉様に、無言でほうじ茶をすする椿お姉様。そしてそんな自由人なお三方を繋いで纏めていらしたのが、軽く溜息吐いていらっしゃる雲雀お姉様と。


「千鶴の場合は役職でも直接の『姉』とだったから、それに甘えていたというのもあると思うの」

「そうそう! 一応失敗しないようにだけはしとこうと思ってやってたんだけど、結局帳簿ちょっとミスっちゃって大変だった!」


 それはもう自業自得としか言いようがないのでは。

 何のフォローのしようもないのか、きくっちーも微妙そうな顔をして黙っている。


「君たちの各適性役職への理由は当時伝えた通りだが、役職の『姉妹』同士の相性も考慮した結果だった。ちゃらんぽらんな千鶴の手綱を引けるのは、君たちの中では麗花くんしかいないだろうと。撫子くんも穏やかな雲雀とならあまりプレッシャーは感じないだろうし、葵くんは努力家だから私の指導にも付いてこれると思ったんだ。花蓮くんは……まあ、杏梨とでも大丈夫だったな」

「何で私だけそんなふわっとしているんですか、椿お姉様。しかもそれ結果論じゃないですか」

「消去法かしらね~?」

「自分で言っていて悲しくならないんですか、ポッポお姉様」


 一番自由人な人に消去法で生贄の如く充てられていたのか私は。何て悲しい理由だ。そんな裏の事情なんて知りたくなかった。

 不思議の解明を求めたせいで好奇心は猫をも殺されて、世の中には発揮してはいけない好奇心もあるのだということを学んだ私。


 そしてオレンジジュースがまだ少し残っているガラスコップを置いた千鶴お姉様が、そのお顔に哀愁を浮かべて彼女の心の内を吐露する。


「元々私って、【香桜華会】入りするのは消極的な人間だったんだ。中にいるより外で駆け回っていたいタイプで、確かに【香桜華会】って全校生徒憧れの存在だけど、忙しいんだろうなって。私がお姉様から指名されたのって多分、ムードメーカー的な役割だったんだろうし。それでもまあなったからには、仕事もそれなりに真面目に頑張ったよ? 数字には強かったしさ。だから麗花ちゃんと一緒に機材管理課の補佐をやってる時、当時の私と比較してあまりにも意識が違ったから…………ちょっと落ち込んだんだ」

「麗花くんはお前と違って責任感が強い子だから、意識レベルに差が出るのは当然だ。日奈子お姉様も、『千鶴は根性があるし真面目にやったらできる子なのに、気分屋のせいで仕事の早さが全然違うのって……』と嘆いておられた」


 しみじみと言う椿お姉様。

 千鶴お姉様は「あはは……」と苦笑した。


「一年前の自分と麗花ちゃんを比較して、私ももっと真面目にやっておけば良かったなって思っちゃったの。だから去年の香実の補佐とか元々の会計の仕事とか、すっごいスムーズでさ。それに麗花ちゃんと仕事の合間で話した時に、『数字の動き方で色んなことが分かるの、面白いですね』って言ってたじゃん? そう言われて思ったんだ。……何が楽しい楽しくないで決めるんじゃなくて、自分がそれと向き合って、どう楽しく面白くするかってことの方が大切だったんだなぁって。だから日奈子お姉様にもちょっと申し訳なかったなぁって、休憩時間にボーッとしちゃってたんだ。放課後はボーッとできないし」

「そうだったのですか……」


 話を聞いて、そう小さく呟いた麗花。

 けれど彼女は続けてこう言った。


「ですが私は千鶴お姉様に教えて頂いて、解りやすかったですわ。簡潔に述べて下さるから頭にもストンと入りましたし。それに実際に手を付けてみないと、言葉で聞いただけでは解らないこともございますもの。私は千鶴お姉様と一緒にお仕事をさせて頂けてプラスなことはあっても、マイナスなことなんて一つもございませんでしたわ」

「麗花ちゃん」

「役職の姉妹であっても麗花くんは私の『妹』だ。羨ましいか」


 フッと笑った椿お姉様に千鶴お姉様がムッとする。


「そんなこと言って、椿だって葵ちゃんのいつも元気なところすごいって言ってたじゃん。体力ないから行動範囲の広い装飾課補佐の時、一昨年の椿はへたってたもんねー? 折り鶴逃走劇の時だって、一番出遅れた葵ちゃんが一番遠い距離まで行ってたって怒りながら褒めてたの、ちゃんと覚えてるよ! そんな椿も褒める葵ちゃんは、私の『妹』なんですぅー!」

「つ、椿お姉様」

「千鶴お姉様ちょ、ストップ!」


 いきなり二人の『姉』の間で行われ始めた自身の『妹』自慢に、現職の二人がえっ?となりながら止めようとするも、二人のお姉様の間に座っている自由人まで自慢に参加し出してしまう。


「あらぁ~? 何かしら何かしら~。撫子ちゃんだってすごいわよ~? だって一番『姉』泣かせだった私の『妹』になって、しかも無事に一年間付いてこれたんだもの~。すごくなぁ~い?」

「だから自分で言っていて悲しくなりませんかって」

「えっと。桃これ、自慢されてるの……?」


 ポッポお姉様が『姉』泣かせだったのは良く分かる。マル秘ポッポ対策資料にはそんな記載もあったし。

 宥め役の雲雀お姉様は大丈夫だろうと思いながら、芳醇な香りのするロイヤルミルクティーを口に運んでいると、何故かその途中で雲雀お姉様と目が合った。そして何故かキリッとした顔つきへと変わって。


「花蓮さんだって私のすごい『妹』よ! ポッポちゃんとでも大丈夫だったし、すごく要領が良くてお菓子を食べてる姿がすごく可愛くて、私の癒しになっていた『妹』なんだもの!」

「雲雀お姉様まで張り合わなくていいですから!」


 香桜祭三大不思議の不思議解明がいつの間にやら『姉』による『妹』自慢大会となり、時が過ぎるごとにその勢いは白熱していく。

 それを聞いて顔が赤くなるやら青くなるやらの『妹』たちは止めてもダメだったので、飲み物を飲みながら無言で羞恥心に耐えるのみだった。


 そしてそんな香桜生のいる場に居合わせた、レストランのお客さんたちはと言うと。


「若いっていいわね~」

「私達にもあんな時代があったわねぇ」

「ですなぁ」


 といった、自分のあの頃を思い出してほのぼのとした時を過ごされていたという、何ともお優しく懐の深い方達でいらっしゃったのであった。

 お店で騒いですみませんでした……。

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