Episode272 クラス演劇と香桜祭三大不思議 前編

 てん高く馬ゆる秋。

 今年の香桜祭のテーマは『未来を紡ぐ』ということで、過去から現在、未来への成長を主に表現するものとなっている。


 学年のクラス展示に関して中等部の三年生が発表する内容は、講堂兼体育館で発表するクラス演劇。

 ただし生徒に向けて発表するのは二日目になり、初日は外部で招待した方達に向けて各クラスで予め動画撮影したそれを、教室に設置されているスクリーンで放映するのだ。


 学年が上がるにつれて発表内容の難度も上がるし、文化系の部活動に所属している生徒にとっては、一番大忙しの行事。

 特に演劇部は部の劇とクラス劇との両方を練習しなければならないため、演者に抜擢されている三年生部員の顔には死相が浮かんでいる。


 そしてそんな三年生演劇部員の負担を消すことはできなくても減らすことはできると、学級委員である私たち『花組』学年は去年と同様、演劇内容でも再び足並みを揃えることにした。

 と言うのもそれぞれのクラスでテーマに沿った全く別の劇をするのではなく、一つの物語を四分割して、内一つを各クラスで演じるという内容。


 私たちが演じようと決めたのは香桜生であれば必然的に学ぶ、カトリック校ならではの宗教科授業での一幕。

 イエス・キリストさまのその一生涯と、キリスト教の誕生についてである。


 <イエスの誕生の場面>、<宣教せんきょう活動の場面>、<最後の晩餐と処刑の場面>、<イエス復活の場面>の四編で、多少のオリジナル部分も加えて、小学生でも楽しんで鑑賞ができるように内容も工夫する。


 これであれば『未来を紡ぐ』というテーマにもカトリック校の原点を、その未来で生きる者が忘れず繋いでいるということを表現することができるのだ。

 授業で習う内容だから一から覚える必要もないので、生徒の負担も減らすことができて一石二鳥!


 オリジナルの部分では四クラスで立候補したシナリオ制作係の生徒らが激論を交わした結果、堅苦しいだけでなくユーモアにも富んだ、とても充実した内容の台本が作成された。

 衣装は膨大な数を所有している演劇部から借りるのを前提に、セットなども類似した劇をすることもある同部から拝借して、小道具も以下略。


 当日は放映するだけでいいので演劇部にも英語ミュージカル部にも迷惑を掛けることはないし、二日目に披露する講堂での本番も午前と午後にプログラム分けされているので、タイミング被りすることもない。

 というか私たちは順番にやらないと話の流れが滅茶苦茶になるので、ちゃんと内容順に発表するように組まれている。


 そしてどこのクラスがどの場面を演じるかだが、きくっちーのおかげで教師陣の中では随分と親しくなったチャーリー先生に頼んで作ってもらった、厳正なるあみだくじの結果――――



 ①イエスの誕生の場面:麗花のクラス。

 ②宣教活動の場面:桃ちゃんのクラス。

 ③最後の晩餐と処刑の場面:私のクラス。

 ④イエス復活の場面:きくっちーのクラス。



 ということになった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 学級委員たる私は教室の教壇に立ち、チョークを片手に黒板へと配役名を記入する。

 既に決定済みのシナリオ制作係二名の他、今日決める劇中BGM・照明操作係三名、衣装準備・劇中衣装替え係六名を経て、まだ何も決まっていないのはあと三分の二程度。


 ちなみにまだ決まっていない中には私も含まれており、演者の立場となっているが残り物で構わないと思っている。

 残り物には福があるって言うしね! けど欲を言えばナレーションをやりたい。だって小学生の時はできなかったもの。


 台本に登場する最後の一人まで書き終えたので振り返り、教室内を見渡した。


「配役は立候補にて決めたいと思います。立候補が重複してしまった場合には、私が作成したくじ引きで公正に決めさせて頂きますので、恨みっこはなしです。それでは皆さん、どうぞ挙手をお願いします」


 すると複数人からさっそく手が挙がる。

 先に決定した係も時間が掛からずに決まったし、ウチのクラスの積極性はかなり高いと言える。


「平野さんどうぞ」

「はい。キリストさまを演じるのは、やはり百合宮さましかいないと思います」

「私、初めに推薦ではなく立候補と言いましたよね? 次、上河内かみこうちさん」

「去年百合宮さまのクラスでは、聖母マリアさまの像を製作していらっしゃいましたよね? マリアさまが登場される場面は薔之院さまのクラスのみですし、それならばキリストさましか、百合宮さまに相応しい役柄はないのではないでしょうか?」

「去年は去年、今年は今年です。去年私に似せたマリア像を製作したからと言って、それに対抗するように私にキリストさまを演じさせるというのは、如何なものでしょうか。次、戸田さん」

「そうは仰いますが。他のクラスもキリストさま役を『花組』の皆さまへと、絶対に推しておりますわ。薔之院さまのクラスだけはマリアさま役でしょうけど。ですが、何と言っても主役は花形です。……そして我が学年・クラスの花とは、『花組』たる皆さまのことなのですわ!」

「すみません。当てられたら私が発言したことに対して説得を返す流れ、やめて下さい」


 どういう積極性だ。

 チームワークを発揮するのは良いことだけど、いらない方向で発揮するのだけは本当やめて。


 改めて教室を見渡すと、皆ジッと私のことを見つめている。

 ……モスコビッチの方略の逆かな? 自分の意見を繰り返し主張して本当は多数派の意見を変えさせるんだけど、皆で少数派の意見を変えさせようとしているの。

 さっき他の『花組』にも各クラスで主役を推すだろうとの発言があったが、彼女たちがそうやすやすと引き受けるとは思えない。


 だって立場的には香実の補佐とは言え、生徒総会よりは楽と言っても忙しいものは忙しい。

 去年のクラス展示像だってほとんどは部活に所属していない子が作って、私はモデルとして大人しく椅子に座らせられていただけだったし。


 主役と決まれば下手なものは見せられないので練習時間も多く取らなければならなくなるし、皆は忘れているかもしれないが、ここは国内でも有数の進学校な女子校なのだ。勉強時間の確保も必要。それも一応は私、受験生だし。

 どうしたもんかと思いながら、この逆モスコビッチの方略を切り抜ける策を巡らす。


「取り敢えず私個人の希望としては、ナレーションがやりたいです」

「えっ。ナ、ナレーションですかっ!?」

「はい」


 希望がナレーションと聞いて、急にクラスがザワつき始めた。


「どうしましょう……。音声のみのご出演で、他クラスの百合の掌中の珠リス・トレゾールファンが納得するかしら?」

「そんな訳ないじゃない! 私だって菊池さまが音声のみのご出演となったら、何をするか分からないわ」

「決してそれがダメという訳ではありませんけど、皆、百合宮さまの演じるキリストさまを観たいと思っている筈よ。それに部活中に二年生の後輩から聞いた話だけど、一部では菊池さま同様あの学年に、百合宮さま過激派が存在しているらしくて」

「じゃあ下手な役柄だと、ファンの暴動が起きかねないという訳ね……」


 ヤダー。二年生の過激派って、それ絶対ウチの姫川少女じゃーん。……あれ待って。

 もしかして私がキリストさまにならないと、青葉ちゃんがまた何かしらの被害を被ってしまう……?


 つい先日『風組』の内情を知らなくて至らぬ姉だと反省したばかりの私は、人知れず内心タラリと冷や汗を垂らす。


「あ、ナレーションで思い出したわ! 私も去年先輩から聞いた話なんだけど、ほら。前副会長であらせられた、藤波先輩のクラス演劇!」

「覚えているわ。ロミオとジュリエットだったわよね?」


 雲雀お姉様の名前が出てきた瞬間、彼女の直の『妹』であった私はピクリと耳をダンボにしてその会話に聞き入った。


 去年のテーマである『平和と祈り』に沿うように、両家の反目のせいで結ばれなかった男女の悲劇を描いたシェイクスピアの有名な作品が、お姉様のクラスの演目。

 雲雀お姉様はヒロインのジュリエットを演じておられ、最後に彼女がロミオの後を追って命を絶った場面では、講堂に存在している生徒皆が涙に暮れていた。


「ええ。聞いた話では藤波先輩、最初はナレーションをご希望されていたらしいの。でも当時三年生の藤波先輩ファンだった方達の中でも、『お声を大事にされていらっしゃるのに無理な発声をさせる気か派』と、『藤波さま以上にジュリエットに相応しい方がいらっしゃるとでも派』に賛否が分かれたそうで。藤波先輩ファンは温厚な生徒が多いって認識だったから、黒梅先輩ファンであるその先輩もとても驚かれていたの」

「だけど実際は、ジュリエットを演じていらっしゃったじゃない。どうして変わったのかしら?」

「それがね、温厚だから水面下でヒソヒソとだけ反目し合っていたんだけど、何故かそのことが藤波先輩のお耳に入ってしまったらしいのよ。ジュリエット役も既に他の生徒に決まっていたから、変えられる筈もないじゃない? けど藤波先輩、お優しいからそんなファンの声を捨て置けなかったのね。教室に遊びに来られた鳩羽先輩に、その悩ましいお心を溢されたそうなの。そうしたら後日、あっさりと役が変更になったらしくて」

「え、何で?」

「それが分からないのよ。でも鳩羽先輩が聞いてから変わったってことは、そういうことだと思わない?」


 教室にいる人間はいつの間にか、その二人の女子の会話を静かに聞いていた。私も人知れず内心ドバドバと冷や汗を流しながらずっと聞いている。


「……もしかして鳩羽先輩、唯一の藤波先輩過激派だった?」

「先輩もそこは明言されていなかったけど、でも元々のジュリエット役だった先輩は、鳩羽先輩ファンだったみたいよ」


 クロですね。もうそれは明らかなクロですね!

 水面に潜っていたファンの声が何故か雲雀お姉様のお耳に入ってしまった、というところからもう怪しいですね!!


「藤波先輩ファンの中で唯一の懸念点だったお声の件も、クリップ式のピンマイクで解消されたから皆さんニッコリしていたって、先輩仰られていたわ」

「あっ! もしかしてこれ、去年囁かれていた香桜祭三大不思議の一つ、『ジュリエットはどこへ消えたのか』!? 聞いた時全然意味分からなかったんだけど、これがそうなの!?」

城佐しろささんに瀬見せみさん。色々たくさん突っ込みたいところはあるんですけど、すみません。三大不思議とは一体何のお話しですか?」


 堪らずその会話に割って入ったら、全員が自分たちの話に聞き入っていたのだと彼女らはいま気が付いたようだ。

 私は一連の何もかもを知らなかったが、周りを見てオロッとした二人の様子にその内容を知っていたらしい他の子から、そのことについての説明が始められた。


「香桜祭三大不思議とは、その名の通り去年行われた香桜祭の時期に発生した、その現象の理由が不明な三つの不思議のことです。一つはいま出た、『ジュリエットはどこへ消えたのか』。一つは『折り鶴を抱えた逃走者たち』。そして最後の一つは、『奪われてしまった救世主メシアの輝き』となります」


 三大不思議の一つは既に私の中で不思議じゃなくなった。『折り鶴を抱えた逃走者たち』は、確実に蜘蛛の子散らした装飾課ゲート班のことである。

 理由が不明というのも、そりゃ原因があのマル秘ポッポ対策資料であれば身内香実以外に他言はできまい。

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