Episode271.5 side 忍、心のお便り③ 拝啓 薔之院 麗花さまへ 後編

 まだ麗花が聖天学院に在籍していた頃、春日井くんと会話したあの日以降大変なことになっている矢印の方向を察してからも、自分は彼と個人的な内容で関わることは特になかった。


 麗花の方は自身がここ学院から離れるからか、彼とは私的な会話をすることはなく、簡単な挨拶くらいしか交わさないようにしていた。

 そして春日井くんもまた傍目から見ても、そんな麗花の態度を気にしている様子は見られなかった。


 あんな会話をしていたので麗花と春日井くんの間でも何かがあったことが窺えるが、緋凰くんのことを考えて下手に藪を突いて蛇が出たらと思うと、麗花に問うようなこともできなかった。

 多分本心では春日井くんも麗花のことを気にしているのだと思う。それが恋愛感情かどうかまでは判らないが、複雑なものを抱えていそうではある。



『でも尼海堂くんさえ良ければ、付き合ってあげてほしい。陽翔も成長しようとしているから』



「……」


 親友からの恋愛相談は蹴っていたが、麗花の友人である自分には彼の親友へ手を貸してほしいと求めてきた。

 麗花の気持ちを考えるとそれもまた自分には複雑だが、誰々の気持ちを察した時系列を考えれば、「やっぱ無しで」と言うこともできない。


 どうして麗花の友人というだけで、こんなにも複雑怪奇なものに自分が巻き込まれているのか。それも突き詰めて考えれば、自分にとっては大分ストレスな人間関係である。新田さんとの進展もないし。


 だからだろうか、何か最近遠くがぼやけて見えるようになってしまった。

 視力の低下がこのストレスのせいで引き起こされたものならば、これ以上低下することのないよう今すぐ解決しなければならない。だけど麗花はいない。どうしようもない。はあ……。



「――夕紀、尼海堂はいるか」


 秋苑寺くんに続き、またどういう用件があるのか今度は緋凰くんが教室にやって来た。


「陽翔」

「あ、緋凰くんじゃん。忍くんだったら俺の前にいるよ~」


 一応不死鳥親衛隊フェニックスガーディアンズの存在を確認するべくチラリと視線を遣ると、彼等は廊下で待機する模様。

 一時期は緋凰くんが言って親衛隊の守りは解除されかけていたが、それも城山一派のせいで解除以前より強固な守りとなって振り出しに戻っている。いや、振り出しより状況は何もかも悪くなっているな。


 緋凰くんは自分らを見つけるとスタスタとこちらへ来て、空いていた自分の隣の席に座った。

 そこは女子の席になるけど色々な意味で大丈夫だろうか? 廊下で待機しているウチのクラスの隊員が、あっ!て顔をしているが。


「……何か用事?」

「いや、特にねぇ。秋苑寺と同じ理由だ」

「じゃあ緋凰くんも逃げてきたんだ。あーあ。自分のクラスで過ごすこともできないとか、ほんっと俺らって大変だよね」


 秋苑寺くんのそんなぼやきに、緋凰くんも面倒くさそうな表情で頷いている。

 ……逃げてきたが共通の理由とは。


「……サロンの方が安全では」

「下級生に気ィ遣わなきゃいけねぇのが面倒くせぇ」

「何か知らないけど忍くんと一緒にいる時は、誰からも声掛けられないんだよね。だからこの学院で一番の安息地って言ったら、俺らの中では忍くん中心の半径二メートル以内なの」


 何その嫌な情報初めて知った。避難所に自分を指定しないでほしい。

 道理でやたら秋苑寺くんが自分のところに来ると思った。あと学習するなら図書室が最適だろうに、ずっと教室に春日井くんがいるのも変だと思った。


 ……あ、解った。あれだ。秋苑寺くんが来て緋凰くんも麗花のことで自分に寄って来るようになったから、四家の御曹司の半数がサロン以外の場で顔を合わせることになる。

 秋苑寺くんがいるから白鴎くん、緋凰くんがいるから春日井くんも集まるかもという可能性があるため、その光景見たさに敢えて寄ってこないのかもしれない。うわぁ……。


 自分を取り巻く衝撃のストレス不可避環境に頭痛を覚えそうになっていたら。


「――晃星。やっぱり尼海堂のところか」

「あ、詩月」


 ……何と、遂に最後の一人までもがやって来てしまった!

 廊下では不死鳥親衛隊と女子の攻防する声が聞こえてくるし、教室に残っていたウチのクラスの女子は眩しいせいか隅に移動しているものの、自分を除く輝かしい面々に目をかっ開いていて、まるでその光景をその目に焼きつけようとしているかのようだった。


 こちらへと普通に歩いてきた白鴎くんに、秋苑寺くんが首を傾げて問い掛ける。


「お前も逃げてきたの?」

「違う。兄さんからの預かり物をお前に渡しに来ただけだ。放課後は予定があるし、この時間でしか渡せないからな。流星さんにお礼を伝えておいてくれ」

「ふーん。りょうかーい」


 白鴎くんは逃げてきたのではなく、単に上の従兄同士の貸し借りで秋苑寺くんを探していたらしい。

 手にしていた一冊の本を秋苑寺くんに渡した彼は、もう用事はないとばかりに背を向けた――――が。


「今さぁ、忍くんと修学旅行の話してたんだけど、皆はどこ希望?」


 その発言に足をピタリと止め、振り返る。

 皆というのが一堂に会している自分たちのことだと解っているので、春日井くんもこっちに顔を向けた。


「修学旅行? 別に今更どこに行きたいとかはないだろ」

「うわ、お前までそんなこと言う? 忍くんも春日井くんもどこでもいいって言うしさぁ。もうちょっと学院行事に楽しみ見出さない? ちなみに俺はシンガポールかカナダかフランスね! あとゆっくりできそうなところだったら尚良し」

「どういう三つなんだそれは。……ああ、フランスは彼女がいるからか」


 ヤバい、共通誤認識が。

 そろりと緋凰くんを見ると、「フランス……」と呟いている。ヤバい。


「……自分はどちらかと言うと、国内希望」


 苦し紛れにそう言うと、春日井くんが不思議そうな顔をした。


「国内? どうして?」

「……海外よりも日本にいたい人だった。戻ってきた時、国内で旅行したことを話せば会話が広がるかと」

「あ、確かに。そう言えばそうかも。じゃあ国内だったら温泉地があるとこかなぁ~」

「お前そんなにゆっくりしたいのか」

「だって俺もう疲れた」

「なら修学旅行参加せずに家で寝てればどうだ。ゆっくりできるぞ」

「ひどい! 冷たい! お前本当俺に対してひど冷たい!」


 従兄弟同士がそう仲良く言い合っている中、いやに静かな二人を見る。

 春日井くんは頬杖をついて何やらぼんやりとしているし、緋凰くんも眉間に皺を寄せて自分の机を睨んでいる。どんな空気だこれは。やっぱりフランスから逸らしたのはマズッたか。


「……国内、だったら」


 机を睨んでいた緋凰くんからポツリと小さく溢れた声。

 言い合っていた二人もピタリと口を閉じ、ぼんやりしていた春日井くんも緋凰くんに注目した。


「ほっ、カイ、ドウ、とか」

「「「…………」」」


 そんなに言いにくい都道府県だっただろうか、北海道って。


「どうして片言? 何で北海道?」

「ほっ、北海道にだって温泉地あるだろ、登別のぼりべつ温泉とか! 景観が良いところだって色々あるし、ゆっくりできるぞ!」

「えー? うーん、まあ北海道って美味しいものも沢山あるけどさぁ~」

「何かあるの? 陽翔」


 秋苑寺くんが内容よりも緋凰くんの変な態度を怪しみながら答えていたが、親友幼馴染は変な気を遣うこともなくズバッと切り込んできた。


「べ、別にねぇよ」

「何かあるんだったら言っておいた方がいいと思うけど。……多分もう修学旅行の行き先、僕らのこの会話で決まりそうだから」


 思った。廊下の騒ぎは少し前からなくなっており、視界に入る大体の生徒はこちらの会話に聞き耳を立てている状態。確実に不死鳥親衛隊は緋凰くんの意を汲んで『北海道』と記入するだろう。

 春日井くんに言われても、けれど緋凰くんは多くを語ろうとはしなかった。


「……アイツ関連でちょっとあるって言ったら、納得するか?」

「アイツ?」


 秋苑寺くんは首を傾げたが、春日井くんには通じたようだった。「そう」とだけ言って納得の様子を見せている。

 白鴎くんが気にしている様子はないし、彼も行き先に関しては本人も言っていたように、どこでもいいのだろう。

 自分も緋凰くんの言う人物に見当などつかないが、麗花を指しているのではないとだけ判れば御の字である。フランスでないならどこでもいいという安堵の方が、この時は大きかったから。





 ――――そういうことですので自分たちの学年はアンケートを取った結果、見事に修学旅行の行き先は北海道となりました。

 そう言えばそちらの女学院では、いつの時期に修学旅行が行われるのでしょうか? 国内でも有数の女子校ですから、海外というのもあり得るのでしょうね。それとも既にお済みでしょうか?


 何はともあれ自分も秋苑寺くんと同様、修学旅行くらいはゆっくりと過ごすことができればと思っています。まさか旅行先に行ってまで、何かが起きることもないでしょう。

 そんなストレス案件は御免こうむります。あと、温泉には視力回復の効能もあれば嬉しいのですが……。


 こちらの状況はこんな感じです。

 それでは薔之院 麗花さま、また貴女と再会できる日を楽しみにしております。

                     敬具

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