Episode271.5 side 忍、心のお便り② 拝啓 薔之院 麗花さまへ 中編

 改めまして、前回の続きをしたためていきたいと思います。

 奇跡的な勘違いが四家中二家の御曹司の中で起こり、自動的に仲の良い片方である残りの二人にも、間違った情報で認識されることとなりました。

 既にどうにもできない域に達しておりましたが、もう完全に無理に上書きされました。


 『薔之院 麗花は家のためにフランスに渡った』が特定の人物たちの共通誤認識となってから暫くすると、長らく意気消沈していた赤薔薇親衛隊もいつの間にやら復活していました。

 ……いつの間に、という言い方が気になりますか?


 貴女自身のことは鈍いくせに自分に関することだと妙に鋭いので、自分の新田さんへ抱いている感情を既にあの頃の貴女はお見通しでいらっしゃいました。この二年と半年、誠に残念ながら進展などは特にございません。

 ……いや、少しはありました。初等部では自分を見つける度に飛び退いて逃走していた彼女ですが、諸々の誤解も解けたことで中等部では自分を見つけても逃走することなく、一度拳を握ってから近づいてくるようになりました。何故拳を握るのかは不明です。


 彼女と会話する大体の内容は、貴女が今頃どうしているかということに尽きます。まあ共通の話題と言えば、貴女のことしかありませんし……。

 彼女から近づいてきて会話をする、ということ自体が嬉しいから内容は気にならないと言ったら、貴女は「末期ですわね」と仰るでしょうか? 自分がそう思うのできっと仰ることでしょう。


 会話自体はそう長くもなく数分程度といったところですが、新田さんは共通の話題が終わると何故かまた拳を握ります。

 そんなに二回も拳を握って一体何の気合を入れているのかといつも疑問に思いますが、いざ彼女が口を開いて何か言おうとした時、必ずと言っていいほど秋苑寺くんがやってきます。


 彼が来る理由は様々です。主に中條派が目を光らせていて、薔之院派も貴女の姿に憧れを抱く女子の集まりなので男子とは一定の距離を保っていますが、城山派の行動は少々大胆になりました。

 四家の御曹司に対する積極性が増したので、中條派とは初等部時代よりバチバチです。


 だから城山派の女子から避難する中で自分に会いに来る、という流れが主でしょうか。

 その流れは彼が姿を現せば新田さんが飛び退き逃走するということもセットで実行されるので、結局彼女との会話はいつもそこで終了してしまうのです。そんな状態では進展も何もありません。


 あ、そうそう。貴女がいない中等部でも赤薔薇親衛隊は継続しています。

 新田さんから聞いた話だと親衛隊長である中條曰く、「この世に薔之院さまがいらっしゃる限り、私たち赤薔薇親衛隊は永遠に不滅ですわ!!」とハンカチ振り回して宣言したそうですので。


 ちなみに中條派の主である中條が薔之院派の親衛隊長というややこしい括りでも、中條派は薔之院派と同一ではないようです。女子のことは複雑すぎてよく分かりません。

 けれど観察していて、何となくこうではないかと思っていることを綴ります。


 中條派は主を中條。城山派は主を城山。そして貴女の薔之院派は貴女自身どう考えているのか不明ですが、象徴として同派にまつり上げられています。

 親衛隊……幹部、という言い方になるでしょうか? 隊長は中條ですが、副隊長が新田さんという位置づけになっているっぽいです。


 その中で中條ですが、元々春日井くんの迷惑になっていた有栖川に率先して苦言を呈しに行ったものの、周囲が見えずに一度危うい状況に陥りかけた人物ですので、あとハンカチもギリギリしたり振り回したりしますから、どちらかと言うと過激な部類の人間でしょう。

 特に貴女のこととなると、考え方や言動の過激さが増す人物です。


 敵と見做している城山派に対し苦言を呈す場面をこれまで何度も見掛けましたし、中條派もそれに追従する形でバチバチしていったのです。

 特に中條派の生徒はフォヴォリが多いため、見事に女子は『ファヴォリ対一般生徒』という図式が出来上がりました。


 対して副隊長の新田さんは一般生徒で正義感は強いながらも、中條と違って穏やかで揉め事を好まない人です。他の薔之院派も貴女への憧れを密かに抱いている生徒ばかりですから、比較的大人しい人間が多い印象があります。

 だから薔之院派は親衛隊長が中條でも、主に新田さんを中心に回っている感じがします。新田さんも普段は薔之院派と過ごしていますし。


 そして決別したとは言え、新田さんは密かに城山のことを気にしている様子が見受けられます。水島さんへの悪口を聞いても、城山の友人として傍にいた彼女です。

 これに関しては自分も様子見するしかありません。何故なら新田さんに対する城山派は――とても静かだからです。


 自分は以前、彼女が城山に反意を翻したとして、城山の方は彼女に何かしてくるだろうかと懸念していたことがあります。

 自分に付いている生徒を従順な駒としか考えていないのなら、報復措置くらい簡単に取ってくるだろうと思ったからです。自分は城山にそういう印象を抱いています。


 城山派からして見れば、新田さんは裏切り者。

 けれど城山どころかその一派である生徒からも、彼女に対して何かしらの行動は起こしてきませんでした。というか普通に挨拶されたそうです。


 城山派が新田さんに対して何もしないということは、その主が何もするなと言ったか、何も話していないかのどちらかです。

 ……彼女が一体何を考えているのか判りません。まさかとは思いますが――――城山にとって、新田さんだけは違うのでしょうか?


 城山派から挨拶されたと話してくれた時の新田さんは不安そうな顔をしていて、自分もよくよく注意しなければと、そう強く思った瞬間でした。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「でさぁー、忍くんはどこ行きたい? 俺は近場がいいな~」


 改めて現在、夏期休暇が明けた中等部三年生の秋。

 今回は新田さんが近づいてくる前に秋苑寺くんが自分に会いに来て、自分の前の席に後ろ向きで座って、近々行われる学院行事の話題を振ってくる。


「……別に、どこでも」

「そお? シンガポールもいいし、カナダもいいなって思ってんだけど。ナイアガラの滝とかメープル街道とか、プリンス・エドワード島でのんびりと過ごすんだ~」


 そんな感じで楽しそうに行き先希望の話をしているが、カナダは近場じゃないだろう。シンガポールならまだ近場と言えるかもしれないが。

 しかも口にしていたのはカナダを代表する観光地ではあるが、自然鑑賞が主なところばかりである。買い物とかしなくていいのだろうか?


「何故カナダでその地?」

「普段の生活に疲れてるから! ……俺ってば笑顔でいつもニコニコしてるけど、修学旅行くらいはほんっっっとゆっくりしたいんだよね。特に一部の生徒については、ナイアガラの滝に打たれて邪心洗い流しとけって思う!」


 いやそれ普通に死ぬだろ。


 ゆるーく笑って適当に受け流している秋苑寺くんだが、本当は女子嫌いであるらしいので、この二年と半年の間にとてもストレスを溜め込んでいるようだ。

 本音はボソッと小声で口にしたので、他の生徒には聞かれていない。


 ――――そう。近々行われる学院行事とは、修学旅行のこと。この学院では初等部・中等部・高等部と揃って時期は秋と決められている。

 一番過ごしやすく穏やかな気候であるからだろうか? 日本と違って明瞭な四季のない国には当て嵌まらないが、それは海外を希望すればである。


 ちなみに行き先の決め方は生徒によるアンケートで決まる仕組みだ。旅行費は各家が負担するしここは天下の聖天学院なので、旅行先が海外でも余裕なのだ。

 国内もないことはないが、どうせなら海外に行ってパァーッと遊びたいというのが大体の生徒の総意である。自分は本当にどこでもいいけど。


「あっ、そうだフランスもいいじゃん! 現地で会ったら絶対驚くし、俺も久し振りに顔見たいなぁ」


 全然近場じゃなくなった。それとフランスに麗花いないし。

 この発言にはどう返答すればいいかと考えるも秋苑寺くんは顔を振り向かせて、教室にいる別の人物に呼び掛けた。


「春日井くんはどう思う~?」


 少し離れている彼の席で参考書を開いて学習していたらしい春日井くんは動かしていたペンを止め、微笑んでその問いに答える。


「僕もどこでも。行きそうな国は大体長期休暇の時に行くし」

「ふーん、そっか。まあ春日井くんは俺と同じで、相棒の相手するのに大変だもんね~」

「白鴎くんて大変なの?」

「大変も大変。小さい頃から、俺がどれだけアイツに振り回されてきたことか」

「意外だね。僕は秋苑寺くんが白鴎くんを振り回しているのかとばっかり」

「え、ひどくない?」


 ……とまあそういう訳で、中等部最後のクラスは春日井くんと一緒になった。

 白鴎くんとは一年生の時に一緒になったので、これで四家の御曹司とは全員とクラス所属の経験を得たことになる。

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