Episode271.5 side 忍、心のお便り① 拝啓 薔之院 麗花さまへ 前編

 爽秋そうしゅうの候、いかがお過ごしでしょうか。

 そちらは県境にある山を切り開いた丘の上に建つ学院ということですので、今の時期は涼しい秋風がそよぎ、夏の間にい茂った木々の葉を悪戯に揺らしていることでしょう。


 あの日自分へ明かしてくれた宣言通り、初等部を卒業された貴女が彼の女学院にて心穏やかに過ごされていることを、遠いこの場所からずっと祈り続けています。

 こちらはこちらで大変なこともありますが、何とかやっていけて…………いないことも多々あり、貴女という存在の偉大さを身に沁みて感じている、この二年と半年でした。



 ――――いや、本当に。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 前述の通り、麗花が聖天学院から去ってからの生徒……特に同学年には激震が走った。

 百合宮先輩がファヴォリの所属を返上した時以来の激震である。


 まあそうなるだろうなとは思ったが、特に存在が表に出て、これからだと意気込んでいた赤薔薇親衛隊ローズガーディアンズが受けた衝撃は計り知れず、暫くの間はお通夜状態になる女子生徒が続出した。

 もちろん隊長に就任している中條と麗花に友人だと認められた新田さんの落ち込みようは、他の生徒の比じゃなかった。


 ちなみに麗花には内緒にしておいてほしいと頼まれていたため、麗花が聖天学院の中等部に進学していないと他の生徒の知るところとなったのは、中等部のクラス発表の時。

 どこにも麗花の名前がなく、本人の姿もなかったので彼女ら二人が教師に確認したところ、初めてそれが発覚したという訳である。


 同じクラスになってしまった中條は中條派の女子に慰められ、新田さんとは別のクラスになってしまったため一応心配で様子を見に行ったが、薔之院派の女子に慰められていた。

 それを廊下から観察し自分の出る幕はなさそうだと安心して、じゃあ教室に戻ろうかと方向転換したところで――――秋苑寺くんに捕まった。




「忍くん、もしかしなくても知ってた?」


 その日の昼休憩にサロン集合の約束をさせられて赴いたところ、そう聞かれたので正直に頷く。


「……内緒にしてほしいと」

「そっか~。ま、忍くんくらい口が堅くないと薔之院さんも話さないか。どこの中学行ったの?」


 その問いには少し逡巡した。香桜女学院だと聞いているが、これに関しては言ってもいいのだろうかと。

 秋苑寺くんは麗花の味方ではあるものの個人情報なので、教えるには本人の同意がなければ勝手に明かすのもと、微妙に憚られてしまう。


 何と言って乗り切ろうかと考え始めたところで、中等部サロンの扉がバンと大きく開かれた。

 そこに現れたのは、負のオーラを大量に背中から撒き散らしている――――緋凰くんだった。


「うーわ。あれヤバいよ忍くん」


 口元を手で隠して囁いてくる秋苑寺くんだが、そんなことは言われなくても承知している。頭の中では何度もイメトレしていた場面だ。

 対応策はちゃんと事前に考えt「尼海堂ぉ……」あ、無理かもしれない。


 暗黒を背負う緋凰くんの自分を呼ぶ声は、ドロドロとしていた。

 どういう感じなのかそれじゃ分からんと言われても、自分の語彙力ではこの表現が限界である。


 どんよりジットリと見据えられ、百合宮先輩とは異なるその威圧感にそれを向けられていない他のファヴォリは彼を恐れて、次から次へとサロンから出て行っている。何と上級生もだ。

 何故影が薄……気配を消すことに長けている自分が逃げられず、お前たちは堂々と逃げることができるのだ! どう考えてもおかしいだろ! ……何で怖いもの見たさで残る生徒が誰もいない!?


 けれどそんな中でも秋苑寺くんだけは残ってくれているから、気持ち的にはまだ救われていた。


「あー……。あのさ~、やっぱどっから洩れるか分かんないじゃん? だから忍くんも言えなかったみたいだよ? 薔之院さんにも頼まれてたっぽいし」


 麗花の名前を出したことでオーラのドロドロがトロトロに変化した。

 大体その通りなのでコクコクと頷いて同意を示すと、近くのソファにゆっくりと緋凰くんが腰を下ろしてくる。


「……そうだな。親交行事にあんなことがあったんなら、尼海堂くらいにしか言えねぇよな。そうか。それで百合宮先輩が卒業式に」

「俺も納得~。うーんまあ、同位家格のご令嬢だからってことかな? それに奏多さんにとって特別な後輩なら手も貸すだろうし」

「特別な後輩」

「あ、恋愛でって意味じゃないよ?」


 ボソッと呟かれたことに即座に否定を返す秋苑寺くんと緋凰くんの会話を聞きながら、自分は自分でそのことについて考えてみた。


 まずあの人が卒業式に参列していることに目を疑った。白鴎先輩もいたが、それは白鴎くんが卒業するからでまだ分かる。

 何でアンタが自分たちの卒業式に現れるんだと戦々恐々としていたところで、彼のいる位置が薔之院家の席であったので二度見するしかなかった。


 確かにあの人は親交行事の時に限りなく麗花を肯定していたし、個人的に親しそうではある。

 けれどいくら親しいからと言っても彼女の家の席にいるのはどうなのかと思った時――もし彼も麗花の進路先を知っているのなら――と考えたら、その行動にも納得せざるを得なくなった。



『言いましたでしょう、私は守られるばかりの弱い人間ではなくてよ! 強く、強くなって惑わされずに立ち向かいますわ!! また何かあれば今度こそ、私の手で彼女と決着をつけます!!』



 ――――麗花は聖天学院に戻ってくる。


 彼女は城山と、再び相まみえる可能性があることを示唆する言い方をしていた。聖天学院は家の経済的理由から生徒が転校することは認めているが、外からの転入は認めていない。

 この学校が外部から来る人間を受け入れるのは、内部生も進路の選択を迫られる高等部受験の時のみ。高等部は勉学の銀霜とスポーツの紅霧に分かれるものの、大学部ではまた統合される仕組みになっている。


 学院も解っているのだ。優秀な人間が排出されるのは、その家柄と比例ではないと。

 高位家格の生まれでも問題のある人間は問題があるし、逆もしかり。聖天学院というブランドを掲げ、外から来る優秀な人間を一旦集めたらその門を閉じて、再びそのブランド力を高めるのだ。


 門を開く機会は一度だけと周知していれば、その唯一の機会を掴もうと集まるのは優秀且つ自分に自信のある人間。自分に自信がなければここではやっていけないだろう。

 唯一の機会である高校受験は、外にいる人間に平等に与えられる。……それは、一度ここから出て行った人間に対しても。


 だから麗花が聖天学院に戻ってくるのなら、高等部進学――――受験の時だ。

 家格が下位の人間であればまだそう大きく騒がれないだろうが、麗花クラスは別である。良い意味でも悪い意味でも、大きく注目を浴びることになる。


 外部生の反応はどちらに転ぶか不明だが、内部生に関しても同じように分かれるだろう。

 薔之院派である赤薔薇親衛隊は諸手を上げて受け入れるだろうが、城山一派は……。


 けれどいざこうなってみると、卒業式に薔之院家の席に参列していた百合宮先輩の存在は、特に同学年の内部生には往々にして増していることだろう。

 親交行事の一件で、あの人が麗花のことをどんな意味があるとしても特別な存在として見ているのは、現場にいた生徒の口から広がって数多の生徒が知るところとなっている。


 他家のご令嬢の卒業式に個人で参列するほどの仲なのだと。それくらいの仲であるのなら、聖天学院に進学しないことも知っていた筈。

 学院生という繋がりが切れるのに構うということは、薔之院 麗花は百合宮先輩にとって大切な存在なのだと。麗花に何かあれば百合宮先輩が動く。


 薔之院家が動くのも大事だが、内部生にとって百合宮 奏多という人間を敵に回すということは、『死』を意味するだろう。

 ……生命そのものということではなく、社会的にという意味である。


 あの人だからこそ掛けられる保険。あの人にしかできない守り方。

 ここまで見越しての対応だとしか考えられないが、すごいを超越してやっぱり怖いしかない。

 宇宙人がその目と頭脳を以って見通しているその先には、一体何があるだろうか……?


「忍くーん。それで薔之院さん、どこの中学行ったの?」

「!」


 考えに沈んでいたのが、秋苑寺くんからの再びの問い掛けで浮上する。

 緋凰くんは何も言ってこないが、自分を凝視してくる視線に込められた「教えろ」の圧が強すぎて、口を閉じている意味はないように思う。


 『個人情報漏洩』『信頼関係』『友達』『お家に帰りたい』の四つが頭の中をグルグルと廻り、自分の口から結局出てきたのは、まったくもって大した内容ではなかった。


「……遠くの学校。(全寮制の女子校だから)すぐに会えないところ」


 これじゃ何の説明にもなっとらん。


 溜息を吐き出したくなるほどの情報量の足りなさではあったが、けれどこれを聞いた二人は何故か驚いたような顔をして自分を見てきた。え、何だ?


「えっ。すぐに会えないほど遠いって、もしかして外国行ってんの!? 引っ越した!?」

「国内は飛行機に乗ればすぐに行ける距離だしな。そうか。確かに海外だと、まとまった休みじゃないと行けねぇな」


 超高位家格の人間の『距離が遠い』の感覚とは。


 自分も彼等と同じファヴォリではあるが、やはり彼等とは次元が違うことをまざまざと突きつけられる会話だった。

 自分はどちらかと言うとよく海外に行くタイプの家の子ではないので、その感覚がないのである。


「確か薔之院家は海外の至る所に店舗を持っているが、両親は主にフランスを活動拠点にしていたよな。薔之院は一人娘だ。将来家を継ぐために現地へ行ったと考えれば、筋は通るな」

「そっか、家の……。あー、なら忍くん以外には黙って卒業してったのも解るわ。大体薔之院さんそういうの、人にペラペラ言う子じゃないしね。フランスかぁ」

「フランス。そうか、フランス……」


 ヤバい。何かいつの間にか麗花、フランスに行ったってことになってる。

 奇跡的な勘違いによって導き出された答えだが、これはそのままにしておくと自分は嘘を吐いたということになるのだろうか? それは何かダメな気がする。

 でも結局麗花がいないのは中学の三年間だけで、どちらの学院を受験するかはまだ分からないけど、戻っては来るし。


「けど戻っては来る」

「戻るって、こっち日本にか?」

「ずっとそのまま向こうにいるって訳じゃないんだ。へぇー」

「……」


 しまった。考えていたことが同時に口からも出たようだ。

 さっき秋苑寺くんから口が堅いと言われたばかりだというのに、何という不始末! しかも勘違いが余計に悪化した。


 こうなると訂正するのも面倒くさいし何か更に悪化しそうな気がしてきたので、麗花の行き先に関してはこれ以上余計なことを言わないようにしようと、自分の口は貝になって閉ざされたものの……。


「あ。じゃあ結局戻ってくるんならもうさ、海外留学しに行ったって考えていいんじゃないの? だって戻るって言うってことは、ここのどっちかに進学するって可能性高くない? まあどこの高校行くかはまだ分かんないけどさ。聖天じゃないかもしれないし、忍くんもそこまでは聞いてないだろうし」

「……」

「外部生として再入学、か。ない話じゃないが聖天以外にも、俺らクラスの家格の人間が通っても問題ねぇ高校はいくつかある。玉宝院や叢雲がそうだ。ずっと海外にいられるよりは、機会があるだけマシだな」

「……」




 ――――薔之院 麗花さま。


 貴女のいないこの学院では、貴女が進んだ道に対してそんな勘違いが起こる事態となってしまいました。

 自分の力が及ばず、とても申し訳ない気持ちで心がいっぱいです。


 貴女がこちらに戻ってきた時、一体どんな反応をするのでしょうか。とてもではありませんが自分の口から今更、『国内にある全寮制の女子校に行った』などと正しい情報を開示できる空気は一応読みましたが、もうすっかりと残っていなかったのです。

 だからせめて香桜女学院に通っている間くらいは、心穏やかに過ごして下さっていることを切に願っております。


 ……長くなったので一旦ここまでにしておきましょう。

 それからの学院でのことや、現在のことはまた改めてしたためたいと思います。

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