Episode271 適性会議と少女無双伝 後編
次から次へと聞かされる自分の『妹』のトンデモ影響力に、顔を両手で覆うしかない。…………少しだけ指と指の間を開けて様子を窺うと、とても嫌なことに麗花と目が合った。
「私もありますわよ、姫川さんエピソード」
「やめて! 私のライフはもうゼロです!」
「もう全部言っちゃおうぜ」
「花蓮ちゃん。聞いて楽になろうよ」
楽になる? これ聞いて私は楽になるのか??
こんな間接的に私が原因となっている暴露を聞かされるくらいなら、会議のお喋りに参加せずに黙って議事録係しておけば良かった。
私がそう後悔している間にも、麗花による姫川少女エピソードが語られ始める。
「そう、あれは涼やかな風が吹いていた日のことですの。生徒総会の準備に追われていた、五月のことでしたわ――……」
――以下、麗花曰く当時の原文ママ。
『ごきげんよう、姫川さん。貴女、今日はクラスの清掃当番ではありませんでしたの? いつも早いですわね』
『麗花お姉様、ごきげんよう。はい。掃除は皆が手伝ってくれるので、いつも一番に来ることができているんです。本当にクラスの子には感謝しかありません』
『そうですの。……あら、その資料は?』
『あ、先にアンケートを纏めておきました! 去年配布されたアンケート形式から型だけそのままで、内容だけ今年のものに変えております。過去のものもそんな風でしたので、時間が差し迫っている中で新しく作るのはやはり非効率なのだなと思い、こうして作ってみたのですが……あの、ダメでしたか?』
『いえ、とてもありがたいことですわ。ですがいつ過去の資料に目を通しておりましたの? 作業中に見ていた限りでは、私達から頼まれたことをしておりましたわよね?』
少女はにっこりと笑った。
『クラスの掃除、皆が手伝ってくれるからいつもすぐに来れるんです。私がするからいいよって言うんですけど、
「こちらに構わず、姫川さまは【香桜華会】へ向かわれて下さい!」
「私たちの学院生活のためにお忙しい姫川さまの手を煩わせる掃除は、私達がやっておきますので!」
と、いつも追い出されてしまって。私も申し訳なく思って、だからいつも一番に会室に来て掃除をしています。ただそれも数分で終わってしまうので、だったらお姉様から教わる前に、自分で勉強をしておこうと思ったのです! だから過去の資料を閲覧して時間効率もそうですけど、香桜女学院は伝統を重んじる校風ですから、こういう資料の作りは変えない方がいいと思って』
『まあ……』
『あっ、勝手に見てはいけませんでしたか?』
『いえ。貴女も【香桜華会】ですからそれは構いませんの。ただ、花蓮とはまた違う種類の崇拝……と言っていいのかしら? それに少々驚いただけですの』
それを受けた少女は少しだけ、哀愁を表情に乗せて。
『……私。小学生の時に、花蓮お姉様にご迷惑をお掛けしてしまったことがあるんです。それまでは私、周りの子から自分に向けられている善意の圧がちょっと怖くて、ヒートアップしている時は本音を中々言い出せませんでした。けど一つ上の学年に花蓮お姉様がいらっしゃって。一目見て、私なんて目じゃないって思いました。本当に妖精みたいに可愛くて、仕草もお綺麗で。それもお家がお家だから、本物のお姫様だ!って。……でも、お姉様といつも一緒にいる先輩たちを見ていたら、全然お姫様って感じの接し方ではありませんでした。普通のお友達同士みたいな感じで、お姉様もすごく楽しそうで。「花組」のお姉様方といらっしゃる時のようなご様子って言ったら、伝わるでしょうか? だから私のせいでご迷惑をお掛けしてしまったあの時から、変わろうって決めたんです。こんな外見をしていますから、自分が守ってあげなきゃって思い込む友達が多かったので。私の友達は彼女たちが抱く理想の私を見ているだけだって…………最初から知っていました』
「――『理想から外れたら友達でいてくれないかもしれない。そう思って怖かったんですけど、でも、ちゃんと言おうって。あんな風に誰かに迷惑を掛けたらダメだからって、そう強く思いました』と、そのように言っておりましたわ」
……麗花からそんな彼女のエピソードを聞いた私は、彼女と初めて出会ったあの時のことを思い出す。
お友達女子の後ろで、守られるようにして立っていた彼女。
思えば姫川少女が初めて喋ったのは、お友達女子の一人から裏エースくんのことを諦めるように促された時だった。そこで初めて自分の気持ちを言えて、私にも憧れているのだと伝えてきて。
そうか。あの時のことは姫川少女にとっての転機になっていたんだ。
「どうして心愛ちゃんが花蓮に異常に懐いてんのかはその話聞いてよく分かったけど、でもクラスの子から特別扱いされてんのは
「あっ」
きくっちーが眉を潜めて言ったことを聞いて私もハッとする。
「そうだよね。姫川さん、クラスの掃除させてもらえてないんだよね? それを楽って思っちゃう人もいるんだろうけど、でも姫川さんはそんなことを思うような子じゃないし」
「うん。会室の開錠の件の裏にそんな事情があったのもアタシ、初めて知ったよ。毎日一番に来れるって、どんな努力してんだって思ってたけど」
桃ちゃんときくっちーが口々にそう言う中で、彼女の直接の『姉』である私は内心反省していた。
姫川少女の私に対する普段のあれこれが強烈過ぎるしその上すごく優秀だから、彼女なら大丈夫だと思っていた節がある。
『たった一年だけでも、こうして出会って知り合ったという、貴女と結ぶ
……ああ、雲雀お姉様からの教わりが活かされていないじゃないか。一体何をやっているんだ私は。
麗花が見ていることにすら気づかない私は俯いて落ち込んでいたが、ふぅと軽く息を溢すのを聞いて自然とそちらへ顔を向ける。
「私の話はこれで終わったわけではなくてよ、三人とも。この話にはまだ続きがありますの」
「続き?」
「ええ。もちろん私も同じように思いましたわよ。ですから彼女にお聞きしましたの。クラスの子の貴女に対する、今の現状をどう受け止めているのかと。……姫川さんの真骨頂は、ここからですわ」
――以下、再び麗花曰く当時の原文ママ。
『そのことなら心配はご無用です! 私がちゃんと言っても聞いてくれないのなら、そのままでいいです』
『……よろしいんですの? 理想を抱かれて接せられるのは、嫌だったのでなくて?』
『そうなんですけど、仕方がないかなって。伊達にずっと理想を抱かれてビクビクしていた訳ではないんです。――――ビクビクしていたのと同時に、イラッともしていましたから』
少女は彼女の『姉』を彷彿とさせるような、深い微笑みをその可愛らしい顔に浮かべて。
『よく考えてみれば、これも一つの武器なのだと思います。彼女たちがそうしてくれることで私は優先的にやりたいことがやれていますし、私がやりたいことをやっている中で青葉ちゃんや祥子ちゃん、美羽ちゃんにも刺激になっているように感じます。実際に青葉ちゃんは小さなミスも見逃さないように、よく確認するようになりました。それは巡り巡ってかれ……いえ、【香桜華会】の業務が円滑に回っていく仕組みになっていくのだと思います。だから麗花お姉様』
そして少女は答えを紡ぐ。
『クラスの子の私への態度は、私にとって悪いものではありません。彼女たちの好きなようにすればいいのです。暴走しないよう、私が手綱を引いていればいいのですから』
――麗花が続きを話した後、暫くは誰も口を開けなかった。
私も先程した反省が吹っ飛んでいき、顔色を悪くさせることしかできない。時計の針が刻む音しか聞こえてこない部屋の中で、ようやっと発されたのは。
「つっよ! こっわ! てかまた花蓮お姉様のためって言い掛けてたじゃん!」
というきくっちーの声だった。そしてそのまま首がグリンッとこちらを向く。
「花蓮お前っ、よくあの子を自分の『妹』に指名したな!? ヤバいって! アタシら抜けたらあの子主導の恐怖政治になるって! ダメだ、心愛ちゃん会長にするの却下!!」
「そ、そんなこと言われてもっ」
だってあの時はまだ知らなかったんです! ポッポお姉様と種類は違うけど、姫川少女がまさかの影の実力者タイプだったなんて!
「ですが、姫川さん以上に会長職をこなせられそうな子がおりまして? 撫子の話を聞く限りだと木戸さんは難しいと思いますし」
「うーん……。次期会長だよって伝えた瞬間、青葉ちゃん悲鳴上げそうな気がする。ダメな意味で」
「美羽ちゃんは!? 美羽ちゃんはどうなのきくっちー!」
「美羽なぁ……。あの子一直線なところがあって、それに集中するとあんま周りが見えてないことがあるから、向かないと思うんだよなぁ。だから数字に強いし、会計が適任とはアタシも思ってるんだけど。ていうか『風組』、基本的に皆真面目じゃん? 大人しいというか、何というか。まあアタシらとお姉様たちが個性的過ぎたってのは否めないけど」
そう。『風組』は基本的に皆大人しく、いい子なのである。
あの中で個性が目に見えて分かりやすく浮き彫りになっていたのは、私へと凄まじい慕い方をしている姫川少女だけだった。
名前が挙がってこない祥子ちゃんに関してはあの中でも一番控えめな性格なので、元より候補にはならない。他の『妹』の適性を考慮して、あの子は書記だなと皆思っている筈。
皆難しい顔をして黙る。いくら考えても、結局始めに組み合わせた役職が最適だと感じているからだ。
「だ、大丈夫だと思う!」
いきなり強くそう発言した桃ちゃんに皆の視線が集中したが、彼女はグッと表情を引き締めて私達に訴えた。
「きょ、恐怖政治になっても青葉ちゃんなら副会長として姫川さんのこと、支えられると思う! だって姫川さんにそういう面があるのも気づいてるし、相談受けてから桃、校舎で青葉ちゃんが姫川さんと一緒にいるところをよく見掛けるようになったの。だって怖かったら普通避けるでしょ? 近づくってことは相手のことを知りたいってことだし、相手をちゃんと見ようとしている青葉ちゃんなら、『風組』を結ぶ中心になれると思うから」
「桃ちゃん」
相手をちゃんと見ようとする。見る。
それはかつて、私が雲雀お姉様に感じたこと。
麗花がフッと柔らかな笑みを浮かべた。
「そうですわね。口に出しておりませんでしたけど、ただどこにも当て嵌まらないからと、祥子を書記にと考えた訳ではなくてよ。半年が経ってもまだ遠慮がちなところはありますけど、彼女には食らいついてくる根性がありますわ。他の三人が得意としていることに負けないよう、努力している姿を一番近くで見てきましたもの。皆知っていると思いますけれど、あの子よくメモを取っているでしょう? 忙しい中で手伝いをあれこれ言われては優先するものを見失いがちになりますけれど、ちゃんと自分でできる範囲で予定を組んで行っておりましたわ。そのことは情報を正しく精査し、纏めなければならない書記に通ずるものだと思いますの」
私達『花組』は大人しい『風組』に対し、直の『妹』など関係なく個々に接してきた。
けれど自分が指名して共に一年を過ごしていこうと思った『妹』の存在は、やはり特別であったのだ。
優秀で自分からコミュケーションも取れているから大丈夫だと思っていたけど。私を全肯定するからやりづらいところはあったけど。
見れていなかった部分もあるけど……見ていた部分だってちゃんとある。
「姫川さんへの初対面での私の印象は、総合的にあまり良くはなかったの。確かにすごく可愛らしくて
周囲からの崇拝、信奉。理想のご令嬢、淑女の鑑。
ゲームの中の“百合宮 花蓮”と似通ったもの。
「けど、彼女が私達の卒業式で祝辞を述べる姿を見て、変わったなって思ったの。しっかり前を見据えてよく通る声を出していた。しっかり自分だけでその場に立っている姿を見て、嬉しく感じたの。だから姫川さんをここで初めて見た時はびっくりしちゃって。変わろうと思ってちゃんと変われる子だって知っていたから、だから私は姫川さんを『妹』に指名した」
やりづらいと思ったけど……上辺ではない、“私”のことを見ていた上でのあの慕いようならば、仕方がない。
やっぱり自分の『妹』は可愛い。正直に言うと怖いとも思うけれど――嬉しいという気持ちもあるから。
顔を上げて、皆の顔を見て私も宣言する。
「大丈夫。他の人に迷惑を掛けたくないって思って変わったのなら、私がここから卒業しても灰になったりしない。姫川さんの傍には祥子ちゃんと美羽ちゃん、それに青葉ちゃんがいる。ちゃんと姫川さんを見て接してくれる三人が支えてくれるから、会長になっても心配ないよ!」
それぞれ自分の『妹』に対する評価を告げ終わり、会長であるきくっちーを見た。
彼女はとてもすっきりとした表情で頷いている。
「……よし! じゃあ皆の意見が出揃ったところで、最終確認するぞ! 会長に姫川 心愛、副会長に木戸 青葉、会計に氷室 美羽、書記に竹野原 祥子で、間違いないな」
「うん!」
「問題ありませんわ」
「賛成ー」
「アタシも言うことはないよ。うん、皆お疲れ。――これにて『妹』の適性役職会議、終了!」
この内容は始業日にロッテンシスターにも伝えて、無事に彼女からの了承を頂けた。
そして始業日から三日ほど経ったところで去年と同様、ロッテンシスターからありがたいプレッシャーを掛けられ、香桜祭に関する詳細を『妹』たちに説明して時期役職のことも伝える。
世間話の延長で話していた内容から、『妹』たちも自分がなる役職の『姉』にこれから付くことになるのだと理解していた。
尊敬し、憧れている自分たちの『姉』が決めたことならと、誰からも反論の声が上がることはなく。
――そうして私達の中学校生活における、最後の香桜祭への準備が始まった。
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