Episode270 適性会議と少女無双伝 前編

 香桜祭の思い出を少々話したところで戸締りをして会室を出た後は、生活寮へと戻りそれぞれの部屋でゆっくり過ごすのみ。

 日付的にはまだ夏休みの範囲内ではあるが、オープンキャンパス開催日には部活動に所属している生徒も登校してそのまま寮生活に戻るので、食堂もこの日から運営を再開している。


 始業日までの数日間は普段生活している中での休日と過ごし方は変わることなく、図書室を利用する者や部活動に励む者、勉学に勤しむ者などと様々。

 その中で私達『花組』はとある重大な件を話し合うために、【香桜華会】会長であるきくっちーの部屋を訪れていた。




 ベッドに腰かけているきくっちー。

 カーペットの上に座って、ペットボトルのお茶を両手で握り締めている桃ちゃん。

 桃ちゃんの隣に座り、真剣な顔をしている麗花。そして勉強机にノートを広げてペンを持つ私。


「――よし! じゃあ『妹』たちの適性役職についての話し合いを始めるぞ! 皆、誰にどの役職が合うと思う!?」

「えっと、桃は氷室さんが会計かなって思う」

「そうですわね。数学の成績は彼女が一番秀でておりますし、計算事は率先してやってくれておりますものね。では副会長は木戸さんかしら? 仲が良くても、ちゃんと注意するべきところはしている子ですし」

「だよなー。でアタシは会長ってなると、やっぱ心愛ちゃんになるかなぁって」

「ねえ待って皆。私いますごく疎外感を感じてるんだけど」


 皆が意見を出す間、何故か書記としてその内容をメモる係に抜擢された私。

 書記らしい仕事だったのでノリで請け負ったが、皆は向き合って和気あいあいと話しているのに、私だけ壁向きで視線の先もノート。

 聞いたことをすぐにノートに記さなければならないため、会話にも碌に参加できない。


 仲間外れで寂しくなったのでストップを唱えて訴えれば、桃ちゃん以外がハァと溜息を吐き出した。


「そんなの始めから受けなければよろしかったじゃありませんの」

「アタシ冗談で言ったのにさー。花蓮が真に受けてやる気出すから」

「えっ。どうしよう桃ちゃん、これイジメ?」

「花蓮ちゃん、そのまま椅子をこっちに回転させたら桃たちと話せるよ」


 言われ、クルリと九十度に動かす。

 うん、これで皆の顔がちゃんと見えるね!


「私も話し合いに参加します! 議事録業務終了!」

「はいはい。で、花蓮はどう考えてんの?」

「んー、今のところ結びつけた内容でおかしくないと思うよ。姫川さんが会長になるのもあの中で一番リーダーシップがあるし、彼女が皆を引っ張っていく姿が簡単に想像できるから」


 姫川少女は私に過ぎるほど忠実なのを除けば、『風組』内ではほぼ中心になっている子だ。

 今回の『風組』は皆一年生の頃からクラスがバラバラで、日常ではお互いに会話することもなかったそうだが、【香桜華会】のメンバーとなってからは彼女が率先して声掛けをして輪を繋いでいた。


 そんな彼女に三人も心を開くのは早かったし、何より仕事が早い。私が一をお願いすれば五になって返ってくるほどである。

 他にも自分から私以外の『姉』とコミュニケーションを取ったり、あと毎回私より先に会室に来ていて、私が入室するといち早く気づき「鞄を持つ」と言って駆け寄ってくる。


 ……小学生の時に私に憧れていると本人からは言われているし、お友達女子にも私とお話しできた!とミーハーな反応をしていた。

 私がまだ二年生だった去年は彼女の姿を見掛けても、他の子と同じように遠目からソワソワしとして瞳をキラキラと輝かせているくらいだったのだが、やはり指名して直接の『妹』となってからは、はっちゃけたなぁという感じ。


 多分姫川少女は祥子ちゃんとパターンが逆なのだ。

 祥子ちゃんは麗花に憧れているけれど、彼女に見合う『妹』になれるようにと必死になり過ぎて、ちょっと空回り気味。

 姫川少女は私に自分が『妹』として指名されたことで、憧れている私に認められたと自信がつき、やる気が漲った。うん、ここも足して二で割れば丁度いいくらいかな。


 そんなことを考えて一人うんうん頷いていると、麗花が何とも言えなさそうな顔で私の『妹』の評価を口にする。


「姫川さんが会長になるのは能力的に私も異論はありませんけれど、少し心配ですわ。彼女、花蓮が中等部を卒業した瞬間に燃え尽きて灰になったりしませんかしら?」


 それを聞いたきくっちーも「うーん」と腕を組んだ。


「あー、それがあるかぁ。あの子の花蓮が絡む時と絡まない時の態度のギャップ、すごいもんなぁ」

「え? 違うってどんな風に?」


 初めて聞く話だったのでびっくりして尋ねると、足して二で割っても丁度良くない内容が明かされる。


「花蓮さ。いつも自分が来る前に何で心愛ちゃんが来てるのか、不思議に思ったことない?」

「特には。いつも早いなぁとしか」

「……えーと。会室の鍵って基本的には、会長が職員室に取りに行くじゃん? 実はあの子がメンバーになってからはアタシ、鍵取りに行ってないんだよね」


 ……ん?


「『風組』が正式なメンバーになって初日にさ、鍵を取りに行こうとした時に職員室の前で心愛ちゃんと鉢合わせして。その時は授業のことか何かで来てんのかと思って、挨拶だけして鍵受け取ろうと思ったんだよ。でもアタシの後ろにぴったり付いてきて、ロッテンシスターから受け取ろうとした時に、心愛ちゃんから『すみません。六十谷シスター、菊池会長。会室の開錠についてご提案があるのですが』って言われてさ」



 ――以下、きくっちー曰く当時の原文ママ。



『私としてはこういう初歩的なことでお姉様の、それも会長となる方の手を煩わすのはどうかと思うのです。「姉妹」とはお互いに切磋琢磨し、労わり合う関係性であると考えています。これも責任・信頼・情報保守の観点においてなど、学院の伝統でもあることなのでしょうが、会室の開錠などは「妹」にもできることです。お仕事では経験も何もなくお姉様やシスターから教わることばかりでお力になれることは少なく、常におんぶに抱っこの状態です。その中でわざわざ会長たる方に鍵を取りに行かせ、扉の前でただ呆けて突っ立っているような「妹」など、「妹」の風上にも置けません。「妹」ならば「姉」がより快適に過ごしやすい環境を整え、自ら教わりに行く環境を作り上げるべきなのです。そして言い出したからにはまず私が手本となり、実行させて頂きたいのです。全てはかれ……【香桜華会】が円滑に回っていくために!!』



「――ってことを眉を下げて困り顔しながら、どキッパリとノンストップで言ったワケよ。それ聞いてた職員室にいた他の先生も、皆おおっ!て顔していたし。あのロッテンシスターでさえ、『なるほど。一理ありますね』って言うもんだから、それからずぅーっと心愛ちゃんが会室開けて、しかも掃除してる。あの子、絶対にあの時『花蓮お姉様のために!』って言い掛けてたぞ」

「ええー……」

「あと会室の開錠に関しては、今後は言い出した代に限定してやっていこうってことになった。皆に言わなかったのは会長の仕事だし、次の会長になる子って言っても、心愛ちゃんの代だからなぁって思って」


 そんな話を打ち明けられて思わずしょっぱい顔になってしまう。

 私がクラスの清掃当番でなくても、姫川少女がクラスで清掃当番の時でさえも先に会室に来ていても、普通に早いなぁとしか思っていなかった。……そう言えばあの子はクラスの掃除、どうしてるの?


 そう思っている内に今度は桃ちゃんがペットボトルから手を離して、ハイと挙手した。


「桃も姫川さんエピソードあるよ!」

「え、あるの?」

「うん。青葉ちゃんから聞いた話なんだけどね――」



 ――以下、桃ちゃん曰く当時の原文ママ。



『撫子お姉様。私、姫ちゃんのことを恐ろしく感じてしまう時が多々あるのですけれど、どうすればいいでしょうか……?』

『えっ、何かあったの?』

『……私もですけど、美羽ちゃんと竹ちゃんも【香桜華会】ですから、自分のお姉様以外と会話する時あるじゃないですか。姫ちゃん、私達が花蓮お姉様と何か一言でもお話しした時、「どんなお話ししたの?」って聞いてくるんです。まあそれは彼女がそれを見ていて、内容まで聞こえなかった時に限るのですけれど。確かに私も、撫子お姉様と他の子が会話している時に気になることがあるので、特におかしくは思わなかったのです。ですが……私、ちょっとアレな体験をしてしまいまして』

『な、何? アレな体験って』

『あれは私がクラスの子と一緒に、移動教室で渡り廊下を歩いていた時のことです。花蓮お姉様も移動教室でいらっしゃったのか、多分同じクラスの先輩方に囲まれて歩いておられました。見ていてとても歩きにくそう……あ、いえ、その時に丁度花蓮お姉様が私に気がつかれて、お声を掛けて頂いたんです。少しだけ立ち止まってお話しして、別れたのですが…………』

『……別れてどうしたの?』

『お姉様をお見送りして、さあ私たちも行こうと振り向いたら……ま、前にっ、姫ちゃんがいたんです。それも一人、手ぶらで……! だって最初の体育で一緒になった時、三時限目は国語って言っていたから絶対教室にいる筈なのに、どうして十分しかない休憩時間に二年生の教室から離れている渡り廊下にいたのか、もう全然分からなくて! 撫子お姉様! 私、姫ちゃんに笑って言われたんです!!』



「――『ねぇ青葉ちゃん。私のお姉様と、何のお話ししていたの?』って」



「きゃああああぁぁぁっ!!」

「うわぁ……」

「普通にホラーですわね……」

「最初は相談っていう形だったんだけどね、


『私達の誰よりも仕事の覚えが早くて、他のお姉様方とも一番コミュニケーションが取れている姫ちゃんをすごいなって思っていたのに、花蓮お姉様が絡むと何か怖くて……! 花蓮お姉様に仕事を頼まれた時もし万が一ミスでもしようものなら、お姉様に迷惑を掛けたとして、彼女からどんな仕打ちをされるのかと気が気じゃありません! 私自身慎重になりますし、美羽ちゃんと竹ちゃんに花蓮お姉様からの手伝いが回った時には、お姉様に渡す前にミスがないかどうか私が必死に探しているんです! ミスがあった時は姫ちゃんが怖くて思わず注意しちゃうんですけど、二人はありがたがってくれるから私も救われています!! ……あ、そっか。それで「風組」だけじゃなくて【香桜華会】が平和に回っていくのなら、現状的に別にどうもしなくても良かったのですね……?』


って、最後には自己解決してたの。桃はちょっとどうなのかなって思ったけど、憑き物が落ちたようにとてもすっきりした顔をしてたから、何も言えなくて」

「青葉ちゃん……!!」


 ごめん! まさかそんなことになっていたなんて思わなかったの!

 早く慣れてくれたらいいなって思ったのと、コミュニケーション取るためにお手伝い頼んでたの!! ごめんなさい!!


「もしかしなくても私が先程口にした、仲が良くてもちゃんと注意するべきところはしている、というのは……」

「……うん、そういうことなの」


 麗花が確認するように呟くと、桃ちゃんが静かに首肯した。

 ほんっと至らぬ『姉』でごめんなさい!!

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