Episode269 『妹』たちに語る思い出話

 結果良ければ全て良しという訳にもいかず。


 最後の最後で大いにやらかしてしまった私が地に埋まりそうなほど落ち込んでデッキから帰ってきたので、麗花ときくっちーには一体どういう電話だったのかと、大層心配されました。

 同学年の男子の家に下着を忘れてきたと、まさかそんな事実を言う訳にもいかず、「ちょっと、運が悪かったんです……」と返答するに留めるしかなかった。


 そう。…………あれは運が悪かったのだ。


 最終日の計画が全狂いするとは思わなかったし、あんな言い争いになるとも思わなかったし。

 血が下がらなかった頭で考えた新たな思いつきが上手くいくかどうかに気がはやって、他に対する注意力が散漫だったとか。これはもう全部ひっくるめて運が悪いの一言に尽きるだろう。


 もう何も言ってくれるなという気配を感じ取って、二人もそれ以上私の落ち込みに対して言及することはなく。

 途中桃ちゃんも合流したこともあって、そのまま一ヵ月と半月ぶりに私達は学院へと舞い戻った。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 帰省前に準備も済んでいて去年経験したことをそのまま『妹』たちにも説明していたので、今年のオープンキャンパスも滞りなく終了。

 私達は九月に入ってからだったが、一応早めにどういうことをするのか軽く伝えておいた方が落ち着いて動けるかなと思ったため、皆で会室に戻って香桜祭のことを話題に出した。


「……――そう言えばさ、もうすぐ香桜祭の時期だよなー。……あ、詳しい内容はまた後日説明するけど、先に『風組』にはどんなことをするか簡単に話しておくよ。香桜祭にはやっぱりアタシたちも【香桜華会】として色々動き始めていくんだけど、この時は他の業務も一旦置いて香桜祭のことに集中できるから、生徒総会の時よりは楽だと思う! 他にメインで動いてくれてる部隊もあるし!」


 去年一年生だった『妹』たちも経験している行事ではあるが、それを運営指示していく側なのだと緊張が走る。

 けれど屍となった記憶しかない生徒総会よりは楽と聞いて、ホッと安堵した空気が彼女たちを包み込んだ。

 きくっちーがそう話題を持っていったのもお行儀よく席に座ってではなく、机上の資料を片付けたり手を動かしている中での、お喋りの延長線での発言。


 『姉』である他のメンバーも『妹』たちが質問しやすいように、お互い連携して話を進めていく。


「そうそう。それぞれ課があって、主力部隊は私達【香桜華会】と形態が似ているんですよね。あ、一応私達はその補佐という形でお手伝いするのですけど」

「私達は総務課という括りになるのですけれど、香桜祭は全校生徒で作り上げる行事ですから、私達も一室で固まって作業をするのではなく、色々場所を巡りましたの。別のお姉様との行動にはなりましたが、大変勉強になりましたわ」

「あの。別のお姉様って、麗花お姉様は雉子沼会長とご一緒ではなかったのですか?」


 反応して質問が上がったのは、麗花の『妹』である祥子ちゃん。麗花は微笑みながら彼女に答えを返す。


「ええ。私は前会計職であられた、黒梅 千鶴お姉様と補佐に回りましたの。私達が補佐に向かったのは実行委員会の中にある機材管理課なのですけど、金額管理が主な役割でしたわね。最終的にそこで纏められた総収入支出や出納すいとうは【香桜華会】に提出されるものですし、全体的な金額まわりの他にもどこでどれだけの費用が掛かるのか、見ていて全てが把握できるからとても面白かったですわ」


 そう感想を述べた麗花に、きくっちーが微妙そうな顔になる。


「何かそれ、ラスボスに裏で牛耳られてる感が半端ないんだけど」

「あら。常に全ての場面において矢面にお立ちになる会長が、一体何を仰っておられるのかしら?」

「アタシを会長扱いする時、そういうプレッシャー込みなのやめてくんない!?」


 二人の軽快な掛け合いに美羽ちゃんと青葉ちゃんがクスクス笑い、そんな朗らかな空気の中で今度は桃ちゃんが去年自分がしたことを話し出した。


「桃は副会長だった藤波 雲雀お姉様と、企画審査課だったの。ステージを建設するのとかは業者さんに連絡しなくちゃならないんだけど、これは高等部の先輩たちがやってくれるの。桃たちがお手伝いしたのはステージ企画と学内企画での展示の制作過程や、劇の練習を見て回ったりすることだったから。だから生徒皆の頑張ってる姿を、一番近くで見ることができたんだよ。それを同じ課の人たちに伝えて、じゃあこっちも企画が成功するように頑張ろう!って、明るい雰囲気の中でやってたの!」

「では忙しい中での雰囲気づくりと言うのが、こちらのお役目だったのでしょうか?」


 姫川少女が聞くと、桃ちゃんは「ううん」と首を振る。


「雰囲気作りもそうなんだけど、一番は審査することが目的なの」

「審査、ですか?」

「うん。課の名前が企画審査課って言うでしょ? 香桜祭の閉会式で賞の授与があったと思うんだけど、それは当日に発表されたものの完成度だけじゃなくて、作り上げる過程も含めたものをちゃんと目で見て判断してたんだよ。それでも皆甲乙つけがたいからどこが一番優秀かって決めるの、やっぱり悩んじゃうんだけどね」

「あー、だから遅くまで集まってたのか?」

「そうだよ」


 きくっちーが納得という声を上げたのは、当時桃ちゃんからは『色々話し合いをしなくちゃなんなくて……』としか聞いていなかったからだ。

 私と麗花も揃って「へぇ」と口にする様子を見て、青葉ちゃんは疑問に思ったらしく。


「お姉様たちはご存じなかったんですか? 普段あんなに仲がよろしいのに」

「あ、それは審査が始まってた時だったから。クラス展示も対象だから、審査中は企画審査課以外の生徒には、例え香実身内であっても口外しないようにって決め事があったの」

「そうなのですね……」

「花蓮お姉様はどういうお役目だったのですか!?」


 瞳をキラキラさせて勢い込んでそう言った姫川少女にほんの少し苦笑して、私も当時のことを語る。


「そうですねぇ。私は前書記の鳩羽 杏梨お姉様と広報課の補佐についておりました。先輩方が怒号を響かせながら案内パネルを制作していたのを、お姉様は『今年も盛況ね~。去年もこんな感じだったわ~。これぞ香桜祭って感じよね~?』と仰っておられたのをよく覚えています」


 そう。そしてのっけから閉め出しを喰らい、お姉様への対策資料ノートまで出てきたのだ。そして彼女の裏の顔を知ることとなった。


「私の場合は補佐のお仕事内容よりも、お姉様が変なことをしないか監視しておく方が、とても大変だった記憶がありますね……」

「な、何かごめんね、花蓮ちゃん」


 ポッポお姉様の直の『妹』だった桃ちゃんに何故か謝られた。ううん、大丈夫だよ。


「では今年は花蓮が監視される番ですのね」

「ん? それはどうしてですか?」

「だって貴女、大抵変なサプライズばかり考えているじゃありませんの。作業している途中で何か思いついて周囲に迷惑を掛けないよう、お気をつけなさいませ」

「竹野原さん、貴女のお姉様が私に酷いことを言います。注意して下さい」

「ええっ!?」

「あーっと! アタシの場合は、その麗花の『姉』だった椿お姉様と装飾課だったなあ! 名前の通り校舎の飾り付けとかゲート制作とか、装飾する範囲広かったからめっちゃ駆け回ったなあ!」


 私としてはこれも他の『妹』とのコミュニケーションの一環だったのだが、仰け反ってしまった祥子ちゃんのその反応で失敗した模様。

 いち早く失敗を察知したきくっちーが自分の補佐内容を口にしたから、皆の意識はそちらへと向いた。


「私、すごくよく覚えています。あの何羽もある折り鶴のゲートはとても芸術的で、圧倒されましたから」

「ああ、うん……。あれめっちゃ大変だった。指壊れるかと思ったもん」

「私も広報課の補佐から、装飾課の補佐の補佐に向かった時、指が死ぬかと思いました……」


 一昨年の広報課はポッポお姉様の意趣返しのせいで応援に行くことが適わなかったが、去年はお姉様もちゃんと正しく補佐に回って下さったので予定通りにパネルが完成し、装飾課の応援に行くことができたのだけれど……。

 作業内容と同時に、とある一悶着が起こったのをきくっちーも思い出したらしい。彼女は遠い目をして、ポツリと。


「何でだろうな……。ポッポお姉様が来た瞬間に先輩たちが、『自然災害起こされる前に避難! 皆作った折り鶴持って、各自指定した避難所に走って!!』って、大騒ぎになったの」


 そう、あのマル秘ポッポ対策資料は香桜祭実行委員会、通称香実の総務課が使用する専用教室に保管されていたため、各課のリーダーはそれを閲覧することが可能だったのだ。

 総務課の次に負担が大きい装飾課には、案内パネルが完成したら手が空く広報課が応援に入るのは確定事項。故にその資料に目を通した装飾課リーダーの顔色は、広報課リーダーと同じくらい青褪めていたとか。


 そして意気揚々とポッポお姉様が、



『装飾課の皆さぁ~ん! 広報課から応援しに参りましたよ~!』



 と一心不乱に折り鶴を折っていた装飾課ゲート班に声を掛けた瞬間、その場の動きは一斉にピタリと止まり。

 その後すぐに先輩の一人がきくっちーの言ったあの言葉を叫んで、わーっ!と蜘蛛の子を散らすようにして逃げて行ったのだ。


 きくっちーもその場で折り鶴を折っていた人間だったが、お姉様と同じ【香桜華会】だったからかどうも話を聞かされていなかったらしく、訳も分からぬまま周りにならって同じように折り鶴を抱えて逃げていくのを、私は目撃していた。

 ちなみに椿お姉様はゲート班ではなく校舎班だったため、その場にはいらっしゃらなかった。



『……あらぁ~……?』



 折り紙とゲート班を応援しに来た広報課の数人だけが取り残されたその場で、そう発せられたポッポお姉様のその一言がゾッとするほど恐ろしく聞こえたのも、とてもよく覚えている。


 そして逃走したゲート班の動きは避難所に向かう途中だった、一人の生徒の姿を目撃した椿お姉様の知るところとなり。

 何かがあると察して呼び止めて話を聞き、事態を把握したお姉様が放送室にて。



『中等部装飾課ゲート班。中等部装飾課ゲート班に通達する。――今すぐ元いた作業教室に戻れ!!!』



 そんな血管がブチ切れていそうな怒声で以って、逃げた蜘蛛の子を蜘蛛の巣作業教室に回収していたこともよく覚えている。

 クソ忙しいにも関わらず時間ロスを起こしたゲート班は当然椿お姉様から叱られ、またそれを引き起こす原因となったポッポお姉様も当時は何も言われなかったことをお姉様から一年越しに怒られて、ぷぅと頬を膨らませていた。


 ちなみにきくっちーに関しては事情を知らなかったとは言え、考えることなく周囲に流されたことを怒られていた。

 私は広報課の皆さんと共に、折り鶴作成の傍らでそれをずっと見ていた。見ていたと言うか、嫌でも視界に入ってきたのだ。


「な、何か本当にごめんね! 花蓮ちゃん葵ちゃん!」

「撫子が謝ることじゃないし……」

「そうですね……。すごい巻き込み事故に遭ったようなものでしたよね、あれは」

「ごめんね!!」


 それを思うと桃ちゃんと麗花は香桜祭中も動く課の所属だったため大変だったろうが、私達と違い比較的平和だったのではないだろうか。


「あの椿お姉様の放送後に、千鶴お姉様は仰っておられましたわ。『あ、これ杏梨が去年やったツケが回ったね』と」

「……桃も。雲雀お姉様、『ポッポちゃん大丈夫かしら……?』って、心配そうに仰ってた……」


 どうやら一緒にいた他のお姉様のその発言から、麗花と桃ちゃんも察していたらしい。

 もちろん二人にもあの放送は聞こえていた訳であるが、何故か敢えて何があったかなど聞かれなかったため、一年越しにその無言の理由が明らかとなった。というか『鳥組』お姉様方のさすがな共通認識度。


 そして途中から本来の目的を逸れ、ただ思い出話を語っていた『姉』の姿を見ていた『妹』たちは、何やら神妙そうな顔をしてお互いに頷き合っていたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る