Episode268 鬼からの鬼電内容

 このまま無視するという選択肢は凝視していたら十件目の着信コールが発生した時点で、無いものとなった。

 この分だと現地に着くまでに一体何回電話してくるのかと気が気ではないので、もう早々に用件を聞いて仕舞いにしようと二人に断りを入れた私はデッキまで移動し、十一件目のバイブ音と共に画面に表示されている、『鬼』という文字を苦々しく見つめる。


 まず緋凰夫人に写真画像を送る件に関しては、送るというところまでは算段通りに事が運んでいた。

 お母様からお忙しいと前置きがあり、私も今日中のことにはならないだろうと思っていたのだが、何とその日の内に麗花のお母さんから緋凰夫人のアドレスが本人の許可と一緒に、私の携帯に届いたのである。


 私が家に帰還する道中において、家では既にお母様が麗花のお母さんと一発で連絡が取れ、そして麗花のお母さんからも緋凰夫人に一発で連絡が取れたそう。

 知名度と家格の高さから考えて、普通ここまでそうやすやすと連絡がつく方たちではないのだが。

 あまりにもトントン拍子に進んでいった連絡に、お母様の交友関係の恐ろしさを知った出来事でもある。


 帰宅して十五分後くらいに麗花から私のアドレスをお母さんに教えてもいいかと連絡が来たので、それで「えっ、早っ」と思いながらこちらからお願いしたことなのでと言って、そうして薔之院夫人の携帯から直接緋凰夫人のアドレスが私の携帯に送られてきたのだった。

 そして簡単な自己紹介とご挨拶とともに、あの写真は緋凰夫人の元に送られていったのだ。


 そうした経緯であるので、私が思い描いていたその先の状況が進んだのだと、今のこの状況が教えてくれている。

 そんなことを思い出して考えていたらいよいよコールが十二件目に突入し出したので、出て一発目で怒鳴られるか、電話の向こうから威圧を飛ばされるかと構える。

 最初に見た不在件数である苦しみの『九』という不吉な数字を脳裏に過らせて、恐る恐る通話ボタンをタップして出た。


「……もしもし」

『出るのが遅ぇ。こっち何回鳴らしたと思ってんだ』

「相手が出ないからと言って、十二回もノンストップで延々とかけ続ける人がありますか。こっちにだって都合と言うものがあるのですが」


 と、言い終わってからハタとなる。

 怒鳴られることを覚悟して出たのに普通に応答されたから、いつものように返答してしまった。あれ? 怒っていない??


『お前、あの画像データ母さんに送ったらしいな』

「え。あ、はい」

『どういう伝手使って送ったか知らねぇけど、爆笑しながら言われたぞ。「棒立ちになって写真を物欲しそうな顔して見てるのが、ガキの頃から変わってねぇ。こんな写真撮られて、余所のお宅の娘さんからどうにかしろってこっちに送ってこられる前に、こうやって早く電話してこい」ってな』

「あ、そうで…………え?」


 そのまま聞き逃しそうになり、いま聞いたことが確かなことなのかどうかと思わず聞き返す。


「いまこうやって電話してこいって、そう仰いました?」


 問うた向こう側では数秒だけ沈黙が続き、ややあっと。


『……父親に会いに行って、家に帰ってから。俺から母さんに電話した』

「な、何てお話ししたんですか!?」

『別に、会社を継ぐことに対してどうだとかっていう話じゃねぇ。父親との関係をどうにかするのにあの人も原因の一つになってるし、父親のことを母さんがどう思ってんのか聞こうと思って電話しただけだ』


 そんなことを言っても、緋凰は自分からその件でお母さんに連絡を――――助けを求めたのだ。

 部屋を出る前の彼の態度で力が及ばなかったと落胆したが、ちゃんと私の言葉が彼の中で受け止められていたのだと解って、自然と頬が緩んでいく。


 私じゃどうにもならないと思って緋凰夫人から息子に連絡を取ることを期待していたが、それがまさかの息子から行動を起こしていたとは。

 それにどういうつもりで送ったかなど一切明記していなかったにも関わらず、私の意図が正確にご夫人に伝わってしまったようで、それは何というか。


「すみません。ご夫人には不快な思いをさせてしまったでしょうか……?」

『爆笑しながら言われたっつったろ。つか謝るんなら母さんからそう言われて不快だった俺に謝れや。……亀子』


 改まった口調で名前を呼ばれて何だと目を瞬かせる内に、緋凰は想像もしていなかったことを口にした。



『――――あの時怒鳴って、悪かった』



 思考が止まる。


『全部図星だ。俺ン家の家庭のことを話したのも、お前だったら知っても構わねぇなって思ったからだ。別に助けてほしかったとかそういうのは考えてなかったが、けど心のどっかで理解してほしいってお前に対してあったのは、言われて考えてみて、後からそうだったかもしれねぇって気づいた。母さんのことを出された時は本気で腹立ったけど、ありゃ普通に考えて俺の八つ当たりだった。自分ができねぇことをお前がさも簡単なことのように言うから、カッとなっちまったんだ。悪かった』

「……いえ。私もあの時はズカズカと踏み込み過ぎました。貴方にとって触れられたくないことだと解っていながら、小久保さんたちとの努力を無に帰すまいとして、主張していたところもあります」

『やっぱ小久保主体か。他の奴らは隠してんのに、父親とのことで何かあったら、アイツだけはいつも俺に何か物言いたげな目向けてくるからな』


 素直な気持ちを伝えてくれたことで言い争った時の自分を思い返し、私にも悪いところがあったことに気づいてシュンとした。

 カッとなっていたのは態度に出さなかっただけで、私も同じだった。


 もっと穏やかな言い方で伝えることだってできたのに頭に血が上っていて、こちらも明らかにケンカ腰の言い方をしていた。

 そしてシュンとなったから協力者の名前もつい口から溢れ出してしまった。緩々なお口め。小久保さんごめんなさい。


「小久保さんをクビにしないで下さい……。彼は立派にお仕事を全うしています……。あの時だってちゃんとお部屋の前にいて呼びに来られていたんです……。私達が言い争いを始めてしまったから……」

『ンなクソ小せぇことで誰がクビにするか。鬼かよ』


 鬼だろお前は。

 そう口を突いて出そうになったが、売り言葉に買い言葉が発生して本当にクビにされては堪らないため、必死に飲み込んだ。


「ですがそのご様子ですと、良い方向でお話が進まれているようで何よりです」


 そう言うと心なしか電話で話している向こうの声も、幾分と穏やかなものになる。


『……ああ。まだまだ先は長ぇが、最悪なことにはならねぇと思う。電話して話して、母さんが俺に求めてたことも解ったし。今まで足踏みしてたが、これからは俺も父親と母さんを含めた家族のことで、ちゃんと会話をしていくって決めた。……話してみないと分からないことがあるって、解ったからな』

「そうですか」



 私もこうして緋凰と向き合って、解った。

 発した言葉は相手の心にどれくらいの大きさかは分からないけれど、ちゃんと残るのだと。


 ――――届くかどうかは、その人の受け取り方次第だと。



「頑張って下さいね! 私も応援しております」

『ん』


 気恥ずかしいのか素っ気ない返答だが、あまり気にならないほどに気持ちがふわふわとしている。


 鬼電着信に出る前は絶縁状叩きつけクレームかと覚悟していただけに、そうならなくて安堵した。

 紅霧学院に合格しても、ファヴォリ男子トップツーを飾る内の一人に目の敵にされながら卒業まで過ごすとか、それ何て胃に穴あき案件ってガクブルしてたもの。


「良いご報告もお聞きできましたし、私も安心しました。それではこれで失礼…」

『おい切るな。他にもあって電話したんだよ。お前いまどこにいる?』


 話はこれで済んだだろうと思ってお別れの口上を述べていたら他にもあると言われ、何だろうと思いながら答えを返す。


「どこって、新幹線の中ですが。生徒会の仕事の関係で、早めに学院に戻るって言っていたと思うんですけど。いまデッキで話しています」

『マジか。……はぁー。お前ちゃんと帰る前に荷物確認しとけや。ウチに忘れモンしてんだよ』

「えっ。何か忘れてました!? 何ですか!?」


 ちゃんと確認して緋凰家を後にしたし、帰宅してから貴重品とかは自分で片付けた。服とか日用品はお手伝いさん任せではあったが、これが無いとか何も言われていない。

 何を忘れているのかと尋ねても何故か返答がなく、もう一度尋ねようとしたら――――ボソリと。


『…………ぎ』


 ぎ?


「はい? 何ですか?」

『…………ぎ』

「え? 何ですって?」

『~~っ、お前マジでいい加減にしとけよ!?』


 聞いても『ぎ』しか聞こえないので再度催促したら、何故か怒られた。

 何でそんな怒って言う訳!? 自分がはっきり言わないのが悪いんじゃんか!


『だからし、下着だっつってんだよ何回も言わせてんじゃねぇよ!! ンなモン忘れて帰ってんじゃねぇよつか帰ってからねぇことに気づくだろうが普通!!』

「ええ!? そんな大事なもの忘れてません!」

『じゃあ小久保が恐る恐る報告してきた、白黒縞々しましま…………は、誰のなんだよっ、ああ!?』

「あっ、私のです!」

『だからお前の忘れモンだって、初めっからそう言ってんだろうがああ!!』


 悪いのは私だった! ごめん! 本っ当何回も言わせてごめんなさい!!

 思い出した。あれだ、行く時途中で買ったやつだ。汗かくからお気に入りのはあんまり使いたくないなって思って、多く使うようにしようって買ったやつ!


 そりゃ片付けられてもお手伝いさんから無いって言われないし、洗濯後に部屋に置かれていたけど言い争って気持ちがハチャメチャになっていたから、仕舞うの忘れちゃったんだ! 写真の件もあったし!


「す、捨てて下さい! パンダさん模様の縞々はそちらで処分して下さって一向に構いません!」

『ふざけんな! ウチからゴミに出して万が一どっかに洩れたりしたらリスキーだろうが! 所有者が責任持って取りに来い!! あとパンダじゃなくてシマウマ模様じゃねぇのか!』

「え。その口ぶり……見たんですか!?」

『誰が見るか!! 縞々っつったらパンダじゃなくてシマウマだろうが馬鹿!!』


 私の中では白黒って言ったらパンダさんなんだよ!

 でもどうしよう。もう新幹線乗っちゃってるし、戻って緋凰家に取りに行く時間もない。それどころか正確な住所も覚えていない。……詰んだ!


 次の帰省だと冬休みになるが、どうだろう。


「あの。冬休みまで、そちらで預かっててもらうと言うのは」

『そんなんだったら百合宮先輩に取りにきて頂く方が、何倍も精神衛生上マシだわ』

「ギャーそれだけはやめて下さい!! それだけはさすがにご勘弁を!!」


 いくら何でもそれはお兄様にとってダメなやつだって分かる!

 瑠璃ちゃんの時に怒られた以上に怒られる!!


 それだけは何としても回避したい私は預かりを渋りまくる緋凰に必死で頼み込み、超嫌々ながらも次の帰省まで預かってもらうことに、どうにか同意させた。


 中学最後の夏の帰省で最後にやってしまった私のこのやらかしであるが、後々緋凰側の事情により冬の帰省で受け取りに行くことはできなくなり、次の機会に持ち越されることとなるのであった――……。

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