Episode267 きくっちーの進捗と不吉な数字

 最後の心情的に無事とは言い難かった、緋凰家での合宿から家へと帰還した私。

 帰宅後の翌日は家族と一緒に我が家でゆっくりして過ごし、そうして現在は駅で待ち合わせていた麗花ときくっちーと一緒に新幹線に乗って、現在学院へと舞い戻る最中さなかであった。


「それでさー。平日は【香桜華会】で仕事に追われてる分、休日に武道場行って練習はしてるけど、やっぱ練習量減ってるから全然勝てなくてさ。投げ技どころか足技ばっか使って転がしてくるから、アタシも投げ技まで持っていけるように、もっと練習しなくちゃなって」

「確か柔道には返し技もありましたわよね? 通用しませんでしたの?」

「あーダメダメ。アイツひょろい癖に体幹しっかりしてるから、仕掛けても耐えられちゃうんだよ。だから手とか腰とか使って投げるしかないんだけど、先に技食らっちゃうんだよなー」


 この通りきくっちーはとても充実した夏休みを送れていたようで、土門少年との試合結果のことを私達に報告している。

 去年の香桜祭から交際することとなった二人。きくっちーの性別が女の子と判って以降は彼女との試合を拒否していた土門少年だが、再び試合をしてくれるようになったのだと、明るい表情で教えてくれた。


 うん、まあそりゃあね。可愛い彼女からのお願いであれば、基本女子に弱い土門少年が聞かない訳にはいくまい。

 それに彼的には拒否し続けていた根本にあっただろう、目的も達成した訳だし。


「でもきくっちー。土門くんは多分、今後もきくっちーのことは投げないと思うよ」

「え、何で?」

「だってどこの彼氏が自分の可愛い彼女を床に投げたいって思うの? だから土門くん的には本気の足技で、きくっちーのことを転がすしかなかったと思うんだけど」

「かっ……!」


 妙な一言を発してみるみると顔が赤くなっていくきくっちーを見ていると、青春してるなぁと羨ましくなる。

 私なんて受験一色でたっくんと再会した喜びはあったけど、徳大寺のことや緋凰のことで踏んだり蹴ったりだった。


「試合するのもいいけど、二人でどこかにお出掛けしたりしなかったの? デートしたんじゃないの、デート」

「そうですわ! せっかく恋人同士になられたのですから、そういった甘酸っぱいお話もお聞きしたいですわ!」

「だから何でお前らはすぐそういう話に持っていこうとするんだよ!?」

「女子と言えば恋バナだよ、恋バナ」

「経験者から話を聞くことは学びになりますもの」

「どういう学びだよ!? ……で、デートじゃなくて、ま、祭りに行ったりとかは、したけど」


 きくっちーの中ではデートじゃないらしいが、交際中の男女が二人でお祭りに行くのは完全にデートだろう。それを指摘すると彼女の羞恥心が爆発しそうだからしないけど。


「時期ですから、お祭りも複数ありましたわよね。西神栖にしかすサマーフェスタとか、道篠みちしの花火大会ですとか。道篠の花火は私のクラスの加渡かとさまが去年ご婚約者の方と行かれて、それはそれは素晴らしく感動的な花火だったと、帰省前に絶賛されておりましたわ」

「道篠花火大会の話なら私も去年クラスで聞いたよ。水上花火で、打ち上げのパフォーマンスがすごかったって」

「あれだろ? 無数に上がる瞬間があって、その中の小さなハート型の花火を二人同時に見れたら、その恋人と幸せになれるっていう迷信……え、ジンクス?」

「ジンクスにしよう、きくっちー」


 迷信って。恋人同士の幸せを誤った信仰にしないであげて。


 彼の花火大会は香桜生の間でもそういう話がまことしやかに囁かれているので、結構有名な花火大会なのである。

 夏の時期には観光行事となっているので近くにはホテルもあり、大きなガラス窓から見ることができる花火の夜景は、雰囲気もバッチリなのだとか。


 花火大会の話で盛り上がっていたところで、けれどきくっちーが「いや、」と発言する。


「そういう有名どころとかじゃなくて地元でやってる、普通の小さな祭りに行ったんだよ。それに約束して待ち合わせとかじゃなくて、道場の帰りにたまたま寄った感じで。来てる客って言ったら、ほとんど近所の子どもばかりだったし」

「小さなお祭り……?」

「えーと、確かお店が並んでて、遊んだり食べたりとか、そんな感じのお祭りなんだよね?」


 いまいちピンときていない麗花のためにゲームイベントの中にあった知識を引っ張り出して説明したが、私もそんなに詳しくは知らなかったせいで、何とも不明瞭な内容になってしまった。

 そんな説明では案の定、麗花もあまりよく分からなかったらしく。


「施設が並んでいるのでしたら、小さくはないのではありませんの? あれかしら? 百貨店とかで行われている、催事のようなものかしら?」

「うーん……? 何かちょっと違うような」

「全っ然違うから! 本当そういうところすごいトコのお嬢様って、再認識するよ」


 チンプンカンプンな二人のためにきくっちーが説明してくれる。


「アタシが言ってるのは、地元の有志で行われている夏祭りのこと! 花蓮が言ったお店っていうのは屋台のことで、大体公園とか広場とか、神社でやってるんだよ。アタシと郁人が寄ったのは、神社でやってた縁日祭りで、射的勝負したりヨーヨー釣り勝負して遊んだり、たこ焼き買って食べたりとかしただけで」

「「ヨーヨー釣り……」」

「あーっ! ヨーヨーってのはこう、膨らませた小さい風船の中に水入れて、口をゴムか何かで縛ってバシャンバシャンして遊ぶやつ!」


 ジェスチャーも交えてだったので、何となく頭の中にイメージが浮かんだ。


「それを釣る」

「風船なのですから針が引っ掛かったら、割れてしまうのではありませんの?」

「風船に引っ掛けるんじゃなくて、指に引っ掛けて遊ぶためのゴムを針で釣るんだよ。そうしたらゴムの先のヨーヨーも釣れるだろ?」

「あ、なるほど」

「そういう遊びがあるのですわね。勉強になりますわ」

「だからどんな勉強だって……。とにかく祭りに行ってもアタシが勝負を挑んだだけで、二人が期待しているような……あ、甘酸っぱいやり取りとか、そんなん無かったから!」


 話はこれで終了とでも言うように強く言い切られてしまったが、私と麗花は顔を見合わせてお互いの認識を擦り合わせる。

 麗花は頷いた。そして私も頷く。――コイツ嘘吐いてるよ、と。


 あまり根掘り葉掘り聞くのもよろしくないが、私と麗花は彼女のお嬢様口調及び、所作の先生である。もとい恋の協力者。

 私に関しては一年生の頃に追い掛け回され余分に悪目立ちさせられた分も加味して、聞き出しても良い権利がある筈である。


 と言うことできくっちーが話した内容から辿って、女の子らしさに羞恥を覚える彼女が土門少年に色恋といった部分で何かを仕掛けることは、恐らく無いに等しいだろう。

 やるとすれば上から毒舌ナルシー師匠しかおらず、小学生時代の彼がやりそうなことを想像して、カマをかけてみることに。


「たこ焼き食べたんだよね?」

「え、うん」

「美味しかった? 二人で半分ずつ分けっことか」

「味はまあそれなりだったし、普通に一パックずつ買ったけど」

「口についたソース指で拭ってもらって、ぺロッてされた?」


 瞬間、きくっちーの頭がボンッと爆発した。

 マジか。やったのかナルシー師匠。


「まあっ! そんな公序良俗に反する、みだらなことを……っ!?」


 隣からそんな声が聞こえたので振り向けば、何と麗花も顔を赤くして悶えていた。


 え、そこまで?とも思うが、よく考えれば風紀取り締まりマンであったお兄様に憧れているような様子なので、そんな反応になるのも頷けてしまった。

 こんな感じでは多分彼女の男女交際における許容範囲は、お手てを繋ぐところまでだろう。


「み、みだらとか言うなっ! あ、アタシが初めてアイツに女扱いされた、お、思い出だぞ!」

「思いっ……か、花蓮はどうですの!?」

「え?」

「貴女も好きな殿方がいらっしゃるでしょう! 一緒にいた時はどうでしたの!?」

「あっ! そうだアタシもそれ聞きたかった! 自分のことでいっぱいだったから忘れてたけど花蓮、想い合っている好きな人がいるって言っていたもんな!」


 きくっちーがそう言った瞬間、麗花の目がカッと見開かれた。


「お、想い合っている? ……花蓮! 私は貴女に好きな殿方がいるということしか聞いておりませんわよ!? どういうことですの!? 既にお付き合い済みですの!!?」


 待て! 何がどうなって私の話に変わった!?

 荒ぶる麗花をどーどーと鎮めながらもその勢いに押されて、思わず現状が口を突いて出た。


「き、気持ちはお互い確認済みだけど、お付き合いはして、ない、です」

「なん、…………そういうことですのね」

「え? なに、どういうこと?」


 何でと言い掛け、途中で点と点が線で繋がったような顔をして落ち着きを見せる麗花へと、きくっちーが疑問の声を上げる。

 相手に聞くばかりだとフェアじゃないので、私も話せる範囲で話すことにした。


「きくっちー。私が香桜を受験したのはね、まぁ……色々あって。あっちこっち複雑だから簡単には説明できないんだけど、取り敢えず他の家から私が狙われないための措置なの。小学校でいつも一緒にいて、私のことを助けてくれていた人がその好きな人なんだけど、その人に関わる人から狙われたみたいなことがあったのね。だから結果的にお互い離れるしかなくて。でもそのままずっとお別れってことじゃなくて、ちゃんと再会の約束をしてお別れしたの。次に会うのは三年後、高校生になった時にって。だから今はその人からの連絡が来るのを、待っている状態なんだ」


 永遠にさようならということではないと言ったにも関わらず、重い空気になってしまった中できくっちーがボソリと呟く。


「そっか……。療養がてらの受験じゃなかったんだな……」

「どこから聞いたのか見当つくから突っ込まないけど、というかもしそうなら普通一人で放り込まないと思わない? 何かあったら大変じゃん」

「外見と外面そとづらが一致したイメージでの推測ですわね。まあ内面が令嬢詐欺ですから、近しい人ほど騙されていることにすぐ気が付きますけれど」

「何で私が悪いみたいな感じで言われてるの? ひどくない? …………ん?」


 新幹線の中なのでマナーは守ってマナーモードにしている携帯がその時、服の内側で振動していることに気づいた。

 メッセージアプリだとすぐ終わるのだが、気づいて今なお止まらないので電話の方かと察し、一応誰からかと確認して――――げっ、と思わず顔が歪む。



『着信 鬼』



 鬼と私が呼び、そう登録しているのはヤツしかいないのである。

 確認した時に丁度着信コールが切れて画面に表示されたものを見て、更にうげっとなった私の心情を誰か理解してほしい。



『不在着信 9件』



 女三人集まればかしましい。


 話に夢中になりすぎて気が付かなかった私は、不吉な数字が表示されているその現実をどうするべきかと、内心で流れる滂沱ぼうだの冷や汗とともに携帯画面を凝視するしかなかった。

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