Episode261 攻略対象者側の選択理由

『薔之院のことなんか気にすんな。ンなこと言ってもアイツは俺じゃねぇ別のモン見て言ってんだ。俺自身のことなんて何も見てもねぇよ。――四季、お前と違ってな』



 今の緋凰はちゃんと人を見て判断している。

 それが家庭環境に基づいて彼が学んでいたことだとしたら――――“緋凰 陽翔”は初めから、のではないか?


 興味のないことには途端に面倒くさがるが、興味があったり気になることは、自ら進んで徹底的に行う。

 『アイツは俺じゃねぇ別のモン見て言ってんだ。俺自身のことなんて何も見てもねぇよ』と、そう“彼”は口にしていた。


 ――もし、興味がなく。“麗花”のことをただ単純に“彼”に群がる他の女子と同じだと見做みなしていたのならば、そもそも彼の性格上そんな言葉さえも出てこないのでは?

 「どうでもいい」、「家が決めただけで俺には関係がない」と、そういった言葉が出てくるのでは?



 ――――からこそ、あの台詞が出てきたのではないか……?



 思い当たる節がある。

 麗花の断罪もどきの現場で、緋凰は彼女が教室を荒らすような人間ではないと断言し、見ていた訳じゃないと言いながらも見ていたような口振りをしていた。


 もしゲームの中でも緋凰が麗花のことをのだとしたら、“緋凰 陽翔”はどうして“薔之院 麗花”のことを見ていたのか?

 家が決めただけの婚約者という理由だけでは弱い気がする。そんな単純な理由で緋凰が興味を持つとも思えない。

 そして“緋凰 陽翔”がそう言ったということは、“薔之院 麗花”は自身の婚約者のことを見ていなかったという話になる。


 ……確かに麗花は、同じクラスになった緋凰のことをアウトオブ眼中していた。当時の彼女は友達作りで頭の中がいっぱいだったからだ。

 断罪もどきの現場でも、麗花は普通に緋凰と会話をしていた。ただの同級生という態度で。


 “薔之院 麗花”は“緋凰 陽翔”と空子の仲を邪魔しに行っていた。

 “麗花”の行動も引っ掛かるところがあるが、何だか“緋凰”の方も引っ掛かり始めた。


 “緋凰 陽翔”がそんなことを言ったのは、何故? “彼”が『自分のことを見ていない』のだと、“彼女”のことを見ていたからこそ出てきた発言だとすれば。


 じゃあ“薔之院 麗花”は“緋凰 陽翔”じゃなくて、一体何を見てそんな行動を取っていたのだろう――……?



「緋凰さま。起きていますか?」

「何だ」


 静か過ぎるので寝ているかと思ってそう声を掛けたが、秒で返事が返ってきたので普通に狸寝入りだった。


「ずっと気になっていたのですが。どうして緋凰さまは高等部、紅霧学院に進路をお決めになったのですか? お家の跡継ぎなのですから、それこそ銀霜学院ではないのですか?」


 分からなかった。麗花は運動神経も良いし、元々女子に関してはどちらでも良いという風潮があった。跡継ぎであっても婿を取る立場なら、跡継ぎでない子息の大体が選択する紅霧学院をというのも考えられる。

 でも麗花には彼女なりのちゃんとした自立の考えがあって、そう決めたのだと聞いた。


 けれど、それも男子はまた女子とは異なるだろう。女性の社会進出が目覚ましく、推奨されているとは言え、まだまだ古い考えが根付いているのも事実。

 現実の、この世界でのその理由とは。



「……別に、大した理由じゃねぇ。俺ら四人の中で決めたことだ」


 大した理由ではないと言いながらも、それを聞く側の私にとってその内容は、全く寝耳に水の話であった。


「四人?」

「俺らの学年っつーか、聖天学院で高等部に進学する際に頭一つ抜けた家格は、緋凰・春日井・白鴎・秋苑寺の四家くらいしかねぇ。女子なら一人いたが、ソイツも今はいない。今まで女子はソイツ一人で何とか落ち着かせていたような感じだったが、中等部に入ってそういった学内での派閥が落ち着かなくなった。そりゃ頭に据えている人間の印象が互いに違うんだから、ドンパチするわな。で、そんな女子の現状を見て俺らは思った訳だ。俺ら四人揃って銀霜に進んだら、紅霧の方の男子は、女子と似たような感じになるんじゃねぇかってな」


 いなくなった女子というのは麗花のことで違いない。彼女はいつもファヴォリという特権階級者の責任を、強く心に抱いていた。

 そして麗花一人がいなくなっただけでそんな状態になっていると聞いて、彼女に掛かっていた負担はどれ程のものだったのだろうかと、女子の同位家格である私の胸に罪悪感が沸く。


「だから中でも影響力の強い俺ら四家は、二対二で進路先を別れることにした。俺と夕紀が紅霧学院、白鴎と秋苑寺が銀霜学院っていう風にな。紅霧はただ運動科目の授業量が増えるだけで、勉学なんざ立場を自覚してりゃ独学でどうとでもなる。俺はスポーツ関連で賞も獲ってるし、夕紀も水泳してっからそうなった。……俺らもファヴォリだ。聖天学院に在籍している特別枠の人間には、そのブランドとプライドを正しく守る義務がある。――――その特別枠を抜けてまで内部改革に勤しんでいた、百合宮先輩のように」

「――!」


 緋凰は目を閉じたまま、フッと笑った。


「だからあの人には敵わねぇんだ。迷う素振りも見せずに先を見据えて、率先して学院の未来のために取り組む姿勢。俺も周りから天才だの何だのと言われるが、見ているモンが違ぇとつくづく思い知らされる。そんな先輩が銀霜学院に通いながらも、もう一校をも気に掛けて意見交換会なんてモンも作ったんだ。それを俺らの代で壊すわけにはいかねぇだろ。これからも根付かせていかなきゃなんねぇ意識だ。ファヴォリと内部生なら俺らの監視下に置ける。外部生との問題なんざ、詰まらねぇプライドのためになんかで起こさせねぇよ」


 お兄様が中等部から始めたこと。常々仰っておられた。『まだまだ掘り下げて、僕が大学に進んでも根付く意識でないと困る』と。

 それがちゃんと根付き始めている。後輩たちの意識に芽生えがある。――お兄様の想いが届いている。


「なに笑ってんだ」


 その言葉に緋凰へ向くと、彼はいつの間にやら目を開けてこちらを見ていた。


「ふふっ。いえ、さすが奏多お兄様だなぁと思いまして」


 本当にお兄様はすごい。どうして急に学院の内部改革をし始めたのかは分からないけれど、それでも結局は学院の……ひいては、そこに在籍する生徒へとこうして良い影響を齎しているのだ。

 お兄様の努力が認められたようで、それを聞くことができて、私もとても嬉しくなった。


 あ、でもそうなるとゲームではどうしてだったのかは分からないな。お兄様絡んでるから絶対に同じ理由じゃないだろうし。

 と、そんな風にゲームと現実との差異を考えていた私だったが。


「呑気に笑ってるお前に先に言っといてやる。明日の特訓メニューはいつもの二倍だからな」

「えっ。何でですか!?」

「今日予定外に摂ったカロリー分だ。オムライスの九百二十四カロリー」

「な、いつの間にそんな正確な…………あっ!」


 最後にメニュー表をチラッと確認してたやつ!

 あれカロリーチェックだったの!? 何て抜け目のない奴だ!


「じゃあ緋凰さまだってそうじゃないですか!」

「俺は帰ってトレーニングすっから問題ねぇんだよ。お前は今日一日休息だからな。明日せいぜい頑張るこった」


 普段の特訓でさえひいこら言っているのに!? それを二倍!?

 ……あんまりだ! こんなの騙し打ちの何者でもない! やっぱり遊びという名の扱きだった!!


「最初にそんなこと言ってくれなかったじゃないですか! ひどい! 鬼! このド畜生!!」

「最初に徹底的にするって言っただろうが鳥頭! 何のためにウチで食事メニューも管理してると思ってんだ、ああ!?」


 か弱い乙女に向かってメンチ切るな! オーラ駄々洩れの顔面凶器め、もう一度サングラスかけとけ!!


 こうして私はたっくん家から緋凰家への帰り道、緋凰への文句と明日追加される特訓メニューと修学旅行先を思って憂鬱になりながら、帰宅後すぐにベッドへと沈むのだった。

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