Episode260 行動の意味と学校側の思惑

 有明学園は香桜女学院とも肩を並べられる、男子の進学校。言うなれば、上流階級の令息ばかりが在籍する学校。

 そこで優秀な生徒として振舞い生徒会長にだってなっているのなら、他の生徒からは憧れの存在だと見られていると想像がつく。実際にたっくんもそう言っていた。


 たっくんは徳大寺に許嫁がいることを知らなかった。周りに吹聴せずにどこかでその機会を窺っているのだとしたら、その絶好の機会は――――周囲の目がある場所で大々的に彼女のことを紹介する時。


 憧れの生徒会長の許嫁が香桜女学院の生徒というだけでも、有明に通う生徒から見たら釣り合いが取れてお似合いだと映るだろう。けれど、桃ちゃんはどうだ。

 周囲からお似合いだと、徳大寺の人間性を通して見ている好意という名の圧を受けさせられる。桃ちゃんが徳大寺のことが嫌で逃げ出したなんて知られたら、きっと彼女は令息から反感を買うことになる。


 麗花の厳しい言葉もその真意をちゃんと理解して、受け止めていた桃ちゃんだ。彼女だってそうされた瞬間、外堀を埋められたことに気付く筈。


 広いようで狭い世界。徳大寺との許嫁関係が解消できたとしても、上流階級の令息内で悪い印象を抱くことになった彼女と、自ら進んで付き合おうとする人間は……。

 お前にはもう自分しかいないのだと。残されていないのだと。


 ――――当事者以外の、他の人間が真実として見ている認識を利用して。



「小学校時代、仲の良かったお前から話を聞いても拓也は信じなかっただろ。男の近くにいる人間なら、特にそういう認識は強ぇ筈だ。修学旅行で学校同士の行き先がかち合う件を予め知ってたんなら、そうなるように仕向けることだってできるだろうしな」

「他校が絡んだ上でそんな都合良く、一生徒の希望がまかり通りますか? 言っておきますけど、香桜は上流階級の令嬢ばかりが在籍する学院です。各家からお預かりしているか弱い女子を、からぬ輩から守る義務が学院にはあります」

「善からぬ、だろ。内はどうか知らねぇが、少なくとも外から見たり聞いたりする有明学園に悪い噂なんかねぇ。それに修学旅行で他学校とかち合うことに関しちゃ、元々そういう風に学校側が配慮してんじゃねぇのか?」


 思いもよらぬ内容に目を瞬かせる。


「学校が、ですか?」

「ああ」


 そうして深く座席シートに凭れかかった、緋凰が言うには。


「まあこれも推測にはなるがな。大体にして枕詞に『肩を並べられる』と付くからには、互いに近しい何かがあるってことだ。在籍している生徒のほとんどが上流階級なのも、勉学における進学校って言うのも同じだろ。あと全寮制もか。香桜は翼欧と姉妹校ではあるが、翼欧は街中にあって基本自宅通学。香桜よりかは断然異性と関わる率は高いだろうな」


 確かにそれはそうだ。我が香桜女学院の立地としては山を切り開いた丘の上に建設された学校で、学院に用事がない限りは中々人なんて訪れないような場所にある。

 散歩がてら行ってみようかなと思って、簡単に足を運べるようなところではないのだ。


 行けても学院に来る人間は珍しいから、見掛けられたら中の人間に顔を覚えられる。だから不審者も寄り付かなくて安全性は高い。

 ちなみに行事などで招待した人を迎える際には学院からシャトルバスが出るので、駅から学院までは直通なのである。


「有明もそういう異性と関わるっつーことになると、あそこは海が近い郊外にある。まあ全寮制だから基本、ンな機会はねぇだろうしな。そうなるとまぁ問題なのは両校とも普段の生活において、異性との交流が全く図れねぇってところだろ。生徒の将来性を考慮したら多くはなくても、多少そういう機会を設けたりして、慣れさせたりすることはあるんじゃねぇ? そうすると出会っても間違いが起こりそうにない、自校と同レベルの男子校、または女子校に白羽の矢が立つのは当然の流れだ」


 毎年どこかの学校とかち合うこと。その中でも頻度の多い有明学園。それがまさかの学校側の配慮?


「……え、待って下さい。と言うことは、もしそのお考えが合っていたとすれば」

「キリストに祈っても無駄ってことだな」

「そんな馬鹿な!」


 聖歌を捧げてお祈りをした私達に対する、キリストさまからのお返しがこれ!? 迷える可愛い子羊を混沌の渦に叩き落すことだと……!?

 キリストさまめ、次のミサは聖歌ボイコットしてやろうか!!


「いま言ったのはただの推測だ。真に受けんな」

「そんなことを言われましても、もうそうとしか思えなくなりました。最悪です」

「有明に会いてぇ奴がいんのにか」


 頭の中身が一瞬にして空っぽになった。キリストさまへの報復を巡らせていた思考が、秒で吹き飛ばされた。

 壊れたブリキのように首を緋凰へ巡らせると、前を向いたままだった緋凰が表情も変えずに、僅かに首を傾けてこちらへ視線を合わせてくる。


「アレだろ? 小学の時にお前が無視シカトされまくって、夕紀ン家のウッドテラスでギャーギャー言ってた時の奴だろ」

「なっ、何でですかっ!?」

「太刀川って名前に聞き覚えがあって思い出した。それにあの時の状況とさっき話していた時のお前の態度で、お前がソイツのことどう思ってんのかとかフツーに解んぞ。で拓也の言い方からして、向こうもそういうことだろ? こんな宇宙人を好きとか、奇特な奴もいたもんだぜ」

「……!!」


 誤魔化すとか最早そういう思考にも至らない。

 春日井の時は即バレも覚悟してお悩み相談しに行ったけど、まさか緋凰にも予想外な形で私に好きな人がいることがバレるとは思わなかった……!

 って、待て。そう言えば!


「あ、あの。えっとですね緋凰さま。その、私の名前のこと、なんですが」


 恐る恐る言うと片眉を上げて、まるでたったいま思い出したという風に、ああと。


「名は体を表してねぇあの名前な」

「今日稼いだ分のプラスキュンポイントは、たったいまゼロ値になりました。……元々この特訓のご協力にお伺いした時、素性を明かそうとは考えていたんです。紅霧学院に合格して通うようになりましたら隠すも何もないですし、遅かれ早かれです。高校卒業してからという最初のお約束は反故となってしまいますが、下の名前ももう知ってしまわれましたし、いま名字をお伝えすることも…」

「いい」


 最後まで言わせてもらえることなく拒否の言葉で遮られ、思わず口を閉ざす。

 緋凰は顔を前に戻して、目を瞑った。


「合格したらその時に言え。俺はあの時から自分で調べることも辞めた。……夕紀ン家のプールで知り合ってから八年だ。もうこだわりゃしねぇよ。どこの家の令嬢か知ってももう俺の中じゃ、お前は“猫宮 亀子”になってんだ。名乗られたところでお前くらい中身がぶっ飛んでりゃ、今更素性知ったところで、俺のお前への態度ももう変わんねぇよ」


 そう言った後、緋凰は特に私からの返答は求めていなかったのか、黙ったままシートに身体を預けている。……そういうところなんだよなぁ。


 私も緋凰から首を正面に戻して、一切揺れが感じられない車体のシートに凭れる。

 通り過ぎていく、見慣れた郊外の住宅地。私達のような国内でも有名な高位家格の人間だったら、何かしらの目的がない限りは寄りつきもしないだろう場所。


 緋凰が最初に挙げた三ヵ所……内二つの施設は私達クラスもよくとまではいかないが、訪れる場所だ。

 彼は私が提示した場所については、耳にした時点では何も言わなかった。実際に訪れても、出された食事を見ても偏見など何一つ口にせず、彼が感じたことを素直に言っていたと思う。



『つーか会ってもねぇのにソイツの印象を人から聞いて決めつけんの、俺らみたいな人間からしたら命取りになんぞ』


『上流階級っつーのは、表面上の付き合いばっかで本音での付き合いなんかあんまねぇと思っている』



 それは人だけではない。彼はちゃんと自分の目で見て耳で聞いて、それを判断しているのだと。これは緋凰の家庭環境に基づいて、彼が学んだことだったのだろうか?

 緋凰はその点では、何となくお兄様と環境が似ている。物理的な距離は異なるが傍に両親がいなくて、自分の考えのみで決めて行動することが。


 けれどまだ緋凰には春日井がいたから、そう歪まずにいられたのではないだろうか? いや、お兄様が歪んでいたと言いたい訳ではないが。

 そうするとどうして緋凰があんなに春日井大好きっ子なのかも頷ける。本音で向き合える、傍にいるたった一人の人間だったから。


 そんな緋凰が好きになった女の子なのだから、きっと素敵な子なのだろう。麗花の件を抜きにしても、力になってあげたいなと思う。


 けれど……ふと、乙女ゲーの内容が頭を過った。

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