Episode258 二年と半年振りのたっくん

「拓也くんどうして!? どうして今年だけ戻ってきてるんですか!? どうして私がお受験特訓で連絡しなかった今年だけぇ~~!!」

「会いたくなかったからに決まってんだろ」

「マイナスキュンポイントダッシュですクソ鬼プリンセス」

「ああ!?」

「……えっと、取り敢えず麦茶置かせてもらいますね」


 たっくんとの感動の再会後、カフェから二階のたっくんのお部屋にお邪魔させてもらっている私は、お茶を人数分運んできたたっくんに向かって切々と涙ながらに訴えた。

 オマケの緋凰が何か言ってるが、マイナス評価と共に切り捨てておく。


 そんな私達を見て言い争いを止めるでもなく、たっくんはお茶の提供業務を果たすべく一声かけて、まずは緋凰の前に、次いで私の前へと置いてからお盆を置いて座った。


「それで! 拓也くん!!」


 ぐわっと再びたっくんへと理由を問うが、彼は自分の部屋だと言うのにとても居心地の悪そうな顔をしてチラリと緋凰を見る。その視線に気づいた緋凰もたっくんへと顔を向け――何故かサングラスを外した!!


「俺は緋凰 陽翔。聖天学院中等部の三年だ。さっきの見て確信したけど、お前だろ? 小学生時代、コイツにいつも突進されて引っ付かれてたっていう、すっげぇ不憫なヤツって。せっかく中学で隔離されてたのに、長期休暇で野放しになっちまった。悪かったな。お前ンとこの店に宇宙人連れてきて」

「なに勝手に自己紹介してるんですか。なに勝手にサングラス取ってるんですか。その顔面凶器で拓也くんの可愛いお目めを潰す気ですか! あと貴方の特訓のために場所を選定した私に向かって何て言い草ですか!!」

「ひおう。……緋凰っ!?」


 私がオマケの勝手な言動に騒いでいる間にも、オマケの素性を知ったたっくんは顔を引き攣らせて、更にその色を青く染めた。


「どうしよう。僕、緋凰家の御曹司を安い座布団の上に座らせちゃった……!」

「そんなの気にしなくていいんですよ、拓也くん! 人間身ぐるみ剝がされたら、御曹司なんか関係なく同じただの人間にしかなれないんですから」

「おい。お前こそ令嬢評価じゃ今のところマイナスしかねぇぞ」

「…………あれ、待って? 何で僕のことを知ってる口振りなの……? え、まさか僕のこと、また勝手に喋られてる??」


 混乱中のたっくんがブツブツ呟いていた不味いことは聞こえなかったことにし、隙を見て彼に麦茶を飲ませて落ち着かせてから、ようやく本題に入る。


「先程は感動のあまり、文字通り突っ走ってしまいましたが。拓也くん、お久し振りです。卒業式でお別れしてからずっと、ずっとお会いしたかったです」


 微笑みを浮かべて告げると、彼もまた嬉しそうに微笑んでくれた。


「うん、僕も会いたかったよ。お母さんから聞いたよ。長期休暇に入る度に家に連絡してくれてたって」

「ただのストーカーじゃねぇか」

「黙らっしゃい緋凰 陽翔。それでですが、やっぱりお勉強のために今まで帰省しなかったのですか? それとも、何か……」


 桃ちゃんの件に絡んで心配事が浮かび、そのせいで言葉尻が濁るも、たっくんはきょとんとする。


「何かって?」

「……いえ。上流階級出身のご子息が多い中で、何か問題事に巻き込まれていたりしていないかと……」

「あ、それは大丈夫。新くんと一緒だし、それにいま生徒会の役員してるんだ。だから問題が起きたとしても、僕が解決しなきゃいけない側になってる」

「え、そうなんですか!? じゃあ私と一緒ですね! 私も香桜で生徒会に所属しているんです!」

「そうなんだ! あ、じゃあ麗ふぐっ!?」


 たっくんの口から『麗花』という名前が出そうになったので、察知した私は光の速さでたっくんのお口を手で封じた。

 けれどちょびっとだけ漏れてしまい、恐る恐る緋凰を窺うと、彼は別のことに気を取られていたようで。


「お前……生徒会ってマジか。香桜ヤベぇな。宇宙人に侵略されてるじゃねぇか」

「私のことを宇宙人と口にするのは、地球上で貴方ただ一人だけですよ。私は立派に高位家格のご令嬢として毎行事屍になりながらも、全校生徒の憧れの視線を一身に受けて雑……職務を全うしておりますから」

「ふぐ、ふごごご」

「あ、すみません」


 手を軽く叩かれたので、そっとお口から離す。するとまたもや緋凰がたっくんに話し掛けた。


「拓也……だったか? お前、どこの中学?」

「あっ! すみません、柚子島 拓也です。えっと、有明学園中学高等学校に通っています」

「ふぅん……。そこの生徒会にも所属しているくらいなら、学業成績も優秀だな。今年受験すんだろ? どこ受けんだ」

「え?」


 たっくんがどこかを受験するという断定の口調にポカンとする。

 何で断定なの? え、たっくん高校受験するの!?


 訳が分からずたっくんと緋凰へと顔を交互に向けると、そんな私に緋凰が呆れた様子でその理由を言う。


「ちったぁ部屋の様子見ろや。机の上とかどっかの学校の過去問集ばっか並んでるし、指もペンだこだらけだろ。必死に勉強に取り組んでなきゃ、ンな状態になるかよ」


 指摘されて見ると、確かにその指にはマメの跡がついているし、お泊りした時には見掛けなかった参考書ばかりが机のブックスタンドに並べられていた。

 緋凰の観察眼の鋭さに私が驚くと同時に、たっくんも肯定するように頷いている。


「うん、緋凰……えっと」

「同学年だろ。コイツの友人なら呼び捨てで良い。振り回されてる同士みてぇなモンだからな」


 いつ私がお前を振り回したんだ。私がお前に振り回されているのは分かるけども。


 如何に緋凰家が数多の家とは比較するにも及ばない高位家格だとは言え、たっくんの身近には私や麗花、瑠璃ちゃんに裏エースくんという面子がいる。

 それに彼自身、聖天学院生と匹敵する家格の生徒ばかりがいる学園の生徒なので、最初の時よりかは緋凰の存在に慣れてきたようだった。


「じゃあ、緋凰くんて呼びますね。受験の件は本当にその通りで。聖天学院に通っている緋凰くんに向かって言うのも何だか気恥ずかしいけど、僕、銀霜学院を第一志望にしていて」

「えっ!? 銀霜学院!!?」


 瑠璃ちゃんばかりでなく、たっくんも……!?

 私の驚きようにたっくんも少しびっくりしている。


「うん。花蓮ちゃんのお兄さんが通っていたところ」

「どうして銀霜学い……あっ!」


 振り返るとサングラス越しに緋凰と目が合った。しまった、麗花の時はお口チャックしたのに!

 けれど私の名前に突っ込んで言うことなく、緋凰はそのままたっくんの受験先の話を促した。


「受かる見込みはあんのか?」

「先生からはA判定を受けているので。でもやっぱり国内随一の進学校だから、そこの過去問だけじゃなくて、色んな学校の過去問を解いて力をつけた方がいいかなって思ったんです」


 たっくんの健気な発言を聞いて、緋凰が感心したように頷いている。


「殊勝な考えだな。……お前本当にコイツの友人か? 付き纏われてるだけじゃねぇ?」

「貴方はこの一日で一体どれだけのマイナスを積み上げるつもりなんでしょうか」

「あはは……。花蓮ちゃんとはちゃんとした友達なので、大丈夫ですよ。僕の方こそ花蓮ちゃんが女の子だけじゃなくて、高位家格の男の子とも仲が良かったんだって知って、ちょっと戸惑ってます……」

「「別に仲良しじゃありません/別に仲良くはねぇ」」


 台詞が被って睨み合う私達にたっくんが苦笑を溢した。


「卒業前に花蓮ちゃんには話したと思うけど、経営について学びたいんだ。有明の生徒も跡継ぎの子が結構いて、そういう子たちの間でも内部進学じゃなくて聖天の銀霜を目指すっていうのは、よく耳にしてる」

「へぇ……。そうなんですね」

「うん。花蓮ちゃんは? 高校はお家の近くのところって前に言っていたけど」

「コイツは紅霧学院志望だ」

「…………え?」

「共通認識だな」


 時が一時止まったたっくんの反応を見て、緋凰が頷きながら失礼なことを言う。


「紅霧って、スポーツ重きのところじゃ……? えっ、どっちかと言うと花蓮ちゃん、銀霜学院じゃないの!? 何で紅霧学い…………花蓮ちゃん。僕、無理しない方が良いと思うよ」


 途中でハッとしたのは恐らく裏エースくんのことが過ったからで、彼と同じ高校だから受験するのだと思ったらしいたっくんが宥めるように言ってくるのに、否やと首を振る。


「無理ではありません。ここにいる個人戦では賞総ナメの天才児から猛特訓を受けている最中で、日々紅霧学院合格への道を歩んでおりますので。そして私が目指しているのは、陸上部門の実技試験。陸上は個人、己との戦いと言っても過言ではありません。個人戦では最強な緋凰さまからの指導を一身に受けている私ならば、きっと届く筈です! いえ、届かせます!!」

「個人戦って一々つける必要ねぇだろ。何か悪意感じんぞ。まあ同じ学校だったんなら、コイツの足が速ぇのは知ってるだろ? 受かる見込みが唯一そこだけだかんな。どおぉーーーーしてもって頭下げてくっから、こっちは仕方なく面倒見てやってんだぜ?」


 本当のことなので反論はできず、黙って頷く私を見て、たっくんは何故か冷や汗を一筋流していた。


「ええー……どうしよう。これ、言わない方が良いのかな……?」

「拓也くん?」

「緋凰くんと知り合いってこと、新くんに言ってる?」

「え、話したことないです。他校の人間ですし。どうしてですか?」


 緋凰との最初の出会いなんて不可抗力そのものだったし、高位家格というくくりなら麗花だってそうだけど。まあ裏エースくんは麗花とすごく昔に一回だけ会ってはいるけど、それも正式に自己紹介していた訳じゃないし。

 何かダメだったかと思って聞くも、彼は「うーん……」と何やら悩んでいる様子で。


「去年の夏……ううん、何でもない」

「そうですか?」

「うん。何か、うん。こういうの本人からじゃなくて、又聞きする方が多分ダメだと思うから」

「??」


 よく分からないけど、たっくんが言わないなら別にいいか。言う時はちゃんと言ってくれるし。

 そしてオマケのお邪魔虫がいるのはもうこの際いいとして、そろそろ裏エースくんのことを聞きたい私は、ソワソワしながらたっくんに質問した。


「あの、拓也くん。太刀川くんはお元気ですか? こっちに戻って来てたりとか」


 声が若干上擦る。お店でも彼のことを思い出す場面があったから、余計に胸が高鳴った。

 ドキドキしながら返答を待つと、微笑みとも苦笑とも取れる笑みを浮かべてから。


「元気だよ。でも残念だけど、新くんは寮に残ってる。大事な時期だから寮にいた方がマシって言って」

「そう、ですか……」


 たっくんが戻っているのなら、もしかしてと思ったんだけどなぁ……。


 お兄さんがいる家じゃ受験に集中できないからだと察して、仕方がないことだと気持ちを納得させるが、落胆の気持ちが想像以上に大きくて思わず溜息を吐いてしまった。

 やっぱり、中等部を卒業するまでは会えないのかな……。


「花蓮ちゃん。本人じゃないからちゃんとした考えは伝えられないけど、新くんは頑張ってるよ。また会うために今を頑張っているから、花蓮ちゃんもあともう少しだけ頑張って」

「……はい。拓也くん、頭撫でて良いですか?」

「…………いいよ」


 かなりの間が開いたが許可は出してもらえたので、二年と半年ぶりのキューティクルマッシュヘアーの艶々とした感触に癒しを得る。

 瑠璃ちゃんにも合宿で会えないから、これで癒しパワーを補給しとかないと……。何か背中に視線が突き刺さっているような気がするけど知らん。


 そうして満足するまでたっくんの頭を撫でた後、緋凰がポツリと。


「度量の広い男だな、お前」

「うぅっ、今まで感覚麻痺してたんだ僕! 久し振りにされて今すっごく恥ずかしい!!」


 バッと両手で顔を覆ったたっくんがそんなことを言い始めたので、私は猛然と反論する。


「恥ずかしくありません! 私はいま拓也くんの頭を撫でて癒しを得ました! だから撫でられた側の拓也くんも、私から癒しを得ている筈なのです!!」

「オキシトシン効果にケチつける気はねぇが、宇宙人。思春期って言葉地球で習ったか? 香桜に保健の授業はねぇのか?」

「私と拓也くんの間に、男女のあれこれなんて存在しません! 超越しているのですから!」

「うわぁ……」


 おい、何故引いた顔をしているんだ……って、何で腕掴んで引き摺り出す!?


「ちょ、緋凰さま!?」

「帰んぞ。もうこれ以上拓也に受験外のストレスを溜めさせる訳にはいかねぇ」

「どこにストレスが!?」

「お前しかいねぇだろ!!」

「失礼な! 私はまだ帰りませんよ! まだ拓也くんにはお聞きたいことが山ほどあるんです!!」


 ドアに向かって引き摺られながらも両足に力を入れて何とか踏ん張り、後回しにした嫌なこと――――桃ちゃん関連のことを確認するために、私はその名前を口にした。



「拓也くん! 徳大寺 正継って生徒のこと、ご存じですか!?」

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