Episode257 再会シミュレーションと再会
すっかり冷めてしまった朝食も食べて一応持ってきていたお出掛け用の服にも着替え、そうしていざ緋凰家の車でやって来ました――たっくん家のカフェ!!
ここにへは六年生の時のお泊り以来。
二年と半年振りに訪れたが、お店の外観もあの頃から変わっていなくて安心する。まさしく私にとっては第二の故郷と言っても過言ではない。
ルンルンと車から降りてたっくん家を感慨深く見つめている私に、反対側から降りた緋凰が不満そうに声を掛けてきた。
「おい、普通エスコートすんだろ。勝手に降りてんじゃねぇよ」
「え。あ、本当ですね。すみません。女子校生活で周りに女子しかいないので、頭からそんなこと抜けていました」
「…………」
「緋凰さま?」
そう言えば緋凰の再会シミュレーションのために来たんだったと本来の目的を思い出し、エスコートされなきゃなんなかったなと謝ると、どうしたのか変な顔をしている。
「いや……。アイツの時のことを思い出した」
「お相手さま? 去年のお話ですか?」
「ああ。エスコートしようと手を出したはいいが中々取る気配がなくて、母親に言われてやっと気づいたみたいな感じで取ってたんだよ。あの時は他のことであんま余裕なくて深くは思わなかったが、何か知らねぇけど今ちょっと引っ掛かった」
「まあ海外で暮らされているということですし、エスコートのないフレンドリーな校風も学校によってはあるんじゃないですか? 日本に戻られてきてそう日が経っていなかったのなら、すぐに反応できなかったのも私は分かる気がします」
「ふぅん」
そう言うと緋凰は納得したようで、軽く頷いた。
「で、ここなのか?」
「はい。私が小学生の時に仲良くなったお友達のお家です。ここのカフェと隣の本屋さんの二店舗経営なんですよ! こちらなら聖天学院生もいないでしょうし、お客さんはここのご近所さんばかりなので安心です! ちなみにメニューはどれも美味しいですが、私のお勧めは『日替わりオムライス』です」
「客が近所ばかりってんなら、店に入らねーと人数は当てになんねぇか」
私のお勧め発言を無視して、駐車場に停めてある車の台数を確認している緋凰。女子の発言を無視してのそれはマイナスキュンポイントである。
「緋凰さま。マイナスキュンポイントです」
「お前外でその発言すんの、恥ずかしくなんねぇか?」
「なりませんね。緋凰さまを思ってのことですから」
おい、嫌そうに口を曲げるんじゃない。
ちなみにお互い念のためにサングラスを装備中。今回は私も特訓用のスポーツサングラスじゃなくて、緋凰の家の中で普段使いしているお洒落サングラスをかけている。
本日の私のお出掛けコーデとしては、ウエストゴムのスカートっぽく見えるグリーンカラーのガウチョパンツに、半袖の白シャツをイン。足元はお花をワンポイントあしらったサンダルを履いている。
デートっぽく見られても困るが、たっくんのお母さんと久し振りにお会いするかもしれないのに下手な格好はできません!
緋凰に関してはドレスコードとかはないから普通の格好で良いと伝えたところ、白いボタンシャツに七分袖の黒いテーラードジャケット。下はベージュのチノパンと、中学生男子にしては中々ハイセンスなコーデでキメてきた。
加えて目許が見えないサングラスをかけていても、やっぱり圧倒的なオーラが駄々洩れているので、普通にどこの芸能人かと言われそうだ。やれやれである。
「じゃあ入るか」
「はい」
先導した緋凰が『Open』とプレートが掛けられたドアを開けば、チリンと可愛らしい音が鳴る。
ここのカフェは夏の時だけドアベルを風鈴に模様替えしており、その模様は毎年変化していて、今年は形自体がクラゲを模した風鈴だった。夏っぽくてとっても可愛い!
「いらっしゃいま――……せ。に、二名様でよろしいでしょうか?」
風鈴の音で客の来店に気づいたホールの店員さん……
何てったってサングラスをかけた子どもが二人、しかも片方はサングラスをかけていても隠しきれない圧倒的オーラが駄々洩れているのだ。
緋凰が答えようとしたが、ここは私が前に出てサングラスを鼻まで下ろして折本さんに対応する。そうすると雇い主の息子の友達だと気づいた彼女の空気が、ホッとしたように緩んだ。
たっくん家にも結構遊びに通っていたので、ここの店員さんにも顔は覚えられている。
「はい、二名でお願いします」
「畏まりました。それではお席までご案内致します」
そうしてサングラスを元のようにかけた私と緋凰が案内された席は、入口から奥の隅ではあるが日当たりの良い窓側の二人席。
シミュレーション特訓のためエスコートを受けて着席したが、春日井からはいつもされていていたことを緋凰からもされるというのは、何か変な感じだった。けれどさすがにその所作は高位家格の御曹司故か、洗練されていて無駄はない。
メニューが決まったら机上の呼び出しボタンを押すということで、折本さんは一旦その場から離れる。
それから私と緋凰はそれぞれでメニュー表を見――ようとしたが、私がそれを取る前に緋凰がこちらに開いて提示してくれたので、一つのメニュー表を二人で見る形になった。
……ふと、前に裏エースくんがパンフレットを一枚しか取ってこなかったことを思い出す。
「何がお勧めだって?」
「……えっと、『日替わりオムライス』です。あの、緋凰さま。今のこの見せてくれる行動は良いと思いますが、ご自身はご自身でメニュー表をご覧になられた方がよろしいですよ」
「マイナスだったか」
「いえどっちかと言うとプラスキュンですが、あのこれ……その、デートの時にする行動です……」
「デッ……!?」
そうと意識していなかったことがデートの時のやつだと言われてしまいピキッと固まる緋凰と、以前自分がされたことを思い出して居たたまれなくなる私。
そうだ。私、あの時はデートじゃないと思っていたけど、多分もうその時には裏エースくん側は自覚してたんだろうから、彼側は普通にデートしてると思っていたんじゃないだろうか。だから距離も近かったし、手もあんなに繋いで…………うわあああぁぁっ!!
「こ、この場合、俺は一人で見ればいいのか!?」
「そ、そうして下さい!」
サングラスをしていてもお互い何かカッカしているのが分かる。それを向けている対象は違えども。
お相手の方の思考で見る筈なのに当然のように私の思考になってしまっているので、落ち着こうと広げられたメニュー表を手に取り凝視する。
私も緋凰がイメージしやすいように、今まで聴取したお相手の方のイメージに沿って注文しなければいけない。
取り敢えず紅茶は注文するとして、お昼ご飯に関してはオムライスにしたいところだったけど、お紅茶と確実に合うだろう『カリカリベーコン&エッグベネディクトパンケーキ』に決めた。
「メニューは決まったか」と尋ねてきた緋凰に伝えると、彼はもう一度自分のメニュー表を見てから呼び出しボタンを押した。
一度お冷を運んできた折本さんが再びやって来ると、緋凰は私の注文を先に伝えてから。
「『日替わりオムライス』と『コーヒー』、アイスで」
「畏まりました。オーダーは以上でよろしいですか?」
「はい」
緋凰 陽翔がオムライス。いや、何を食べるかは人それぞれだけども。
淡々と緋凰が注文を終えた後、折本さんが離れてから思い切って聞いてみる。
「オムライスでよろしかったのですか?」
「勧めてきたのはお前だろうが。もし相手も知っている店だったら、勧められたモン頼む方が印象は良いだろうし。それに、そこまで気ィ遣わなくていい」
「え?」
「本当はオムライス食いたかったんだろ。店員には誰がっての言ってねぇから、来たら食事メニューだけ換えてやる」
……だからそれ、デートの時の気の遣い方だって。
そう思いはしたが、素直に格好いいとも思ってしまった。
ううむ、これはどっちだろう? 意識したやつ? してないやつ?
「取り敢えずプラスキュンなのは違いありません。ありがとうございます」
「頼むからキュンは封じろ。聞いてるこっちが恥ずいわ」
緋凰のためを思って口にしているのに、恥ずかしいとか酷くない?
そうして暫くして運ばれてきた注文メニューは見た目からしてもう美味しそうで、緋凰が言ってオムライスが私の前に、緋凰の前には私が注文したメニューが置かれた。
本日の『日替わりオムライス』はライスをドレープ状に包んだトロトロ卵の上にホワイトソース、頂点にスプーンで掬った大きさの粒々明太子に刻み海苔が乗っている、明太子クリームオムライスだった。ちょこんと乗っているカイワレが彩りのアクセントだね!
私が本来注文した『カリカリベーコン&エッグベネディクトパンケーキ』も二センチくらいの厚みのあるパンケーキの上に、カリカリに焼かれたベーコンとプルプル卵、更に上からトロリとした黄色のソースが本当にメニュー表の写真通りで、こちらも美味しそう。
プレートにはちょっとしたサラダも付いていて、軽食として申し分ない量だ。
「いただきます」
「いただきます」
お行儀よく食事の挨拶をしてから、スプーンで掬って一口。
あっ、バターライス! 和風の味付けだと思っていたのに、和洋折衷だ! お泊りした時のケチャップオムライスも美味しかったけど、これも美味しい!
ちなみにこのオムライスに当たったのは初めてである。他にも本格的な和風キノコのオムライスとか、デミグラスソースのシンプルなオムライスとか、エビとホタテの海鮮オムライスとか。
メニュー表には「この曜日にはこれですよ」とアレルギーがある人のために表記が為されているので、注文する側に不安もない。
チラッと緋凰の方へ観察眼を向けると、彼はとてもお行儀よくナイフとフォークを使って食べていた。まあ毎食同じ空間で食事を摂っているので、息を吸うように綺麗な食べ方をするのは分かってはいたけれど。
それでもオーラ駄々洩れの緋凰が綺麗に食事をしている光景は、郊外にあるご近所さん御用達のカフェなのに、まるで三つ星の高級レストランであるかのように錯覚させた。
うん、只者ではない雰囲気の私達へと密かに視線を向けているお客さんの何人かが目を擦っているので、間違いない。
「悪くねぇな」
サングラスを装備している私は対策万全と思っていたらそんな感想がポツッと緋凰から漏れたので、パッと顔を輝かせた。
「そうでしょう、そうでしょう! たっくんのお母さまがお作りになるお料理は、全て愛情たっぷりなご飯なんです! どんなに高級な食材やら複雑な調理法やらを駆使したとしても、愛情と言う名のスパイスが振りかけられた、温かみのあるご飯に勝るご飯などないのです!」
百合宮家のお食事もお手伝いさんの愛情たっぷり。小学校の給食もおばちゃんの愛情たっぷり。香桜の生活寮のメニューもおばちゃんの愛情たっぷり。
瑠璃ちゃん家のご飯は大体瑠璃ちゃんが監修しているから、瑠璃ちゃんの愛情がたっぷりと言っても過言ではなかろう。
「あ、でもそうですね。お料理を作っていらっしゃる側もそうですが、誰とお食事しているかによっても味って変わるんじゃないでしょうか? ほら、よく言うじゃないですか。本来は美味しい筈のメニューだったのに、緊張して味がよく分からなかったとかって。いつもと同じものを食べている筈なのに、好きな人と食べるといつもよりも美味しく感じるとか。そういうのもあると思いますよ…………ハッ!」
意気揚々と喋っている途中で、ハタと気付く。
……たっくん家のご飯が褒められた嬉しさに、またお相手じゃなくて私の思考で物事を考えてしまった!
だって緋凰の『悪くない』は『美味しい』ってことだもん! ヤバいこれじゃ全然シミュレーションになっていない!!
「すみません……。私が前に出ました……」
「……アイツは食事中にこんな喋りださねぇし、終わってからで良いのに途中で一々評価挟んでくるから、普通にお前と食ってる気になる」
「すみません……」
「けど、」
否定の出だしが聞こえて顔を上げれば、何故か緋凰は口許を薄っすらと緩ませていた。
「何となくさっきの当たっている気ィすっから、もうお前のままで発言しろ。元々お前も学院の女子連中と違ってるっつー理由で人選した訳だしな。同じ人間じゃねぇんだからどうあったってアイツの思考になりきれる訳がねぇし、手探りなのはずっと変わんねぇ。それに実際アイツと二人でってなると、こうはなんねぇだろうし。――――別に悪くねぇ」
「緋凰さま……」
「宇宙人はそのまま宇宙人してろ」
「最後でとても台無しになりました。はいマイナスキュンポイント」
余計な一言に溜息を飲み込むようにオムライスを頬張り、緋凰は緋凰でマイナス評価を封じキュンと共に言われた筈なのに不機嫌になるどころか、気にしていない様子で食事を再開している。
取り敢えず私は私のままで良いらしいので、そうさせてもらおう。正直私もお相手に成りきってというには、力量不足が否めなかったので。
「じゃあシミュレーションという点では失敗ですかね。お食事後はどうします? 帰ります? あ、お友達のお母様にご挨拶したいので、少し待っててもらえます?」
「途端にだな。もうちょっとぐらい気ィ遣えや」
「私のままでどうやって貴方に気を遣えと」
少し前までクソミソ言い合う仲だったんだぞ。
冬に婚約蹴られたのを聞いた時以上に、素で私がお前を気遣う場面は中々訪れまい。
お互いに食事を終えてお冷を口に運びながら、何気なく窓の向こうにある外の景色を眺める。落ち着いたクラシックミュージックを聞きながら、一息吐ける店内から遠く見える街並みも、また良いお味。
あの中に私がかつて通っていた清泉小学校もあるんだよなぁ……。
そのまま風景を眺めていると、近くの歩道では犬をリードで繋いで散歩中のおじさんがいて、私よりも年上だろう男子が二人仲良さそうにお喋りしながら通り過ぎていく。あそこは買い物帰りだろうか、お母さんと小さな女の子が手を繋いでいる姿も微笑ましい。
そしてお兄ちゃんなのかな? 母娘のその少し後ろにはマッシュルームヘアの眼鏡を掛けた、可愛らしい男の子が小さなエコバックを手に
「たアっ!!?」
「っ!? 何だ!?」
私の発した衝撃の悲鳴に肩を跳ね上げさせた緋凰も驚いて声を上げるが、それどころじゃない私は脇目も降らずに席を立ち、お店から出て本能の赴くがままに
「拓也くん拓也くん拓也くん拓也くん拓也くーーーーん!!!」
六年間ずっと一緒にいて二個一だった私の呼び掛けに気付かない訳もなく、けれど向こうはギョッとした様子で立ち止まった。
二年と半年振りの感動の再会だと言うのに、どうしてたっくんは手を前に突き出しているの!?
「待って待って! ちょっと止まって! こんな道の
――――感動の場面を店内から一部始終目撃していた緋凰はその後、たっくんを引きずって戻った私のことをしばらくの間、
「知りません。俺には猪が憑依した宇宙人の知り合いなんていません」
と言って、連れ扱いしてはくれなかった。
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