Episode251 きくっちーと球技大会のこと

 慣れるまでは少しずつ緩やかに覚えていくことが普通ではないかと思うのだが、この学院はその逆を地でいく。

 就任して初仕事が合格者オリエンテーションで、次に結構な枚数のメッセージカードを書いて中等部生全員の前でイースターのアレを行い、五月には生徒総会に聖母月行事。


 死ぬわ。多分この学院、春先が一番忙しいわ。


 去年と同じくロッテンシスターに競走馬の如く尻を叩かれて死屍累々となりながらも、皆で力を合わせて無事とは言い難いが、何とかそれらの行事を乗り越えることはできた。


 それから夏休みに入るまでの目立った学院行事と言うと、後は目前に差し迫った球技大会と期末テスト。テスト関係は百合宮家の令嬢という矜持の元、ちゃんと成績はこれまで通りを維持している。

 どこにそんな勉強する時間があったの?と思われるかもしれないが、ちゃんとやっているのです!


 ちなみに三年生になったら必然的に一人部屋だ。

 やはり内部進学組と受験組は混ぜるな危険ということだろうか? まあ同室の子に気を遣うことなく自由に過ごせるので、集中して勉強には取り組めるよね。





「花蓮、いくぞ!」

「来なさ……ブッ!?」

「いくぞって言ったじゃんか!」


 現在休日の体育館の片隅にて、きくっちーとちょっとしたパスの練習中。そして彼女が投げたボールが見事私の顔面にぶち当たった、というところまでが本日のハイライト。

 私の顔に当たって床に落ちたボールはその勢いを失わないまま、軽快にコロコローと転がっていった。きくっちー、投げる力が強いよ!


「菊池さん、言ってから投げるのが早いです! 私まだ喋ってる途中でしたよ!?」

「試合中に相手の返答を待ってからだと遅いだろ! パスする前に敵が入ってくるじゃん」

「ぐぬぅ!」


 ボールをぶつけられたばかりか、正論をもぶつけられてあちこち満身創痍に。

 ちなみに屋内で元気に部活中の皆さまには、こっちのことは気にしないでほしいと告げていたがやはり気になるようで、たった今起こったことを目撃したらしく、周囲がシン……と静まり返ってしまった。


 顔面を片手で押さえながらもチラリと視線を素早く巡らすと、私と同じクラスの時任ときとうさん他数名の顔が悲壮なものになっている。ヤバいところを目撃されてしまったようだ。

 転がったボールを拾ってハァ……と疲れたように息を溢したきくっちーが近づき、私の肩を正面からポンと軽く掴んだ。


「なあ花蓮。去年と同じで、サッカー部門の出場でいいだろ。諸手を挙げて替わってくれる子は沢山いると思うぞ」

「そんなことはありません。私はクラスの満場一致でバスケ部門の出場となったのですから」

「花蓮がバスケ部門って聞いた後、アタシはちゃんと花蓮のクラスの子にどういうことか確認したんだ。一番動き回る種目で、何で花蓮が選ばれたのかを」

「え?」


 真剣な表情でそう告げてくるきくっちーを見てポカンとする。それはそうだろう。

 だって出場種目を決める時、



『百合宮さまにはぜひバスケでの出場を!』

『一昨年、去年ときて、あとはバスケのみとなっております』

『百合宮さま。私達は一縷の望みに賭けているのですわ!』



 と鬼気迫る表情で詰め寄られ、頷かなかったらこれは初・床転がしか……!?と危機感を覚えて承諾した経緯がある。一縷の望みが何なのかは定かでないが、望みと言うからには去年のように体のいい追いやりではないだろう。

 だからこそやる気を出し二年連続途中退場の記録を止めるべく、部屋でお絵描き中だった画伯会計は誘わずに部屋で暇そうにしていた我らがきくっちー会長を伴って、フルタイム出場を目標としてバスケの練習をしに体育館に来たのだ。


 え? それなのに何か他に理由あったの?

 私知らないんだけど??


 体育館の片隅と言っても、私達がコソ錬している隣にはコートがあってバスケ部が活動中なのだがこちらの騒動(?)のせいで一時停止したため、彼女らは早めの休憩に入ったらしい。

 私は再びバスケ部員である時任さん他数名へと顔を向けたが、今回誰も目が合う子がいなかった。


「良いでしょう聞きましょう。どういうことですか」

「……あー。いや、その、ま、まあ何だ。ほら続きしようよ、続き!」

「菊池さん。きくっちー」

「ほら投げるぞ! 取れよ!」

「きくっ……ちょっ、いったぁーい!」

「取れよって言ったじゃん!!」

「豪速球! 突き指しました!」

「半分の力も出してないんだけど!? 今までで一番遅めで投げたんだけど!? 分かってたけどどんだけ運動音痴だよ! 分かっていたけど!!」


 コート外の片隅でぎゃあぎゃあ言い合っていると、見かねたバスケ部のマネージャーが救急セットを手に突き指の処置を施してくれた。ご迷惑をお掛けします……。


「迷惑掛けてごめんな」

「あ、いえ! 百合宮さま、もう本日は安静にしてお過ごし下さいね」

「…………はい」


 突き指程度で安静とは……と思うものの、時に部員を叱咤する運動部のマネージャーの有無を言わさぬキラキラ笑顔には頷かざるを得なかった。

 綺麗にテーピングされた指を見つめ、ハァと深く息を吐き出してきくっちーと共に体育館を後にする。


「ごめんきくっちー。せっかく付き合ってくれたのに」

「いいよ。何か誘われた時点でこうなる予感はしてたから」


 何てことないように言われるけどそれ余計にショックだよ、きくっちー。


 女の子らしくお嬢様らしくを心掛けていたきくっちーだが、あの日土門少年にありのままの彼女が好きだと言われてからは、日常生活では元の彼女の口調で過ごすようになった。お嬢様口調になるのは【香桜華会】会長として立つ時。

 それで良いと思う。やっぱり自分らしく過ごした方が変に肩肘張らないし、魅力的だから。


 けれど私の場合はちょっと違う。

 こっ恥ずかしいあだ名まで付けられて、最早学院に浸透していると言っても過言ではないイメージを持たれているので、去年は会室で気楽に素でいた私は今のところお嬢様口調を維持している。


 まあ姫川少女には解除しても特に問題はなかろうが、他の『妹』に対してはまだちょっと距離感を測りきれていないので、タイミングを見て素になろうと思っているのだ。

 ものの十分もいなかった体育館から離れて特に宛もなく、二人適当に歩きながら会話する。


「今年こそは麗花にリベンジできるといいね」

「んー……や、何か今年はそんな勝ちたいって気持ちないなぁ」

「え、そうなの? あの負けず嫌いなきくっちーが?」


 二人はまた偶然同じ部門での出場となっており、今年はサッカー部門。ちなみに桃ちゃんも去年のゴールキーパーとしての活躍(?)を見込まれて、同じくサッカー部門だ。

 驚く私の反応を見た彼女が苦笑する。


「うん。勝ちたいっちゃ勝ちたいけど、去年のことを思い出してたらさ、アタシばっか動いてたって言うか。期待されて逆に動かされていたって言うか? だからサッカーでコートも広いし、麗花みたく今回は周囲のこともよく見て動いてみようかなって。そう考えたらクラスで練習している時も身体は動いているけど、頭の中は落ち着いていてさ。周りを見るってこういうことかって。気が付いたらすごく楽しくて、別に勝敗にこだわんなくてもいいかってなったんだ。楽しかったら何でもいい!」


 そう言って、んー!と伸びをするきくっちー。

 聖歌練習の際にはトンチンカンなことを言っていたが、確かに進級してからは見ていて行動にもかなり落ち着きがある印象がある。憑き物が落ちたとは少し違うけど、心に余裕があると言うか。


 出会いが出会いで、彼女も色々抱えていたから落ち着きがなかったのだろうが、それが払拭されて幾分気楽になったのだろう。

 多分それはきっと、千鶴お姉様からのあの言葉が響いている。



『椿には椿のやり方があるように、葵ちゃんには葵ちゃんらしいやり方があるから。会長職の「姉」が揃いも揃って個性強烈だけど、自分らしくが一番だよ!』



 自分らしくが一番。

 皆、それぞれ自分の道をそうして進んでいく。


「花蓮」

「なに?」

「アタシで力になれることがあったら、今日みたいに頼ってよ。今日は突き指で終わったけどさ、次は四分の一の力でパス錬するから」


 投げる力を全力の半分の半分にすると宣言された。


「去年桃ちゃんが言っていたこと、あながち外れでもないような」

「何のこと?」

「ボールぶつかったら腕折れるってやつ」

「あの程度で突き指する花蓮だったら、無いことないな」


 結局その日以降は何やかんやで忙しくて練習はできずに球技大会本番を迎えてしまったが、結果としては目出たく私の目標であるフルタイム出場は叶った。

 ええ、叶いましたとも。ボールが一度もこの手に渡らず、コート内を行き来するだけの人間としてとても元気に活動しておりましたとも。


 その部門に該当する部活の部員は他の部門への参加が基本だが情報共有は自由なので、バスケ部員である時任さん他数名によって突き指事件がチームメイトに耳打ちされて広まり、十五点先取のバスケでは。


「ボールに触れさせたら例年の如く、百合宮さまは必ず負傷されるわ! 負傷される前に、もう何が何でも私達でこの試合を終わらせましょう!!」


 という私の知らない決め事が浸透しており、一度もボールに触ることなくあっという間に試合は終わってしまったのだ。

 私には豪速球だったパスボールも、現役バスケ部員の目から見たら本当にヤワだったそうな。


 ちなみに後から聞いた話、私のバスケ部門推しは二つの部門において結果負傷しているので、未知数のバスケという最後の希望に託していたらしい。

 まさか去年の一人コートサイドラインマラソンが少々形も部門も変わって現実のものとなるなど、露ほども思わなかった私である。

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